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聖霊の唄巫女と器の騎士  作者: ひばごん
唄歌えぬ唄歌い
19/20

17話 覚悟と決意と

 それからは、また会話らしい会話もないまま時間だけが過ぎていった。

 レオンは作業に戻り、リーリアは相変わらずぼけーっとそんなレオンを眺めていた。

 陽も随分と傾き、時刻が日没に差し掛かった頃、その日の作業にキリをつけてレオンは作業の手を止めた。

 その時になって、レオンはすっかり忘れていたリーリアの事を思い出し御者台の方へと視線を向けるとそこにはもう、リーリアの姿はなかった。

 いつの間にか帰ってしまったらしい。


(何か一言くらい言っていけよ……)


 とは思ったが、別に親しい訳でもない。

 勝手に残っていて、勝手に帰っただけだ。

 レオンにも覚えのあることだけに、自分を棚に上げて人を非難することも出来ない。

 レオンは使っていた道具を、手早く片付けると少し早いが夕食のために街へと足を向けたのだった。


-------------------------------------


 翌日。

 その日は、朝から校舎前が何やら賑やかしく……というか、荒れていた。

 どうやら、群がる白い人だかりの中で誰かが騒ぎ立てているらしい。

 場所はあの、月霊舞際(ロンド)とかいう昇格試験について書かれた紙が張り出されていた掲示板の辺りだろうか……

 レオンはその人ごみからは少し離れた所から、遠巻きに眺めていたのだが、ここまでその誰かの怒声がはっきりと聞こえてきた程だ。

 声の調子から、激怒していることだけは容易に想像出来た。


「よぉっす! こんな所で突っ立って何してんだよレオン?」

「おはよ……」


 声に振り返れば、例の二人組みがそこにいた。

 リハルドの方は朝から元気なものだが、ネーシャの方はまだ頭が眠っているのか、その目は今にも眠ってしまいそうにしょぼしょぼとしていた。

 リハルドの制服の裾を積んでいるいるところを見ると、どうやらここまで牽引(・・)して来てもらったようだ。


「よぉ。

 いや、何か騒ぎが起きてるみたいでな。野次馬してたところだ」


 レオンは少し先の方で群がってる人ごみを指差した。


「あぁ~……やっぱりまた起きてんのか……」

「何だよ? 何が起こってるのか知ってるのか?」

「知ってるも何も、たぶん今年の一期ならお前以外全員知ってることだよ」

「勿体ぶった言い方だな……知ってるなら教えろよ」

「別にもったぶってるわけじゃねぇけどよ……ってか、それが人に物を尋ねる態度かねぇ……

 まぁ、いいけどよ。

 あれは今回の月霊舞際(ロンド)組み合わせ(・・・・・)の発表だな。

 ほれ。この間あそこの掲示板で見てたろ? アレだ」

「あぁ……でも、たかだか対戦相手(・・・・)が決まったくらいであんなに騒ぐ事なのか?」


 レオンは先ほどより、幾分か騒がしくなっている集団をアゴでしゃくって見せた。


「対戦相手? 違げーよ。あれは相棒(・・)の発表だ。

 あそこにいんのは特定の相棒(デュオ)を持たない、お一人様(シングル)の連中だよ。

 あの用紙にも書いてあったろ?

 唄巫女(ディーヴァ)と騎士が個別に参加申請を出して、学園(アカデミー)側がその中からランダムでマッチングさせるってヤツ。

 その結果があそこの掲示板に張り出されてる。

 で、ハズレ(・・・)を引いちまった奴が騒いでるって訳だ」

「ハズレ?」

「……“こいつと組んだら絶対に負ける”そういう奴の事だよ」


 リハルドは、何処か面白くなさそうな顔で人だかりの方を向いていた。

 釣られて視線を向ければ、いつの間にやら集団は更に拡大し、生徒が口々に何やら叫んでいるのが聞こえてきた。

 “絶対に許されない!”“他人への迷惑を考えろ!”“実力のない者が学園(アカデミー)に来るな!”……他にも幾つかバリエーションはあったが概ね発している言葉の意味は似たり寄ったりものばかりだった。

 すると、騒ぎの中心となっているらしき人物が音頭を取りだし教官へ抗議に行く、というような流れが集団の中にでき始めていた。

 危うい空気だ。


「あれ、あのまま放っておいていいのかよ? 何か、全員で抗議に行くって流れになってるぞ?

