5話 学園(アカデミー)にて その2
※誤字脱字・ミス修正 作業用に残していた無駄な改行を削除
ココと、↓
「え~っと……なんの話でしたっけ?」
そうマナミが言い出したのは、学長室を出て少ししたときだった。
「階級証がどうのって話」
「ああ、そうでしたね」
ポフッと胸の前で手を打ち合わせると、マナミは隣を歩くレオンへと向かってニコリと微笑んだ。
頭一つ分以上レオンの方が背が高いので、どうしてもマナミはレオンと話すときは見上げれなければならず、それがかえって上目遣いのような仕草になってしまっていた。
彼女の歳は聞いてはいないが、見た目以上に雰囲気や仕草からずいぶん子供っぽい人だな、という印象をレオンは受けた。
「先ほども少し話しましたが、階級証はいわば成績表のようなものです。評価は下から五等位、四等位、三等位、二等位、そして一等位となります。
一等位には準一等位と正一等位の二つがありまして、正一等位は正式に聖霊騎士に任命されるときに授与される階級になります。なので、学生が与えられる最上位の階級は準一等位までとなります。
つまり、卒業までに準一等位に辿り着くことができた人だけが、晴れて聖霊騎士に任命される、というわけです。一応、一等位の上に特位というのがありますが、これはかなり特殊な階級なので、この階級の人物と出会うことはまずないでしょう。そういうものがあるとだけ覚えておいてください」
「じゃあ、俺が貰ったこいつはどこに該当するんだ?」
レオンは自分の胸に留められた階級証を弄りながら、なんとはなしに尋ねてみた。
「残念ながら、一番下の五等位になります。
学園長の推薦、しかも学園長のおじい様であるニド教授の推薦状のお墨付きの生徒、ということもあって本当はもう少し高い階級を用意してあげたかったのですが、“無試験で編入、しかも他の学園での実績もない生徒を特別扱いしたら、他の生徒達に示しがつかない”と一部の方たちから猛反発がありまして……ごめんなさいね」
「いや、っていうか、どう考えたってその“一部の方”って奴等の方が正しいだろ? どこの誰とも分らない奴が突然やって来て、自分の家の庭を大手を振るって歩かれたら、そりゃ腹だって立つさ」
「……」
そう答えたレオンを、マナミはなぜか何も言わずにただただじっと見つめていた。
「なっ、なんだよ?」
その視線に何か気恥ずかしさのようなものを感じたレオンは、視線から逃れようと足を止めた。
すると、マナミもまたその足を止めると、レオンと正面から向かい合った。
「貴方は……いえ貴方たちは少し変わっていますね」
マナミはほんわかとした表情で、レオンへと微笑みかけた。
「変わってる?」
「はい。なんと言いいますか……」
どう表現するべきだろうかと、マナミは続く言葉を探すようにそこで一度言葉を区切った。
少し悩み、適当な言葉が見つからなかったのか「嫌な思いをさせたらごめんない」と断った上で先を続けた。
「……これは、学園長……トリアさんが学園に来たときにも感じたことなんですが、貴方たちは私が知っている貴族とは大分印象が違うなっと思いまして」
貴族というものは、往々にしてその特権を振りかざし横柄にしてわがまま、というのは何処の世であっても概ね変わることのない認識だろう。
それはここ守衛都市オルビアでも同じことが言えた。
「学園に通う生徒の半数以上は貴族階級の子弟なんですよ。
以前は学園への入学は下級以上の貴族階級の者のみが許されていた特権でした。数年前に入学規定が緩和され、現在は一般の市民も入学できるようにはなったのですが、依然貴族の学園への影響力というのは存在していまして……」
それは、場合によっては教官以上に上位の貴族階級にある生徒の方が学園での発言権力が大きい、ということをマナミは暗に語っていた。
