女騎士
「ガズン殿、フルール様。傷の手当までして頂き、かたじけない」
そういって、変態騎士は頭を下げた。
あれから体中の汚れを落とし、清潔な服に着替えた騎士は、見違えるように美しくなっていた。
いや、元から綺麗な女性だったんだろうな。頭がちょっとあれだけど。
ただ、傷に巻いている包帯が痛々しい。
俺もじいちゃんも治癒魔法なんか使えないから、素人の応急措置になってしまった。
「いえ、このような不恰好な治療で申し訳ない。なにぶん男所帯なもので…」
じいちゃんはそういって、逆に頭を下げた。
そう、俺たちは二人でこの山奥の小屋に住んでるんだ。
俺は生まれたときからずっとじいちゃんとこの家で住んでるから、父さんや母さんの顔も知らないし、じいちゃんに聞いたこともない。
必要があればじいちゃんから言ってくるだろうし、俺の15年の人生で聞きたいと思ったこともないしな。
そりゃそうだ。町にすら一回しか降りたことがないんだぜ?
普通の家庭がどんなものかなんて分かりゃしないから、俺にとってはじいちゃんと二人で暮らしてるのが普通なんだ。
でもじいちゃんは俺に一般的な教養や剣術、語学なんかをきちんと教えてくれたし、俺が一人でいざ町に出ても困ることはないだろう。
ただ、こんな田舎の木こりのじいちゃんが教える程度の教養だから、どこまで通用するかは分からないけどね。
「それと…先ほどは取り乱してしまい、重ね重ね申し訳ない…」
そう言うと、恥ずかしいのか、綺麗な顔を真っ赤にした変態騎士は途端に黙ってしまった。
「ああ、いえ、少し驚きましたが、お気になさらず…」
じいちゃん、男だぜ。
王国を守るべき騎士のあんな失態を見てもなんとか大人な対応で済ませるその姿。
年寄りが年下の人間に気を使ってる姿は悲しいけど、男子たるものの心得とやらが光ってるね。
「それでは…申し遅れましたが、私はアーリオ王国第三王女、アルテミス様お付の騎士、ペローナ・グルコスと申します」
女騎士ペローナは頬を赤くしたまま、そう名乗った。
「ほう。グルコスと仰ると、王都アーリオの北西部を預かるセントーサ伯爵領の武官の方に、グルコス子爵がいらっしゃいますが?」
その言葉を聞いた変態騎士ペローナは、ほぅ、と呟き、言葉を続けた。
「ガズン殿は我が子爵家をご存知でいらっしゃるか。故郷からこのように遠く離れた地でも我が家の武勲を知って頂けているとは、光栄の至りです」
「やはりあのグルコス子爵家でしたか。いや、若い頃にセントーサ伯爵領に出入りしていたことがありましてな。白銀狼と呼ばれたウズラ・グルコス殿の名前は、当時のはまさに豪傑の代名詞でしたからな」
白銀狼。じいちゃんから聞いたことがある。
俺が生まれるよりだいぶ前に起こった戦争で、アーリオ王国は周囲三国の連合に攻め込まれて、王国存続の危機に陥っていたらしい。
そんなとき、当時20歳にもならない若き白銀狼ウズラ・グルコスが部隊長を務める部隊が、敵地まで少数で攻め入り、将軍首を挙げ悠々と戻ってきたって話しだ。
それからも白銀狼の部隊は遊撃隊として活動しながら、多くの戦地で将軍首を挙げ、戦争終結の際には王様から直々に子爵の位と、騎士の代名詞でもある白銀の鎧で勇ましく馬を駆る姿がまるで狼のように見えたことから、白銀狼の二つ名を賜ったらしい。
「ウズラ・グルコスは私の祖父にあたります。最も今では白銀狼は名ばかりで、祖父から譲り受けしこの白銀の鎧も泥にまみれる有様ですが…」
どうやらさっきまでペローナが着ていた鎧が、白銀狼の由来となった鎧らしい。
鎧の汚れまで落とす余裕がなかったのか、まだ泥にまみれている状態だ。
「ペローナ様。あなたほどのお方が、なぜこのような田舎の山奥に一人いらっしゃるのか、それにその傷はいったい…」
