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兄弟

 この女は今なんて言った?


 じいちゃんがクーデターの情報を漏洩した?


 そんな馬鹿なこと…


 「何のために…? 自ら死地に赴く理由がないと思う…」

 ノルンがそう言った。

 そうだ、理由がない。

 自らクーデターに参加し、あまつさえ率いていたのだ。

 それを王国側に情報を渡せば、自分の処刑が免れないことなど誰の眼にも明らかなのだから。


 「私もそれが知りたいのです。なぜザラート・ルール伯爵が自ら処刑台に昇るような真似をしたのか。いいえ、あるいは、情報を王国側に渡すことで自らの命の助命を懇願したのかもしれませんね…結果はご存知のとおりですが…」


 第三王女のその言葉に俺は声を荒げる。

「じいちゃんはそんな汚い真似はしない!!第一その話が本当かどうかも分からない!」


 俺がそう言うと、王女は怯まず返してきた。

 「確かに伯爵はそんな人ではありません。ですが、事実です。これは伯爵が処刑された後、私の手の者が第一王女側から得た確かな情報です。彼はこう言っていました。『伯爵は情報を売ったのに処刑された』と。また、そのお陰で私は処刑までは至らなかったということを。これは見方を変えれば、伯爵一人の命をもって、私とその他クーデターに参加した騎士達を助命したとも言えます。いえ、間違いなくそうなのでしょう」


 王女は一息つき、話を続けた。


 「伯爵はクーデターが失敗することを確信していたのでしょう。実際あの時、クーデターに参加していた騎士の数は多くなく、数ヶ月以上も緊張が続く中、騎士達の精神は限界に達していたと思います。結果クーデターが決行されたならば、間違いなく私も騎士達も処刑されていたはずです。私の命は、ザラート・ルール伯爵によって守られたのです」


 王女のその言葉に俺は愕然とする。


 じいちゃんは自分が処刑されることで、結果的にこの女の命を救ったっていうのか…?

 それこそ有り得ないだろう。

 じいちゃんは王族や貴族を嫌っていたから距離を置いていたんだ。

 

 「私はクーデターを起こすまで、伯爵と一切面識はありませんでした。そんな方がどうして私のため、あるいは騎士のために自らの命を投げ出してまで救おうとされたのか…私はそれが知りたいのです」

 王女は力強くそう言い切った。

 そして俺たちに視線を向けて、反応を待っている。


 ノルンは判断に迷っているようだった。

 王女の言葉を信じていいものかどうか分からないのだろう。 

 

 俺はどうする?

 

 じいちゃんは自らクーデターに参加した。

 そして自ら情報を漏洩させ、進んで処刑された。

 その結果、王女の命は助かった。


 これらが意味するものは何なのか。


 そして、第三王女には魅了の効果が無かったという事実。


 王女の言葉を全て信じた訳ではないが、俺には確信めいたものがあった。


 「第三王女アルテミス。この依頼受けよう」

 俺はそう告げる。


 「フルール様…ありがとうございます」

 「礼を言われることじゃない。お前の言うことを全て信じた訳でもない。俺自身が、知りたいんだ…本当の事を…」

 俺は王女の礼に対し、そう返した。

 王女もそれで納得したのか、それ以上は何も言ってこない。


 「期限は一月もらおう。一月後、同じようにギルドに指名依頼を出せ。依頼の品は今回とは変えるようにしてくれ」

 俺はそれだけ言うと、さっさと離宮を後にした。


 途中ペローナが何か言っていたがそれを無視して俺はそのまま王城を出て行く。


 「フルール君…どこへ行くの…?」

 ノルンがそう尋ねてくる。

 そういえばノルンにはまだ説明していなかったな。


 「ルール領だよ。そこに、おそらく全てを知ってる人物がいる…思えば変だったんだ。じいちゃんが王とに旅立った時も、処刑された後の態度も。それを全部吐かせてやる…」


 俺がそう言うと、ノルンは不安そうな顔で聞いてくる。

 「その人物というのは…フルール君の…」


 「ああ、父親だ。父親だなんて思ったことはないけどな。そう不安そうにするなノルン。必ず真実を聞き出してみせるさ」

 俺はそう言って、ノルンを安心させるように笑いかけた。

 そのまま宿に戻り、馬車の手配をかける。

 その間にルール領へ向かう準備をし、すぐに馬車に乗り込み、出発する。


 ノルンの表情が未だ不安に包まれていることに気付かぬまま…







 「えっ? 入ってもいい…のか…?」

 俺はルール伯爵の館の前で、門兵に向かってそんな間抜けな言葉を発していた。


 「何でそんな意外そうな顔をしてるんだ…? 安心しろ。きちんとお前たちの名前と素性は伯爵様に伝えた上で、伯爵様は面会時間を取ってくださっているんだ。たまたま伯爵様のお手が空いていらっしゃる時間帯で運が良かったな、お前たち。あ、武器は置いていってもらうぞ」


 門兵のそんな言葉に半分呆けながら斧を外し預けて、俺は館まで歩いて行く。

 背後で何かカエルが潰れたような「ぐええ~」という音が聞こえてきたが、俺は気にせず進む。


 「フルール君…なんだか聞いていた話とは違う…」

 

