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聖霊の唄巫女と器の騎士  作者: ひばごん
唄歌えぬ唄歌い
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1話 五大守衛都市・オルビア

 一言で言ってしまえば少年は途方に暮れていた。

 目の前に立ちはだかるのは二人の屈強な門兵。

 各々手には槍を持ち、プレートメイルに身を包んでいた。

 無理やり押し通る事は……まぁ、無理だろう。


「だからさっきから何度も言ってるだろ!

 俺は学園長のトリア・バルヤザールの関係者だ。あいつ(・・・)呼んでくれればそれだけですぐに分かる!

 呼ぶのが無理なら、せめてトリアに“レオン”が来たって伝えてくれるだけでもいい!」


 必死に訴える少年、レオンを前に二人の門兵は互いに顔を見合わせ苦笑した。


「だから、我々も何度も言っているだろう?

 通行証か紹介状を持っていなければ、例え親類縁者といえどもこの都市外門を通す事はできん。それがここの規則であり、それを取り締まるのが我々の仕事だ」


 向かって右側の中年の門兵がそういうと”それに”と反対側の若い門兵が言葉を続けた。


「貴族やお偉ら方の身内(・・)を名乗って、不法に都市(まち)に入ろうとする輩は多くてな。そんな使い古された手口は今時通用せんよ少年」


 “諦めろ”と言いたげにしている若い門兵の顔をこれでもかと睨み上げるレオンだが、その視線はあっけなく受け流されてしまった。

 正直な話。

 “あの女”(トリア)の呼び出しなど無視して帰ってやろうかと、レオンは本気で思っていた。


(どうせ、大した用じゃないだろうしな……)


 しかしそれは、ここ守衛都市オルビアに至るまでに費やした二ヶ月近い時間を全て無駄にするということであり、同じ道(・・・)を戻るということだ。

 目の前の門兵を説得するにしろ、帰るにしろ、どっちを取ったところで……


(ぬぉぉぉぉ!! どっちにしてもメンドクセェェェェ!!)


 長旅に疲れた体に鞭を打ち、ようやく目的地にたどり着いたかと思えば足止めをくらい、終いには門前払い。

 レオンは自分の不遇っぷりに心の内で身悶えた。


(またかよっ! またなのかよっ!)


 わざわざ遠路遥々こんな所まで来なければならなくなったのも、頭の固い門兵に足止めされ押し問答をするはめになったのも、道中山賊くずれに絡まれて一悶着あったのも、少し傷んだ食材を大丈夫だと食べたら腹を下しのも……全部が全部……あの女(トリア)が悪いのだ。

 と、レオンは決めた。今決めた。

 あいつが、通行証だか紹介状だか……とにかく、渡しておかなければならない何かをいつものうっかり(・・・・・・・)で渡し忘れたせいで自分は今こんな目に合っているのだ、と。

