岐路
0時に間に合いませんでした・・・。
今回は話の都合上、少し短めになっています。
次回で一応、プロローグが終了の予定です。
ここまで付き合って頂いた皆様、ありがとうございました。
ここからようやく話が大きく動き出す予定(あくまで予定ですが)ですので、ご期待下さい。
それから二人と何を話したのか、俺はよく覚えていない。
気が付くと、何かしら話しが終わったのか、じいちゃんとランドが中庭にやってきて、アズールとシャールと何か話をしていたと思う。
アズールとシャールは、初めてあう自分の祖父に最初は緊張した面持ちだったが、すぐに打ち解けたようだ。
シャールがいよいよ紅茶を入れ、じいちゃんがそれを飲み、やや大げさ過ぎるくらいに褒めると、とても喜んでいたのは印象に残っている。
俺は少し離れたところでそれをぼんやりと見ていたのだが、笑っている4人を尻目に、自分が今どんな表情をしているのか、それも分からなかった。
じいちゃんは紅茶を一杯飲んでから少し話をした後、もう町に戻らなければならないことを告げ、俺に帰ろうと言って来た。
アズールとシャールはもっと話をしたいようであったが、じいちゃんはこれから少しやる事があると言って、お互いに名残惜しそうに帰路につくことになった。
二人は帰り際、俺に対しても「また会おう」と言ってくれたのだが、俺は無理やり笑顔を取り繕うことで、声に出すのを避けた。少し不審に思われたかもしれないが、仕方ない。
ランドはじいちゃんと別れの挨拶を交わしたあと、俺を一瞥し、すぐに二人を連れて館の中に入っていった。
結局最後まで俺の事には気付かなかったことになるが、俺はそれでいいと思う。
終わってみれば、顔も知らなかった親ではあるが、少なくともひどい人間ではないことが分かったし、腹違いの兄弟もとてもいい子たちであった。
だが、じいちゃんは、俺を育てることで15年間もそんな家族と距離を置いてきたのだ。
これをきっかけにじいちゃんが家族とまた一緒に暮らすようになったとしても、きっと俺は祝福できるはずだ。
なのに、なぜこうも胸が痛むのか、分からない。
じいちゃんが俺のために犠牲にしてきた15年間を、俺はどうやって償えばいいのかも分からない。
そのあとは結局、お互いに一言も発しないまま港町キヌサに戻ってきた。
だが、俺はその間に一つのことを決心していた。
思い出すのはじいちゃんとの約束だ。
『冒険者として3級に上がるまで、じいちゃんと会わない』
それがどんな意味があるのかも分からないし、あるいは意味もなく、俺を遠ざけるために言っただけなのかもしれない。
だが今の俺にはそれしかない。
じいちゃんとの約束しか残っていない。
じいちゃんは王都に旅立ち、俺はこの町で冒険者として上を目指す。
用事が終われば帰ってくるとは言っていたが、おそらくもう帰ってこないだろうと思った。
だが、それでいいと思う。
なので俺が決心したことはこれだけだ。
『じいちゃんとの約束を果たし、もう一度だけ会いに行く』
いつになるか分からないが、必ず。
■
「じいちゃん、忘れ物はないか?」
俺は宿に置いていた荷物をまとめ、部屋を出る前に尋ねる。
「うむ。準備万端ってやつじゃな。お前こそいいのか?この宿はしばらくは泊まっていっても大丈夫なように、手配もしておるんじゃぞ?」
そう。じいちゃんは俺が町での生活に困らないよう、1年は滞在できるように宿の主人と話をつけてくれていたのだった。
だが俺はそれを断る。
「いいって。俺はさ、せっかく独り立ちするんだから、自分の力でやってみたいんだよ。住むところまでじいちゃんの世話になってちゃ、家を出た気がしないじゃんか」
あてが無い訳ではない。
今日町の中を歩いていたときに、お値打ち価格の宿をいくつか見ていたのだ。
今の手持ちでも、あの程度の宿なら1ヶ月程度は滞在できるはずだ。
「そうか、お前がそう言うなら好きにするとええ。ただ、これだけ受け取っておけ」
じいちゃんはそう言いながら、俺に袋を投げてきた。
結構な重さがあったそれを受け取り、中を見ると、金貨や銀貨が詰まっている。
「じいちゃん、受け取れないよ。いま俺が言ったこと、もうボケで忘れちまったのか?」
「誰がボケ老人じゃ!!!それは今までお前が仕留めた魔物を売って稼いだ金じゃ。昨日の灰牙狼の分も入っておる。これは施しじゃあないぞ。正当な報酬じゃから、取っとけい」
じいちゃんはそう言って先に部屋から出て行った。
そうか。今まで俺が仕留めてきた分を、じいちゃんはこうやって貯めておいてくれたのか。
「ありがとう、じいちゃん」
俺は聞こえていないのを分かっていながら、礼を言った。
宿の前では、王都に行くための馬車が既に待っているようであった。
じいちゃんは御者と少し話をしたあと、荷物台に荷物を積み、最後に俺に向かって声を掛けてきた。
「フルール、約束を覚えておるな」
「もちろんだよ。じいちゃんが戻ってくるまで、しっかりと冒険者として名を上げておいてやる。それまでは絶対に王都に会いに行ったりしない」
俺はそう断言する。
「フルールよ。あとのことはキリクに頼んである。冒険者ギルドに行くのは明日以降じゃと思うが、まずキリクを頼れ。必ずじゃ、よいな?」
「分かったよ。じいちゃんの唯一の友人だもんな。じいちゃんの事を忘れないように、定期的にじいちゃんの話をしておいてやるさ」
俺はそういって軽口を叩く。
「ばかもん!わしくらいになるとな、友人が多すぎて毎日一人ずつ会っても年に一回も会えんような奴が出てくるんじゃぞ!!」
じいちゃんはそう怒鳴ったあと、真剣な表情になった。
「色々と聞きたいこともあるじゃろうが…今はまだ話せん…じゃが、もう一つだけ約束しよう。わしが戻ってきたときに全て話す、と」
じいちゃんは真っ直ぐに俺の目を見て、そう告げた。
分かったよ、じいちゃん。
でもな、一つ勘違いがあるぜ。
「じいちゃん。じいちゃんが帰ってくる前に、俺がじいちゃんとの約束を果たして会いに行くってこと、考えてるか?」
俺がニヤっと笑いそう告げると、じいちゃんは一瞬ポカンとしたが、すぐにニヤっと笑う。
「そうじゃ、そうじゃ。そのほうが断然早いの。なら、わしは王都でゆっくりとお前が迎えに来るのを待っておるわ」
「おう。俺が迎えに行く前に、あの世からの迎えが行くかもしれないから、その時は諦めてくれよ」
「わしゃあと100年生きるわい!!まったく、最後まで減らず口を…」
「いやあ、それだけが心配でさ。なら安心だよ。必ず約束を果たすからさ。それまで、元気でな!」
そんな俺の言葉にじいちゃんは満足したのかどうか分からないが、最後に俺に笑顔を向け、それ以上言葉を交わすことはなく、じいちゃんは馬車に乗り込んだ。
御者が手綱を軽く振ると、馬車がゆっくりと遠ざかっていく。
馬車が遠くに見えなくなるまで、俺はその場で見続けていた。
やがてその影すら見えなくなっても、王都があるだろう方向を見ていた。
いつかその先に、約束を果たして会いに行くと決めて。
■
フルールは、後にこう語っている。
この日は自分の人生で、最も後悔した日だった、と。
フルールが、最も尊敬すべき祖父の姿を見たのは、この日が最後となった。