 ノルンのその言葉に俺は頷く。

 「ああ…こんな簡単に会ってくれるとは思っていなかった。運が良いのか、何か考えがあるのか…。どちらにせよ、俺たちにとっては都合が良い」

 理由はどうあれ、あの男が堂々と会ってくれるというのであれば断る理由はない。

 元々が駄目もとで面会希望を出したのだ。

 最悪は前回のように忍び込むしかないと思っていたが、穏便に話が聞けるようであればそれにこしたことはない。


 ノルンはまだ不安そうではあったが、館はもう目の前に見えていた。


 大きな扉の前まで進むと、扉は既に開いており、その前で執事服を着た老年の男が出迎えるように立っていた。


 「お待ち致しておりました。主人がお待ちです。どうぞこちらへ」

 そう言うと、館の奥へと歩き出す。


 俺とノルンはそれに黙って付いていく。


 やがて一行は、豪華ではないが重厚な扉の前にたどり着く。

 ここは応接室ではない。おそらく、伯爵の書斎である。

 前回侵入した時と同じ位置にある部屋だった。


 老年の執事が扉を軽くノックすると、中から「入れ」と声がする。

 執事が扉を開け、俺たちは遠慮もせず中へと進む。

 背後の扉が閉まる音がし、俺は書斎の奥に位置する重厚な机に向かって話しかける。


 「あんたが素直に応じてくれるとは思っていなかった」

 

 俺の言葉をどう捉えたのか、男は憮然とした態度で返してくる。

 「前回みたいな事はごめんだからな。素直に通してしまったほうが被害が出ないと思っただけだ。用件は何だ」

 男はそう応えると、すぐに本題に入る。

 こちらとしても世間話をするつもりなど毛頭無い。


 「ザラート・ルールがなぜクーデターに参加し、なぜ自分の命を捨ててまで第三王女の命を助けたのかを知りたい」


 俺は直球で質問を投げかける。

 その言葉に男は前回とは違った反応を返した。


 「それを知ってどうなる。ザラート・ルールが命を賭けて守ったものを、お前は台無しにしようとしているんだぞ? 彼が守ろうとしたものを壊すことがお前の望みか?」

 男はそう問うてくる。


 「俺はただ真実が知りたいだけだ。その結果どうなるかは知ったことじゃない。じいちゃんが何を守ろうとしたのか、それを知ったうえで、俺が俺が思うように行動する」


 「復讐か。何も生み出さんぞ、それは」


 「じいちゃんじゃない、俺の意思だ。前にも言ったが問答するつもりはない。教えてくれ、頼む」

 俺はそう言って頭を下げた。

 隣でノルンが息を呑むのが分かった。

 

 男もそれを意外そうに眺め、それから嘆息してこう言った。

 「…これ以上隠すのはお前には逆効果か。分かった、俺が知っていることを全て話そう。これでいいか、フルール?」

 

 全て話すと言ったことよりも、ランド・ルールが初めて自分の名前を呼んだことに、フルールは素直に驚いた。


 「俺の名前…覚えてたのか…」

 

 俺がそう呟くとランドは苦笑しながら答える。

 「それはそうだ。息子の名前を覚えていない親はいまい」

 

 ランドのその言葉は意外なほどすんなりと、フルールの中に入ってくる。


 「やっぱり、あんたが俺の、父親なんだな…」

 そう確認することでどうにか気が抜けきってしまうのを留めた。


 「そうだ。私がお前の父、ランド・ルールだ。なぜ今まで名乗り出なかったのか等と聞かないでくれよ。第一にお前のじいさんがお前を連れて逃げたから。第二にそれがじいさんの望みだったから、いや、俺が望んだことでもある」

 

 ランドはそう言うと、手元の呼鈴を鳴らし、先ほど案内してくれた執事を呼んだ。


 「アズールに伝えてくれ。すぐに書斎に来るように、と」


 ランドの言葉に執事は、畏まりました、とだけ応えてすぐに部屋を出て行く。


 程なくして、アズールが書斎にやって来た。

 部屋に入るなり、俺がここにいることに驚いたようだったが、言葉に出すことはせず、そのまま4人で向かい合うように椅子に腰掛けた。


 「フルール、話だが、アズールにだけは伝えておかなければならん。こいつは次の我が伯爵家の当主だからな。どんな展開が待っていようとも、それを変えるつもりはない」

 ランドはそう言い切る。

 俺もその言葉に同意する。

 今更俺が出て行ったとしても、家を継ぐことなどできるはずもない。

 それに俺はじいちゃんに育てられたあの家がある。

 もとより、継ぐつもり等あるはずも無かった。


 「父上…一体、何の話なのでしょうか…」

 ただ一人、事の成り行きが分からないであろうアズールは、父の発言にただ困惑していた。

 それもそうだろう。

 祖父の従者だったとはいえ、見ず知らずの他人である俺と、さらに見知らぬ女の子がいる場で次代当主の話をするなど考えられないことである。


 普段のランドはまかり間違ってもこのような場でそんな話をする父親ではないのだから。


 「アズール、先ずお前には言っておかなければならないことがある。どうか心して聞いて欲しい」

 アズールにとって父とは最も尊敬する人物である。

 それは父親としても、領主としてもだ。

 そんな父が、柄にもなく自分に頼むような言葉を投げかけてきた。

 それがより一層、アズールの気持ちを引き締めた。


 だが、次に父が放った言葉で、脆くも引き締めたはずの気持ちが瓦解するのが分かった。


 「お前も知っている、ここにいるフルールのことだ。正式な名を、フルール・ルールという。紛れもなく私の子であり、お前の兄に当たる人間だ」

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