6話 学園(アカデミー)にて その3
※誤字修正(2016/01/07)
「初日早々かましてくれたな。エリート編入生」
朝時報告の終了を知らせる鐘が鳴り終わり、遠巻きにレオンを観察している生徒たちがいるなか、一人の生徒がレオンへと声を掛けてきた。
椅子に座ったままの姿勢で声の方へと視線を向ければ、とび色の髪を短く刈り揃えた男子生徒が、髪と同じ色をした鋭い眼でレオンを見下していた。
大柄で上背はレオンより高く、肩幅もがっちりした如何にもな“体育会系”の生徒だ。
「何か用か?」
そのあまり友好的とは思えない眼に、レオンはやや警戒色を強めた声色で答えた。
この男子生徒が言う“かました”というのは、間違いなく先のマリアベルという女子生徒とやりあった件のことを言っているのだろう。
あの時レオンはマリアベル相手に“お前より俺が上”というようなことを口走っている。
それが、例え売り言葉に買い言葉で出た台詞だってあったとしても、およそこのクラスの頂点に立ってるであろう彼女に対して、自分の方が上だという発言はウラを返せば“このクラス全員、俺より下”だとクラス中に宣戦布告したようなものだ。
突然やって来た新参者が、突然の頂点発言。
そんなことを快く思う者がいるわけがなく……
(あれは失敗だった……もっと、言葉を選ぶべきだったな)
嘘は言ってはいないが、あれでは無駄に敵を増やすだけだ。と、レオンが一抹の後悔を感じていたところにやってきたのがこの男子生徒だった。
「ご挨拶だな。マナミ教官だって言ってただろ? いろいろ教えてやれってな……
だから手初めに“身の程”って物を教えてやろうと思って……」
「“あのエリート、午前の教練は実技だって知らないだろうから、教えてやんねぇとなぁ”ってリー君さっきゆってた……はむっ……」
やっぱりその手の奴だったか……と、男子生徒へどう対応したものかとレオンが思案していたとき、男子生徒の言葉を遮って別の声が割って入ってきた。
「……」
「……」
話の腰を折られ、文字通り言葉を無くす男子生徒とそれを見上げるレオン。
無言のまま見詰め合うこと数秒……
二人はどちらからともなく、示し合わせたように視線を声のした方へと移すと、
「はむ……むぐむぐ……はむっ……むぐむぐ……」
そこにはいつの間にか、やたらでかいパンを齧っている一人の小柄な女子生徒が立っていた。
「……むぐむぐ……ゴクン……はっ! あっ、あげないよ?」
二人の視線が、自分が持っているパンへと向けられていると思ったのか、その女子生徒はパンを庇うかのごとく二人からは見えないように、後ろ手にパンを背中に隠したのだった。
『いらねぇよ……』
そんな的外れな女子生徒に対して、二人のなんとも脱力した声が見事にハモッた。
「ほっ……よかった……」
そう言うと、女子生徒はほっと安堵の息を吐き、またぞろパンをはむはむしだした。
「で、本当に何しに来たんだよ?」
この小柄な女子生徒の言動でトゲを抜かれたのか、レオンのその声に先ほどまでの剣呑さは微塵も感じられなかった。
「あー、何だ……」
声を掛けてきた男子生徒はといえば、女子生徒に空気を粉砕され、ここからどうやって場を立て直そうか懸命に思案しているようだった。
「だから“あのエリート、午前の教練は実技だって知らないだろうから、教えてやんねぇとなぁ”ってリー君さっきゆって……」
「だっー!! それはもういいっての! お前はそこで大人しくパン喰ってろ!」
「……はむっ」
男子生徒に言われたからか、女子生徒は大人しくパンを食べ始めた。
「……ものは相談なんだが、最初からやり直していいか?」
「この空気でか? ムリだろ……」
数十秒前までは確かに存在していた、あのひりつくような緊張感に満ちた空気は、今や微塵の欠片すら残さず消し飛んでいた。
「ですよねぇー……」
ガクリと肩を落とし項垂れる男子生徒のその姿は、どこか哀愁すら放っていた。
色々考えての登場だったのだろう。しかし、結果はこのザマだ。
そう思うと、レオンはなんだか目頭が熱くなるのを感じずにはいられなかった。
「だー!! 何してくれてんだよネーシャ!」
突然むくりと起き上がったかと思うと、男子生徒は傍らに立つ女子生徒の肩をわしっと掴み、激しく前後にシェイクし始めた。
「は~む~は~む~……」
(スゲーな……それでもパンを食べるのは止めないのか……)
「いいか? こういうのはなぁ、第一印象が大事なんだよ! ナメられたら終わりなんだよ! 今後の上下関係が決定するんだよ!
