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邂逅

気分転換に短編書いてたら遅くなりました。

 俺は案内された部屋に入る。

 中では緊張した面持ちの見知った顔が一人立っていた。


 「お久しぶりです、フルール殿」

 久方ぶりに見るペローナは以前と比べ線が細く、どこかやつれたような印象を受ける。

 

 「ああ、ペローナ。元気(・・)そうだな」

 俺はあえてそう尋ねる。


 「元気かどうかは分かりませんが、生きています」

 それがまるで恥ずかしいことかのように、若干俯きながらそう告げる。


 「それは僥倖。話とは何だ」

 部屋の中には既に剣呑な雰囲気が立ち込め、声を発することさえ躊躇われる。

 それでもペローナは気力を振り絞って告げる。


 「先ずは、ガズン殿のこと、心からお「ペローナ」」

 「話とは何だ(・・・・・)

 有無を言わせぬ俺の言葉にペローナは覚悟を決めたように話し始めた。


 「…第三王女アルテミス様が、フルール殿にお会いしたいと仰っております。思うところはあるでしょうが、ぜひ王城まで来て頂きたいのです」

 ペローナの名前を聞いたときに予想できたいくつかの一つではあるが、第三王女から直々の呼び出しとはな…

 

 「返答をする前にまず聞いておこうか、ペローナ。お前はじいちゃんが死ぬ間際に立ち会ったか」

 「いいえ…ガズン殿が処刑されたとき、私は他の騎士達と同じく、宿舎に隔離されていました」

 クーデターを起こしておきながら隔離先が宿舎とは、王女付きとはずいぶん恵まれている。


 「なぜ俺に声を掛けてきた」

 「フルール殿がガズン殿のお孫様であり、ルール伯爵の息子様だからです」


 「なぜ()、俺に声を掛けてきた」

 「フルール殿が冒険者をして名声を手にし、もはや1級に手が届こうとしているためです」


 「なぜクーデターは決行前に鎮圧された。情報はどこから漏れた」

 「申し訳ありません。それは私からは控えさせてください」

 

 「王女は俺の異能を知らないのか」

 「私は何も話していません」


 「知らないのか」

 「ご存知ではないと思います」

 

 「そうか。じゃあ最後だ。ペローナ、俺の魅了の効果は知っているはずだ。それでもなお、お前は第三王女に俺を会わせようと言うのか」

 「王女様の御前で素顔を晒せば、フルール殿と言えども許しません」

 ペローナは俺を相手にそう言ってのけた。


 「許さなければどうなる?」

 俺は嫌らしく尋ねる。


 「殺します。貴方には恩も引け目もあります、ですが殺します。それが王女様の為とあらば殺します」

 最初に会ったときにも思ったが、王女付きの騎士ともなれば、大したもんだ。

 こいつは俺に対してじいちゃんを結果的に見捨てることになった引け目がありながら、自陣にとって有益でないのであれば、容赦なく殺すと言ってのけた。

 

 「……分かった、会おう。いつだ」

 俺は少し考えてから、そう言った。

 

 「3日後、ギルドに王族用の指名依頼を出します。その納品に乗じてアルテミス様の離宮へと赴いて頂きます。納品するものはこちらのリストにあります。こちらで準備することはできませんので注意して下さい。受注からさらに3日後の朝、納品をお願い致します。」

 なるほど。王女が隔離されているであろう離宮へ赴く理由付けか。

 リストを見ると、どれも希少なものばかりである。

 

 「いいだろう。用は済んだか」

 「はい…これで失礼させて頂きます」

 そう言ってペローナは深く一礼し、部屋の出入り口へと向かうが、その足が扉の前で止まる。


 「ガズン殿を、守ることが出来ず、申し訳…ありませんでした…」

 ペローナは震える声で、そう謝罪を口にした。


 その言葉を聞いた俺は嘆息する。

 「あのなあ、ペローナ。じいちゃんがお前なんかに守られるようなタマか?」

 俺は呆れながらそう告げる。

 「第三王女付きってんなら、少なくともお前は王都でいくらかの時間、じいちゃんを傍で見てきたはずだ。じいちゃんは誰かに守られるような男じゃない。それこそ俺にだって。だからお前がいつまでも気にすんな」