 いつもそうだ。いつもそのせいで自分ばかりが割を食う羽目(はめ)になる。

 頭を過ぎるのは怨嗟(えんさ)の言葉ばかりだが、今何を思ったところで状況は何一つ好転することもなく……


「はぁ~~~」


 鬱積(うっせき)していた、怒りやら怨嗟(えんさ)やら諦めやら、そういった諸々をまとめて吐き出すように、レオンは大きなため息を吐いた。


「さぁ、分ったならとっとと帰った帰った」


 そのため息をどう受け止めたのか、若い門兵がしっしっと、まるでノラ犬でも追い払うように手を振る。


「五大守衛都市であるここオルビアに、例え少年であろうと不審……な者を通す訳にはいかんのだ。まぁ、諦めることだな」


 中年の門兵は、レオンの頭からつま先までをしげしげと眺めて苦い顔をしながらそう言った。

 不審者……というか、その出で立ちはむしろ浮浪者に近かった。

 背負っているのは、大き目の麻のズタ袋。羽織っているのは所々穴の開いて薄汚れた外套。

 その黒い髪は長いこと洗っていないせいか誇りまみれで白っぽくなっており、顔にはススの様なものが付着し所々黒ずんでいた。それになにより……若干臭った。

 これでは”怪しくない”なんていう方が無理がある。

 そのことはレオンも十分自覚していたが、だからといって素直に引き下がるわけにもいかない。


「こっちにだって事情ってのがあるのだ! 帰れと言われて“はい、そうですか”って帰れるか! とにかく、あのバカをここへ呼んでくれ!」


 ついむきになって門兵へとづいっと詰め寄ると、


「うっぷ……バカヤローそれ以上寄るな! もしそれ以上近づくようなら悪臭罪(・・・)で憲兵隊に突き出すぞ!」


 若い門兵はその臭いにたまらず鼻を抓み、顔を背けた。


「少年、冗談(・・)はともかく貴族階級の者への罵倒は“侮辱罪”に該当する。下手をすれば憲兵に拘束されかねん。その手の発言は慎みなさい」


 咎めるというよりは、諭すように中年の門兵はレオンへと忠告する。

 が、


「はっ、上等だ!!」


 そんなことまるで関係ないと言ったふうに、レオンは門兵からの忠告を一蹴した。


「どの道このままじゃ(らち)が開かない所だったんだ。捕まってでも中に入れさえすれば後は何とでも出来る。

 第一、俺が捕まって一番困るのはあのバカだろうしな。たまには他人に迷惑掛けられる苦労ってのをあのバカも学ぶ……」

「さっきから人のことをバカバカと、まったく失礼なクソガキだな」


 ふいに聞こえてきたのは、凛とした女性の声だった。

 声のした方へ顔を向ければ……

 すらりとした細い体。健康的に日焼けした小麦色の肌。金色のウェーブかがった長い髪。海を思わせる紺碧の瞳。体のラインが強調される程ビシっとした服のせいで、その豊満な胸がより一層人目を引く。しかも、スカートは膝が覗くほど短く正直目のやり場に困るほどだった。

 そんな息を呑むほどの美人(・・)がそこに居た。

 ただし、黙ってさえ(・・・・)いれば、という条件付きではあったが……


「トリア……」

「こっ、これはバルヤザール上委員っ!!」


 急に(かしこ)まったように姿勢を正し、慌てて敬礼する二人の門兵。


「その……なぜ、バルヤザール上委員がこんな所へ?」


 信じられない、といった顔で中年の門兵はトリアへと問いかけた。


「ん? ああ、野暮用で近くを通ってな。何だか外門が騒がしかったから様子を見に来たんだが……お前だったのかレオン。久しぶりだな。一年ぶりくらいか? だが、なんでお前がここにいる?」

「っ!! お前が呼んだんだろうがっ!! 二ヶ月くらい前にっ!! 手紙でっ!!」

「じっ、冗談だって……そんな本気で怒鳴ることもないだろ……」


 なぜかしゅんとなって肩を押すトリアを尻目に、レオンは深いため息を吐いた。


「あの、バルヤザール上委員。この者が上委員の関係者と言っていたのですが、この者とは一体どんな関係なのでしょうか?」


 恐々といった様子で若い門兵が二人の関係性について尋ねてきた。


「ああ、こいつはあたしの弟さ」


-------------------------------------


 ゴトゴトと、揺れる馬車の車窓から流れる町並みをレオンはなんとはなしに眺めていた。

 前大戦時代に、他国からの侵略に対し防衛を主な目的として造られた城塞型防衛都市。それがここ、守衛都市(しゅえいとし)オルビアだ。

 “守衛都市(しゅえいとし)”と言うだけあり、まず目を引くのは都市の外周をぐるりと囲む高い城壁だろう。高さ100エート(約30m)、一辺6バイル(約10km)にも及ぶ強固な壁が正五角形を描く形で配され、外敵の攻撃から都市に住む人々を守っている。

 今では大きな戦争こそ無くなり、比較的平和になった昨今ではその主目的を果たす事はめっきりなくなったが、野盗・盗賊なんて輩は未だに跋扈(ばっこ)しており、そういった者達から民を守るといった意味では面目躍如たるものがあった。

 人口は30万人を超える巨大都市であり、一昔前まではこの都市の性質上その殆どが軍務従事者であったが、今となってはそのなりはすっかり潜め多種多様な職種の者たちがこの町に根を下ろし生活している。

 このような守衛都市は帝国内に五箇所あり、帝都を中心にそれぞれが正五角形の頂にある位置に配されている。ちなみに、帝都から見て南東にあるのがオルビアだ。


「だから、さっきから悪かったって謝ってるだろ……いい加減機嫌を直してくれよレオン。

 あっ、そうだ。飴をやろう飴を。ほらっ、おいしいぞ?」


 そう言うや、トリアは何処からか紙に包まれた飴玉を取り出すとレオンへと向かって差し出した。

 レオンはそんな飴玉を一瞥して、また車窓へと目を向ける。


「いらねぇよ……俺は拗ねた子供か? もう別に怒ってないよ……色々あったがこうやって街の中には入れたわけだしな。トリアが相変わらず過ぎ(・・・・・・・)て安心したよ」

「そかそか、怒ってないならそれでいい」


 トリアは持っていた飴玉の包みを開くと、自分の口の中へと放り込んだ。


「で、そっちの様子はどうなんだ? なにか変わったことは?」

「別になにも。穴掘ったり遺跡潜って調査したり……たまに、出土した魔導器が爆発したり野盗が襲ってきたり……概ね平常運転だ。じーさんも隊のみんなも怪我や病気もなく元気にしてるよ」

