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聖霊の唄巫女と器の騎士  作者: ひばごん
唄歌えぬ唄歌い
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7話 学園(アカデミー)にて その4

 レオンがロシュタースの剣に下した評価は“実戦では役に立たない道場剣術レベル”だった。

 踏み込みは鋭く、打ち込みは重い。悪くはない。

 その証拠に、レオンは一刀で持っていた剣を弾き飛ばされている。

 だが、それは所詮ルールによって命が保障された試合(・・)での話しだ。見掛けは派手だが、中身がないのだ。

 見えている武器を奪っただけで増長し、あまつさえ自身の優位を確信し悠長にべらべらと語りだす……見合う実力があれば構わないが、あれではただの慢心だ。

 遺跡調査では稀にだが、出土した魔導器目当てに野盗が襲撃をしかけて来るときがある。

 やつらは本気で殺しにかかってくるうえ、懐には短剣の一本くらいはあたりまえに仕込んでいる。

 武器を無力化したからといって案心していたらナイフでグサリ、なんて笑えない話はゴロゴロしていた。

 そういう意味では奴らの方が、数倍は手ごわい相手といえた。

 ロシュタースの敗因として、一つはそういった“戦う”ということへのレオンとの意識の違いと、そしてもう一つは……レオンの虫の居所が悪かったことだ。

 正直、ただの八つ当たりだ。

 原因はドグスがトリアを(けな)したことにある。

 元々、総勢40人程の閉塞されたコミュニティで生活していたレオンにとって、身内(・・)他人(・・)に馬鹿にされる、という経験はほとんどなかった。

 故に、貴様にあいつの何が分る。何も知らない貴様があいつを語るな。

 そいう思いがレオンの中に(わだかま)っていた。

 ロシュタースを殴り飛ばしたことで多少の溜飲は下ったものの、ロシュタースにしてみれば完全なとばっちり以外の何物でもなかったわけだが……

 レオンは遠くで倒れて動かないロシュタースへは目もくれず、隊列へと向かって歩き出した。

 どよめく中、レオンに近づかれた生徒は無意識に道を空けた。

 すると、後ろの生徒もまた一歩逸れ道を作る。

 そんな連鎖反応の終着点はリハルドだった。

 レオンはその様子を気にするでもなく、テコテコとリハルドの前まで来ると、持っている剣をリハルドへと突きつけた。

「なんかすげーすっ飛んでいったけど、あいつ大丈夫か?」

「さぁな……死にはしないだろ。あと一応、礼は言っておくよ。ありがとよ」

「つってもソレ(・・)、オレの剣じゃねぇーけどな……」

 リハルドは苦笑いを浮べつつも、差し出された剣を受け取った。

「おぉ! パワーアップして帰ってきた……」

「違-だろ……ん?」

 リハルドは帰ってきた()から剣を引き抜こうと手を掛けるが、抜けなかった。

 少し硬いな……とは思いつつ、力任せに全力で引っ張るが剣はピクリとも動かず、抜ける気配すらまったくない。

「って、おいっ!! この剣、中で鞘にガッチリ噛んでで抜けぇーぞ!!」

「ぁあ……合わせた(・・・・)時に、何か抵抗あるなとは思ったんだ……刀身の形状が似てたからいけるかと思ったんだが……」

 一人、ふんふん言いながら、抜けない剣と格闘していたリハルドだったが、一・二分もしないうちに事の他あっさりと諦めてた。

「おいおいマジ抜けねーわ……どーすんだよこれ? 鞘割るか?」

「おお!! 選ばれし者しか抜けない剣……かっこいい……欲しい……」

 やや投げやり気味に、リハルドがそう口にすると、瞳をランランと輝かせながらネーシュが食いついた。

(まぁある意味(・・・・)選ばれた者しか抜けない剣だな……)