 先頭に立ってる奴なんて、今にも暴動でも起こしそうなこと叫んでるんだが……」

「ああ……放っとけ放っとけ、言ってるだけだから。

 あいつらバカだからな。毎回同じ様に抗議に行って、毎回追い返されてるんだぜ?

 毎度、参加者が違うから仕方ないといえば仕方がないのかもしれないが、少しは学べよと思うがな」


 リハルドは校舎へと入っていく集団を見送りながら、呆れたように深くため息を吐いた。


「オレに言わせれば、あそこにいる連中は全員、等しく目クソか鼻クソだと思うわけよ。

 もし、あの中の誰かと組めって言われたら、オレだったら潔く月霊舞際(ロンド)を辞退するけどねぇ。

 いや、そもそもあの輪の中に入った時点で学園(アカデミー)を辞めてるか……」

「酷い言い様だな……中にはマシな奴だって居るんじゃないのか?」

「ホントにそう思うのか? 少し考えてみろよ?

 騎士と唄巫女(ディーヴァ)ってのは一蓮托生なんだぜ?

 騎士はより優秀な唄巫女(ディーヴァ)を欲して、唄巫女(ディーヴァ)はより強い騎士を求める。

 何か理由(・・)があって相棒(デュオ)を組んでいない限り、それが普通なんだよ。

 で、あそこにいる連中は、誰からもお誘い(・・・)してもらえなかったからボッチ(お一人様)をやってる、って訳だ。

 要は、あぶれたミソっカスって事だな。

 そんな奴らと組みたいと思うか? オレは願い下げだ。

 あいつらのやってることは“強いやつと組めなかったから嫌だ!”ってダダを捏ねてるとの一緒なんだよ。

 オレなら、あんな所で管を巻いている暇があったら、どうすれば少しでも強くなれるかを考えるがな。

 あいつらに比べたら、例え勝てなくても、必死に強くなろうとしている奴の方がずっと好感が持てるってもんだ」


 先ほどまで居た掲示板の前に群がっていた連中に聞かれたら、非難が轟々と飛んできそうな事をリハルドは平然と言ってのけた。


「言いたいことは、何となく分かった」


 矢鱈と饒舌に語ったリハルドに、少なからず共感の言葉を返したレオンの視界の端を、ふと、小さく人影がぎって見えた。


(あいつは……)


 その人影は既に誰も居なくなった掲示板の前で足を止めると、張り出された組み合わせ表に視線を巡らせていた。

 レオンはその輝く様な紅い髪には見覚えがあった。

 リーリアだ。

 リーリアは組み合わせ表を確認すると、そのまま校舎の中へと入って行った。


(そういえば、大会には出るとか言ってたな……)


 掲示板を確認しに来た辺り、シングルでの参戦なのだろう。

 リーリアの口ぶりや態度から、特定の相棒(デュオ)が居るとも思えない。

 相棒(デュオ)といえば……

 

