血
日間総合ランキング47位でした。
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もっと魅力生かせや!と思われているでしょうが、もう少しお待ち下さい。
展開遅くて、申し訳ありません。
扉の向こうから現れた男は、まるでじいちゃんをそのまま若くしたような風貌をしていた。
一目で分かる。
この男がじいちゃんの息子だと。
「親父殿、久しぶりだな!昨晩いきなり人づてに親父が帰ってくると聞いたときは、さすがに驚いたぞ。いや、正直ここまで便りの一つもないと、親父殿はもうどこかで死んでいるのではないかと考えていたところだったのだが、灯台下暗しとすはこのことだ。キヌサの山奥に名を変えて隠れ住んでいたとはな」
男はじいちゃんに対し、嬉々として話しかける。
その表情にはまぎれもない、実の父親に久しぶりに会うことに対して喜びが見て取れる。
「うむ、ランドよ。15年ぶりじゃな。幸いなことに何事もなくやってこれたわい。あの山は恵みが豊富じゃし、家を出るときに金目のものをありったっけかっぱらって行ったからのう。金に困るようなこともなかったわ」
じいちゃんも笑顔を見せながらそう語りかける。
そうか。うちがモモイロの木を売りに出さずとも生活が出来ていたのは、それが理由の一つだったのか。
まあそれにしては質素な生活ではあると思うが、山の中だし、特に贅沢をするような機会が無かっただけか。
「とにかく、元気で良かった……親父殿の手紙にもあったが、我が家もその事で今は選択を迫られているのだ。ここで話すような内容ではない。一先ず中に入らないか?」
男、ランドはそう声を落とし、じいちゃんを館の中に誘う。
「うむ、そうじゃな。フルール、行くぞ」
じいちゃんが俺にそう言葉を掛けてきた。
俺も無言で後を追おうとする。
「親父殿、待ってくれ。悪いがここからは従者を入れることはできん。中庭で待っておいてもらおう」
じいちゃんに追いつく前に、ランドがじいちゃんに向かってそう話した。
あ、この人、俺が自分の息子だっていうことに気付いてないわ。
別にいいけどさ。
感動の再会を期待してた訳でもない。
第一、今は顔だって隠してるしな。
こんなことは想定済みだ。
「ランド、お主、この子が誰だか分かるか…?」
「ああ、だから親父殿の従者だろ?大方、キヌサの町で雇い入れたのか。おい、小僧よ。理由があって顔を隠しているのだろうが、俺の前でその態度は不敬だぞ」
ランドはニヤっと笑い、俺にそう言った。
俺は一瞬どうしようかと悩むが、じいちゃんがこちらを一瞥するような仕草をしたので、男の前で手ぬぐいをとり、顔を晒した。
すると、俺の顔を見たランドは、何でもないように続けた。
「ほう、なかなかいい面構えじゃないか。それによく鍛えられているようだ。男子たるもの、そうでなくてはいかん。親父殿、良い従者を見つけたじゃないか。小僧、悪いがお前は中庭で待っていろ。休むスペースもあるし、食い物も用意しよう。」
そういい終わると、ランドは先に館の中へ入ろうとする。
顔を見てもこれか。
その事実に俺は若干胸が痛くなる。
少しだけ、本当に少しだけ期待していた自分がいたようだが、それもあっさりと打ち砕かれた。
俺は一息吐いたあと、中庭があるであろう方向へ歩き出した。
「待てフルール!…ランド、お主は」
じいちゃんがランドに向かって何かを言おうとしたが、ランドの言葉がそれを遮った。
「親父殿、そういえばあれから俺には息子と娘がようやくできたのだ。歳は12と10になる。二人とも今日は習い事を休ませて連れてきているから、会ってやってくれ。二人は今は中庭で遊ばせてある。そこの従者とも歳が近いようだし、仲良くなれるだろう」
そう言うと、さっさと中に入ってしまう。
なるほどな。
貴族同士で子供ができて、俺のことなんか覚えてすらないって訳だ。
俺はじいちゃんを見る。
じいちゃんは言葉を失っていたようだったが、少しすると、俺のほうを一度見たあとにランドの後を追うように中に入っていき、重厚な扉が閉まった。
なんだ、結局じいちゃんもあの男の親だってことか。
じいちゃんは理由があって俺を育ててくれていたが、こうして久方ぶりに実の息子と再会し、将来その跡を継ぐ予定の後継者にだって会えるというのだ。