上流貴族のボンボンを舎弟にしておけばいろいろ安泰なんだよ! コネとか金とか権力とか!
それを足がかりに貴族社会に返り咲くというオレの壮大な計画をぶち壊しやがって! どーしてくれんだよ!」
「うわー……リー君、マジちっちぇー。体はでっかいのに考えてることマジ、ちっちぇー。他人のコネとかお金とか権力当てにしてるリー君、マジ、ちっちぇー」
「三回も言うなっ!!」
目の前で繰り広げられるコントさながらの光景を眺めながら、レオンはため息一つ席を立った。
「おっ、ちょ、どこ行くんだよ!」
「どこって……剣錬場だよ。午前は実技教練で移動だろ? お前らもそんな遊んでると遅刻するぞ」
「なっ! お前、知ってたのかよ!!」
「おぉ……リー君、マジ、ピエロ……」
「うるせぇよ!」
既に誰も居なくなっていた教室に、男子生徒の怒鳴り声だけが空しく響き渡った。
「実を言えば、教室に来る前に教官から一通りの説明は受けてたんだよ」
「そうだよなぁ……マナミちゃんだもんなぁ……説明くらいしてくれるよなぁ。これじゃネーシャの言う通りオレ、マジピエロじゃねぇか……」
「いや? 少なくともお前がいいやつだってことはわかったぜ?」
レオンは悪ぶって声を掛けてきた男子生徒へ向かってニヤニヤした笑みを浮かべて見せた。
「チクショウ! 嫌な笑い方しやがって!」
「そう? 寝てる時に急に笑い出すリー君の顔の方がずっとキモイ……」
「今はそんな話してねぇだろ!」
三人がそんな会話をしているのは、剣錬場へ向かう道すがらのことだった。
「ああ、今更だが、リハルド・スレインってんだ。階級は三等位、よろしくなエリート。で、こっちのちっこいのがが……」
「ネーシャ・ライオット。同じ三等位……よろしく……」
「さっきも言ったがレオン・バルヤザールだ」
三人は今になって遅まきながらの自己紹介を簡単に済ませた。
「なぁ、スレイン。一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」
「リドでいいぜ。で、何だよ? 聞きたいことって?」
「さっきもグリグリの金髪に言われて気にはなってたんだが、その“エリート”ってのは一体誰が言い出した話だよ? 」
レオンは両手の人差し指を立てると、顔の横でグルグルと回して見せた。
どうやら、マリアベルの横にロールした髪形を表現しているらしい。
「ぶっ、ぐりぐりってお前……」
「っ……」
二人とも、何処かツボに入ったらしく盛大に噴出していた。
ネーシャに至っては、顔を背けて必死に笑いを噛み殺している始末だ。
「わっ、悪いな。ツボっちまった……確かにあいつの髪型は見てだけで目が回りそうなぐらいくるくるしてっけど……それを、ぐりぐりって……」
自分でいってまたハマッたのか、リハルドは腹を抱えて笑い出した。それに釣られるようにネーシャもまた声を立てずに苦しそうに身悶えしていた。
「ふーっ、悪い悪い。クライベル嬢のあの髪型をネタにする命知らずなんて、あのクラスの中にはいないから斬新でな。で、何だっけ? ああ、そうだ。お前のことを“エリート”って言い出したやつの話だったな」
リハルドは大きく息を吸い、乱れた呼吸を整えると顎に手を当て何かを思い出すように、うーむ、と唸り始めた。
「実際、誰がってことはないんだよなぁ。強いて言うなら“自然発生”ってのがそうだろうな」
「どういう意味だよ?」
「ん~、あれはオレたちが入学して二ヶ月くらいたったときだったかな? マナミちゃんに“近いうちに編入生が来るかもしれない”って話をされたんだよ。
そん時にいろいろ事前情報が出てよ。現学園長の弟だとか、魔導遺跡調査員をしているだとか、入学に関して試験前面免除だとかな……
これはもう来る奴は“とんでもない天才”か“権力フル活用したアホなボンボン”かのどっちかしかないって話になったんだよ。それで……」
「“エリート”ってわけか……」
「そういうこった」
レオンはリハルドの話を聞き、今朝のマリアベルの言動を思い出していた。
(どっちが来たか試されたってことか……?)