 このとき、レオンの脳裏に筋骨隆々なマッチョメンがフンヌッーと剣を引き抜こうとしている光景が浮かび上がり、思わず噴出しそうになった。

「お前……たまにヘンな物欲しがるよな……ほらよ」

「おぉ……部屋に飾ろう……」

 苦笑を浮べて剣を投げるリハルドと、鼻息荒く興奮気味に剣を受け止めるネーシャ。

 そんなホイホイと他人の物を人にやっていいのかと、レオンはつっこもうかと思ったが他人の剣だと知っていて返した自分が言えた義理できないと黙っていることにした。

「なんか……悪いなダメにしちまって……」

「ん? ああ、気にすんな。ありゃ、廃品だからよ」

「廃品?」

「昔の生徒が学園(アカデミー)に置いて行ったモンだよ。用具保管庫にゴロゴロしてから、そこから拝借すればタダ。あれもその一本ってな。だから、気にすんなって」

 最悪、弁償という事体も想定していたことをレオンは、リハルドに話すと“お前にそんな殊勝な心がけがあったなんてな”と、なにが面白いのかだっはっは、と笑いながらレオンの肩をバシバシと叩いた。

 そんなリハルドを見て、レオンは謝ったことを若干後悔した。

 

 何が起きたのか……

 ロシュタースは気がつくと空を眺めていた。

 なぜか、自分は地面に大の字で転がっているらしい、ということは理解できた。

 なぜか、顔が異常に痛い。特に鼻だ。

 ジンジンと熱した(こて)を押し当てられているような、焼ける様な痛みが襲ってくる。

 なぜか、突きを踏み込んだ後の記憶が……ない。

 あの突きは、自分が持てる力の全てを込めて放ったものだ、並み(・・)の相手には避けられたことはおろか防がれたことすらない。

 絶対の自信を持った技だ。

 ではなぜ今、自分はこうして大地に横たわっているのだろうか……

「ロシュタース様っ!!」

 遠くで誰かが自分を呼んだ気がしたが、ロシュタースは気にも留めなかった。

 思い出す……あの一瞬で何が起きたのかを……

 渾身の力を込めて放った突き。

 最短でレオンの喉元へと駆け抜ける切っ先。

 そして……自分の剣はレオンの突き出した鞘へと吸い込まれ……自分へと迫ってくるレオンの掌。

(殴られたのか……このボクが……? バカな、ありえない……)

 ロシュタースはゆっくりと体を起す。

 ふっと、横から誰かが近づき介助してくれていたが、気にはしなかった。

「あっ……」

 ロシュタースの隣に膝を付き介助していたのは一人の女子生徒だった。

 女子生徒は何かに気付くと、ごそごそと制服のポケットを探り始めた。

 女子生徒が取り出したのは真っ白なハンカチだった。

「失礼します……」

 女子生徒は、そうロシュタースに一言断りを入れると、手にしたハンカチをロシュタースの顔へと宛がった。

「いっ! 痛いじゃないかっ!!」

 女子生徒の手が、顔に……正確には鼻に触れた瞬間、ロシュタースは電撃のような痛みを感じ、女子生徒を激しく突き飛ばしていた。

「きゃっ!」

 小枝のような肢体の女子生徒に抗う力などあるはずもなく、軽く3エート(約1m)ほど飛ばされ、背中を強打した。

「ん?」

 苦悶する女子生徒のことなど気にする素振りもなく、ロシュタースは落ちていたハンカチに目を留めていた。

 それは先ほど女子生徒が手にしていた白いハンカチ。

 ただ、違いがあるとすれば、一部が真っ赤に染まっていることだった。

 不審に思い、ロシュタースはハンカチへと手を伸ばし……

 ポタリ

 かけた所で、何かが手の甲に落ちてきた。

 視線を向ければ、そこにあったのは真っ赤な点だった。

 血のような(・・・・・)真っ赤な液体が、自分の手に付着したいのだ。

(なんだこれ……? まるで血みたいじゃないか……血?)