「そう言えば、リド。

 お前とネーシャって相棒(デュオ)を組んでいる……んだよな?」 


 今までの会話で、明確に二人が相棒(デュオ)を組んでいるという話は上がったことがなかった。

 しかし、二人の関係性からそうではないかと予想をしていた。


「ああ、そうだけど……そういえば、言ってなかったか?」

「聞いてないな……」


 なんとなく、話の流れでレオンはリハルドの隣に立っていたネーシャへと視線を向けると……


「スピー……スピー……」


 突っ立ったまま、鼻提灯を膨らませて熟睡していた。

 気持ちよさそうな、実にいい表情だった。


「……なぁ、これならまだ……」

「分かってる。皆まで言うな……」


 「あそこにいた連中の方がマシなんじゃないか?」と言い掛けたところを、渋い顔をしたリハルドに遮られてしまった。


「確かにこいつは、何をやらせても基本人並み以下だよ……

 人より多い物と言えば、食費か睡眠時間……後はそのたわわに実った脂肪の塊(・・・・)くらいなもん……げふっ!?」


 突然、レオンの目の前で、リハルドが体をくの字に曲げて悶絶しだした。

 何事かと思いよくよく見れば、リハルドのわき腹にネーシャの正拳が突き刺さっていた。

 一瞬、ネーシャが起きたのかと思ったがそういう訳ではないらしい。

 ネーシャは変わらず寝息を立てて熟睡中だ。


「ぐぅー……ぐぅー……

 ……もっと食べていいの……? しかも、リー君のおごり?

 やったぁー……じゃ、メニューの端から端まで全部……ダブルで……

 むにゃむにゃ……」


 なんて、寝言を言っているくらいだ。


「クソッ……寝てると思って、油断した……」


 リハルドは、殴られた所を押さえて唸っていた。


(条件反射だけで殴ったのか……)


 寝ていても悪口は絶対に許さない。

 そんなネーシャの執念のような物をレオンは感じて、背筋が震えた。

 そして、ネーシャの悪口だけは絶対に言わないでいようと、密かに心に決めた。


「……なんと言うか、すごいな」

「それは……立ったまま寝ていることを言ってるか? それとも、寝ながらにしてオレに正拳をぶち込んだことか? 寝言の内容か?」


 レオンの口から出たその言葉は、別に誰かへ向けたものではなかった。

 ただ、あまりの出来事にぽつりとこぼした呟き過ぎない。

 その呟きをご丁寧にも、よたよたとした足取りでリハルドが拾ったのだ。

 

「もう。全部だよ……」


 未だわき腹を摩るリハルドに、レオンは溜息混じりにそう答えた。


「でもよ……こいつ、何をやらせてもダメだが、唄巫女(ディーヴァ)としての実力だけ(・・)は本物なんだよなぁ……そこだけ(・・)は認めてるんだよ」


 だけ(・・)の部分を矢鱈強調して言うリハルドの言葉に、ネーシャがピクリと反応したのをレオンは見逃さなかった。

 殴るかどうか、本能で判断しているらしい。

 もう一発イクかと思ったが、何度か悩むような仕草をしたて結局何もしなかった。

 一応褒めてもいるので、相殺してプラスマイナス0といったところだろうか……


 ゴーン ゴーン ゴーン

 

 なんてことを考えていたら、始業を告げる鐘の音が鳴った。

 気付けば辺りに既に生徒の姿はない。すっかり取り残されてしまったらしい。


「やっべ!? こんなバカなことしてる場合じゃねぇ! 少し急いだ方がよさそうだな」

「ホント、そうだな……」


 なぜ朝から、こんな得体の知れない疲労感を感じなければならないのか……

 そう思いながら、二人(・・)は自分たちの教室へと向かって、足早に移動を開始した。

 少し早足で移動しているにも関わらず、ネーシャは相変わらず眠ったままリハルドの裾を掴み器用に後をついて来ていた。

 段差に躓くことも、階段を踏み外す様な事も、ネーシャはしなかった。

 昔、どこか遠くの異国に盲目の人に対して犬を使った移動介助の技術がある、という話を聞いたことがある。

 今レオンには、リハルドがその犬にしか見えなかった。

 

「……なんかもぅ……色々な意味ですごいな」


 “何が”とは、言うまい……

 結局、ネーシャは教室に着いても起きることはなく、目を覚ましたのは午前の教練が始まる直前のことだった。

 