バルヤザール家といえば、オルビアでは一二を争う名門だ。格式の高さでは、騎士の家系であるアルフリードの実家・シュタインシュッツ家には遠く及ばないが、魔導学の発展に寄与したバルヤザール家の功績は計り知れないものがあった。
ニド・バルヤザールという男は、いつもドロに塗れ一見飄々とした好々爺だが実はアレで爵位持ちだったりする。
そんなニドの孫であるトリアは、かなり上位の貴族階級に属していることになり、その弟であるレオンもまた然りである。
現にトリアが、上位貴族しか就く事が許されていない学園の学園長の椅子に座っているのがその証と言えた。
貴族としての位の高さなら、学園の中でレオン以上という生徒は五人といないのだ。
(なるほど、そういうことか……)
マナミの話で、今ままで感じていた奥歯に何か詰まったような違和感の正体にレオンは漸く気づくことができた。
それはある種の恐怖……畏怖といったものを、マナミはトリアやレオンに感じているということだった。
一生徒に過ぎないレオンに、教官であるはずのマナミがやたら丁寧に接するのも、階級証が最低位であったことを謝罪したのもそのせいだ。
“上級貴族様のご機嫌を損なえば、一教官の首など軽く飛ぶ”そういうことなのだろう。
そういった“貴族でありながら特権を振るわない”そんなレオンやトリアをして、マナミは変わっていると表現したのだ。
「じーさんやトリア、ましてや俺なんて自分のことを“貴族だ”なんて思ったことは今まで一度だってねぇよ。暮らしている場所は、森か荒野か岩山で野宿。やってることと言えば、穴を掘ってるか埋めてるかだぜ? そんな“貴族様”がいるかよ?」
レオンはくだらないと言わんばかりに鼻で笑うと、止めていた足を再び動かし始めた。
「教官殿こんな話してないで早く行こうぜ。遅れたらきついお仕置きをされるんだろ?」
「……ふふっ、やっぱり変わっていますね」
そう言って、前を行くレオンへと付いて行こうとするマナミだったが、
「レオン君、そっちじゃなくてこっちですよ?」
マナミは前を行くレオンへと声をかけ、レオンが進んだ通路とは別の通路を指差した。
「……」
微かに笑いを含む声に再び足を止めたレオンは、何も言わず振り返ると、いそいそと戻ってくるのだった。
「え~、以前からお話があったと思いますが、本日付で本学園に新たに編入生を迎える事となりました。では、レオン君。自己紹介をお願いします」
「……え゛っ」
「(ちょっ、そんな本気で嫌そうな顔しないでくださいよ!)」
本気で拒絶の態度を示したレオンに、マナミは小さく非難の声を上げた。
ぶっちゃけ、レオンは自己紹介というか、挨拶の類が苦手だった。いや、はっきり嫌いだといった方がいいだろう。
基本、人付き合いを煩わしく思っているレオンは、自分から見知らぬ誰かに近づくことは滅多にない。
それこそ、昨夜の少女のようにレオンの興味引くような何かがない限りは絶対だ。
「……」
「(お願いですから、何か言ってください! 振った私がバカみたいじゃないですか~)」
何を言ったものかと考えあぐねていると、隣でマナミが今にも泣き出しそうな顔で催促してきた。
「はぁ~……レオン・バルヤザールだ。よろしく……」
広い教室の中マナミに押し切られる形で、レオンは一言だけ言葉を発した。
初めの挨拶としはこれ以上ないくらい簡素なものだったが、これがレオンの限界だった。
「えっ? え、えっと~彼は学園に来る以前は魔導遺跡の調査隊に参加していました。なので、学園や都市での生活に慣れていないので、いろいろ教えてあげてください。そ、それでは皆さん、な、仲良くしてあげてくださいねぇ」
レオンのあまりに簡単すぎる挨拶に、マナミは慌てて取って付けたようなフォローを入れるが、生徒達からの反応は極めて希薄だった。
「(もぅ! どうするんですかこの空気! レオン君のせいですよ!)」