 ロシュタースは、訝しむように自分の顔へと手を伸ばした。

 指先が肌に触れた瞬間、若干の痛みと共にぬるりとしてた感触が指先から伝わってきた。

 手を離し、視線を落とせば……その手は真っ赤に染まっていた。

 そして、(ようや)く理解した。

 それが、自分(・・)の血であると。

(ボクが出血……? 殴られた挙句、出血? しかも顔を? こんな三下相手に? ありえない……)

 思えば自分は、誰かに殴られた事など一度だってありはしない。

 同期の筆頭騎士はおろか両親にだって殴られたことなどない。

 それは、自分が優秀であるからだ、強者であるからだ。

 自分は他者を殴る側であって、決して殴られる側にありはしない……

「ボクは教官たちからも一目置かれる騎士で貴族で将来を有望視されててだから負けるなんてありえなくてそうだあれはまぐれだあんなこと(・・・・・)できるわけがないだからまぐれだ負けたのは実力の差じゃない奴の運が良かっただけでだからボクは負けてないボクの実力はあんなものじゃない……」

「……? ロシュタース様?」

 あんな仕打ちをされたにも関わらず、ロシュタースによって突き飛ばされた女子生徒は、健気にも痛みを引きずりながら彼の元へ戻ってきていた。

 そんな彼女が目にしたのは、自分の血に染まった掌をじっと見つめて何事かをぶつぶつと呟くロシュタースの姿だった。

「ロシュタース様?」

「……」

 女子生徒は再度ロシュタースへと声をかけるが、聞こえていないのか一切の反応が返ってこない。

「ロシュ……」

「……たえ……」

 何処か打ち所でも悪かったのだろうか……そう、不安になりもう一度声をかけようとしたとき、ロシュタースが何かをぼそりと呟いた。

「もっ、申し訳ありません……あの……今、なんと……」

「だか……うた……言って……」

「あの……その、できればもうす少し大き……」

 女子生徒は、何かを言おうとするロシュタースへと何度も問いかけた。

 ロシュタースの声は小さく、はっきりと聞き取れなほど滑舌も悪い。

 何度問い返しても、返ってくるのはそんな聞き取りにくい言葉ばかりだった。

 これで解れという方がどうかしている、そう思えるほどロシュタースの言葉は言葉になっていなかった。

「あの……ですから……」

「っ……!」

 何度目か……

 女子生徒がロシュタースへそう問い返したとき、ギョロリとまるで焦点の定まっていない虚ろな瞳が彼女へと向けられた。

「ひっ……」

 その瞳から、女子生徒は得体の知れない寒気を感じた。

「だからさっきから唄え(・・)って言ってんだろうが!! 何度も何度も何度も何度も何度も何度も聞いてんじゃねぇよこのグズがっ!!」

 バチン とも ドコッ ともとれる音が辺りに響いたのはそのときだった。

 それは、ロシュタースが女子生徒の頬を全力で殴り飛ばした音だった。

 見栄だけで出来たちっぽけなプライドが折れる音だった……

  

「このグズがっ!!」

 そんな罵声と鈍い打撃音が剣錬場に響いた。

 今までレオンへと向かっていた生徒たちの視線も、何事かと音のした方へと向けられる。

 勿論、レオンたちもである。

「……すみま……せん……でし…た」

 そこに居たのは、先ほどまで倒れていたはずのロシュタースと一人の女子生徒だった。

 女子生徒は倒れ、頬を手で押さえ、口の端には赤い筋……

 一目で“殴られた”のだとわかった。

 だが、誰もがそれを理解していながら、誰も咎めることもその場を動くこともなく、ただただ黙って見ているだけだった。

「ちっ、おい、何してんだよお前……」

 業を煮やしたレオンは、居並ぶ生徒を掻き分けてロシュタースへと近づいていった。

 別にレオンは女権拡張論者(フェミニスト)というわけではない。

 ではないが、目の前で男が女を一方的に(なぶ)っている所を見て喜ぶような、そんな倒錯した性癖をもっているわけでもない。

 この風景に、人並みの不快感は感じているのだ。

 女子生徒が何をしたのかは知らないが、血が出る程に強く殴られるようなことはしていまい。

 近づけば気づくことも多い。

 たぶん殴られたときからだろう。

 女子生徒はその細い肩を震わせながら、小さな声で「すみませんでしたすみませんでした」と連呼していた。

 そして、握り締められたロシュタースの右手。

(拳で殴ったのかよ……)