「じーさんなんか、あたしが居なくなって寂しがってるんじゃないか?」

「一番の厄介者(トラブルメーカー)が居なくなって作業が(はかど)るって生き生きと遺跡に潜ってるよ」

「あのクソジジイめ……まぁ、そっちも変わりがなさそうで安心したよ」


 トリアはどこかホッとした表情でレオンを見つめた。


「それにしても、ひどい有様だなそれは……鼻が曲りそうだ」


 レオンと向かい合わせに座っていたトリアが、馬車の車窓を全開にしながら苦笑する。


「しかたないだろ? “外”じゃ普通の村なんてそうそうないんだ。どうしたって野宿旅になるんだよ」


 ぶすっと不貞腐れたようにレオンは呟いた。

 五大守衛都市を頂点として描かれる正五角形を一つの境界線として、帝国領は大きく二つに区分される。

 守衛都市より“内側”か“外側”か、帝国によって管理されている場所か、そうでないかだ。

 内側は駅馬車や街道等の整備が施されたことで中規模程度の宿場街がいくつも発展したが、外側にはそういったものは非常に少ない。これは大戦時に、常に外敵から攻撃される危険があった外側の領民を、内側へと集中非難させた名残だ。

 もちろん、外側といっても帝国領であることに変わりはないのだが、人口の少なさから開発が放置されており、必ずしも治安が良いとは言えないのが現状だった。


 ゴトッ……ゴトッ


 小さな揺れを最後に、流れていた風景が止まる。


「レオン、お前はとりあえずそのナリ(・・)を何とかしてこい。こうも臭ってちゃ何処へも連れて行けんからな」


 窓の外に、大きな丸の中に“~”を縦にして四つ並べたマークが見えた。風呂屋の記号だ。

 どうやらここで“一っ風呂浴びて行け”ということらしい。


「代えの服はあとで用意させる。あたしは一足先に帰るが、お前はゆっくりして来い。長旅で疲れただろ?」


 疲れている事は本当だったし、いい加減体を綺麗にしたいと思っていた。だからレオンはそんなトリアの申し出を素直に受けることにした。


「わかったよ。行ってくる」


 ギシギシとタラップを軋らせてレオンは馬車を降りる。


「んじゃ、また後でなレオン」


 馬車に備え付けられた小さな開閉式の窓から顔を覗かせ、トリアは小さく手を振った。


「ああ」


 それを合図にしたかのようにタイミングよく御者が鞭をピシリと鳴らし、馬車はゆっくりとその場を去って行った。

 馬車が動き出すと、レオンはくるりと踵を返すし大きく一つ伸びをした。


「っん~、あ~最後に風呂に入ったのなんて何時だったかな?」


-------------------------------------


「おおっ! 男前になったじゃないかレオン。馬子にも衣装ってやつだな」


 部屋に入るなり、レオンを出迎えたのは机に直接座って踏ん反り返っているトリアだった。

 トリアは、レオンの姿を頭の天辺から爪先まで眺めると満足したようにうんうんっと大きく頷いた。

 今、レオンが着ているのはトリアが学園長を務める聖霊騎士育成機関・オルビア支部、通称“学園(アカデミー)”の制服だった。その外観はと言えば、若干の装飾が施された白い礼服、といった感じだろう。

 風呂から上がり、早速用意されていたのがこの制服というわけだ。


「……そいつはどーも、てか、なんで机の上に直に座ってんだよ? 椅子に座れ椅子に」


 丈の短いスカートであぐら(・・・)なんて組んでいるせいで、なにやら黒いもの(・・・・)が派手に覗いていたが、レオンはその事には触れないでおく事にした。

 いちいちそんな事を気にしていては、この女と一緒に暮らす(・・・・・)事など出来はしなからだ。


「ほら、最近すっかり暖かくなってきただろ? 学園長室(ここ)の椅子って革張りでさぁ、長い時間座ってると蒸れてしょうがないんだって。

 あたしの綺麗なお尻に汗疹(あせも)なんて出来てたらレオンだってイヤだろ?」

「色々ツッコみたい所が多いが、とりあえず俺の名前は外しとけ。なんか俺がトリアの尻が好きみたいに聞こえて心外だ」

「照れるなよぉ~。昔は“おねぇちゃんおねぇちゃん”って、大好きなお姉ちゃんのお尻ばっかり追っ掛けてたくせに」

「はぁ……それ、何年前(いつ)の話だよ……」


 他にも言いたいことはあったが、一つずつ訂正を求めていたら(らち)が明かないので一言だけでやるめことにした。


「学園長、会話の趣旨がずれている様に思いますが……」


 何がそんなに楽しいのか、机の上でケラケラと笑っていたトリアに、今まで黙ったまま傍らに佇んでいた少女が釘を刺した。


「一年ぶりの再会なんだ。少しくらい遊ばせて(・・・・)くれたっていいだろ? エータ」


(やっぱり遊んでやがったのかよコイツ……) 