頬をぷっくりと膨らませたマナミに睨まれたが、レオンにとってはあれで精一杯なのでどうしようもない。
今、レオンとマナミが立っているのは、今日からレオンが通うことになる一期生の教室の教壇上だった。
半円状の広い空間で、目の前には二、三人掛け用の横長の机がずらりと並んでいる。一つ奥に行く毎に一段高くなっていく構造になっており、レオンたちがいる場所が最も低い部分に当たった。
それこそ、すり鉢を真っ二つに割った形状に良く似ている。
そこには総勢で百数十人の聖霊騎士候補生が席に着いて、黙ったままレオンの方へと視線を向けていた。
最前列が一番少なく、奥に行くにつれて増え、ピークと共にまた減っていく。簡単に言ってしまえば菱形状に生徒が分布していた。
「……ん?」
下から順に上へと視線を移していった先で、レオンはふとその視線を止めた。
「っ……!」
教室の最上段、つまり一番奥の窓際に他の生徒の集団から外れて一人佇む少女。
日の光の中にあって、尚その存在が一際目立つ紅い髪……
視線の先に居たのは、昨夜丘の上で出会ったあの少女だった。
少女と目が合うと、あからさまな態度で視線を逸らされてしまった。
「え~っと、それではレオン君の席なのですが……」
「ユヅキ教官。質問をよろしいでしょうか?」
マナミがレオンが座る席を何処にしようかと視線を彷徨わせていたとき、席の最前列に座っていた一人の女子生徒が挙手をし、発言の許可を求めてきた。
「はい。なんですかマリアベルさん」
女子生徒はその場で立ち上がると、その豊満な左胸に手を当て目を伏せ、軽く顎を引くようにして敬礼の姿勢を取った。
その所作には一点の淀みもない、まさに洗練された流れるような動きだった。
「発言の許可を頂き感謝いたしますわ」
腰まで届きそうな長い金色の髪に、宝石のような紺碧の瞳。白磁のような白いその肌の中に、朱でも引いたかに見える唇。丹精な顔立ちも相まって、どこぞの彫像のモデルになっているといわれても、疑問にすら感じずに納得してしまいそうになる、そんな“貴族”を地で行く女子生徒がレオンをキッ睨みつけて宣った。
「そこな編入生ですが、階級は如何ほどなのでしょうか? わたくしの目が悪いのか、ここからですとその胸の記章は五等位に見えるのですが?」
女子生徒の言葉が終ると共に、辺りから小さくクスクスと嗤う声があがった。
「? はい。五等位であってますよ。マリアベルさん」
女子生徒の言葉を額面通り受け取ったのか、マナミはニコニコしながら女子生徒に答えた。
(いやいや、違うだろ……)
ほわんとした人だとは思っていたが、まさかの想像の斜め上を行くマナミの返答にレオンは驚愕を通り越して寧ろ関心してしまった。
「(今のは嫌味で言ってんだよ。コネで入ってきて最下位なのか、ってな)」
「えっ!? あっ、いえ、その、ご、誤解しないでくだい。彼が五等位なのは事実ですが、それは学園側の方針によって決定したことで、決して彼自身の実力が劣っているからとか、そう言う訳ではなく……」
「わたくしは学園長の弟君がエリートとして編入してくる。と、聞いたのですが聞き間違いだったようですね。それとも、学園長は五等位程度をエリートだと仰りたいのでしょうか?」
女子生徒は、マナミの言葉を断ち切るように自身の言葉を割り込ませた。
「あっ、その、えっと~……」
「俺が五等位だと、なにか問題でもあんのかよ?」
女子生徒に押されオロオロとしているマナミを見かねて、レオンは女子生徒とマナミの間に割って入った。
「問題? そう“問題”ですわね。貴方のような“低位”の者が学園に通うなど、我々の品位が貶められてしまいますわ」
「? いまいち言っている意味がわからんのだが? 俺の階級とあんたらの品位にどういった因果関係があるっていうんだよ?」
「これは失礼。貴方が無知蒙昧な愚夫であることを失念しておりました」
