黄金の悪魔
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王都へと続く街道を外れた平原に、いま一台の馬車がその力の限りを使い果たすかのように走行している。
馬を見ると限界は近く、口から泡沫が飛び散っている。
それでも手綱を緩めることは無い。
馬を止めるということは、自分たちが死ぬということなのだ。
愛着が無い訳ではないが、命には変えることはできない。
後方から声が飛んでくる。
「追いつかれるぞ!!!速度を上げろ!!」
そんなことを言われても、こっちも限界だ。
「やってるわよ!!でも、これ以上は馬が動かなくなる!!!」
そう、今だってぎりぎりの状態なのだ。
これ以上鞭を入れれば、その瞬間馬は地面へと崩れ落ちることになり、うちのチームは晴れて全滅の憂き目に会うことだろう。
「なんだって王都近くの森での採集依頼なんかで凶大蜂に襲われなきゃいけねえんだ!!」
二人は王都の冒険者であり、チームを組んで依頼を受注していた。
冒険者ランクは7級で、初心者から抜け出し、中級の域に達しようとしていた。
そんな二人であるが、この日安易な気持ちから凶大蜂の巣に手を出してしまった。
凶大蜂は通常自ら人を襲うことはあまり無い。
ただ、巣に近づくものを攻撃するという本能が非常に強く、今や二人を攻撃しようと巣から遠く離れてまで追ってくる。
「あの時、凶大蜂の蜜なんて見つけなければ…!!!」
二人は今回の任務中、たまたま凶大蜂の巣を見つけ、そこに蜜がたっぷりと入っているのに気がついてた。
更に運の良いことに、凶大蜂は大半が出払っていたようで、巣に残っていた少数を炎魔法で焼き払い、蜜を回収したのだ。
そこまでは良かったのだが、そこからがまずかった。
すぐに森を出れば良かったのだが、依頼の途中だったこともあり、続けて依頼品を探すために森の探索を続けた結果、蜜の匂いで凶大蜂に居場所がばれ、現状のようなこととなった。
「あんたたちの蜜なんてとっくに捨てたわよ!!捨てたのになんで追ってくるのよお!!!」
必死に叫ぶが、凶大蜂の耳には届かない。
自分たちの巣を侵した報いを侵入者に受けさせようと、魔物の数は、今や数百匹にも達していた。
通常の蜂と比べるとその数は少ないが、凶大蜂の体長は通常の蜂の軽く20倍はある。
その群れが、二人を殺そうと後ろから追ってきているのだ。
なんとか炎魔法で凌いでいたものの、もう魔力も底をつきかけており、殺される瞬間は目の前に迫っていた。
そう思った瞬間、馬が限界を迎え、力尽きる。
馬車は一瞬のうちに横転し、そのままの勢いで平原を転がる。
20mほど転がったあとその勢いは止まったが、乗っていた二人は平原に投げ出され、もう虫の息であった。
(ここで終わりか…リーン…守ってやれなくてすまない)
馬車の後ろで必死に炎魔法を撃ち続けていた男、オルトは死の間際にそう思った。
チームの相手でもあるリーンには言っていなかったが、冒険者ランク6級に上がったときに、彼は自分の気持ちをリーンに伝えようとしていたのだ。
もはや動かない身体でそのリーンが投げ出されたであろう方向を見ると、動かないリーンのすぐ傍に、二人の人間が立っていた。
(誰だ…逃げろ…くそ、すまない…巻き込んじまって)
こんな街道を外れたところになぜ人がいるのか。他の冒険者だろうか。
どっちでもいい。
逃げてほしいと思うが、声も出ない。
それにもう遅いのだ。
魔物の群れは目の前に迫っており、全員が殺されて終わりだ。
そう思った瞬間、世界が一変した。
突然視界が赤く染まる。
そう思ったのもつかの間、視界が晴れると目前に迫っていた魔物の群れはそのほとんどが姿を消していた。
否、消えたのではない。燃え尽きていたのだ。
その証拠に辺り一面に焦げた匂いが立ち込める。
有り得ない威力と範囲である。
オルトとて、魔法使いとして冒険者を6級目前にしていた男だ。
そのオルトはこう理解する。
この魔法を撃った魔法使いは、命を賭してこそようやく使えるような、生涯一度きりの大魔法を自分たちを守るために使ったのだと。
であれば、おそらく魔力を使い切ったその魔法使いはもう…
