真実
遅くなりました。
「フルール様…顔色が優れないようですが、どうかされましたの?」
目の前の女が何か言ったようだが、俺の耳には届かない。
どういうことだ!
どうして魅了が効かない!?
この女の髪、瞳、妙な既視感は一体何だ!
俺と、じいちゃんの処刑の原因となったこの女の血が繋がっている?
そんな訳がない。
何かの偶然だ!
は……はは!そうだ簡単なことだ!!
この女が既にどこかの男と寝ていたって考えると、説明がつくじゃないか!!
そうだ、そうだったんだよ。
ならもういいじゃないか。
この女に魅了が効かない時点で、こいつに利用価値は無くなったんだ。
「あっはっは!騙された、あんたにはすっかり騙されたよ王女様」
俺はそう言って愉悦し、続ける。
「あんた、王族の癖に婚姻前に他の男と寝てるなんてさ、クーデターも加えると、そりゃ処刑されても文句は言えないよな。なあ、そうだろう?」
「フルール様…?一体何の話でしょうか…男性と寝ている…?」
俺は無言で背中から斧を一本抜く。
じいちゃんの斧だ。
こいつはこの斧で俺に殺されなければならないんだ。
俺は斧を右手に前に出る。
王女の顔色が変わるが、それを気にすることもなく更に前に出ようとし、止まる。
「フルール君…駄目…」
どうしてお前が俺の前に立つんだ、ノルン。
「どけ」
「どかない…」
「どけよ」
「どかない…」
「どけって!!そいつが殺せないだろう!」
「どかない…フルール君が後悔するから…」
後悔?後悔だって、ノルン?
後悔なんてもう十分してきたんだ俺は。
どうして今更この女のことで俺が後悔する必要があるんだ。
だって俺はこの女を殺さないといけないんだぞ?
じいちゃんのこの斧でさ、こいつを殺さないと、俺はじいちゃんに許してもらえない。
早く殺さないと、こいつを殺さないと駄目なんだよ!
「忘れたの…? この女は最後まで苦しめてから殺す…それがフルール君の望みだったはず…」
ノルンにそう言われて、ハッとする。
『ノルン、あらかじめ言っておくからな。俺は、第三王女だけは絶対に許さない。じいちゃんを口先で操り、利用し、なぶり殺しにしたその糞野郎を魅了し、利用し、使い潰し、搾りかすになったあとに、最後は薄汚いこの国の亡者共とまとめて死肉の棺桶に突っ込んで、その顔に自分の腸から引きずり出した糞を塗りこんでから言ってやるんだ、ざまあみろってな』
そうだ。この女は、ただ殺すだけでは駄目だ。
そんな楽な死に方では駄目だ。
全身を少しずつ削ぎ落とされて死んでいったじいちゃんの苦しみの100分の1でも味あわせてから、死んでもらわないと…それが俺の、じいちゃんの願いだった。
ああ、やっぱりノルンは最高だ!