彼女がレオンのことをどう判断したかはわからない。が、少なくともここにいリハルドはあのやり取りでレオンのことを“権力フル活用したアホなボンボン”とは判断しなかったようだ。
「オレとしては“アホなボンボン”が来るほうに賭けてたんだけどなぁ。
こう……初日で軽くシメて子分にしてよ、それを足がかりに貴族階級に進出! オレの華々しいサクセスストーリーが始まる! はずだったんだけどな……」
どこまで本気で言っているのかわからないが、リハルドは大げさにがくりと肩を落とすてため息を吐いた。
「レオン……君……」
今まで黙ったまま二人の会話を聞いていたネーシャが、会話の切れ目を感じ取ってかレオンへと声をかけてきた。
「レオンでいい」
「ん。じゃあ、レオン。あたしも一つ聞きたいことがる」
「? 何だよ?」
「マリアベルに何したの?」
「……はぁ?」
それはまったく予想だにしない質問だった。
「おっ! それはオレも気になってたんだよ。いくらお嬢が階級主義だからって、初日であれだけ噛み付くなんて異常だぜ? お前一体何やらかしたんだよ?」
「知らん。俺が知りたいくらいだ」
「ホントかぁ~? あの調子じゃ是が非でも追い出したいって雰囲気だったぜ? なぁ?」
「うん。何したの? 早めにゲロっちまった方が楽になれる」
二人分のキラキラした好奇の眼差しに晒されて、レオンの口から嘆息が漏れた。
「あのなぁ、お前ら……」
そこでふと、レオンはリハルドの言葉に何か引っかかるものを感じた。
「なぁ、リド。あの金髪のお嬢様は他の奴に対しても、普段からあんな感じなのか?」
「まさか。お嬢は能力主義だから他人に結構キツくあたるのは普通だが、あそこまで露骨に当たるなんて何人もいないさ」
「何人もってことは俺以外にも居るってことか?」
「ああ。オレが知る限りじゃ、お前で二人目だな」
「二人目……? じゃあ一人目って誰なんだよ?」
「そいつは……」
ゴーン ゴーン
リハルドの言葉を遮って響き渡ったのは、午前の教練を知らせる鐘の音だった。
「うおっ! やべぇ! 教練開始の鐘じゃねぇか!! 急ぐぞレオン! ネーシャって、居ねぇじゃねーか! あいつ!」
先ほどまで確かにそこにいたネーシャの姿は、いつの間にか影も形もなく消えていた。
何気なく前方に目を向けたレオンの目に、全力疾走しているネーシャの後姿がちらりと映って、そして消えた。
「あいつ、オレたちのこと置いて行きやがったな! 走るぞレオン!」
「おっ、おいリド!」
呼び止めるレオンの声など無視して、リドもまた全力でその場を駆け出していってしまった。
ひとり、その場に取り残されるてしまったレオン。
「ったく、間に合わんだろ……ってか、最後まで話してから行けよな……」
レオンはそうポツリと呟くと、消え去った二人の背中を追うように剣錬場へと向かって移動を開始したのだった。徒歩で。
「貴様があの学園長の弟とかいう編入生か。初日から堂々と遅刻とは、ずいぶん余裕だな」
レオンが剣錬場に辿り着いたときには、レオンを除いた全ての生徒は隊列を組み整列している状態だった。
あのリハルドとネーシャもどう潜り込んだのか知らないが、ちゃっかり隊列に加わっている。
レオンの前には、見るからに屈強そうな戦士を思わせる男が、まさに仁王のような表情でレオンを見下ろしていた立っていた。それは宛ら壁だ。筋肉という分厚い壁がレオンの目の前にあった。
割と背が高いレオンを悠々と見下ろしていることから、軽く7エート(約2m)は下らない大男だ。
今は、遅れたことを理由に隊列の前に出されての説教中だった。
「いえいえ、初日故に右も左も分らず遅れたんですよ。大目に見てくださいよ教官殿」
「ふんっ。あの女狐の弟だけあってふてぶてしい態度だな編入生。