 俺の言葉をどう捉えたのか、ペローナは俺に背中を向けたまま、肩を震わせた。


 おれはその背中に向けてある物を放り投げた。

 ペローナはそれを器用に背中越しに受け取る。

 「それは返しておく。遅くなって悪かったな」

 それはペローナと別れたあの日、預かっておいた魔法の収納袋であった。


 「フルール殿…ありがとうございました…」

 それは何に対する礼だったのか、ペローナはそのまま扉を開け、去っていく。


 俺はその後姿を見ながら、抑え切れない笑みを浮かべていた。





 3日後、ペローナの言う通りギルドから王族用の指名依頼を受け取ると、俺とノルンは王都近郊の山脈に足を踏み入れ、そこからさらに2日が経過していた。


 「フルール君…これで依頼品は全て集まった…」

 ノルンは手に青く輝く石を持ちながらそう告げてくる。


 「ああ、どうにか期日には間に合ったな」

 俺はその魔石を魔法の収納袋に入れる。

 依頼品は全部で4つあったが、そのどれもがこの山で獲れるものだ。

 王族からの依頼の品という威厳を保ちつつも、こちらが比較的集めやすいための配慮であろう。


 「せっかくの収納袋が一つ減ったのは痛い…」

 ノルンはまだ、俺がペローナに魔法の収納袋を返却したことに怒っているようだ。


 「何度も言ったろ? あれは元々ペローナのものだし、おかげでペローナの疑惑も軽減できたはずだ」

 俺はペローナを油断させるため、敢えて話の最後にペローナを許した様な発言をしたのだ。

 あの時のペローナは言葉ではああ言っていたものの、俺がじいちゃんの復讐の対象として第三王女を狙っていることも予想していたはずだ。

 そうなれば当然計画に支障が出てくる。

 だがこれで、少なくとも第三王女に面会できるところまでは行けると思う。

 

 「でも…あの中には私の魔石や化粧水も入っていた…」

 そうなのだ。俺はノルンの私物が入っていたにも関わらず、咄嗟にペローナに収納袋を放ってしまったため、私物を取り出す暇がなかったのだ。

 そのためノルンの機嫌はここ数日すこぶる悪かったが、ようやく落ち着いてきたのだ。


 「悪かった、本当に悪かった。そうだ!街に戻ったら一緒に首飾りを見に行かないか?いや~、ノルンに絶対似合う首飾りがある店に当たりを付けてたんだよ!」

 俺はわざとらしくそう言い、横目でノルンの様子をチラリと伺う。


 「…そんなことでは騙されない…フルール君がそんなお店を調べるはずがない……」

 口ではそうは言うものの、明らかに顔が緩んでいるのが分かる。

 

 いけるさフルール!お前のその力はミスリルの斧を振るうだけじゃあない!

 俺は自らをそう鼓舞し、話を続ける。

 「そんなことないさノルン。こういうきっかけがなかったからプレゼントできなかっただけさ。じゃあ、こうしよう。今日街に戻ったら、早速一緒に見に行く。これでも信用できないか?」


 「…フルール君が選んでくれるなら…許す……」

 ノルンは顔中を赤くし、そう言ってくる。


 よし落ちた。俺は心の中でガッツポーズを決める。

 後は街に着く前に、なんとしてでも首飾りがある店をリサーチするだけだ。

 それが一番の問題であることを理解しつつも、ひとまず安堵する。


 だが俺は自分の命を賭けの対象にしたことを、既に後悔し始めていた。

 