-------------------------------------


 今日、初めてレオンは午前の教練を平穏無事に乗り切ることが出来た。

 初日にロシュタースにケンカを売られ、二日目にはリハルドに絡まれ……

 三回目の教練にして、初めて何の騒動もなく教練を終えることが出来たのだ。

 未だレオンのことを快く思っていない連中が、遠巻きから睨んでいたりしてはいるがそれだけだ。

 実害はない。

 むしろ、そんなレオンに対して興味を抱いた数人の生徒たちが声を掛けてくるようになったくらいだ。

 リハルドの言によれば、レオンを嫌っているはマリアベルを中心とした派閥の奴らが主で、それ以外の者はそれほどレオンに嫌悪感は抱いていないと言う。

 ただ、レオンと関わることで自身にマリアベル派の連中の矛先が向きかねないと警戒し、極力関わらない様にしている、との事だった。

 なんとも面倒臭い話しだ。

 その話を聞いて、レオンは自分とつるんでいて平気なのかとリハルドに尋ねたところ、特に問題はないと笑って答えられた。

 何でも、学園(アカデミー)でのリハルドは何処にもくみしない、一匹狼ローンウルフなスタンスでいるらしい。

 反マリアベル派と言うわけではないが……だからと言って、マリアベルに付き従うこともしない。

 マリアベル派の連中にはそれが面白くないらしく、事ある事に色々ちょっかいを出されていたようだが、リハルドの実力ならそれらを返り討ちにすることなど造作もないことだった。

 マリアベル派の筆頭であるらしいロシュタースと、リハルドの間に因縁浅からぬ関係があるようだったが、そこも問題はないらしい。

 それにレオンが学園(アカデミー)に来てからは、その矛先がレオンに集中しているため随分と楽になったと礼を言われた。

 レオンにとっては、まったく嬉しくない話ではあったが……

 と、言うことを話しながら、レオンたちはいつものように売店で食料を調達して裏庭へと向かって移動している最中だった。


「ん……?」

「どうしたよレオン?」

「いや……今、何か見えたような気がしてな……」

「なに!? パンチラか! どこだっ! そして、誰のだっ! ゴフォッ!?」

「下品……」


 振り向けば、ネーシャの持つの音杖おんじょう先端の尖った部分(・・・・・・・)が、リハルドのわき腹に刺さっていた。

 あれは、殴られるより痛そうだ……


(今日はこんなのばっかだな……

 でも、あの紅いのは……)


 裏庭へと続く小道の外れ。

 無計画に植樹されたと思しき、林と森の中間のような状態になってしまっている一角に一瞬真っ赤な何かがチラリと写って消えた。

 緑茂る中にあの紅はよく映える。

 間違いない。リーリアだ。


(でも、なんであいつがこんなところに?) 

 

 昼時なのだから、自分たちと同じようにリーリアも昼食目的でここにいたとしてもおかしくはない。

 おかしくはないが、なんだかそういう雰囲気でもなかったように思う。

 それに……


(たぶん、一人じゃなかった……)