俺は戦技教導官のドグス・ベイガンだ。貴様が学園長の身内だろうが、上級貴族だろうが俺には関係ない。身分を盾に甘やかしてもらえると思うなよ。
しかし、上の連中は一体何を考えているんだかな……あんな“学者崩れのくだらない女”を学園長の座に座らせたと思ったら、次は学園に通ったこともない一般人を突然、無試験で入学させるなど、正気の沙汰とはとても思えん……」
レオン本人を前にして、ドグスは躊躇うことなくそんな暴言を口にした。
ピクッ
別に自分のことをどう言われ様が、レオンはまるっきり気になどしなかった。レオンは自分が見て欲しいと思う人たちだけに見てもらえればそれでいいのだ。しかし、彼女の、トリアのことを悪く言うことだけは許せなかった。
普段、トリアをバカだバカだと暴言を吐いてるレオンだったが、それは自分が口にしているから許されるのであって、他人の口から彼女をバカにするような言葉を聴くのは正直愉快なものじゃない。
「教官殿、そうイライラされてはハゲますよ? あぁ、すでに抜けるものがありませんか? なら、一安心ですね。どうぞ、存分にイラついてください」
「ぷっ……」
そんなレオンの言葉に、どこかで盛大に噴出す聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「きっ、貴様ぁ!! そ、それが教官に対する態度かぁ!!」
まるで茹で上がったタコのように顔を真っ赤にしてドグスは吼えた。
「確かに俺は学園なんてものに通ったことはないさ。もっと言えば、学習所の類にだった通ったことはない。
だけどな、俺は今まで優秀な人たちからいろいろなことを教えられてきた。あんたなんか足元にも及ばないほど優秀な人にな。それは俺の“誇り”だ。
だから、そこらの奴らより劣っているつもりは断じてねぇよ」
表向きはあくまで、自分をバカにされた事への反発を口にするレオン。
全面的にトリア擁護の発言をして、もしそれがうっかりトリアの耳に入ろうものならからかわれる事は火を見るより明らかだ。だから、遠回りに擁護する。
“お前より優秀なトリアから教わっていたのだから、そこらの奴に負けるわけがない”と。
さすがにこのレオンの言葉には、あたりが一瞬でざわつきだした。今さっきマリアベルと言い争った
ばかりなのだから、当然といえば当然のことだった。
先ほど感じた後悔も、反省もすっかりレオンの頭から消し飛んでいた。
「ほ、ほぉ……ならその“誇り”とやらを是非とも見せて貰おうじゃないか。誰かこいつと一手手合わせしてやれ!」
ドグスの呼びかけに、生徒たちが更にざわついたがそんな中一人の男子生徒が隊列の前に姿を現した。
「ボクが相手になろう編入生クン」
キラキラした金糸のような髪をふわっと靡かせて、優々とした足取りでその男子生徒は歩み出た。
「ロシュタースか……いいだろう」
ロシュタースという生徒が現れたことで、ざわめきがより一層大きくなった。
「あの編入生終ったな……」「よりによってロシュタースかよ」「自業自得だろ?」
そんな声が、あちこちから上がりだしのだ。
「まず自己紹介をしよう。ボクの名はロシュタース・フレデリック・クリフォード。
そうっ! あのっ! クリフォードだ。二等位を勤めさせて頂いている」
レオンはまったく知らなかったが、オルビアではちょっとは名の知れた家名である。
バルヤザール、シュタンシュッツ、クライベルなどと比較すれば霞んで見えなくなるようなものではあったが、貴族であることに変わりはない。
家名はいまいちだったが、二等位ということはあのマリアベルよりは下だが、実力的にはかなり上位の生徒というこになる。事実、ロシュタースは剣だけの腕ならこのクラスで五指に入る実力の持ち主だった。
「キミは少々立場というものを弁えるべきではないかな?