「ああ、そういえばご苦労さん。小間使いみたいなことさせてすまなかったな」

「いえ、それが私の職務ですのでお気になさらずに」


 そう言うと、エータと呼ばれた少女は小さく頭を下げた。

 ここは学園(アカデミー)の学園長室であり、レオンに制服を届け、ここまで案内してくれたのがこのエータという娘だった。


「この子のことだ、どーせ自己紹介なんてろくにしてないだろ?」

「……ああ、てか、会話がなかったな」

「はは、だろうな」


 道中ただただ無言のまま彼女の後をついて来たことを思い出す。

 風呂上り、番頭に渡された服を着て外に出でたら、そこで待っていたのがエータだった。

 エータは出会い頭に「レオン様ですね? 付いて来てください」とだけ言って歩き出すと、後は終始無言だった。

 黒い髪に黒い瞳。本当は長いであろう髪は綺麗に結上げられており、着ている物もまた黒い礼服。小柄なせいか若干幼く見えるが、歳はレオンとたいして違いないか少し下くらいだろうか。

 しかし、そのきりりとした眼光の鋭さも相まって全体的な違和感が半端なかった。

 全身黒ずくめの歳下のへんな少女、というのがレオンがエータに抱いた第一印象だった。


「ほらっ、エータ」

「……オルエッタ・ソラバリエタです。よろしくお願いします」


 トリアに促されて、しぶしぶと言った体でエータは名乗ると恭しく頭を下げた。


「えっ? あ、ああ、よろしく……ソラ、バ、リエタさん?」


 レオンはつっかえつっかえ名前を確認しながら簡単に返答する。


「呼びにくいようでしたらエータで構いません、レオン様」

「そうか? ならエータで」

「はい」

「で、悪いんだがその()ってのはやめてもらえないか? ヘソの辺りがむず痒くなる」

「わかりました。では、レオンさん(・・)とお呼びすることにします」

「……まぁいいか、それでたのむ」


 まだどこか不承不承(ふしょうぶしょう)ではあったがレオンは頷いた。


「……」

「……」


 それから数秒……


「終わりかっ!!」

『っ!』


 突然のトリアの大声に、二人してびくりとする。


「まったく、自己紹介で名前だけって口下手にも程があるだろ……レオンも大概だが……まぁいい、この子はあたしの秘書、の様な事をしてもらっている。

 こう見えてお前より年上だからな?」

「えっ!?」


 正直、レオンはトリアの言葉に絶句した。どう見ても自分より年下の少女(・・)が年上だという。


(俺が17、8くらいだから……20歳くらいか?)


 まじまじとエータを観察して、レオンが得た結論はと言えば、


(あり得ねぇだろ……) 


 だった。


「まぁ、女性の年齢は口にするものではないが、強いて言うならあたしの少し下(・・・)という所だな」

「え゛っ?」


 今度はエータがやたら低い声で驚きの声を上げた。


(今、一瞬すごい顔したぞこの人……)


 短い時間であったが、エータの表情が激しく(・・・)歪む瞬間をレオンは見逃さなかった。

 それは普段からポーカーフェイスで、トリアから“鉄面皮”と揶揄されるほど感情を表に出さない彼女にあって、非常に貴重な瞬間だった。


「ん? どーしたエータ?」

「……いえ、なんでもありません」

「そーか? ならいいが……レオン、学園生活で困ったことがあれば、あたしかエータに相談するといい」

「えっ? あ、ああ……って今なんつった?」


 軽く聞き流しそうになって、慌てて聞き返す。


「何って、お前の“入学”の話だよ」

「ちょっと待て! んな話聞いてないぞ!」

「そりゃ今初めて話したからな。てか、制服着せられてる時点で気づけよ」

「ぐっ……」


 なんとなく予感はあったが、極力考えないようにしてなどとはとても言えない。


「で、本題なんだがお前には明日から学園(アカデミー)に通ってもらおうと思う」

「なるほど、用件も書かずに急に呼び出したのはこのためかよ……」


 思い返せば届いた手紙には“(要約すると)とにかく来い”という事しか書かれていなかった。


「だって、“学園(アカデミー)に入学させるから来い”っ書いたらお前絶対来なかっただろ?」

「……」


(絶対来なかったな)


 確信を突かれバツが悪くなり、レオンはトリアから視線を外した。


「まったく……とにかく、お前には学園(アカデミー)に通って他の学生同様勉学に勤しんでもらう。いいな?」

「俺に学生の真似事(・・・)をしろって言うのか?」

「バカか? 本来、お前の年齢なら学生だ。学生の真似事(・・・・・)じゃなくて学生(・・)になれと言っているんだ」

「またそんな面倒そうなことを……」

「面倒ってお前な……」

「そもそも()がここで学ぶこと(・・・・)があると? だいたいトリアだった学校なんて通ってなかったんだろ?」

「ぐっ……そりゃ、確かにそーなんだが……」

「はぁ……てか、なんで今更そんな話になってんだよ?」


 トリアたちと出会い10年ほど経つが、今まで学問所に類する施設に通えなどと言われたことは一度もなかった。これにはいくつか理由があるのだが、一つは生活環境的な問題だろう。

 トリア(()ではあるが)とレオンは遺跡を研究するための組織、遺跡調査隊というものに属していた。遺跡を調べるため遺跡から遺跡へと渡り歩くのが常であり、一所に留まることがなかったからだ。