 チラリとしか見えなか所為で確証はないが、リーリア以外にも誰かが居たように思う。

 日頃から一人でいようとするリーリアが、誰かと一緒にいるということにレオンは違和感を感じた。

 無視しても良かったのだが、気になったことは確かめなければ落ち着かない性分の所為か、レオンはリーリアの後を追う事にした。


「悪い。野暮用が出来た。お前らは先行ってくれ」

「あっ! おいっ、レオン!?」

「……?」


 リハルドたちの返事も待たず、レオンは雑木林の中へと踏み入って行った。

 雑木林の中に道はなく、また見通しも悪い。

 只でさえ距離が離れていたため、これ以上離されると見失いかねない。

 レオンは歩く速度を少しだけ上げて、リーリアの後を追った。


-------------------------------------


「まぁ、大体分かってるけど一応聞いてあげるわ。

 で、こんな所にまで引っ張り出してなんの用なわけ? 私あんたたちの遊び(・・)に付き合ってるほど暇じゃないんだけど?」


 月霊舞際(ロンド)が近くなると定例行事と言っていいほど、必ずこんなような事(・・・・・・)が起こる。 

 リーリアは、目の前にいる数人の生徒を威嚇するように睨みつけた。

 午前の教練の直後、リーリアは二人組みの女子生徒に“話がある”と呼び出された。

 両方ともあまり面識のある人物ではなかったが、リーリアにとってこういう事(・・・・・)は珍しい事ではなかった。

 だから、リーリアは特に警戒することもなく付いて行った。

 いつもの流れなら、これからどこか人気の少ない所まで移動して、殴り合いにならない程度の言い争いになって解散だ。

 内容はいつだって同じ。

 リーリアが月霊舞際(ロンド)に参加することへの抗議だった。

 聖霊騎士は騎士と唄巫女(ディーヴァ)相棒(デュオ)を組むことで初めて成立する。

 つまり、月霊舞際(ロンド)に参加できる騎士と唄巫女(ディーヴァ)の人数は同じになる。

 しかし、学園(アカデミー)に在籍する唄巫女(ディーヴァ)の候補生の数は、騎士のそれよりずっと多かった。

 これは、聖霊騎士の資質というのは騎士よりも唄巫女(ディーヴァ)に強く依存するという考えによるもので、優秀な人材を確保するために母数を増やした結果だった。

 対比にして騎士1に対して唄巫女(ディーヴァ)は1.5。

 当然、月霊舞際(ロンド)に参加出来きない唄巫女(ディーヴァ)は数多く居た。

 一応表向きには、個別参加に関しては皆に均等に機会が与えられるよう配慮している、とは言われていたが信じている者は誰もいなかった。

 結局は貴族社会である以上、その抽選も決して公平と呼べる物ではなかったのだ。

 誰の目から見ても、あからさまに貴族階級の子女の方が選ばれる率が高かったのだ。

 その中の一人が、リーリアだった。

 しかも大した成果も残せていないのに、毎回のように参加出来ている……

 それが、活躍の機会を奪われた唄巫女(ディーヴァ)たちの怒りを買った。

 その一枠は、もしかしたら自分が入れた場所かもしれないのに……と。

 結果、月霊舞際(ロンド)が近づくと、こうした呼び出しからの口論という流れが出来上がってしまった。

 今回も、どうせいつもと同じだろう、と高を括っていたがどうもいつもと少しだけ様子が違っていた……

 初めに違和感を感じたのは、連れて行かれた場所だった。

 ついもなら、人目に付きにくい建物の影とか、使っていない倉庫とかなのだが今回は多少違った。

 そこは裏庭の奥。雑木林の中だった。

 確かに人目に付きにくい場所ではあったが、それは人通りそのものが少ないからであって人目がない訳ではない。

 いくら立ち並ぶ木々が遮蔽物になっていると言っても、全てを隠せるものでもない。

 もし誰かが近くを通りかかったら……

 それは彼女らが望むものではないはずだった。

 そんな疑問を抱いていたが、理由はすぐに分かった。 

 自分を呼び出した女子生徒たちが、目的の場所に着いた時、そこには既に数名の生徒たちがリーリアを待ち構えていた。

 はめられた……そう、思ったときには既に手遅れだった。

 生徒たちは、リーリアが来たのを確認すると打ち合わせでもしていたのか、素早く二手に分かれてリーリアを取り囲んでしまった。

 自分を呼び出した女子生徒二人は、その光景を嫌らしくニタニタと笑って見ていた。


(道理で少し変だと思った……これが目的だったわけね……)


 正面に男が三人、そして、背後に二人。

 逃がすつもりはないらしい。

 まぁ、初めから“逃げる”なんて言う選択肢は、リーリアの中にありはしない。

 もし、荒事が起きたとしてもその時はその時だ。

 腹を括って徹底的に戦ってやる! と言う覚悟はいつだってしていた。

 しかし……


(今まで色んな目に会って来たけど、流石に大人数に囲まれたのは初めてね……)