先のクライベル殿に対する非礼。そしてベイガン教官に対する暴言。正直、聞くに堪えないものがある」
ロシュタースは腰に下げた宝飾された煌びやかな刀剣をスラリと抜くと、その切っ先をビシリとレオンの方へと向けた。
「ボクがキミに分というものを教えてあげよう」
(あのお嬢様の取り巻きか? お嬢様にいいとこでも見せて株でも売ろってわけか……)
それを見てレオンは、足を少し開き体をロシュタースに対して斜めに傾けた。
「おや? キミは見たところ帯剣していないようだが?」
「別にいらねぇよ」
「はははっ、ボク相手に武器も無しに勝てるつもりかい? 舐めないで貰いたいものだね。
何よりボクは騎士だ。武器も持たない者を一方的に攻めるなど、ボクの騎士道が許さないよ。
誰かっ! 彼に剣を貸してあげてはくれまいか?」
「ほらよっ、レオンっ! こいつを使いなっ!」
ロシュタースの呼びかけに答えたのは、リハルドだった。
隊列の中から鞘に収まった刀剣が、放物線を描いてレオンの下へと飛んできた。
カチャリとそれを空中で器用に受け止めたレオンは、流れるような動きでスラリと刀剣を鞘から引き抜いた。
リハルドが寄越した剣は、全長3エート(約90cm)程度の両刃の直剣。俗にロング・ソードと呼ばれている類の物だった。
一見、極々普通の刀剣だったがそこは練習用というべきか、刃引きがされおよそ刃物としての機能は殺されていた。たぶん、ロシュタースが持つ刀剣にも同じ加工が施されているのだろう。
握りの部分も一般的な物より若干長く、片手でも両手でも扱えるように加工が施されていた。
レオンは握りや重心を確かめるために二三度、軽く剣を振った。
(悪くはない……か)
と、言ったところで良い分けでもない。クセがない、というだけであくまで既存の量産品だ。
「では、ベイガン教官。開始の合図をお願いします」
ロシュタースはレオンの準備が整ったのを確認すると、ドグスへと進言した。
ドグスは一度、大きく頷くとすっと右腕を高々と掲げ、
「それでは今よりクリフォード二等位 対 バルヤザール五等位による模擬戦を開始する!
ルールは学園公式戦と同様。気絶等戦闘継続不可能になった場合、及び降参を持って決着とする。
では、 両者構えっ! ……始めっ!!」
「はっ!」
掛け声と同時に、ロシュタースは一足飛びにレオンとの間合いを一瞬で詰めた。
(意外と早いな……)
ヒュンッと、風きり音がした瞬間、
キィィン
甲高い音と共に、レオンが手にしていた剣が宙高く弾き飛ばされ、遥か後方へと落ちていった。
剣を握っていた手には、ジンジンと鈍い痺れだけが残っていた。
「はっ! たったの一刀で終わりとは口ほどにもない! それでよくあのような大口を叩けたものだな!」
振りぬいた剣の切っ先をビシリとレオンの鼻先へと向けるロシュタース。
しかし、レオンはそんなロシュタースなど気にも留めず、微かに痺れる手を握っては開いて、開いては握ってと繰り返していた。
「ふっ、あまりの力量差に何が起きたのかも、理解できないでいるのかな? 無理もない……
ボクは二等位、そしてキミは五等位だ。はなから勝負になど……」
「で、お前はいつまでそんなくだらない無駄口を叩いてるつもりなんだ?」
「な……に……?」
「まだ勝負はついてないだろ。高が剣を弾いたくらいで何勝った気でいるんだよ? 実戦ならお前は軽く二度は死んでるぜ?」
鼻先に突きつけられた剣先など、まるで存在しないかのようにレオンはロシュタースを睨みつけた。
自分の負けを理解していないレオンの言動に、ロシュタースは数度頬をひくつかせる。
「キミにはこの状況が理解できないのかな? 既にキミは負けいてるのだよ?」
「ルールじゃ、気絶か降参と言っていた気がするが? 俺はまだ降参もしてなければ、気絶だってしていない。それで勝ちとか気が早すぎやしないか?」
「ほっ、ほぉ……貴様、よほど痛い目を見たいらしいな……」
レオンの態度がよほど気に入らなかったのか、ロシユタースの言葉遣いに彼の地が混ざりだしていた。
所詮、あの言葉遣いも立ち居振る舞いも自分を良く見せるために取って付けたものでしかないのだ。
「なら、望み通りにしてやるよっ!!」