 ギルドに戻ると馴染みの受付員であるパックが声を掛けてきた。

 「おかえりなさい、フルールさん。依頼人の方がお待ちですので、ご案内します」

 そう言って先導し始める。


 少し歩くと応接室のドアが見えてくる。

 パックは軽くノックをし、中からペローナの声が聞こえると、ドアを開けて俺たちに入室するよう促す。


 俺はパックに軽く礼を言い、仮面を外しながら(・・・・・・・・)室内に入る。


 室内にいたペローナの顔が驚きに染まるが、その時には俺は魅了を掛け終わっている。

 ドアが閉まったのを確認し、俺はペローナに声を掛ける。


 「やあペローナ。では、第三王女のところへ案内してもらおう」

 俺は口の両端を歪めながらペローナにそうお願い(・・・)をする

 

 「…分かりましたフルール殿、では向かいましょう」

 ペローナはそう言って部屋から出て、王城へと歩き出す。


 (第一段階は上手くいったようだ)

 俺は心の中でそう一人ごちた。

 先日ペローナから呼び出しを受けた際、俺はチャンスが巡ってきたと思った。

 第三王女にはいずれどこかのタイミングで接触しようと考えていたところに、向こうからそのタイミングを作ってくれた。

 その為に俺はペローナと会った際、いつもの仮面ではなく、顔半分のみを隠す手ぬぐいに切り替えていたのだ。ペローナと別れている間に魅了が効かなくなっていないかどうかを確かめるために。

 結果は、効果はあった。

 ペローナはおそらく俺の姿を見て、俺の魅了に耐えられると判断しただろう。

 実際あいつは以前にも俺の魅了に抗うことが出来ていたのだから。

 

 だが俺はこの1年で、魅了の効果にある程度の強弱をつけられるよう修行した。

 また、魅了を最大限に効かせることでかなりの範囲で言うことを聞かせられ、その効果時間も延びるようになっていた。

 ペローナと再会した際にも、ギリギリまで魅了を弱めていたのだ。

 その結果、油断していたペローナはご覧の有様だ。


 展開をいくつか想定していたが、最も理想通りに運んでいる。


 あとは離宮に入れるかが問題だが、隔離されているとはいえ、王女自らが面会を希望しているのであれば何らかの対処はしているのだろう。

 となると残る障害は、王女自身だが、これも問題ない。


 まさか王女が婚礼前に姦淫していることは有り得ない。

 クーデターを起こし、隔離されている王女だからこそ尚更だ。


 ここで先ずは一つ目の難所を越えたな。

 

 ああ、第三王女アルテミスよ…

 

 早くお前を魅了し、ボロボロにしたい…


 殺さないでくれと懇願するお前に刃を差し入れたい…


 心の奥底から込み上げてくる下卑た笑いを仮面の下で浮かべながら、俺は王城へと足を早めた。







 王城から離宮まではペローナの案内もあり、スムーズに事が運ぶ。

 クーデターを起こしたとはいえ、一国の王女である。

 お付の騎士をまさか一人残らず解散させるわけにもいかず、ペローナの他、数人が離宮に詰めて王女の世話をしているようだ。

 