そう考え、もう一度二人の人間が立っていた場所を見るが、魔法を撃ったであろう少女は何事もなかったかのように、リーンに治療魔法を施していた。
そしてよく見ると、もう一人の姿が見えない。
背後から、バチっと、何かがはじけるような音が聞こえる。
途端、周りに残っていた魔物の残党が見る見るその姿を肉塊に変えていくではないか。
(何が起こってるんだ…目の前で…)
オルトが理解できなかったのも無理はない。
黄金の軌跡が走ったかと思えば、その後には無数の凶大蜂の屍骸だけが残っているのだ。
いったいどのような魔法を使えば、こんな芸当が可能になるのか。
少しすると辺りから喧騒が消え、凶大蜂の屍骸だけが残った。
リーンの治療を終えたらしい少女がこちらに近づき、自分にも治療魔法をかけてくれる。
まだ満足に喋ることができないが、無理をして礼を言う。
「すま…なぃ…」
これが精一杯であった。
「無理しなくてもいい…」
少女はそっけなくもそう言って、治療を続ける。
ものの1分もしない内に、怪我は完全に治ったようだ。
リーンもこちらに駆け寄ってくる。
生きていてくれた、本当に良かった。
お互いにそう思い、抱き合い、喜び合う。
ひとしきりそうした後、助けてくれた冒険者であろう二人にあらためて礼を言う。
「本当にありがとうございました。貴方たちがいなければ、自分たちは死んでいました」
そう言いながら、オルトとリーンはあらためて冒険者たちを見る。
一人は小柄な少女。歳はまだかなり若い。
この子があのような大魔法を撃ち、治療魔法を連続してかけ、なおも平然としているとは信じがたい…
もう一人は上背のある男。こちらもまだ若く見える。
ただその姿は明らかに異様である。
まず見えるのが、仮面。顔全体を隠すように、奇怪な仮面を着けているのだ。
そしてその出で立ちたるや、両手にもつ大柄の斧。柄から刃まで全て黄金色に輝いてみえる斧を両手に持っている。
服装は普通に見えるが、それがなお一層男の奇怪さを増長していた。
(この男は、この異様な斧を両手に持ちながら、あの閃光の如き速度で魔物を屠ったというのか…)
リーンもまた、男の異様さに息を呑んでいた。
すると、二人は何事もなかったかのように、王都のほうへ向かって歩き出す。
「あ、あの!まだお礼を渡していません!!」
リーンは思わずそう叫ぶが、二人は歩みを止めることなく、言葉だけが返ってきた。
「別にいらない。あんた達はそこの転がった馬車の後始末をしときなよ。俺たちは先に王都に帰る」
それだけ言うと、本当にさっさと王都に向かってしまった。
後に残された二人はその場でぽかんとしていたが、二人が見えなくなってからようやく気付く。
オルトとリーンは王都に出てきてからまだ日が浅かったため、話にしか聞いたことがなかったのだ。
「あの男のほう…もしかして、『黄金の悪魔』…」
黄金の悪魔。その異名を聞くと、どんなおどろおどろしい人物を想像するだろうか。
その男は半年ほど前に突然王都に現れ、あっという間に冒険者ランク2級に上り詰めた。
顔は仮面に隠され、素顔はギルドマスターすら知らないという。
そして、その異名の象徴となるのが、男の持つ武器と、その戦闘スタイルであった。
ある冒険者はこう言う。
「初めて見たときはよ、こいつ馬鹿かと思ったぜ。だってよ、あの黄金に見える両手の斧、ありゃミスリル鋼だぜ? そう、あの量だとありゃ大人10人分近くあるんじゃねえか。そんなもの振り回せるわきゃねえ…いや、持ち歩けるはずがねえんだよ。それをあの野郎は軽々と振りやがる。そりゃあもう、悪魔的に強え。いや、そうじゃねえんだ。あの男の異名はよ、あいつが本気で戦闘をするだけ使う、妙な光が理由さ。俺は一度見たことがあんだ。あいつの身体が光ったと思ったら、あっという間に魔物の屍骸の山が出来上がっていた。その時、確かに黄金の軌跡が見えたんだよ。あの強さにあの装備の趣味の悪さ、ありゃあ悪魔か何かに違いねえな」
冒険者はそう言うと、愉快そうに笑った。
「あれが…ということは、隣にいたのが『灰燼ノルン』…? 噂とは違って、ずいぶん可愛らしい女の子だったわね」
リーンがそう言うのも当然だろう。
