決意の日
遅くなりました。続きです。
フルールと兄弟である。
父親のその言葉にアズールは素直に驚いていた。
フルールは尊敬していた祖父の従者であると理解していたし、自分と妹のシャールのように、似通っているとは言いがたい風貌であったためだ。
「そう容易く信じられんのも無理はない。お前とアズールは兄弟であるとは言っても腹違い、母親が違うのだからな」
父親が嘘を言うはずなどがない、そうは思っていたが、やはりどこかその言葉を信じ切れていない自分がいたのだが、父が続けた言葉にアズールは合点がいった。
ランドは以前妻を一度亡くしているという話は知っていた。
以前聞いた話だと、出産が原因の感染症にかかり、赤ん坊もそれが原因で生まれてすぐに亡くなったということだ。
おそらく、その時の子供がこの男、フルールなのだろうと理解した。
「いえ、父上の言葉です。驚きはしましたが、疑うはずもありません」
アズールは己の考えをおくびにも出さず、そう答えた。
「そうか…では話を続けよう。お前とこのフルールは腹違いではあるが、兄弟だ。だからといって、今更フルールに家督を譲ろうなどとは考えていない。フルールにも先ほどそう伝えてある」
アズールは父のその言葉に今度はすぐさま反応を示した。
「父上、それは…」
「アズール。俺からも頼む」
アズールのその言葉はフルールの言葉によって続けることができなかった。
「アズール。俺は、自分の出自を知ったのはお前と初めて会ったあの前日だったんだ。いきなりじいちゃんにそんなこと言われて驚いたさ、俺が貴族だってんだから。でもじいちゃんは俺が庶子だっていうし、俺も自分が貴族だなんて思っちゃいない。俺には俺の継ぐべき家があるし、お前だってそうだろ」
フルールのその言葉をアズールは黙って受け止める。
自分の兄にあたるこの人は貴族としてではなく、平民として育てられたのだ。
そして継ぐ家もあるという。おそらく、祖父と一緒に暮らしていただろう家があり、そこでの生活がこの先も待っているのだろう。
最近は冒険者として名を馳せているのも聞いている。
そうなると、この人の性格からして、己が当主になるということは考えからして頭に無いのだろうと理解できた。
だがそれでもアズールは納得した訳ではないのだが、今は父の話を聞くことを優先させた。
「お前を呼んだのはあくまでこの家を次に継ぐべき人間であるためだ。これから話すことは誰にも話してはならん。必ずだ」
アズールはその言葉に身を正し、フルールはいよいよかと待ち構えた。
今日ここに来たのは、じいちゃんが決して話してくれなかった秘密を問いただす為である。
じいちゃんの行動や、第三王女のことも、おそらく全てランドは知っているであろう。
隣で黙って聞いていたノルンも、緊張が見てとれる。
フルールはそっとその手を握り、ノルンも握り返してくる。
その時、自分の手も汗をかいていることに気付く。
お互いにそう思ったのか、苦笑し合い、ランドの言葉を待った。
「さて、何から話せばいいのか…フルール、お前はなぜ親父殿と一緒に暮らしていたと思う?」
ランドにそう話をふられ、フルールは一瞬言葉に詰まるが、自分の考えを述べる。
「…俺が聞いたのは、生まれたばかりの俺を連れて逃げたってことだけだ。でもじいちゃんが何の理由もなしにそんなことをするとは考えられない…じいちゃんは、俺を守ってくれたんじゃないかと思う」
俺のその言葉にランドは頷きを返す。
「そう、親父殿はお前を、ひいてはこのルール家を守るため、お前を連れて逃げたのだ。なぜなら、第三王女アルテミス様こそ、お前の双子の妹であるからだ」
ランドの言葉にアズールが驚愕する。
だが俺はその言葉を冷静に受け止めていた。
やはりそうなのか…俺とあの女は血が繋がっていたのだ。
「フルール、お前は気付いていたようだ」
「確信できたのは今だけどな。でもこれで分かった。じいちゃんは俺の妹であり、自分の孫であるアルテミスを守ろうとしていたんだな。そして最後の手段として、自分の命を捨てることでアルテミスの命を守ったんだ…でも分からないのは、何であんたの娘が今、王女なんかやってるかってことだ」
ランドはその言葉を聞いて頷き、話を続けた。
「そうだな…アルテミス様、あの子が何故そんなことになったのか…話はだいぶ遡る」
そう言って話し始める。
ランドの前妻、フルールとアルテミスの母親でもあるサーシャが身ごもっていた頃、王宮でも王の妾が身ごもっていた。
王と王妃には既に二人の子がいたものの、王が最も愛した側室との間には未だ子ができておらず、まさに待望の出来事であった。
結果を言うと、待望の赤子は死産であったのだ。
王は深く悲しんだ。だがそれゆえに、愛する女性にこの事を伝えることが出来なかった。
側室である女性にこの事を伝えれば悲しみのあまり自死してしまう可能性すらあるためだ。