 レオンの中の不快感がより一層強いものへと変わった。

 いくらロシュタースが線の細い体をしているとはいいえ、常日頃から体を鍛えている騎士だ。

 そんな奴に殴られたのだ。当たり所が悪ければ、軽い怪我だけでは済まないだろうに……

「おい、あんた大丈夫か……?」

 レオンは倒れている女子生徒へ声をかけ、手を貸そうと近づくが……

「……」

 レオンと女子生徒の間に、人影が割り込んでそれを遮った。

 ロシュタースだった。

 二本の足で立ってはいるが、頼りなくフラフラと揺れ、俯く視線は何処を見ているのかすら分らない。

 その様子は、レオンには(さなが)ら幽鬼のように見えた。

「唄えよ……」

 ロシュタースは俯いたまま一言呟くと、後ろで倒れていた女子生徒の肩がビクリと震えるのが見えた。

「あの……ですが……それは……」

「っ!!」

 それは一瞬の出来事だった。

 ドムっ

 ロシュタースは振り返りざまに、倒れている女子生徒の腹部へと蹴りを入れたのだ。

「がはっ……」

 鈍重な音が響き、女子生徒の体が一瞬宙に浮く。

 襲い来る痛みに女子生徒は体をくの字に曲げ、咳き込んだ。

「お前なんかがボクに意見するな!! 誰に飼って(・・・)もらってると思ってるんだ!! 犬なら犬らしくご主人様(ボク)の言うことだけ聞いていればいいんだよ!!」

 ロシュタースは、体を丸め痛みに耐える女子生徒へと容赦なく蹴りを浴びせた。

 一発、二発、三発……

 あまりの状況に理解が追いついていなかったレオンだったが、四発目が踏み降ろされる前にはロシュタースを突き飛ばし止めさせた。

「何考えてんだ! 何をしたのかは知らないが幾らなんでもやりすぎだろ!」

 ロシュタースはバランスを崩し二・三歩と踏鞴(たたら)を踏んだが、倒れるこなく踏みとどまった。

 ゆらゆらと揺れながら、ロシュタースのその虚ろな瞳はレオンを睨んでいた。

それは(・・・)ボクの犬なんだよ。ご主人様(ボク)が自分の犬をどお使おうと勝手だろ? 貴様には関係ない……」

(犬……?)

 ロシュタースの言葉に嫌悪にも似た不快感を感じたが、今はそれより倒れている女子生徒の方が優先だった。

「おい、大丈夫か?」

「げほっ、げほっ……はい、あり……とう……ま、げほっげほっ」

 女子生徒が咳き込む度に、赤い飛沫が飛んぶ。

 内臓を傷つけているのかもしれない、早めに治療のできる施設がある場所に移した方がいい。

 レオンは女子生徒へと手を貸し立ち上がるのを手伝った。

「おい! 編入生! まさかとは思うが、あれがボクの実力だと思っているじゃないだろうな!

 勘違いするな!! ボクは負けてなんていない、ちょっと手加減し過ぎただけだ!  

