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冒険者になろう

  冒険者になろう

        キース・インバル

 その日も俺とチャックは酒の泉で飲んでいた。机の上にはエールの空き瓶が、倒れているものと、起きているもの、合わせて七瓶あった。ナッツの殻が床にまで散らばり、ブーツに当たるとカサカサ音をたてた。俺はウィードを山ほど吸っていた。灰壺に投げ入れる事が億劫で、机の上でもみ消していたので灰だらけ。まるで、俺達の机だけ火事にあったようだった。俺の向かい側に居るチャックはとうとうカップに注ぐことすらやめ、瓶から直接飲んでいた。どん詰まりだ。


俺たちは前の日、港で雑夫の仕事をした。日の昇る頃から、俺の腰ほどまでしかない偉そうな小男に右に行け、左に行けと指図され、日が沈んだ頃、ようやっと開放され、小さな麻袋を渡された。期待にかられて紐を解くと、今まで労働の対価として得た金額の中で最小の金額が入っていた。それから、明日は朝五時からだと言われた。そして、俺たちは十一時に起き、酒を飲み続けた。


チャックが言った。金さえ、ありゃあなぁ。貴族の坊っちゃんや爺さん達の手足になっていた時の金。それは、ほとんど消えていた。俺はウィードと酒、チャックは酒と女に使っていたからだ。唯一残ったものといえば……いつだったか、勲章代わりにもらった火の灯る小剣。こいつでウィードを吸うとうまいので、手放せずにいた。


酒の泉亭は昼には暇になる。(ろくな食べ物がないせいだと思う。)バーテン兼、マスターの親父が俺たちのそんな様を見て、お前たち、冒険者になる気はないのか。そう聞いてきた。勘弁してくれ! あれは、夢見るガキと山師がなるもんだろう! 


俺がそれを口に出す前に、チャックが呂律の回っていない舌でそう言った。正確には、ありゃあ、ガキとバカがなるもんらろ! こんな感じだったと思う。


俺は傭兵としてまだやれる自信があった。チャックもそうだろう。冒険者をやるにはもう遅いか……または、早い気がした。


しかし俺はチャックほどは酔ってなかったので、まだ飲みたかった。酒の肴がわりに、話の続きをするよう促した。もうナッツは殻しか残っていなかったし……


親父はいくつかの事を話した。冒険者と名乗り、依頼を受注するためには役所に行き、講習を受ける必要がある事。俺たちのような傭兵"くずれ"(俺はまだ、"くずれ"ではないと信じたい。)も多い事。それどころか、今のご時世では騎士くずれですらいくらか居るらしい。更に、依頼は役所より公認を受けた施設……それには、なんとこの酒場も含まれる事。親父はいくつか、過去の依頼書の控えを見せてくれた。下級の妖魔の巣の駆除……これで、安酒が二瓶買える程度。また……探索しきれていない古代遺跡の内部調査。これは、しばらく贅沢が出来る程度の報酬だった。チャックなら一晩あれば見知らぬ女の下着に全部突っ込んでいる程度ではあったが。しかし、俺達に遺跡の調査が出来るとは思えなかった。


割に合わない。はっきり、そう思った。知っていた事ではあったが、ここまで安く労働力が買い叩かれているとは。


考えておく。そう言って俺はもう一本ウィードを巻き、火を点けた。手を突っ込んだ時、ウィードを詰めている麻袋は随分寂しかった。


その後もしばらく酒を飲んでいたが、チャックが机にぶっ倒れた音を聞いて、俺は寝る事にした。窓から赤々とした夕日が差し込んでいた。酒の泉亭の二階に借りている自分の部屋に戻る時、酒で揺れている自分の脳みそを弩で撃ちぬいてやりたい気分だった。


夜中、目が覚めた。しばらく気を離していたが、意識がはっきりしてくるにつれ、こう考えだした。どうせいつかは死ぬ。そして、冒険者になれば、死ぬまでの間、チビの男に右に行け左に行けと言われる機会は減るかもしれない。そして少し、傭兵をやる前、子供だった頃、傭兵団にくっついて行った理由…… 世界を見てみたい。そんな青臭い夢を思い出し、少し笑った。


隣のベッドを見ると、チャックが眠っていた。なんとか上がってこれたらしい。ベッドから手だけ伸ばし、頭をはたき、こう言った。おい、冒険者になるぞ。チャックは眠そうに目を開くと変なものを見るような目でこっちを見た。それから億劫そうに口を開いた。まだ酔ってるのか……早く寝ろよ。明日はもうちょっとマシな仕事でも探そうや。俺は急に腹が立って、うるせえ、と遮った。俺たちどうせ死ぬんだ、爺になるんだ。その時まで、一生右へ左へ行かされるのはもううんざりなんだよ! そう怒鳴った。チャックは、呆れた顔で、早く寝ろよ。とだけ言った。俺は勝手にしやがれ! と言って布団を頭から被った。多分、チャックの言う通り酔っていた。


 次の日、頭がまだ酒にやられている中、階段を降り、一番近くにあった椅子に腰掛け、頭を抱え、親父に水を持ってきてもらった。水をすすりながら、ウィードを一巻き、火を点けた。その内、チャックが日課の走り込みを終えたのか、入り口から入ってくるのが見えた。


チャックは俺を見つけ、向かい側に腰掛けると、口を開いた。昨日の話だが…… 俺は、何かいい仕事でもあったのか? と聞いた。チャックはそっちじゃない、と否定し、こう言った。お前の言う事、素面で考えたけど、いくらか頷けるよ。俺も冒険者、やってやるよ…… 俺は、やりたくないんじゃなかったのか? と言ってやった。チャックは、勝手にしやがれって言ったろ。と言った。その後、二人で顔を見合わせ、笑った。


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