突然の宣告
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「で?」
「で?とは…?」
「いや、分かるだろ!キリクさんを俺にけしかけた理由だよ!」
じいちゃんは何でもないような顔をしてエールをあおっている。
「そいつは俺も聞きたいぜ、じいさん。フルール坊ちゃんよ、俺はお前のじいさんにな、できるだけ多くの人前でお前を誘い出してからコテンパンにしてほしいって言われたのよ。『わしが小さい頃から鍛えとるから4級相当の実力はある。安心して殺しにかかれ』とか言うもんだからよ、俺もじいさんの実力を知ってる手前、本気で向かっていっちまった。ま、結局このざまだがな」
キリクさんはそういって両手で降参の仕草をする。
「なあじいさん、腕試しってわけじゃないんだろ?あんたの孫、あんたが自慢するだけのことはあるぜ。実戦経験はまだ不足してるみたいが、とんでもない量の基礎修練を積んでやがる。こりゃ俺じゃ相手にならんことくらい分かってたんだろうが?」
キリクがそう言うと同時に、この辺りで獲れる魚の代表格であるサモンの釜焼きがテーブルに届く。
じいちゃんはそれをフォークだけで器用に半身に分けながら、ドサッと自分の皿に載せる。
「別に、特に深い意味などありゃせんよ。しいて言うなら、こやつの顔を売るためにお主を利用したってとこじゃ」
「顔を売る…つったって、確かに冒険者登録はしたけど、俺依頼なんか受けるつもりはないぞ?そりゃ、これから町に降りてくる機会は増えるだろうけど、別に山小屋から出るわけじゃないしさ」
俺はじいちゃんの皿から半身をさらに半分にした部分を取り上げ、反論する。
魚くらいで悲しそうな顔すんなよ。
「フルール。お前、しばらく冒険者をやれ」
「はっ?」
突然のじいちゃんの言葉に、俺は素で聞き返した。
なに?俺が、冒険者だって?
冗談きついぜ、じいちゃん。
「冗談言うなよ。俺は生まれた時から山ん中で生活してたんだぞ?今更冒険者なんかやれるわけないだろ?」
それに俺はじいちゃんと一緒に暮らすあの山小屋や、あの山には思い出があるんだ。
町への憧れは持っていたものの、あそこから離れて暮らしていくなんて、考えたこともない。
「冗談ではないぞ。フルール、お前はしばらくわしと離れて、冒険者をやってみろ」
「いや、そんなこと言ったって、俺は木こりだぞ?冒険者なんか、そもそもできるわけないじゃないか」
「なら聞くが、木こりが字を覚えたり、剣術の練習をしたり、魔法教育を受けたりする必要があるか?わしゃ別にお前を木こりにするつもりなんぞなかった。もともと成人すれば家から出すつもりじゃったし、それが少しばかり早くなるだけの話じゃ」
そう言ってじいちゃんは、エールを追加注文する。
「おいおい、じいさんよ。何の相談もせずに、いきなり家を出ろたぁ、ちょっとひでぇんじゃねえか?」
「準備はさせてきたつもりじゃよ。こやつには、小さい頃からわしの知識や経験を教えてきた。もうわしがおらんでも、一人で十分やっていけるじゃろうよ」
「そりゃ…分かるぜ、じいさん。この坊ちゃんはそりゃすげぇよ。この歳で俺を圧倒する武力に、貴族のじいさんが教育だってしてるってんだ。並の坊ちゃんじゃねえだろうさ。でも、まだ成人もしてない、15のガキだぜ?悪いことは言わないから、もう一回よく話し合ってだな」
キリクは話の展開から、なんとかじいちゃんを考え直させようとしている。
しかし、俺は分かってしまう。
じいちゃんは本気だ。
本気で、俺を冒険者にしようとしてる。
「しばらくって…どのくらいだよ…」
俺は気になった部分を尋ねてみる。
「そうじゃな……よし、お前が冒険者ランクでいう、3級になるまでというのはどうじゃ?」
その言葉にキリクが大きく反応する。
「じいさん!そいつは無茶だぜ!3級っていや、この国全体でも数えられる程度の人数しかいやしないんだぞ!?冒険者なんか星の数ほどいるが、5級の壁を越えられるのだって、一握りだ!あんた、自分の孫と一生会わないつもりか!?俺がどんな思いで4級に上がったかも知ってるだろう!」
「お前なんぞと一緒にするでないわ。わしの孫じゃぞ?フルール…どうじゃ?お前の人生じゃからの、無理にやれとは言わんよ」
じいちゃんはいつもこうだ。
ひょうひょうとしているかと思えば、突拍子もないことを言い出す。
ただ、じいちゃんのやる事にはいつも意味があった。
なので俺は…
「やるよ、じいちゃん。さっさと3級になってみせるよ」
そう応えるしかなかった。
「そうか。なら、わしは暫く王都に出るでの。会いたくても来るんじゃあないぞ?」
「誰が行くか。初めての一人暮らしだぞ?やることありすぎて、そんな暇ないっつーの」
「フォッフォッフォ。張り切りすぎて、その体質を妙なことに使わんようにのう」
「馬鹿か。んな迷惑なことしねえよ…っと、それはそうと、山小屋はどうすんだよ?俺、いちいち山から出てくるなんて嫌だぞ?」
そうだ。山にはまだ荷物がかなり多く残っているし、冬支度もできていない。
数日程度なら問題ないが、一度戻って整理しておくべきだろう。
「心配いらんよ。さっき、隣のアロンソ夫婦に人を出しておいたからの」
アロンソ夫婦とは我が家から一番近くに住んでいる木こりの家庭だ。
子供がいない二人は、俺のことも昔からよく可愛がってくれており、このような時でも信頼がおける人たちだ。
「なら安心だな。ていうか、今回はいくらじいちゃんでも急な話だな?王都で何か、あるのか?」
じいちゃんが突然無理難題を押し付けてくるのは慣れっこだが、さすがにここまで規模が大きいものはなかなかない。
ましてや、町に降りることが決まったのは今日の話なんだ。
そこから、急に王都に行くだって?