 一撃入れたからって調子に乗るな! 今からだ……今からがボクの本気なんだよ……さっさと唄え!! シェルフィナ!!」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ! 早めにこいつを手当てのできる場所に……」

「は……い……ロシュ……ス様……」

「なっ……おい!」

 ゆらりと身じろぎ、女子生徒シェルフィナはレオンからその身を離した。

 ゆっくりと、弱々しい足取りで、ふらつきながら、時に(つまづ)きながら、彼女はロシュタースの元へと歩いた。

 そして、やっとの思いでたどり着く。

 なぜ? それがレオンの頭に浮かんだ言葉だった。

 殴られ、蹴られ、物のように扱われて尚、シェルフィナはロシュタースの言葉に従おうとする……

 それが理解できなかった。

 シェルフィナは緩慢な動作で、背負っていた杖のようなものを地面へと突きたてる。

 支えにするため、というわけではない。

 シェルフィナは、やはり緩慢な動作ではあったが慣れた手つきで杖の各所をいじり始めた。

 何かの準備が終わったのだろう、杖の先端に取り付けられた水晶が淡く青く輝きだす。

 そして……

 ~~~~~~~~

 弦とも笛ともとれる不思議な音が当たりに響き渡った。

 シェルフィナが手にしているそれは“音杖(おんじょう)”と呼ばれる魔導器だ。

 上は宮廷音楽家から下は旅の詩人まで、様々な者たちが好んで使う音を奏でる魔導器だ。

 いく節かの旋律が奏でられた後、シェルフィナから澄み渡る凛とした声色が旋律に重ねられた。

 その声色は、どこか儚く、そして寂しく……

 綺麗な歌声だと思った。こんな状況でなければ聞き入ってしまいそうなほどに。

 反面ぞわり、と肌が粟立った。

 風が吹いたわけでもなく、気温が下がったわけでもない。

 ただ、何かが張り詰めていた……

 ふと気がつくと、いつの間にか目の前にロシュタースがいた。

 その右手に一振りの透明な剣(・・・・)を携えて。

「っ……」

 咄嗟にレオンは飛び退いた。

 ヒュン

 そんな風切り音が聞こえたのは、飛び退いた直後のことだった。

 レオンの制服の胸元に、真一文字の切り目が走る。

 一瞬……いや、半瞬でも退くのが遅ければレオンの鮮血が飛び散っていたことだろう。

 殺気のこもった、殺すための一撃……

 レオンは理解した。悪寒の正体が何なのかを。

「おっ、おい! 何を考えているんだクリフォード候補生! 霊装を許可した覚えはない! 直ちに解除せよ!」

 ロシュタースの思わぬ行動に慌てたのは、レオンよりむしろドグスの方だった。

 ドグスはレオンたちの下へと向かって駆け出した。

 ドカドカとドグスが走ってきている足音が後ろから聞こえてきたが、レオンはそれを気にしている余裕はなかった。

 目の前のロシュタースから目を離すことが出来なかったからだ。

 もし、一瞬でも隙を見せれば……

(間違いなく、殺すきで切りかかってくるな。そういう目をしてやがる……)

 ロシュタースは相変わらず幽鬼のようにふらふらと立っていたが、その目だけはギラギラとした殺気をこめてレオンへと向けられていた。

「おいっ! クリフォード候補生、聞いているのか! 直ちに霊装を解除せよと……」

 ドグスはレオンの隣まで来ると、再度ロシュタースへ武器を放棄するよう勧告をした。

「……うるさい」

 しかし、ロシュタースから返ってきたのはドグスが期待した言葉ではなかった。

「なんだと貴様! それが教官に対する……」

「うるせぇって言ってんだよこのハゲがっ!! たかだか教官風情が偉そうにするな!!

 ボクは貴族なんだよ! クリフォード家の長男、ロシュタース・フレデリック・クリフォードだ!! 

 こいつはこのボクをバカにしたんだ!! コケにしやがった!! 殺してやる……ブッ殺してやる!!」

 ロシュタースの言葉に、レオンはマナミの言っていたことを思い出した。