突きつけられていた切っ先が振りあがり、勢いを付けて振り下ろされた。
狙いは頭部。
いくら刃が付いていないとはいっても、金属の塊だ。その速度で当たれば軽い怪我だけでは済まないだろう。
完全にレオンの意識を刈り取る一撃だった。
「ふっ……」
レオンは剣が振り下ろされるのを見てから短い呼気と共に振り下ろされる凶器に向かって半歩を踏み出した。
「なっ!」
更に体を半回転させて、振り下ろされる剣の軌道から体を逃がす。
決して軽くはない剣だ。ここまで速度が載ってしまえば、軌道を修正することは不可能だった。
空しくロシュタースの剣は空を切る。
レオンはそこから更に体を捻り、後ろ回し蹴りをロシュタースの腹部へと向かって放った。
「くっ!」
ロシュタースは後方へ飛びのくことで、強襲する鋭い一撃を回避することに成功した、が……
これはだだ単に運がよかっただけだ。
剣を空振ったせいで体勢を崩したことで、レオンの狙いが僅かにそれたのだ。未熟故に助かったに過ぎない。
「はぁ……はぁ……」
ロシュタースは焦りの表情を浮べ額から流れ落ちる冷や汗を拭うと、剣を正眼に構え直し呼吸を整えた。
「貴様、闘士か……だから剣がいらないと……今のはなかなか良かったが次はない。
奇策に油断をしたが、そうと分れば戦い様はいくでもある」
ロシュタースは正眼の構えのまま、今度はじりじりとレオンとの間合いを詰める。
闘士とは拳打や蹴打をメインとして戦う戦闘スタイルの者を指す。
リーチはあくまで自分の手足の長さまで。故に、アウトサイドからの攻撃には弱い。
ロシュタースは、剣のリーチを生かしてレオンの間合いの外から攻撃する作戦をとったのだ。
しかし、ロシュタースはまるで気付いていなかった。自身とレオンとの力の差に……
レオンがその気になれば、今の一瞬でケリが付いていたのだ。
今の一瞬。ロシュタースが構えを取る前に、レオンが飛び出していればそれだけで全ては終っていた。
ロシュタースは自身の間合いにレオンを収めると、裂帛の気合に乗せて鋭い突きを放った。
「はぁ!」
狙いは胸を中心にした正中線上。
突きは隙が少なく、初動も早い。
並み程度の実力の者では、ロシュタースの放つ突きを捌くことなどできはしないだろう。
しかし……
「なっ!!」
レオンはロシュタースの踏み込みに合わせて、左手に持ったままになっていた鞘を突き出し、自らもまた一歩を踏み出した。
ロシュタースの剣は、まるでそうであるのが当たり前かのようにレオンが突き出した鞘へと吸い込まれていった。
鞘に切っ先が入った瞬間、レオンは鞘を外へと振り突きの軌道を逸らす。
そして、
「ごふぉっ!!」
どごっ、という鈍い嫌な音が当たりに響き分った。
踏み込みの勢いを殺すことなく、レオンは左の掌打をロシュタースの顔面へと叩き込んだのだ。
レオンの踏み込みとロシュタースの踏み込み、実質二人分の勢いの乗った掌打の威力は凄まじく、ロシュタースは空中で見事な二回転を決めると、そのまま後方へと吹っ飛んでいった。
地面にぶつかってからも、ゴロゴロと何回も転がり漸く止まった。
殴った拍子にロシュタースの手からすっぽ抜け、宙に放り出された剣は遅ればせながらに大地に帰還し、レオンは見向きもせずにそれを事も無げに受け止めて見せた。
誰も、何も言わず、物音すらしなかった。
辺りを支配しているのはただ静寂のみだ……
レオンは別に剣が使えないわけではない。ただ、戦うから闘術と決めていただけだ。
トリアから教わった闘術で勝つと初めから決めていたのだ。
4話をアップして読み返していたら、「トリア」と「リーリア」の名前が一文字違いであること、そして「トリア」と「マリアベル」の容姿が肌の色以外酷似していることに初めて気がつきました。
キャラシート作ってるときは全然気付かなかった・・・やっちまったよ・・・
今更変更も出来ないのでこのままでいいや。
まぁ名前はこの世界では割と標準的な名前だと思ってください。
ロシアの「~エフ」とか「~ビッチ」とか、日本なら「山田ロドリゲス太郎」とか「鈴木エリザベス花子」とか・・・そんな感じです。
一度、設定表読み返さないとだめだな~これ。