幸いなことに、女性は敬虔な女神信徒であったため、赤子はすぐに王都から二日ほど離れた場所にある大神殿の聖水に浸からなければならないため、すぐに死産であると分かることはない。
王はその間に、愛する妻のため、わが子の身代わりとなる赤子を探した。
そのときたまたま王都で出産を迎えていたルール家が目に留まり、家柄としてもタイミングとしてもこれ以上の赤子は見つからないであろうとの判断から、ルール家に赤子を譲るよう持ちかけてきた。
当然、ザラートは猛反対した。挙句、王の使いをあわや斬る寸前までいったのだがランドはどうにかそれを押しとどめ、家と我が子を天秤にかけ、死産であった赤子と同じ性別であった妹を断腸の思いで献上することにしたのだ。
ザラートは激怒し、妻であるサーシャは深く悲しんだが、ランドには守るべき家と領地があった。
結果として双子の妹は王宮に上がり、フルールだけがルール家に残った。
だがザラートはすぐに理解する。
あの王は傑物ではないが、優秀である。
今回の一件のかん口令のため、残された孫のフルールも、そう遠くない未来に命を狙われるだろう。
いや、ルール家すらも対象となる可能性もあった。
その考えはザラートをすぐに動かす。
おそらくランドは納得しない。
ならばこそ、義理の娘のサーシャにだけ話を伝え、サーシャとフルールを連れ、三人で姿をくらました。
ランドには、生まれた赤子と妻は感染症で亡くなったことにするよう手紙を残し、さらには自分も死んだことにしろ、と。
そして家を出たザラートは、若い頃に篭った山に隠れ、ひっそりと生活を始めた。
ランドはすぐに私兵を使い捜索にあたったが、ついに見つかることはなかった。
何故相談してくれなかったのかとも思ったが、自分の行動を鑑みて、妻と父の気持ちを思うと怒りなど沸いてくるはずもなかった。
もともと身体の弱かったサーシャはそれから驚くほどあっけなく身体を壊し、亡くなった。
そのことをランドは、父から届いた唯一の手紙で知った。
手紙からどうにか父と子を探そうとしたが、やはり見つけることはできなかった。
そして15年が経ち、後妻との間にも子供をもうけ、領地経営も順調に進んでいたとき、不穏な噂が耳に入る。
王に献上したはずの娘、第三王女アルテミスが命を狙われている。それも第一王女、第二王女から。
さらには嘘か真か、アルテミスがクーデターを起こすのではないかという噂も入る。
一度は捨てた娘とはいえ、ランドは狼狽した。
そんな折、死んだと思っていた父と子が帰ってくるという知らせを受けた。
ランドはその知らせを大いに喜んだ。
あれから王も身体を壊し、今更アルテミスのことでこちらを警戒することもないだろうと、そう考えた。
ならばこそ、父と子をもう一度迎え入れ、家族全員が一緒になるときが来たのだと。
しかしランドは思う。
本当にそうだろうか。フルールはあれから時が経ったとはいえ、まだ15歳だ。
国は疲弊しているとはいえ、当事の事情を知る人間もおそらく王城にはいるはずだ。
アルテミスが命を狙われているような今、それがフルールにまで波及しないとどうして断言できよう。
であれば、サーシャとの子はやはりあのとき死産であったのだ。
娘を守ることはできなかったが、せめて息子は守ってみせよう、例え一緒に暮らせなくとも。
ランドはそう考え、ザラートにもその思いを伝えることで、フルールを王都やルール家から遠ざけた。
ザラートもまたその気持ちを理解したのだ。
そして二人は話し合いの末、ランドは家を、ザラートは血を守るという結論に達した。
ザラートはアルテミスを守るため、王都に向かうとランドに伝えた。
ランドは反対したが、ザラートはアルテミスも自分の孫であると言って聞かず、結局は認めることになる。
その結果、クーデターの責任はザラート一人が被ることとなり、処刑された。
そうなることで、アルテミスもフルールも、ルール家すらも守って見せたのだ。
そしてランドもまた家を守るため、心を鬼にし、ザラートのこともフルールのことも全て忘れるようにした。
事の顛末を全員が黙って聞いていた。
アズールはやはり驚き、ノルンは目に涙を浮かべて聞いていた。
「一つだけ、聞かせてほしい。あんたは…アルテミスをどうしたい」
俺は、ランドにそう尋ねた。
ランドは少し間を空けてから答える。
「クーデターは終わり、アルテミスも幽閉の身だ。しばらくは殺されることもない」
「あいつはあの狭い鳥かごの中で、残された幾ばくかの余生を過ごすことになるぞ」
「…俺には領地と家がある。どうもできん…」
「俺はただの冒険者、フルールだ。国も家も関係ない」
俺のその言葉にランドはハッとする。
そして一つ息を呑み、頭を下げてくる。
「……フルール、どうか頼む。アルテミスを、あの子を助けてやって欲しい。一度は捨てた娘だが、許されるならば守ってやりたいと思う」
父のその言葉に俺は頷き、一つの決心する。
「その依頼、受けよう」
そして言葉を続ける。
「俺はあいつを、アルテミスを、この国の女王にする」
そう決意を告げた。