 つまりはこういうことを言いたかったのだろう。

「おっ……おい、落ち着けクリフォード候補……」

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!

 ボクに逆らうな! ボクに意見するな! ボクに指図すなぁぁぁ!!」

「っ!」

 子供の癇癪のようにわめき散らすロシュタースが飛び出すのを見て、レオンは咄嗟に隣に立っていたドグスを蹴り飛ばした。

「おおっ!?」

 反動で、自分も反対側へと転がる。

 ヒュン

 先ほどまで、確かにドグスの首があったその場所を、ロシュタースの持つ剣が一閃した。

 その剣速は、先ほどのものと比べて遥かに速く鋭い。同じ人物の太刀筋とは思えない程にだ。

 レオンは転がる勢いを利用してすぐさま体勢を立て直し、ロシュタースへと身構えた。

 聖霊騎士。

 唄巫女(ディーヴァ)によって召還された聖霊の加護を受けし騎士。

 知識として、聖霊騎士がどういうものか知っているつもりだった。あくまで知識としてだが…… 

 レオンは今まで現物(・・)を見たことが無く、“聖霊騎士は万の兵士に勝る”という知識も何処か話し半分に聞いていたところがあった。

 “どうせ、魔術が使える騎士程度”くらいにしか考えていなかったのだ。

 しかし……

(聖霊の加護を受けると、こうも変わるものかよ……まるで別人じゃないか)

 先ほどまで、ひよっ子に毛が生えた程度の実力しか持ち合わせていなかった者が、突然歴戦の勇士も斯くやという鋭く速い動きを見せたのだ。

 レオンの中の認識を改めさせるには、十分の衝撃だった。

(ってことは、あの透明な剣(・・・・)が奴の聖封神具(ディヴァイン・ギア)か……)

 聖霊騎士は、個々に特殊な武具を持つ。

 聖霊の魔力が作りだしたこの世成らざる武具、それが“聖封神具(ディヴァイン・ギア)”と呼ばれるものだった。

 殺してやる殺してやる……そう呟くロシュタースの胡乱(うろん)げな目はレオンを捕らえて離さず、そして目が合った。

「あああああああぁぁぁ!!!」

 体がブレて見えるほどの速度で切り込んでくるロシュタースの剣を、レオンは恥も外聞も気にせず転がるように回避した。

 ただ速いだけなら、レオンにはいくらでも対処の方法はあった。しかし、

(あの透明(・・)な剣は厄介だな……) 

 見えない(・・・・)わけではない。

 ガラスや水のように、刀身に色が着いていないのだ。

 そこにある(・・)ということは見てわかる。しかし、それを高速で振り回されればその動きを目で追うことは困難を極め、容易に回避できるものではなくなっていた。

 ましてや、今のレオンは丸腰で防ぐ手立てもない。

「あああ!!」

 間髪入れず、ロシュタースが切り込んできた。

(ったく!!)

 レオンもまた、ロシュタースへと向かって踏み込んだ。

 狙うは、ロシュタースの右手。

 正確には、ロシュタースが持つ、透明な剣の柄頭(・・)

 たとえ刀身は見えなくとも、柄の延長線上に刀身があることにかわりはない。裏を返せばそこにしかないのだ。

(だったら、振り下ろされる前に止める!)

 今にも振り下ろされようとしているロシュタースの右手に向かって、レオンは渾身の力を込めて左の掌打を放った。

 ごっ

「なっ……!」

 気づいた時には、レオンの左手は弾き飛ばされていた。

 レオンの放った掌打は、狙い違わずロシュタースの右手に当たっていた。

 しかし、ロシュタースはそれを意にも介さずに、レオン諸共右手を振り下ろしたのだ。

 近接していたおかげで、斬られることはなかったがバランスを崩していた所へロシュタースの左の膝が飛んできた。

「だぁ!」

 回避は無理だった。

(くそっ!)

 ドゴッ

「……っ!」

 瞬時にガードを固めて、急所への直撃だけは避けたものの、レオンはそのまま10数エート(約3~4m)後方へと吹っ飛ばされた。

 衝撃をごろごろと地面を転がることで逃がし、なんとか持ち直し立ち上がる。

