じいちゃんの秘密
俺は自慢じゃないが、世の中に、疎い。
なぜなら、じいちゃんと二人で世捨て人のように、この港町キヌサの山奥で暮らしてきたからだ。
俺が町に降りたことがあるのは、小さい頃に一度だけ。
それも町に入ってすぐにとある騒ぎを起こしてしまい、長居もできず帰ってきた。
それから町に薪やら木材やら売りに行くときは、必ずじいちゃんが一人で行くようになった。
じいちゃん以外と話をするのは、同じ山の中で暮らす、他の木こりたちと交流する時くらいだ。
それだって頻繁にあるわけじゃない。
だから、俺は世の中に、疎い。
でも、だからといって、この騎士ペローナの言動が異常なことは分かる。
(正直最初は、あぁ…かわいそうな人なんだ…って思っていたが)
それに、じいちゃんが俺に対して、何か口ごもっているのも、やっぱり普段の付き合いから分かるんだ。
だから、俺はこの際思い切ってじいちゃんに聞いてみることにした。
俺は、諌めるじいちゃんと一歩も引かぬペローナの間に小さい体を生かして潜り込むように割り込む。
「二人とも、ちょっと待ってくれ!」
「あ、フ、フルール殿、私はこのような醜態をまたしても…」
「ペローナ、ちょっと黙っててくれ。じいちゃん、俺に何か隠してるなら、正直に言ってくれないか。前に町に行ったときのことだって、今回のペローナのことだって、いくら俺が世間知らずだからといっても、明らかに変だろ」
俺はじいちゃんの目をまっすぐ見て、そう言った。
「それに、じいちゃんがあれ以来俺を町に連れて行ってくれないのだって、変だと思ってんだぞ。俺だって来年で成人するんだ。じいちゃんだっていつまでも俺と一緒にいてくれる訳じゃないだろ?じいちゃんが俺に隠してることがあるなら、ちゃんと知っておきたいんだ」
そう言って、じいちゃんの反応を待つ。
じいちゃんはじっと俺を見たあと、考えるように目を閉じ、黙ってしまった
ペローナが余計なことを言わないか心配だったが、ちらりと様子を見ると、神妙な面持ちでじいちゃんが口を開くのを待っていた。
いつになく真剣な俺の様子を見て観念したのか、少ししてからじいちゃんはポツポツと言葉を発し始めた。
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「そうじゃな、フルール。お前にはいつか話さないといかんと思っとった。それがズルズルときっかけがないまま、ここまで来てしもうた。良い機会じゃ、お前の体質について説明をするとしようか」
じいちゃんはそう言うと、暖炉の前の揺り椅子にドサッと腰を下ろした。
「ガズン殿、あの、私は席を外します」
「いや、ペローナ殿、それには及びませんぞ。これは、貴方にも関係がある話なのじゃから…」
じいちゃんがそう言うので、ペローナも椅子に腰を下ろす。
それに習って、俺もペローナの隣に腰掛けた。
「そうじゃな、何から話せば良いのか…。まず、フルールよ。お前、わしの名前って知っとるか?」
じいちゃんは途端にそんなことを聞いてくる。
また変なボケをかまして、と思うが、じいちゃんは真面目に聞いているようだ。
こんな真面目なじいちゃんを見ることはあまりないので少し驚くが、
「そりゃ、ガズン、じゃねぇの」
と、当然の答えを口にした。
じいちゃんはその答えを聞くと、ひとつ頷いてから話を続ける。
「その名はの、わしが若い頃に使っておった、いわば偽名なんじゃよ」
「はっ!?」
どんな話が来るのかと身構えてはいたが、さすがに驚愕した。
俺が生まれたときから知ってるじいちゃんの名前が、偽名だって?
「そいつは穏やかじゃないな、じいちゃん。なんか隠してるとは思ってたけど、結構な大事じゃないか。というか、名前を隠すなんて、よっぽど大層な理由があるんだろうな?」
そう言って先を促す。
じいちゃんはまた一つ頷いてから話を続ける。
「うむ。ザラート・ルール、それがわしの本当の名じゃ」
ザラートルール?
それがじいちゃんの本名なのか。
別に隠すようなことでもないと思うけど、長ったらしい名前だな。
などと俺が考えていると、隣のペローナがその言葉を聞くや否や、驚愕に息を呑むのが分かった。
「ザラート・ルール…!それは、先代ルール伯爵の名ですね。ガズン殿、貴方は…」
「ペローナ殿、申し遅れたな。わしはこのルール領の領主であるランド・ルールの父であり、先代ルール伯爵、ザラート・ルールじゃ。そしてここにいるのが、今代ルール伯爵の子、フルール・ルールじゃ」
「はっ?!」
なに?
なんだって?
じいちゃんが伯爵で、俺がここの領主の息子…?
ってことは何か?
俺はずっと木こりのじいちゃんに育てられた田舎者だと思ってきたけれど…
「えっ、俺って、貴族なのか…?」
「いや、お前は庶子じゃから、貴族ではない。庶子では貴族位は継承できん。じゃから、平民で間違いない」
じいちゃんはそう言って、申し訳なさそうに首を振る。
ふーっ、と腹の奥から長い息を吐いて、じいちゃんに向かって言った。
「なんだ、びびらすなよじいちゃん!!!」
俺はそういって、大げさに背もたれにもたれかかった。
「いままでの謎が解けた。俺に父さん母さんがいないのは、俺がその庶子ってやつで、要は親に認知されてないってことなんだろ?」
あっけらかんとそう尋ねる俺に、逆にじいちゃんが焦って尋ねてくる。
「そ、そうじゃが、お前、ショックを受けておらんのか…?自分に親がおらん理由とか…」
「なんでそんなことで俺がショックを受けるんだよ。俺は父さんや母さんの顔も知らないし、じいちゃんは結局、本当に俺のじいちゃんなんだろ?領主なんか分かんないし、なんでこんなとこで俺と二人で隠居暮らししてんのかも知らないけど、当たり前だと思ってたことがやっぱり当たり前だってことが分かって、俺嬉しいよ」
俺が本心からそう言うと、心なしかじいちゃんの目が潤んでいた。
「正直、驚きました、ガズン殿。いや、失礼しました。ルール伯爵がこのようなところで、お孫さんと二人で隠居暮らしをされていたなど」
「ペローナ殿、ガズンじゃ。わしはもう隠居した身。今更己を取り繕おうとも思わん」
じいちゃんは軽く息を吐いて、話を続ける。
だが次にじいちゃんは、これこそが耳を疑うような言葉を続けた。
「フルール、お前はな、未婚の女性からとんでもなく好かれる…それはもうとんでもなくハチャメチャに好かれる体質なのじゃ」
「「はっ!?」」