 離宮の入り口では屈強な男性騎士が立ち、こちらを見据えている。

 依頼の品を直接渡したい旨を伝えると、どうやら中まで一緒に付いてくるようだ。

 さすがにペローナ一人だけに任せることはしないか… 


 「ペローナさん、王女様は俺たちだけを中に通すように仰ったと言われていませんでしたか?」

 俺は仮面を外しペローナに向かってそう告げる。


 「…そうだ。アルテミス様は、この冒険者たちのみをお通しするよう仰っていた。お前たちは私とここで待機だ」

 騎士達は訝しげな表情ではあったが、アルテミス様の名前を出される以上は命に背くこともできない。

 離宮の入り口にペローナと騎士達を残し、俺とペローナは中を進んでいく。


 やがて大きな門の前に突き当たる。

 内側から鍵をかけられるタイプの扉で、これを破るのはかなり困難だろう。

 俺は中にいるであろう王女へと声を掛ける。


 「王女様。冒険者のフルールと申します。依頼の品をお持ちしましたので、できましたらお顔をお見せ頂けないでしょうか」

 俺は仮面の下からそう告げる。

 少ししてから、部屋の内側から声が聞こえる。


 「…ペローナと警備の者はどうしましたか。こちらへは一緒に来ているはずですが…」


 「ペローナ様とその他の騎士様たちは離宮の入り口を守っておられます。今日のことを第一王女様、第二王女様の手の物に気付かれないとも限りませんので」

 俺の言葉に王女はすぐに反応を返してきた。


 「そうですね…万が一ということもあります。それに、ガズン殿のお孫様です、信じましょう。いま参ります」

 そういって足音が近づいてくる。


 馬鹿が。所詮、世間知らずの箱入りか。

 少し考えればおかしいと気付きそうなものを。

 警備が必要であれば、なおさら警護対象から距離を取る訳がない。

 

 だが今の俺にとっては都合が良いこと、このうえない。


 王女の足音がどんどん近くなる。


 俺は仮面を外したい衝動に駆られるがどうにか抑える。


 あと5m…


 3m…


 1m…


 やがて鍵が開く音が聞こえる。


 俺はその扉を開いていく。


 その向こう側には、歳の頃は俺と同じくらいであろうか。

 だが年齢にそぐわぬ威厳を漂わせた女性がこちらを見据え、立っていた。

 間違いない。

 この女が…


 「貴方が、アルテミス様…ですね?」

 俺の言葉に女は小さく頷き、肯定の言葉を返す。



 「初めまして、フルール様。私がアーリオ王国第三王女、アルテミスです」



 その台詞に、俺は勝利を確信した。



 俺は仮面に手をかけ、言葉を告げる。

 


 「初めまして、王女様。そして、さようなら(・・・・・)

 俺は仮面を外し、王女へと向かって魅了を放つ。


 全力のそれは俺の体から何かを抉りとりながら、確かに王女へと放たれた。


 俺は勝利を確信し、王女に言葉を掛けようとしたが…


 「さようなら…?納品を済ませてすぐに帰るおつもりですか?ペローナから、話は伺っていないのかしら…」

 王女アルテミスはそう言ってブツブツと呟き始めた。


 「なんだと…?効いていない…のか…?」

 俺は予想していなかったまさかの事態に驚きを隠せなかった。


 「聞いていない?やっぱり、そうなのですね。はぁ、ペローナには私からフルール様に話があるよう伝えてくださいとお願いしたのに、どうなってるのかしら…」

 そう言うとまたブツブツと何かを呟き、自分の世界に入ってしまう。


 (なんだ…一体どうなってる!!何故魅了が効かない!?)

 俺は縋るように隣のノルンを見るが、ノルンもまたその表情が驚愕に歪んでいる。


 (くそっ!!!失敗なのか!!ここまで来ておいて…何かないのか…何か…)

 まさか王族が婚姻の儀を済ませるよりも前に姦淫していたとは考えなかった。

 俺は万が一にも失敗するなどと思っておらず、突然の事態に対処できないでいた。

 

 その時、隣にいたノルンが言葉を発する。


 「同じ…瞳の色…同じ髪…同じ…」

 その顔は未だ驚きに満ちていながらも、何かを呟いている。


 「どうした、ノルン…何か気付いたのか…?」

 俺は小声でノルンにそう尋ねる。

 この状況を打破するきっかけになれば。そんな思いからであった。


 そうするとノルンは、今度ははっきりとした口調で、言葉を告げる。


 「フルール君と似ている…同じ瞳に、同じ髪の色…」

 

 その言葉に俺は第三王女を凝視する。


 その顔にはどこか既視感を感じる。


 「同じ…?俺と同じ…」



 

 そして、一つのことに思い至る。



 魅了の効果がなかったこと



 同じ瞳



 同じ髪の色



 じいちゃんがクーデターに参加したこと



 俺に決して王都に来るなと言ったこと



 じいちゃんが決して話さなかった秘密




 それらが俺に、この女と血が繋がっているという事実を突き付けてきた。



 

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