 加えて、遺跡の多くは国境付近の僻地(へきち)に点在しており、学問所に通うような地理的環境が整っていなかったのも原因の一つと言えた。

 最大の理由としては、わざわざ何処かに学びに行かなくとも、身近に優秀な師がいたことだろう。

 ニド・バルヤザール。

 魔導学において右に出る者がいない権威であり、博学者。トリアの実の祖父であり、レオンの育ての親である人物だ。

 トリアが学習機関へと通っていなかったのは、祖父であるニドの指導を受けていたからに他ならず、レオンもまた彼の指導を受け育ったため、その知識量は膨大であった。それこそ、同年代の学生など比較にならないほどに、である。

 そういった理由から、レオンは今まで所謂“学校”というものに縁がなかったわけだが……


「あ~、それは……だな……」

「なんだよ? 教えられないような理由なのか?」


 煮え切らない態度のトリアにレオンは食って掛かった。


「……アルフリードからの要望だよ。お前を学園(アカデミー)に入れて欲しいってな。詳しくは知らん」

「アルが……?」


 思いもよらない名前が出てきた。

 アルフリードはレオンが幼い頃から剣術や学問を教わっていた、もう一人の師といえる人物だ。ニドに師事するほど魔導学に心酔しており、トリアとは歳も近かったこともあり、二人には子供の頃よく遊んでもらった覚えがある。

 トリアを姉とするなら、レオンにとって彼はまさに兄というべき存在だった。


「アルからの頼みなら仕方がない、か……わかった。学園(ここ)へ入学すりゃいいんだな?」

「ああ、そう言ってもらえるとあたしもあんし……って、ちょっと待てぇい!!」

「っ!! なんだよ、うるさいな……ちゃんと入るって言ってるだろ……」

「いやいやいやいやっ! そーじゃない! そーじゃないだろ!」


 トリアは座っていた机から、ぴょんっと飛び降りるとすごい勢いでレオンへと迫るや、胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶった。


「ちょっ、なにしやがる……」


 トリアの方が身長が低いため、傍から見ると首に抱きついてぶら下がっているようにしか見えなかったが……


「おかしいだろ? おかしいよな!? あたしがいくら頼んでも(・・・・・・)も嫌がってたくせに、アルの名前が出たら一つ返事でOKとか、どー考えてもおかしいよな!?」

「あれで、頼んで(・・・)いるつもりだったのですか? 貴方の頼む(・・)基準とは一体……」


 先ほどから、黙ったまま成り行きを見守っていたエータがぽつりと呟いた。


「……」


 そんなエータの呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、トリアはおもむろに黙り込むとレオンから手を離すし、神妙な顔つきで数歩後ずさった。


「なぁ、レオン……」

「なっ、なんだよ……」


 乱れた襟を直しながら、また掴まれるんじゃないかと恐る恐る尋ね返すレオン。

 トリアはどこか寂しげにひとつため息をつくと言葉を続けた。


「もしかして、レオンはあたしのことが嫌いなのか?」

「なんでそんな話になる……」

「だってそうだろ? あたしの言うことなんてちっとも聞いてくれないくせに、アルの言うことなら素直に聞くんだからさ……だから、正直に答えて欲しい、レオンはあたしとアルどっちが好きだ?」

「……はぁ?」

「ああ、(ちな)みにおねぇちゃんをあんまり(ないがし)ろにすると、終いには泣くからな?」


 トリアは今までの寂しげな表情などどこへやら、飛び切りの笑顔をレオンに向けてそう言った。


「どういう脅し方だよ!」

「新手の誘導尋問でしょうか? てか、笑顔がウザいです」


 先ほどから、ちょいちょいエータの言葉にトゲが生え出していた。


「あ~、はいはいトリアノホウガスキデスヨー。これで満足か?」


 レオンはこれ以上無いくらいテキトーに返事を返した。それこそアルフリードと答えたかった所だが、この後のことを考える絶対(・・)面倒なことになると思ったのでやめた。


「茶番ですね。

 こんな方に伏侍(ふくじ)している自分が情けなくなってきました」


 エータの視線の温度が、先ほどから下り坂で留まる所を知らない。


「よしよし。あたしも愛してるよレオン」


 トリアは、レオンの答えに気を良くしたのか満足そうに頷いた。

 もちろんその答えがテキトーに返されたものであることをトリアだって十分承知していた。

 トリアにとって、答えなど最初から何でもよかたのだ。こうして、レオンとバカなことを言い合っていること自体が、彼女にとっては楽しくて仕方が無かったのだから。


「さて、冗談はこれ位にしておていて、だな……」


 一転、トリアは突然まじめな雰囲気を漂わせ切り出した。


「私は貴方の冗談(・・)の範囲が分らなくなってきました……」


 そのあまりの豹変振りに、エータは頭でも痛いのか目頭を押させて俯いた。


「あたし的にも、お前が学園(アカデミー)に通うことは賛成なんだよ。

 レオン、お前は一般的な社会から隔絶された特殊な環境で暮らしすぎた。それはお前を、遺跡調査隊(あたしたち)の都合に付き合わせちまったあたしたちのせいなんだが……あたしはあたしなりに、お前には悪いことをしたと思ってんだよ。