(スピードだけじゃなくて、パワーまで跳ね上がってんのかよ……)

 左手は先ほどの攻撃で、右手は今の防御でかなり痛めてしまった。そう長くは戦ってはいられそうにない。

(こいつは本気(・・)で戦わないと厄介そうだな……)

 レオンはこちらに向かって歩いてくるロシュタースに対して再度身構える。

 腰を落とし、足を肩幅に、そして体を斜に構えるため一歩引く……

 こつんっ

「ん?」

 引いた足に何かが当たり目を向ければ、弾き飛ばされたリハルドの剣がそこに転がっていた。

(無いよりかはましか……)

 レオンは器用に剣を真上へと蹴り上げ受け止める。

 ロシュタースは既に、目と鼻の先のところまで近づいてきていた。

 レオンからは斬り込めないが、今のロシュタースなら一歩で踏み込める距離だ。

「だああぁぁ!!」

 それは、もはや剣術と呼べる代物ではなくなっていた。

 構えだの、剣の基本だの、そいうありとあらゆる物を蔑ろにし、ただただ力任に振り下ろされる刃が恐ろしいスピードでレオンへと迫る。

 レオンは迫り来るロシュタースから目を逸らすことなく、ゆっくりと息を整える。

 受け止める、という選択肢はない。

 今のロシュタースの力は常人を遥かに上回っている。

 パワー勝負を挑んでも、自分が負けるのは分かりきっていたし、最悪防御の上から叩き潰されかねない。

 回避、という選択肢もない。

 この距離まで詰められては、下手に距離をとる方が遥かに危険だ。 

 なら、取るべき対抗策は一つしかない。

(受け流すっ!)

 レオンは強く脳裏に思い浮かべる。

 柄から伸びる見えぬ刀身を、その軌跡を……

 「ふっ!」

 短い呼気とともに、レオンは踏み込んだ。

 剣を振り上げ、迫る透明な刀身へと己の剣とを合わせようとしたその瞬間……

「っ!?」

 レオンは考えるより早く、その身を前方へと投げ出していた。

 ロシュタースの脇を抜け、ゴロゴロと無様に二転三転し、すぐさま振り向き体勢を立て直す。

(奴の剣が……すり抜けた……?)

 振り上げるレオンの剣と振り下ろすロシュタースの透明な剣。

 その二つはぶつかると思ったその瞬間、レオンが見たのはロシュタースの剣が事も無げにレオンの剣をすり抜けたるところだった。

 斬られたわけではない。折られたわけでもない。そもそも触れた感覚すらなかった。

 何が起きたのかと、レオンは自身が持つ剣へと視線を向けた。

 傷一つ無いその刀身に、薄っすらと浮かぶ小さな水滴。

(水……? なるほど、そういうことか……コレ(・・)がその聖封神具(ディヴァイン・ギア)能力(・・)ってわけか)

 ロシュタースの持つあの剣の刀身を形作っているのは水だ。

 聖封神具(ディヴァイン・ギア)の能力を使い、水を刀身の形状に固定していたのだ。

 だから、受け止めることはおろか触れることさえ出来なかった……

 シェルフィナは水の聖霊の加護を授かりし唄巫女(ディーヴァ)なのだ。

 タネは分かった。

 それさえ分かればロシュタース(・・・・・・)程度が相手なら、十分に勝機はある。

 レオンは正眼に構え、ロシュタースを迎え撃つ姿勢を示した。

「がああぁぁぁ!!」

 ただ闇雲に突進してくるロシュタースの動きに合わせ、レオンは先ほどと同じ(・・)にように振り下ろされる刃に、自身の剣を合わせた。

 水の刃に、レオンの剣が触れた刹那、

 ぱしゃ

 今まで刀剣の形を維持していた水が、突然本来の自身の姿を思い出したかのように弾けて飛沫へとその姿を変えた。

「?」

 ロシュタースは柄だけとなった聖封神具(ディヴァイン・ギア)を握り締め、何が起こったのか分からないといった顔で、自身の聖封神具(ディヴァイン・ギア)を見つめていた。

「ふっ!」

 その隙に、レオンはがら空きだったロシュタースの右腕へと一撃を入れる。が、しかし……

 ドゴッ

「っ!」

 鈍き打撃音とは裏腹に、手に返ってきたのはまるで鋼の塊を殴ったような痺れる感覚だった。