女子生徒は非礼を詫びるように慇懃な態度で頭を下げた。
態度こそ丁寧だが、女子生徒が口にする言葉は辛辣極まりない。
「いえいえお気になさらず、では、是非ともこの凡愚の身に御教授願えないでしょうか?」
いちいち癇に障る言葉にイラッとしたレオンは、それを顔には出さず返す刀で儀礼的な返礼を返した。宮廷などで用いられる正式なものだ。
もしものために覚えておけ、とニドから叩き込まれたものだったが、まさかこんな形で役に立つ日が来るとは……レオン自身驚きだ。
「これはこれはご丁寧に。愚昧なりに向学心があるとは関心ですわね。では、教えて差し上げましょう」
女子生徒の頬の辺りが、ビクリと動いたことをレオンは見逃さなかった。
ニヤリとするレオンと目が合って、女子生徒の視線が更にきつくなった。
コホン、と女子生徒は一つ咳払いをすると、仕切りなおすように芝居がかった仕草で腕を組んだ。
「そもそも、学園には入学規定というのがあることをご存知かしら?」
「いや、まったく知らん」
「でしょうね、暗愚な貴方が存じているはずがありませんわね。愚問でしたわ。ご容赦を」
(いちいち嫌味を言わないと、先に進めないのかよこいつは……)
意外にも、トリア以外には概ね寛容なレオンであったが、さすがにこの女子生徒相手にはそうも言っていられなかった。
「その中の項目のひとつに“予科を三等位以上での卒業のこと”という一文が明記されておりますの」
「(予科ってなんだよ?)」
知らない単語が出てきたで、レオンはこっそり隣のマナミへと耳打ちをした。
これ以上、目の前の女子生徒に物を尋ねたら一体どんな言葉が返ってくるか分かったものではないからだ。
「(えっ? えっと~、一言で言ってしまえば学園に通う為の学習をする学校なんですが……これで、わかりますか?)」
「(大体、理解した)」
要は、聖霊騎士候補生の候補生が通う学校、という事なのだろう。
(学園に進学させる前に一度篩をかけるってわけか)
「一部の例外は除きますが……」
女子生徒はそう言葉にするとその視線をレオンから外し、別の何かへと注意を向けるような素振りを見せた。
が、それも一瞬のこと。次の瞬間にはその鋭い眼差しは再度レオンを捕らえていた。
「ここにいる皆が三等位以上の実力の持ち主、ということになりますわ。そんな中、貴方のような低位が学園に編入して来たとあっては、“オルビアの学園は低位ですら入れる、程度の低い学園だ”などと、他都市の学園の生徒からいい笑い話の種にされてしまいますわ」
「あの~ですから、それは……」
必死に仲裁に入ろうとするマナミだったが、女子生徒の目は彼女を捉えてはおらず、ただレオンへと向けられるばかりだった。
「回りくどいことはなしにしようぜ。で、結局のところあんたの要望ってのははなんなんだ?」
「あら? 下愚にしては話が早くて助かりますわね。わたくしの要望はただひとつ……
貴方のこの場での編入辞退、ですわ」
(まっ、話の流れからしたら、そうくるだろうとは思ったが……)
「ちょっ、待って下さいマリアベルさん! 編入の辞退だなんてそんな無茶な!」
話の途中から、大体そんなものじゃないかと予想していたレオンと違って、マナミは女子生徒の言葉に酷く動揺しているようだった。
レオン自身、別に学園に思い入れがあるわけではないので、調査隊に戻れるものなら戻りたいと思ったが、だからといって“帰れ”と言われたから“はい、帰ります”では、釈然とするものではない。
ましてや、あのトリアに“クラスメイトに帰れって言われたから帰る”などと言おうものなら
生涯ネタにされることだけは間違いない。そんな事体になることだけは、絶対に避けねばならない。
目の前の見ず知らずの女子生徒のために、そんなリスクを犯すつもりはレオンにはなかった。
「あんた、なんか勘違いしてないか?」
「勘違い……?」