 さすがのあたしだって、ガキの頃からじーさんにくっついてた訳じゃないからな」

「別に気にしてねぇよ、そんなこと。それにあそこの生活はあれはあれで楽しかった。それに、トリア達に拾われてなきゃ今の俺はないわけだしな……」

「ふふっ、レオンのそういう優しいところがあたしは好きだよ」


 トリアは、優しい微笑みをレオンへと向けてそう言った。


「なっ!?」


 トリアはレオンに対してとにかく“好き”だの“愛してる”だのといった言葉を多用する。

 そりゃーもう軽い感じでだ。

 それがからかっているのか、本心なのか、知るのは本人のみだが、稀に……極稀にだが、今のようにとても優しい目をする時があった。

 そんな時は、トリアに慣れたレオンでさえドキリとさせられた。


「でもな、それじゃだめなのさ。お前にはきっちりと社会で生きていくためのルール……まぁつまり他人とのコミュニケーションだとか規則とか規律とかそういう“集団生活”的なものを学んでもらいたいと思っているわけだ」

「集団生活って……俺は集団生活しか(・・)したことが無いんだが?」


 レオンの脳裏に浮かんだのは、長い時間を共にすごした遺跡調査隊メンバーの屈強な漢達の姿だった。


「あんな斧で殴っても死にそうにないごつい野郎どもじゃなくて、歳の近い者たちとの、だ。

 簡単に言っちまえば、友達いないレオンくんは学園(ここ)で友達100人くらいつくれって事だよ」

「ぐっ……俺にだってとっ、友達くらいなぁ!」

「ほぉ……そりゃ初耳だ。ぜひともそのお友達(・・・)の名前をおねぇちゃんに教えて欲しいなぁ~」

「ぐぐぐっ……あっ、アル……とか……」


 にやにや顔で詰め寄ってくるトリアに、レオンはボソボソと小声で答えた。


「あいつは“友達”ってのとは違うだろ。まぁ、本人に言ったら喜んで肯定するだろうけどな……あっ、あと隊の連中の名前出すの禁止な。さぁ、続きをどうぞ!」

「っ……っっ……」

「レオンさん……」


 トリアに先回りで退路を潰された挙句、エータの目じりで何かがキラリと光る。

 最早、ぐうの音すらでなかった。

 ひどい言い様だが、レオンに“友達”と呼べるような存在がいないのは本当の事だった。それどころか、歳の近い者と遊んだり話したりしたこと自体皆無と言っていい。


「とまぁ、いじめるのはこれくらいにして……細かい事は明日説明するが、まず渡しておく物がある。エータ、あれを」

「はい、既にこちらに」


 いつの間にそこにいたのか、気づけばエータが何やら手にしてレオンの隣に立っていた。

 そこに先ほどまでのふざけた雰囲気はなく、普段通りの彼女の姿があった。

 実に見事な切り替えの早さである。


「どうぞ」


 すいっとエータが差し出したのは、小さい手帳のようなものと掌大の布袋だった。

 レオンはとりあえず手帳のようなものを受け取り、


「なんだよ? コレ?」

「ここの学生証だ。

 正式な身分証でもあるから、それ持ってれば外門の出入りは自由に出来る。あと、各種施設の利用なんかにも必要だから失くすなよ?

 再発行とか面倒なんだから」

「ほー、便利なモンだな」


 感心しながら渡された学生証をぺらぺらめくるが、規則だの何だのが小さい文字でびっしりと書かれたページがつらつら続き、後は市街の地図が載っているだけで大して面白いことは書いてなさそうだった。

 レオンは見る気の失せた手帳をパタンと閉じる。


「一応お前のことはあたしの弟っていう“設定”になってる。なんなら昔みたいに“おねえちゃん”って呼んでも構わんからぞ?」

「断る! それに設定って……まぁいいか。で、こっちの布袋は?」

「なにもそんな全力で拒否らんでもいいだろう……」


 どこかしょんぼりしているトリアを他所に、隣で立っていたエータが待ってましたとばかりに持っていた布袋をレオンへと差し出した。

 受け取った瞬間、ジャラリという金属質な音と共にずっしりとした重みが掌に伝わってくる。


「当面の生活費だ。無駄使いすんなよ?」


 口紐を解き、中身を確認すると最大価値の金貨が結構な枚数入っているのが見て取れた。無駄に贅沢な生活をしなければ楽に一ヶ月は暮らせる位の金額だ。

「もしなにか入用になったらあたしに言いな。むちゃな要求で無い限り用意させよう」

「なんか、ずいぶんと至れり尽くせりだな……」

「そっ、それはだなその、まぁなんだ……モニュモニュ」


 視線が泳ぎ、なにやらもごもごと言葉を濁すトリア。


(何かあやしいな……)