(防御の方もコレかよ!)

 レオンはすぐさま一歩下がると、また正眼に構える。

 ロシュタースは今のレオンの一撃など気にも止めていない様子で、聖封神具(ディヴァイン・ギア)を一振りした。

 すると、先ほど飛散したはずの刀身が見る見るうちに元に戻っていった。

「……貴様、何をした?」

「教えてやる義理はない」

 ロシュタースの眉根がピクリと動くと、その表情は次第に憤怒の形相へと変貌していった。

「調子にのなって言ってんだよ!!」

 襲い来る水の刃は、レオンの剣が触れた瞬間にはまたしてもただ水飛沫へとその姿を変えた。

「??」

 レオンは意識を剣へと集中し、再び振り下ろす。

「はぁっ!」

 狙いは同じ振り抜き様の右腕だった。

 ドゴッ

 音はたいして変わらなかったが、手応えは明らかに変わった。

 柔らかい、肉を打ち据える感覚。

「……えっ? あれ? なんで……ボクの、腕が……」

 見ると、ロシュタースの腕は曲がっていた。

 肘と手首の中間、本来曲がってはいけない場所がぐにゃりと曲がっていたのだ。

 どうせ効きはしないと、回避も防御もしなかった結果がこの様だった。

「痛い? なんで? さっきは全然……あれ?

 痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい痛いイタイいたい!!!」

 ずさっ

 と、ロシュタースは膝から崩れ落ちるた。

 握っていた聖封神具(ディヴァイン・ギア)は手を放れ、地面へと落ちた。

 聖封神具(ディヴァイン・ギア)はそのまま地面に吸い込まれるようにしてその姿を消した。

 腕を抱え、膝をつき、喚き散らすロシュタースに対して、レオンは更なる追撃の打ち込んだ。

 左肩、左腕、胴体……

「うわわわあああああぁぁぁ!!!

 イタイイタイイタイイタイイタイヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!

 なんなんだよ!! どうしてこんなことになるんだよ!! 

 そうか、あいつだ、シェルフィナが悪いんだ……あいつが途中で唄うのをやめたんだ……

 そうだ……そうに決まってる。だから、ボクがこんな目に……あいつのせいで……あいつの……」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした顔のロシュタースは、うわ言のようにぶつぶつと何かを呟いていた。

 ロシュタースのそんなうわ言を一つ聞くたびに、レオンは自分の中で何かが急速に冷えていくの感じた。

「お前……もう喋るな……」 

 レオンは剣を高く、最上段に構えた。

「イヤだ、イタイのはイヤだ!

 イヤだ!イヤだ!イヤだ!イヤだ!イヤだ!イヤだ!イヤだ!イヤだ!」

 狙いは頭部。次の一撃で確実に意識を刈り取る。

 そんな決心を持って、振り下ろす。

「ふっ!」

「ひぃっ!」

 ヒュン

 と、風切り音を立てて振り下ろされた剣は、真っ直ぐにロシュタースの頭部へと向かう。

 ズカンッ!!

「っ!?」

 ガキンッ!!

 しかし、その刃がロシュタースに到達することはなかった。

 突然、何処からとも無く降ってきた岩鎧の巨人(・・・・)がその岩の腕にて、レオンの剣を受け止めていたのだ。

「そこまでですわ。バルヤザール候補生。既に勝負は決しました。これ以上の攻撃はただの暴力と判断しますわ」

 声のした方へと視線を向ければ、そこにいたのはあのぐりぐり横ロールのマリアベルの姿だった。

「と言っても、彼はこれ以上戦うことはできないようですけどね……」

 呆れたれたようにため息を吐くマリアベルの視線の先には、泡を吹いて失神しているロシュスタースがいた。

 余程最後の一撃が怖かったのか、失禁というおまけまで付いてた。

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