ノルンは俺のことをいつだって理解してくれている。
俺が突然のことで我を忘れて安易にこいつを殺してしまいそうになっても、ノルンは止めてくれるんだ。
俺の復讐が、ちゃんと成就するようにって。
「そうだ、ノルン、ありがとう。俺はただ殺してしまうところだった」
「いいの…フルール君が間違ったことをしたとき…正すのが私の役目…」
ノルンはそう言って笑う。
そうだ。
これは俺だけの問題じゃないんだ。
ノルンだって、こんな俺のために着いてきてくれている。
その為にも、俺は絶対にこの復讐を成し遂げなければならないんだ。
俺があらためてそう決心すると、空気の読めないあの女が話しかけてくる。
「あの、フルール様…?先ほどのお話は、一体…」
「ん?ああ、貴方を殺したいという話ですか?事実ですよ」
俺は面と向かってそう告げる。
こいつには魅了は効かないが、利用できない以上、それがばれても問題ない。
要は最後にこいつが苦しんで死ねばいいだけなのだから。
「俺が何のためにここに来たと思うんですか? じいちゃんを煽動して処刑に導いたあなたを殺すためですよ。自分が恨まれていないと思っていたんですか? そうですよね。でないとわざわざ俺を指名したりしませんよね。それで、どうします? あなたは俺を利用するためにここに呼んだのでしょうが、残念ですね。俺はあなたを殺すつもりはあっても利用されるつもりはないのですから」
そう一方的に告げ、踵を返し、入ってきた扉に近づいていく。
ノルンもすぐ横を歩く。
第三王女は失敗したが、問題ない。
元々計画上は第一王女と第二王女を魅了することが最優先なのだから。
それさえ成せば、幽閉中のこの女など、後でどうにでもなるだろう。
そう考えていると、後ろから声が掛かった。
「待ってください、フルール様。話が終わっておりません」
振り返ると、あの女はこちらを真っ直ぐに見据えていた。
「あのなあ、話は済んだだろうが。それとも本気でこの場で俺に殺されたいのか?」
俺は面倒くさそうにそう言う。
こいつにはもっと良い死に場所を見つけてやるつもりなのだ。
これ以上何を話すことがあるというのか。
「いいえ、この場で殺されるつもりはありません。ですが、私の依頼が終わった後であれば、それを受け入れましょう」
「は?」
何を言ってるんだ、こいつ。
後で死ぬ?
「意味が分からない…あなたは自分がフルール君に殺されても良いと言っているように聞こえる…」
ノルンも怪訝そうにそう聞き返す。
「ええ、そう言いました。フルール様のお怒りはもっともです。私を憎んでおられるのですね。その怒りを受け入れます。ただし、依頼が終わってからです」
王女はやはりそう告げた。
「分からないな…いや、あんたは自分の立場が分かってるのか? いま、この一時とはいえ見逃してもらったんだぞ? それがなぜ自分から殺せなどと言う?」
「私の命はクーデターが失敗したときに既に終わったものです。今更惜しむものではありません」
命を惜しまないだと?
なら何故お前は…
「なら何故お前はいまこの場でのうのうと生きているんだ!? 惜しまないんだろ!? 死ねよ! 失敗した時点でさあ! 死ねばいいだろう!! じいちゃんが死ぬところを見たか!? 誰かに聞いたか!? じいちゃんは少しずつ身体を削がれて死んだってよ!! お前は何で生きてるんだ! お前も死ねよ! 自分の身体を削いで痛みに耐えながら死ねよ!!! それがお前のせいで死んだじいちゃんへの手向けだ!!」
俺はそう叫んだ。
命を惜しまない?
ならその惜しまない命をなぜじいちゃんのために使ってやらなかった。
お前がその命を賭せば助けられたんじゃないのか。
「今は死ぬことはできません。ですが約束しましょう。フルール様がこの依頼を果たしたとき、あなたの望む死に方を死にます。ですから、話を聞いて下さい。どうか、お願い致します」
第三王女はそう言ってのけた。
そして俺に向かって頭を下げた。
一体なんなんだ、こいつは…
辺りは先ほどと打って変わり、静寂に包まれている。
王女の言葉を信用する訳ではないが、そろそろ魅了の効果も切れるだろう。
そうなったときにペローナ達に乱入されるのも面倒だ。
俺はそう考え、第三王女に話を促す。
「その依頼を受けるかどうかは分からないが、聞くだけ聞いてやる…話せ」
俺はそう告げると、第三王女はホッとしたように少し顔を崩し、それに気付いて再度顔を引き締める。
「ありがとうございます。フルール様は、今回のクーデターの経緯はご存知でしょうか? ご存知であれば、フルール様が知っている範囲で結構ですので、話して下さい」
今更なんの話だ?