 トリアが自分に対して気前がいいときと目を合わせないときは、必ず何かやましいことがあるかウラがあるときだ。

 これは長い付き合いから得られた経験則で、レオンはこの手の予感を外した事がなかった。


「学園長は、あなたが寝泊りする場所を用意するのを忘れていたのですよ」


 エータが横から会話に混ざるや、とんでもない事を口走った。


「ちょっ、エータ!! いきなりバラすことはないだろ!」

「こういったことは無駄に先送りせずに素直に話すべきと思いますが?」

「そーかもしれないが、こうなんだ……心の準備的なものが……」

「おい、トリア……」


 やや低めのどすの効いたレオンの声。

 今までエータに向かって抗議していたトリアの背筋がビクンっと跳ねると、トリアはゆっくりとレオンの方へと顔を巡らせる。

 それほど大きい声というわけではなかったが、トリアにはなぜか部屋に響いて聞こえた気がした。


「いや…その……なんだ……色々あったんだよ! 色々!」

「ただ、後回しにしてただけじゃないですか。あれだけ早めに用意しておいた方が良いと申したでしょうに」

「裏切り者!! そういちいち言わなくていい事まで言うなよ!」

「裏切り者とは心外ですね。ありのままを話しているだけです」

「むぐぐぐっ!!」


 返す言葉も無く、ただ膨れているトリアの姿にレオンは大きくため息を吐いた。


「……なんかトリアがいつも通り(・・・・・)ポンコツなのは分かったが……で、どいうことなんだエータ? 説明してくれ」

「はい、ここ学園(アカデミー)では一部の例外を除き、すべての生徒が寮で生活することが規則によって義務付けられています。

 なので本来ならレオンさん、あなたにも学生寮に入って頂くことになるのですが……現状、男子寮は満室で空きがない状態にあるのです」

「なるほど……なれその“一部の例外”ってのは? 話からすると寮に入らなくてもいいように聞こえるけど?」


 もし、その例外とやらに自分が含まれるようなら、何処に下宿するなり、空き部屋を借りるなりなにかしら打開策を講じることができねだろう、というのがレオンの考えだったのだが……


「例外とは、学園(アカデミー)での成績上位者もしくは下級貴族以上の貴族階級の者です。

 レオンさんは学園長の身内ということで、上級貴族に該当するとは思いますが……」

「ダメダメ!! 無理無理!!」


 エータの言葉が終わる前に、トリアは顔の前でパタパタと手を振りながらエータの説明に割って入った。


「寮の生活を免除すんのに“寮免証(りょめんしょう)”っていう、クソ高い権利を買わにゃならん。

 あんなモン買えるのは掃いて捨てるくらい金持ってる大貴族様くらいなもんだ。ウチはそんなお金はありません。諦めろ」

「おいおい……諦めろって、街にまで来て、また野宿生活しろって言うのか?」


 レオンはうんざり気味な声を上げると、がっくりと大きく肩を落した。


「違う。諦めるのは“市街に住むこと”をだ。

 それにな、一応だが……無くはないんだよ……」

「なら何の問題もないんじゃないのか?」


 そういうレオンに向かって、やや困った表情を浮かべたトリアはおもむろ指を二本立てて見せた。


「今、お前には二つの選択肢が用意されている。

 一つはあたしとの同室。あたしが住んでる場所も寮みたいなもんだが、まぁ、学生が使っているものより幾分広い。部屋にも余裕があるしな。本来学生が入っていい場所ではないが、そこは学長特権でどうにでもなる。

 二つ目は、本棟……つまりここのだが、裏の丘に今は使っていない宿舎が建っていてな。少し(・・)ガタがきているが使えないことはないだろうって位には使える……と、思う。このどちらかならすぐにでも……」

「じゃ、宿舎の方で」


 トリアの説明が終わるより早く、レオンは即答した。


「なんで即答なんだよ! まだ話終わってすらいないだろ!」

「だって……トリアと同居ってな……絶対部屋汚いだろ?」

「うっ……」

「ゴミ片付けてないだろ?」

「ぐっ……」

「掃除してないだろ?」

「がはっ……」

「服脱ぎっぱなしだろ?」

「ぐふっ……」

「食べ残しそのまま放置して、何だかよくわからないモノ(・・・・・・・・)栽培してるだろ?」

「ふゅ~ひゅ~ふひゅ~」


 レオンは先ほどの意趣返し言わんばかりに、トリアの不摂生を列挙していった。


「誤魔化さないでください、学園長」


 明後日の方を向いて、吹けもしない口笛で誤魔化そうとするトリアに、エータがすかさずつっこんだ。


「だってさ~、あたしがそういったことニダテなの知ってるくせにイジメてんだぜこいつ。ドSなんだよドS」

「……学園長はもう少し生活能力を身につけるべきだと思いますが?」


 エータが冷ややか眼差しで睨むと、トリアは、うっと小さなうめき声を上げてまたそっぽを向いた。


「はぁ、私の苦労も少しは考えてください」


 そんなトリアの態度に、脱力したように肩を落としエータはため息をついた。


「ってことは、今トリアの面倒を見てるのってエータなのか?」

「ええ、二日も放置すると足の踏み場もなくなりますから致し方なく……今は(・・)と言うことは学園長が学園(ここ)に来る以前はレオンさんが面倒を?」

「まぁな……」


 レオンの脳裏に浮かぶのはトリアが学園長になる以前、まだ遺跡調査隊に所属し共に暮らしていた頃の事だった。


(思い出しただけで頭痛が……)