「ああ」
慌てふためくマナミを余所に、不遜ともいえる態度でレオンは女子生徒を睨み付けたが、それを臆することなく女子生徒は真正面から受け止めた。
「俺は別に望んで学園に居るわけじゃない。宮廷に仕官したい訳でも、聖霊騎士になりたい訳でもないからな。正直に話せば、こんなとこさっさと出て、調査隊に帰りたいくらいだ」
「では、辞退されてお帰りになればよろしいのではないかしら?」
「それが“勘違い”だって言ってるんだ。俺は学園側から呼ばれてここに来てる。俺がここに居ることは言わば学園側の意思だ。俺の意思じゃない。
俺が一人“帰る”と言ったところでまかり通るものでもない。あんたら一般の生徒と俺とじゃ立場ってもんが全然違うってことだよ」
「これはこれは異なことをおっしゃりますわね。その言い回しでは、まるでわたくしより貴方の方が優れている、と言っているように聞こえるのですが? この準一等位のマリアベル・クライベルよりも」
その胸元に輝く記章をレオンへと見せ付けるように、女子生徒は誇らしげに胸を張った。
ただでさえ、豊満なその胸を収めるには窮屈そうな制服が、胸を張ったことで更に左右へと引き伸ばされ胸元のボタンが今にも弾け飛びそうな状態になっていた。
普通の男なら、ついついその胸に視線が行ってしまいがちだが、普段からトリアの胸を見慣れているレオンにとっては、デカイだけの胸など欲情を掻き立てる対象とはならない。
女子生徒を取り巻く幾人かの男子生徒から感嘆の声が漏れたが、レオンはそんなものは気にせず話を続けた。
「さぁな? 俺は自分のことを優秀だなんて思ったことはないが、あんたが俺以上とはとても思えない。その準一等位ってのも実は大したことはないのかもな?」
「言ってくれますわねっ……」
さすがにレオンのその言葉には腹に据えかねるものがあったのか、女子生徒は青筋でも立てそうな表情でレオンを睨み付けた。
実際、一期生で準一等位を授与された生徒は、長い学園の歴史の中でも数えるほどしかいない。
そういう意味では彼女の実力は間違いなく本物だった。
「何にせよ、俺を辞めさせたけりゃこんなところで俺個人に言わず、学園長のトリアにでも直談判するんだな」
「その点はご安心を、貴方が素直に辞退されない場合は、そうするつもりでいましたわ」
(場合は……ねぇ)
初めから、この女子生徒の言動は何かがおかしいとレオンは思っていた。
執拗なまでにレオンを蔑むような言葉を使い、無駄に問題を起こし拡大させようとする。
そして、今の言葉……
(このやり取り事体、こいつが用意周到に計画した展開ってことか……?)
確信はなかったが、レオンにはそう思えてならなかった。
レオンが彼女と話していて感じたことは、決して“頭の悪い生徒ではない”ということだった。寧ろ逆……かなりキレるタイプの人間のようレオンには思えた。
だからこそ、レオンには彼女の行為が理解できなかった。
ここまで頭の回る生徒だ。こんな教室で、一個人の意思で反対したところで学園の決定が覆ることがないことくらい分かっているはずだ。
もし本当にレオンを追い返したいのであるなら、もっと効果的な方法はいくらでもあった。
例えば、“個人の意思”としてではなく“生徒の意思”のように、もっと多くの生徒に呼びかけ組織として抗議することもできれば、上級貴族であるなら学園の教官に圧力を掛けて学園長に陳情させることだってできた。
ましてやマナミの談からすると、レオンの編入は以前から告知されていた。なら、準備をする時間はいくらだってあったはずだ。
それなのにこの女子生徒は、レオンの編入日当日に個人で対立の姿勢を示したのだ。まるで誰かに見せ付けるように……
(っ! こいつの狙いは俺を追い返すことじゃなくて、周りの連中に対立していことを示すことか? でも、何で……)