じいちゃんはそうペローナに問いかけるが、ペローナは気まずそうな顔で黙ってしまう。
「じいちゃん。そんなこと聞いたって、答えられないんじゃないか?この変態騎士も一応は騎士なんだろ?騎士がこんなボロボロの姿で山奥にいるんだ。ただごとじゃないってことくらい、俺でも分かるぞ」
「むっ、それはそうじゃな…」
「へ、変態…フルール様、それはあんまりです…私の一世一代の愛の告白を、そのような侮蔑の一言で片付けられると、騎士といえど持ち合わせた繊細な乙女心が砕けてしまいます…」
ペローナは目に見えてしょんぼりとしてしまい、目線を床に落としてしまう
む。
そう言われると、少し言い過ぎたかなと思ってしまう。
じいちゃんから、女性相手への接し方も教わったことはあるものの、どうしてもいざ女性と接するとなると、勉強したとおりにはいかないもんだな。
「いきなり15歳の成人前の少年相手に結婚を申し込む騎士は変態で十分だと思うんだけど、女性相手に言い過ぎたのは謝罪しよう。悪かった」
そう言って俺は軽く頭を下げる。
「あ、いや、フルール様に頭を下げられると、わ、私はどうしたらよいのか…」
「ペローナ様、失礼ですが、先ほどからうちの愚孫に対して、様付けで呼ばれておりますが、貴方様には立場がございますので、どうかあらためて頂けますよう」
ナイスだじいちゃん。
「いやその、これは、何故だろうか。あのモモイロの木の下でフルール様に出会った瞬間、運命の出会いのような縁を感じたのです…。今はなんとか落ち着けていますが、あの時口走ってしまったことも、己の気持ちだけが突っ走ってしまったというか…面目ない、フルール殿…」
そういってまた謝り、ペローナは小さくなってしまった。
「今は落ち着いてるんだろ?じゃあ、もういいよ謝らなくても。第一、なんだって初対面の俺なんかに、高貴な身分のあんたが求婚なんてしたのさ?その傷といい、誰かに妙な毒でも盛られたんじゃないの?」
「わ、私にもよく分からないのです…。自慢ではないのですが、剣に生きると決めたときから色恋とは距離を置くと決めて生きてきました。あの場所でフルール殿を見たとたんに、自分の中に剣よりも大切な存在が生まれたような気持ちになり、考える間もなくあのような失態を…くううぅう!!」
そういって頭を抱え込んで丸くなってしまった。
ちょっと可愛いかもしれんな、こいつ。
「まぁ、今は落ち着いてんならいいじゃないか。もう求婚だなんて馬鹿げた気持ちもないんだろ?ならこの話はしまいだ。傷の手当もしたし、暗くなる前にとっとと港町まで送らせてくれ」
俺は、話を切り上げるように椅子から立ち上がり、騎士の荷物をまとめようと動く。
「フルール殿、待ってください!」
ペローナは勢いよく立ち上がり、声をあげた。
「確かにあのときの私は、気持ちのままに行動してしまい、おかしな女だと思われたと思います。しかし、今もその気持ちに嘘がある訳ではないのです。求婚は急すぎたかと思いますが、どうやら、初対面のフルール殿を私は愛しているようです!」
ペローナは吹っ切れたように、俺に向かって高らかにそう宣言してきた。
「ぺ、ペローナ殿!!!貴方は本気でうちの愚孫が欲しいと…!!?」
「む、無論、急な話にはせぬよう、今度はきちんと段取りを得てからですね…」
「しかし貴方は貴族で、こやつは田舎町の木こりの孫ですぞ。どうあっても、ペローナ殿のご実家が認めるはずもございません。どうか一時の気の迷いを本気にしてしまわぬようになさいませ」
「ガズン殿!気の迷いなどではない!騎士の名にかけて、この気持ちは本物だ!!」
じいちゃんとペローナは当人を置いた状態でお互い一歩も引かぬ様相で向かい合っている。
何これぇ…