しかもちゃんと、貴族の血を受け継ぐ子供だ。
そりゃ、もう俺なんかに構っている暇はないだろうさ。
俺は一瞬、もうじいちゃんとの約束も忘れ、山に帰ろうかと思った。
ただ、その足は中庭へ向かって歩き出していた。
考えると、あの男、ランドは自分に気付かなかったものの、悪そうな人じゃなかったし、好意を足蹴にするのも何か悪いような気がした。
それに、気になるのだ。
じいちゃんが俺より優先する、本当の後継者のことが。
■
「ここが中庭か。この広さで庭かよ…」
俺は中庭であろう場所にたどり着いたのだが、その広さに圧倒されていた。
目に見えている場所だけで、家が100軒は建ちそうだ。
おまけに向こうの方には海に下りることができるのだろう階段も見える。
中庭にはランドが言っていた休憩できるようなガゼボもあり、その横にはテーブルと椅子がある。
よく見ると、テーブルには先客がいた。
「お兄様、お兄様。お客様がいらしたみたいですわ」
小さい女の子はちょうどこちらを向くように座っており、俺の姿を見つけると、自分より少し背の高い男の子に向かってそう話しかけた。
「え?お客様だって?」
お兄様と言われたほうの男の子も、顔を回してこちらを見た。
まだ幼いながらも、その顔はどことなくランドを思わせた。
俺は二人が何か言う前に、話しかけた。
「初めまして。私は今日、こちらに招待されているザラート・ルール様の従者を務めています、フルールと申します」
そう丁寧に挨拶をしておいた。
ランドが俺のことを従者と勘違いしている以上、俺もその間違いを正すことはしない。
「お爺様の従者の方でしたか。初めまして、私はランド・ルールの長男、アズールと申します。こっちは妹のシャールです」
「初めまして、フルール様。シャールと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
シャールと呼ばれた少女は丁寧に頭を下げる。
「お二人とも、困ります。そのような態度を私ごときに取られては、私がご主人様に叱られてしまいます」
俺は慌てたように取り繕い、二人にそう言った。
二人が取った態度は、従者に対して取るにはあまりにも丁寧すぎるものだったためだ。
こんな所を誰かに見られると、問題になることは明白だ。
「そうかい?なら、僕らも普通に喋るから、君も同世代の友達と話すように、普通に話してくれるかい?見たところ歳も僕たちと近そうだ。どうせここは誰も見ていないし、いいだろ?」
「お兄様、それがいいですわ!ねえ、フルール様もそうしましょうよ」
二人はにこやかに笑い、そんなことを言ってくる。
いや、それってさっきよりも悪化してるんじゃないか…?
下手すれば、俺は何かしらの刑に問われる可能性だってある。
しかし俺は少し考えてから言った。
「分かったよ……ただ、俺には友達と呼べる奴はいなかったから、乱暴な口調になると思うぞ」
「十分だよ、フルール。さあ、せっかくフルールが来てくれたんだ。シャル、お茶を入れておくれ。おっと、フルール、止めるなよ?シャルが入れてくるお茶はとても美味いんだ」
「はい、お兄様!今までで一番美味しく入れてみせますわ!」
アズールがそう言うと、シャールは慣れた手つきで紅茶を入れ始める。
俺は少し呆れたが、観念し、紅茶が入るのを待つ。
そう時間が経たないうちに、シャールが紅茶が入ったカップを持ってきてくれた。
「どうぞ、フルール様」
そういって俺の前に紅茶が入ったカップを置く。
「貴族に紅茶を入れてもらったなんてこと、誰にも言えないな」
「あら、私って、よくお客様に紅茶を入れますのよ?自宅には私専用のハーブ園だってあるんです」
シャルは笑いながらそう言った。
「そうさ、フルール。シャルの紅茶好きは、ちょっと有名なんだ。だから気にせず飲んでくれ」
そうまで言われて、飲まない訳にもいかない。
まあ紅茶を入れ始めた時点で飲むつもりだったが。
ソーサーを手に持ち、カップの縁に口を付けようとしたところで俺はようやく気付く。
先ほどのランドとのやり取りで、顔を覆っていた手ぬぐいを外しており、素顔が完全に露出していることに。
(しまった!俺は大馬鹿だ!!朝にあれほど注意しなければと思っていたのに!)