「それがあんたの依頼と何の関係がある」
「大いに関係があります。依頼を受けて頂けるのですよね? お答え下さい」
まだ受けるとは言っていない。
「聞くだけ聞くと言っただけだ…ああ、大体のことは知っている」
俺は第三王女にそう告げ、俺が知っている事のあらましを話す。
話している間、王女は顔色一つ変えずに傾聴していた。
「こんなところだ。何か間違っているか」
俺はそう王女に尋ねる。
「ありがとうございました。いいえ、間違っておりません。情報はあらかた秘匿されていたかと思いますが、大したものですね」
王女のその言葉を聞き、ノルンの表情は若干誇らしそうであった。
「ですが、そのお話にはある理由が抜けておられるようですね」
理由だと?
「クーデターの理由って意味なら、説明したはずだが?」
俺がそう話すと、王女は黙って首を振った。
「いいえ、違います。私が言っているのは、なぜザラート・ルール伯爵がクーデターに参加したかです」
じいちゃんがクーデターに参加した理由、だと。
この女はそんな白々しい台詞をよくも俺に向かって吐く。
「お前はやっぱり、今俺に殺されたいのか? どの口が白々しくそんな言葉を吐くんだ。お前らがじいちゃんを唆し、煽動したんだろうが」
俺は言葉に隠しもしない怒気を込める。
だが王女は怯みもせず、話を続ける。
「いいえ、フルール様。我々から伯爵に接触した事実はありません。あの方はある日突然、私の前に現れ、どこで話を聞いたのか、クーデターに協力したいと申し出て来られたのです」
じいちゃんが自ら協力しに王都へ?
有り得ない。
じいちゃんは自分からクーデターに関わるような男じゃなかった。
そんなことは俺が一番良く知っている。
俺はそう考え王女を見るが、王女の顔はそれが事実であると物語っていた。
「仮に…そう、仮にそうだとしよう。お前の言っていることが事実だと。その理由を知りたいというのが、今回の依頼か? なら全く無意味だと言わせてもらう。じいちゃんは死んだ。お前たちのせいで、ただ一人責任を背負わされる形で処刑されたんだ。今更じいちゃんがクーデターに参加した理由なんかを知ったところで…」
俺がそう話すと、王女は俺の言葉を切るように告げた。
「いいえ、フルール様。私が知りたいのはそうではないのです。いえ、それもありますが、私はただ真実が知りたいのです。なぜこのクーデターが失敗することになったのか、それさえ知ることができるのならば、私は喜んで死んで見せましょう」
王女の言葉に、俺は冷笑を持って返す。
「はっ! なぜクーデターが失敗したかだと? お前たちが無能だからだろうが。聞いているぞ。クーデター失敗のきっかけは、情報の漏洩だとな。お前たちの計画は事前に王国側にばれていたんだ。じいちゃんがいる以上、情報が外部に漏れるなんて有り得ない。そんな事をおめおめと許す男じゃない。ということは、お前たちクーデター派の中に、裏切り者がいるはずなんだよ。そいつが金欲しさに王国側に情報を売ったのさ。お前は自分の子飼いすら飼いならせなかったってことだ」
俺はそう言って笑う。
この女はやはり無能だ。
今更そんなことを俺に依頼するだと?
少し考えれば分かることだ。
そうだ。
この女を殺した後、その裏切り者も見つけ出して殺そう。
なぜこんなことに気付かなかったんだろう。
そいつさえ余計なことをしなければ、じいちゃんは死ななかったはずだ。
そうだ、そいつはじいちゃんと同じ死に方にしてやろう。
自分の行った行為がどういうものだったのかを分からせてやらなければ。
俺がそう考えていると、王女が話しを続けてくる。
「いいえ、フルール様。私が知りたい真実というのは、そのようなことではありません。確かに情報漏洩によってクーデターは失敗しました。それは事実です。ですが、事実であり、真実ではない」
なんだ、さっきから一体何が言いたいんだこいつは…
王女は息を一つ吐き、決心したかのようにこう告げた。
「私が知りたい真実は、なぜザラート・ルール伯爵はクーデターの情報を漏洩したのか、ということです。この依頼、お引き受け頂けますか?」
第三王女アルテミスは、真っ直ぐに俺を見つめ、そう尋ねた。




