Intermission
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ロン・ヘイジス
一ページ目を見る。なるほど、それなりに良く書けている。傭兵という、やくざな仕事をしていた者の書いた文章とは思えないほどだ。しかし、私は何を書けばいいのだろう。読む人に対し、何か訴えかけている文章ではないから……(氏本人が後に読むだけのものとして書かれたものであるから、当然なのだが。)ともかく、書き進めるとしよう。
私は今、ラインの街のはずれ、貧民街のオンボロ小屋に居る。窓の蝶番ははずれ、はめこんであるだけ。今、これを書いている机の上に少し光がさしこんでいる。机の上に置かれた蝋燭台には、蜘蛛の巣がはっている。さて、ラインの街はドラゴンスタンプ地方、ドコカ国では第二だか、第三に力がある公爵に治められる公爵領にある。海沿いにあり、街のすぐそばには大陸を横断する川、イガナ川が海へと流れ込んでいる。交易の街として栄えており、そのため流れ者の出入りも激しく、冒険者も多い。
何故こんな退屈な事を書くか? 書くべき事が何もないから、という事もある。それもあるが、私はこの本が写本され、遠くの地方でも売られる事に備えている。私は用意周到なのだ。フッフッフッ。
ラインの街の広場。そこには古代現れた、ドラゴンスタンプ地方の由来を作ったドラゴン、"世界喰らいのドラゴン"の像が建っていて、そこからは放射状に道が伸びている。北東に伸びる道へと進み、市場を抜ける。そうすると、左手にエール瓶とジョッキが書かれた木の看板がある。それが我らが酒場兼宿屋、酒の泉亭である。
木の押戸を開ける。まず、鼻に酒の臭いが飛び込んでくる。次に、ブルタルウィードの煙が視界をさえぎる。煙を抜けるとバーカウンターがあり、その向こうに宿の親父さん、ルーウィン・マークス氏が居る。訪れた時間が夜か朝ならば、テーブルの間をせわしなくかける氏の娘さんも居るだろう。(昼は先ほどキース氏が書いていたように空いている。)
そして、そこにキース氏とチャック氏も居る。この後、文を読み進めるにあたって、読者諸兄がイメージしやすいよう、両氏の外見、経歴を記述しておく。
両氏は元傭兵である。白兵戦での戦いにおいて信頼されている、北の狼団に所属していた。伯爵同士の小競り合い、またいくつかの黒いエーテルを持つものたちとの戦いにも従軍したらしい。
両氏は北の狼団の中でも特に精鋭とされる、突撃兵科を担当していた。どういうものかというと、名の通り突貫し、敵の長槍兵の槍先を切り落とすのである。危険な兵科のため、稼ぎは良かった、と聞いた。
キース氏はいつも赤い外套を身につけている。身長は平均的なユーロ国家の男子より少し高い程度。黒のくせ毛。そして、ブルタルウィードの臭いが体中についているので、初対面の人間が近くに寄ると、大抵は咳き込む。
チャック氏はまず、その浅黒い肌が目をひく。南の砂漠の国の人間の血が少し混ざっているらしい。本人は、生まれはユーロ国家の片田舎だと言う。筋肉隆々で、キース氏より大柄。いつも髪の毛を油で後ろに流している。
二人とも依頼を受けていない時は大抵酒の泉で酒を飲んでいる。この本が有名になり、各地で出版されるまでは、多分、そこに居るだろう。(もしかしたら、永遠に。)
もし、それまでにこの本を見て、酒の泉を訪れた人は、一言親父さんに本を見た、と言ってみるといい。親父さんは本に酒の泉亭の事を書く、というといたく喜んでいた。ので、エールの一瓶、いや、一グラスぐらいは恵んでもらえるかもしれない……。