黄金の悪魔の相棒である灰燼ノルンと言えば、魔物の群れの緊急討伐の折、一人最前線に飛び出したかと思えば、たった一発の魔法で辺り一面を魔物ごと灰燼と化したと言われる魔女だ。
それがあんな小さい女の子だったとは。
オルトとリーンはそこでようやく馬車がそのままであることに気付き、慌てて荷物を確かめに行くのであった。
■
「あの人たち、今頃驚いてるんじゃないか? たぶん俺達のこと知らなかったみたいだけど、ノルンの噂くらいは聞いたことがあるだろうしさ」
俺はそういってノルンに笑いかける。
あれだけの炎魔法を使って平然としていられるのは、冒険者多しといえどもノルンくらいのものだろう。
男のほうは魔法使いであったようだし、おそらくノルンのこともすぐに気付くだろう(実際にはフルールのほうがその出で立ちから悪目立ちするのだが…)
ノルンは可愛いと言われたことに頬を赤らめつつも、口先を尖らせてむぅっと唸る。
「あの二つ名は嫌い…取り消して欲しい…」
そんな事を言う。
「なんでだよ? 『灰燼ノルン』なんてさ、カッコいいじゃん」
俺は素直にノルンを褒めたつもりだったが、ノルンの視線は鋭い。
「それがおかしい…どう考えても『怪人』はフルール君のほう…『怪人ノルン』なんてダサい…」
そう言いながら俺の仮面をじっと見る。
「カッコいいだろ? この仮面。じいちゃんが若い頃、東南の端にある部族の村を魔物から助けた時に、お礼にもらって帰ってきたんだってさ。貴重な品だぞ?」
俺はそう言いながら仮面を外す。
手元の仮面をあらためて見るが…うん、カッコいいじゃないか。
なのになんでみんな分からないんだろう?
ノルンは悩む俺を見て嘆息するが、すぐに立ち直ったようだ。
「むぅ…仕方ないからこの際『怪人ノルン』は我慢する…ようやく、ここまで来たんだから…」
ああ、そうだ。
俺たちが王都にやってきて半年。
既に冒険者2級まで上がることができた。
実力もそうなのだが、この異名が付いているおかげで指名依頼も数多く、思っていたよりも相当早くに上がることができたのだ。
「ああ。あとは三魔討伐さえすれば…」
その後は冒険者1級だ。
前人未到である三魔の討伐。
そこにたどり着けさえすれば、もう冒険者なんてどうでもいい。
目標はすぐそこまで迫っていた。
いつものように冒険者ギルドに依頼完了を報告したところで、ギルド員から声をかけられる。
「フルールさん、すいませんが少し宜しいですか」
そう言って声を掛けてきたのは、俺たちが王都にやってきてから付き合いのある受付の男性だった。
「やあパック。構わないけど、どうしたんだ?」
パックの顔を見ると、少し困ったような表情をしている。
あまり良いことではなさそうだが。
「あの、フルールさんに会いたいという方がギルドに尋ねて来られてまして…」
言いずらそうにそう言ってくる。
「俺への指名依頼か? なら悪いけど、これから指名依頼は受けるつもりはないって言っておいてくれないか?」
俺がそう言うと、パックはひどく驚く。
それはそうだろう。王都といえども2級冒険者といえば片手で足りるほどの数しかいない。
それゆえに、2級冒険者に対する指名依頼は数を捌くのが非常に難しいのだ。もちろん依頼自体の難易度もその理由ではあるが。
「それはいったいどうして…いえ、失礼しました。私が口を出すようなことではありませんね」
パックはギルド員としての矜持から、なんとか冷静に対応することに成功したようだ。
「いえ、それが指名依頼ではなくて、ただ会いたいとのことなんですよ。我々も対応に苦慮しているのです、何せ相手が有名貴族家の方なので…」
そういって申し訳なさそうに俯く。
貴族か。
特に依頼で揉めるようなことは無かったと思うが、どんな理由があって俺に会おうとする?
「相手の家名を教えてもらえるか?」
俺自身が貴族社会には詳しくないのだが、記憶にある名前かどうか確認するため、敢えて尋ねた。
するとパックはこう続けた。
「はい。ペローナ・グルコス様です」
その言葉を聞いた俺は、心の内でどす黒い復讐の炎が一層強く燃え上がるのを感じた。
「ペローナ……」
その名前はフルールにとって馴染みのあるものである。
それは、アーリオ王国第三王女アルテミスの近衛だった騎士の名前であった。