「学園長は以前からこんな感じ(・・・・・)なのでしょうか?」

「えっ? あ、ああ、そうだな。無理やりにでも着替えさせないといつまでも同じ服着てたし、下着姿で小屋の中うろしくし、平気な顔して男ども(・・・)がいる浴室に全裸(・・)で入ってくるし……」

「学園長……」


 エータがなんだか可哀想なものを見るような目でトリアを見ていた。


「あのなぁ、遺跡の調査ってのは基本汚れるもんなんだよ。その都度着替えてたら、服が何着あっても足りゃしないんだ。風呂のことは諦めた。奴らが出るのを待ってたら時間がかかるうえ、湯が臭くなる」


 最後に“まぁ、裸見られたくらい(・・・・・・・)何が減るもんでもなし”とトリアは豪快に笑い飛ばした。

 隊の中の唯一の女性にして美人。たしかに、トリアは見て(・・)いる分には、漢たちの目の保養であった。しかし、悪ふざけでトリアの尻を鷲づかみにした隊員が居たが、瞬きの間に指の関節の向きをすべて()にされた事があった。

 これには流石の漢たちでも、色々なものが縮み(・・)あがったものだ……


「流石にそれは、女性としてどうかと思うのですが……」

「うるさいうるさい。ああいうのは、現場でなきゃ理解できんもんなんだよっ!」


 困惑した表情を浮かべるエータをよそに、トリアはスタスタとレオンへと近づいた。


「はい、この話はこれでお終いだ。レオン、学園(アカデミー)の方だがさっそく明日から通ってもらう。必要なものは明日の朝渡すから、朝一でここに来い。いいな? 細かい説明はそのときするとしよう」


 トリアは二、三度レオンの肩を叩くとそのまま通り過ぎ扉へと向かっていってしまった。


「おっ、おいどこ行くんだよ!?」

「この後ちょいと野暮用があってね。あたしはこう見えて結構忙しい身なんだよ。もっと一緒にいて欲しい所だろうが、残念だったな」


 トリアは振り返ることもなく、冗談めかしてそう答えた。


「誰が一緒にいて欲しいなんて言ったよ?」

「あたしはまだレオンと一緒にいたいけどね」

 扉のノブに手をかけたトリアが振り向き様にレオンへと、微笑みかけた。

「っ……」


 そんなトリアの笑顔に、またしても一瞬ドキリとする。


「そうだ、レオンはこんなでかい街は初めてだろ? この後の空いた時間は街をみるなり学園(アカデミー)を見学するなり好きに使うといい。ただし、ハメは外しすぎるなよ? あっ、後な始業の時間とか宿舎の場所だとかは学生証に書いてあるからちゃんと読んどけよ。後は……」


 子供の頃より世話になっているせいか、レオンはトリアがたまに見せる“姉”としての顔にどうにも弱かった。


「わかったからもう行けって! なんか用事があるんだろ!」

「む~、だからそんな邪険にすんなよぉ~。じゃあ、また明日な」


 トリアはレオンに軽く手を振って部屋から出て行った。エータはレオンに小さく頭を下げると“失礼します”と一言断ってからトリアに続き部屋を出た。

 扉が閉まってしまうと、先ほどまでの喧騒がウソのように静まり返る。


(俺が学生……ね)


 気づけばレオンは調査隊の中にいた。隊員40名ほどの極小さなコミュニテイー。それがレオンの知る世界の全てだった。

 小さい頃から周りは荒地か森に囲まれた生活ばかりだったが、だからと言って別にそれを不満に思ったことは無い。むしろ、これからの生活の方が不安なくらいだ。

 だが……


「まっ、なんとかなんだろ」


 トリアたちに育てられたレオンもまた、トリア並みの楽観主義者なのであった。

 窓の外へと視線を向けけると、青い空とオルビアの町並みを一望することが出来た。学園長室が最上階にあるため、窓の外には視界を遮るものが無いのだ。

 レオンにとって、こんなに大きな街に足を踏み入れるのは初めての事だった。

 トリアに言われたからではないが、どこか胸が高鳴っている自分がそこにいた。

 “街の散策なんてのもありかもしれない”そんなことを考えながら、部屋を出ようと扉のノブに手を掛けたときふと思う。

「鍵、かけずにこのままでいいのか?」

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