慌ててシャールの方を見る。
もしもここでシャールに求婚なんかされることがあれば、間違いなく大問題になる。
いくらアズールの人が良くても、妹が見ず知らずの従者に対して求婚した事実を隠し立てはすまい。
まずいことになった。
今すぐシャールの口を何も喋れないように手で塞ぎ、顔を隠し、逃げ出すべきか。
そんなことを僅かな時間で考えるが…
「あら、フルール様?飲んで下さいませんの?」
シャールはきょとんとした顔で、俺にそう言ってくる。
……え?
「シャール…君は、なんともないのか?」
「それって、どういう意味ですの…?もしや、私の紅茶に何か問題でも…!?」
シャールはおろおろと、俺を心配するように聞いてくる。
これは…魅了にかかっていない…のか。
「ははは!フルール、安心しなよ。シャールの入れてくれる紅茶は本当に美味しいんだ。僕が保証する。だから安心して飲んでくれ」
アズールが笑いながら俺に紅茶を勧めるも、その顔は若干不安そうだった。
いかん、俺がここでやるべきことは、一先ずこの紅茶を味わうことだ。
そう思い、まずは紅茶を一口飲んでみる。
入れ方が良いのだろう。紅茶の葉の香りがよく開いている。
カップもあらかじめ温めてあったのか、紅茶を注ぐときに空気に触れた箇所だけが適度に冷やされ、とても口当たりが良い。
「美味い……!こんな美味いお茶は、飲んだことがない」
俺はお世辞でなく、そう思った。
すると、二人はホッとしたのか、緊張が解けたのが分かる。
「ああ、良かった。あやうく自信を失くしてしまうところでしたわ。これだけが私の自慢ですのに」
「ホッとしたよ。お客様に何か粗相でもあれば、僕らの面子に関わる」
そう言って笑いあう。
俺もつられて一緒に笑うが、内心ではシャールの態度について考えていた。
(なぜ魅了が効かなかったんだ…?まさかこの歳で性交渉の経験があるわけでもないだろうが…)
あらためてシャールを見る。
10歳というあどけない年齢だけあって、女性としてとても完成されているとは言い難い。
もしこの子に欲情するような奴がいれば、それはもう立派な変態だ。
(有り得ないな……とすると、考えられるのは何だ…?環境、年齢、性別……)
頭の中で次々と仮説を立てていくが、その全てを否定する。
(そもそもがよく分かっていない体質ではあるが…これら以外に考えられる理由…)
そのとき、俺の頭の中にパズルのピースがはまるように、一つの理由が思い浮かぶ。
(……血か!?シャールと俺が、血が繋がっているから魅了が効かなかった!?)
そのことは、俺とこの二人が腹違いの兄弟であるという事実を強引に突きつけるものだった。
(笑えるじゃないか。実の親は俺のことに気付かず、兄弟たちも俺の存在すら知らない中、俺だけが自分のこの妙な体質のおかげで、自分たちの血が繋がっているという事実を確信できるなんて)
このようなことでしか血の繋がりに確証が持てなかった自分に、少し笑ってしまう。
「なにか可笑しいことでもあったのかい?」
アズールが俺に向かって尋ねる。
「いや、本当に美味かったからな。ご主人様に飲ませると喜ぶと思っただけだ」
そう言うと、シャールは良いことを聞いたとばかりに声をあげる。
「フルール様!良いお考えですわ!!わたし、後でお爺様に紅茶を入れて差し上げますわ!」
「それはいい考えだね。きっと、お爺様も喜ぶだろう。ありがとうフルール」
二人はそう言うと、また笑いあった。
俺はそれを見て、もう一つの事実を突きつけられる。
俺は、この家族の輪の中には入ることはできない。
唯一の家族であったはずのじいちゃんも、俺を残して王都に行ってしまう。
おそらく、これからこの家族は今までの時間を取り戻すかのように、絆を深めていくのだろう。
俺はこの日、生まれて初めて、自分の出自を恨めしく思った。