元々予定があったのか…?そんな様子は無かったが…
「ま、心配するようなことはない。ちょっと知人に会いにいくだけじゃよ。ついでに用事を済ませにな。それが早く終われば迎えにきてやるから、無理に3級を目指す必要もないんじゃぞ?」
ニヤっと笑い、じいちゃんは俺を挑発してくる。
「へっ。じいちゃんが帰ってくる前に1級になっといてやるよ」
「俺が4級になるまでに6年かかってるんだけど……」
横でキリクさんが何か言っただろうか?
声が小さすぎて聞こえない。
「そうと決まれば、今日はもう宿に帰るぞい。明日は一日、わしも準備があるでの」
じいちゃんが席を立ち、会計を済ませに行く。
「坊ちゃんよ…言っちゃなんだが、じいさんは何か隠してるぜ」
それを遠目で確認しながら、キリクさんが小声で忠告してくる。
「分かってるさ、でもいいんだよ。ああいう時には問い詰めても絶対に言わないしな。明日は最後のじいちゃん孝行でもすることにするさ」
俺はそう言って笑う。
「待たせたの。さて、行くとするかの」
会計を済ませたじいちゃんが戻ってきたので、俺たちは今晩の宿に向かおうとする。
「あ、坊ちゃん、ちょっと待ちな!」
キリクさんのその声に振り返った俺の手元に、金色の硬貨が投げ込まれる。
「これは」
「お前さんの賞品だろうが?忘れんじゃねえよ」
「いや、でもあれ、演技だったじゃないか。それに、そうなら賞品の値段が違うんじゃないか?」
俺の手の中では紛れもない、金貨が光っていた。
「かーっ!お前さんは分かってないねえー。こういう時はな、カッコつけさせるものなんだよ!いいから持ってけ。初めて親元を離れるんだ。あって困るもんじゃねえだろうが」
キリクさんはそう言って、片手をあげて街の雑踏に消えていった。
「もらっとくよ!!ありがとう!!!」
遠くに見えるキリクさんが、片手を上げて応えたのが見えた。
■
「うおおお!!!ここが今日の宿か!!!!すげええええ!!!」
いま、俺の目の前には、5階建ての大きな建物がそびえ立っていた。
「ここは馴染みの店での。さ、入るぞい」
「あ、待ってくれよじいちゃん!」
慌てて後を追い、門をくぐる。
すると受付の女性が丁寧な挨拶と一緒に、お辞儀をしてくる。
「ようこそいらっしゃいました。お部屋のご準備はできております。ご案内致します」
そう言うと、優雅な仕草で俺たちの前を先導し始める。
「なあじいちゃん。いつの間に予約してたのさ?」
「まあ年の功ってやつじゃよ」
分かるような、分からんようなことを言う。
しばらく歩き、階段を上り、廊下を突き当たったところが今晩の部屋らしい。
「こちらがお部屋でございます。明日のご朝食はお部屋までお持ち致します。それではどうぞごゆっくりお過ごし下さい」
必要最低限のことだけ告げて、受付はさっさと去っていった。
あれがプロの仕事ってやつなのかな…
■
俺は中にはいって、ベッドの横に荷物を降ろした。
ところがじいちゃんは荷物を降ろそうとしない。
「フルールよ。わしは少し出かけてくるでの。先に寝ておいて構わんからの」
「今からかよ?いいけど、あんま遅くなるなよ。心配すっから」
「フォッフォッフォ、孫に心配されるとは、わしもまだまだ捨てたもんじゃないの。安心せい。古い友人に会ってくるだけじゃよ」
じいちゃんはそう言い残して部屋を出て行った。
一人になった俺は、軽く体を拭いてからベッドに倒れこんだ。
今日は色々あった…
傷だらけのペローナを拾って
俺の魅力体質が判明して
久しぶりに町に降りて
キリクさんと決闘して
生まれて初めて宿に泊まっている。
肉体的にはともかく、精神的にはくるものがあるなあ…
俺ってそんなに考えるほうじゃないし。
「寝るか」
明日はじいちゃんと別れることになるはずだ。
そして、俺はこの町で冒険者としてやっていくのだ。
そう考え、早めに寝て疲れを取っておくことにした。
じいちゃんはまだ帰ってきてないし、鍵だけ開けておいてやるか。