この女子生徒は、このクラスのリーダー的な立場にいるようにレオンには思えた。
なら、新参者を威嚇するような行動、言動というのなら理解もできるが、どうもそういうこととは違うように思えた。
「あの~、二人ともそろそろ午前の授業が始まってしまいますので、とりあえずレオン君には席について欲しいと思うのですが……」
しばらく無言のまま睨み合っていたレオンと女子生徒の間を、間延びしたマナミの声が割って入ってきた。
「この教室に五等位が座る椅子はございませんわ。しかし、仕方がありませんわね。せめて、他の方々の邪魔にならないように、奥の隅にでもひっそりと座っていればよろしいのではないかしら?」
「あの~、レオン君はそれでもいいでしょうか?」
マナミが、心配そうに上目使いで尋ねてきた。
若干顔色が悪くなっており、肩が小刻みに震えている。その様はまるで、猛獣の決闘を目前で目撃してしまった小動物のようだった。
「俺はどこでも構わない」
「そっ、そうですか?」
レオンの言葉にほっと胸を撫で下ろすマナミ。
そんな姿を見ていて、レオンは何だか居た堪れない気持ちになってきた。
「では、ですね……リーリアさんの隣辺りでどうでしょうか?」
「っ!」
教室の最上段最奥に座る生徒は一人しかいない。赤毛のあの少女だ。
(リーリア? ……まさかな)
聞き覚えのある名前にレオンは反射的にリーリアの方へと視線を向けた。向けてはみたが……知っているのは名前だけなので、顔を見たところで本人かどうかなど判別できる訳でもない。
リーリアはリーリアで、自分の名前が出たことに驚きの表情を浮べレオンたちの方を、正確にはマナミの方へと視線を向けていた。
「困ったことがあったら、彼女に聞いてくださいね。リーリアさんも何かと彼を助けてあげてくださいね」
「っぁ……っ………」
そんなマナミの言葉に、抗議でもするかのように立ち上がり何かを言おうとするリーリアだったが、結局何も言わず、俯き、黙ったまま席へと腰を戻した。
「あら? 能無しと低級でお似合いではありませんか。よかったですわね、貴方と同格が現れて」
「っ!」
先ほどの女子生徒が茶化すように囃し立てると、またしても彼女の取り巻きの何人かがクスクスと小さな嗤い声を上げた。
リーリアはそんな女子生徒を睨みつけるが、その視線はすぐに外され、また机を見つめるように俯いてしまった。
そんな一部始終を見ていて、この教室の上下関係がうっすらと見えてきた。
要は、階級制度なのだ。
席が前の方ほど階級が高く、奥に行くに連れて低くなっていくと言うことだ。
(なるほど。今の一番下は俺とあいつってわけか……)
「で、では、朝時報告に移りたいと思います。レオン君も席に付いてくださいね」
マナミにそう言われ、レオンは自分が座る席へと向かって歩を進めた。
歩くたびに、何処からかクスクスと嗤い声が聞こえてくるのは、正直気分のいいものではなかった。
「よお、また会ったな」
席に着き、隣に座るリーリアへと言葉をかけるレオンだったが……
「……」
リーリアは頬杖を突いて窓の外へと視線を向けたまま、レオンの方を見ることも返事を返すこともしなかった。
「自分より階級が下の奴とは、口も聞きたくない。ってか?」
更に挑発するような言葉をかける。
「……はぁ。昨日言わなかった? “私に関わるな”って。それとも、そのミジンコ以下の脳みそじゃ昨日のことも覚えておけないのかしら?」
リーリアは大きなため息を一つ吐くと、姿勢を変えることなくレオンの方を見向きもせずに答えた。
「はぁ~、ここの女子どもは、どいつもこいつもそんなに口が悪いのか?」
「……」
「答える気はなし……か」
「……」
(なんだかなぁ)
結局、朝時報告の終了を知らせる鐘が鳴るまでリーリアはレオンの方を向くことも、言葉を発することもなかった……
ココに、何を書けばいいか分らない・・・(´・ω・`)