 外見は冷静を装ってはいるものの、リーリアの心中は外見ほど穏やかではいられなかった。

 反感を買っている、と言う意味ではリーリアは唄巫女(ディーヴァ)よりも騎士からの方が遥かに多く嫌われていた。

 今までは表立った行動こそしてこなかったが、かなりの不平不満が出ていることはリーリアなりに自覚はしていた。

 しかし、ここで少しでも怯えた素振そぶりを見せれば相手を調子付かせるだけだ。

 あくまで強気な態度は崩さない。


遊び(・・)だぁ?

 それはこっちの台詞だ! お前の下らない遊びの所為で、俺たちがどれだけ迷惑してると思ってやがる!」


 リアの正面に立っていた男子生徒が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

 リーリアは知らないが、今朝掲示板の前で生徒を率いて教官に抗議に行こうと、先導していた生徒だ。


「俺は今回の試合に二等位への昇格が掛かってたんだぞ!

 なのに……なのにっ、お前の所為でっ!!」

「っ!!」


 突然、男子生徒は怒声とともに拳を振上げ殴りかかろうとして来たが、


「止せ……まずは話し合い。そう決めていたはずだ」


 男子生徒は隣に立っていた、もう一人の大柄な生徒に拳を掴まれ身動きを封じられていた。


「離せよっ! こいつの所為でっ! そもそもこいつと話し合いなんて無意味に決まってんだろ!」

「落ち着け。俺たちは見習いだが騎士だ。気に入らない事を暴力で解決していては、示しがつかんだろ。

 だから、まず(・・)は話し合いだ」

「だからって!」

「……黙れ。こいつに煮え湯わ飲まされたのは貴様だけじゃない事を忘れるな」

「っ……ちっ……分かったよ……」


 大柄な男子生徒がドスの効いた声を掛けると、男子生徒はしぶしぶと言った様子で大柄な男子生徒の言葉に従った。

 大柄な男子生徒が手を離すと、殴りかかろうとしていた生徒はキッとリーリアへと一瞥をくれると、直ぐに後ろへと下がって行った。

 流石のリーリアでも殴られそうになった時は一瞬ビクッとしたが、今は平静を装ってすまし顔で立っていた。

 内心は心臓がバクバクしてが、そんなことはおくびにも出さない。


「貴様も自分がなぜ呼び出されたのは理解しているらしいな。なら、話は早い。

 我々が貴様に求めることは三点だ。

 一つは、今回の月霊舞際(ロンド)への参加の辞退。

 二つは、今まで貴様に迷惑を掛けられてきた者たちへの謝罪。

 そして、最後は月霊舞際(ロンド)の永久不参加の誓い、もしくは学園(アカデミー)の退学だ。

 以上の条件を了承するなら、我々は今までの貴様の所業を不問に……」

「嫌よ」


 リーリアは男子生徒の言葉が終わるのを待たずに切って捨てた。


「きっ、貴様ぁ!!」

「私は辞退なんてしないし、謝らない! 勿論、これからの月霊舞際(ロンド)だって参加していくわ」


 怒声わ張り上げる男子生徒を前にして、リーリアは臆することなく胸を張って答えて見せた。

 だが、本当は怖い……怖くてしかたなかった。

 当たり前だ。

 大人数に囲まれている上、目の前にいるのは体格が自分の倍はあろうかという男なのだ。

 怖くない訳だなかった。

 今直ぐにでも走ってこの場から逃げ出したい……

 だが、リーリアは震え出しそうな……逃げ出してしまいそうな足にぐっと力を込めて耐えた。

 今、ここから逃げたら自分の望みは叶わなくなってしまう。それだけは絶対に嫌だった。


「大体なに? 私が悪いみたいに言ってくれてるけど、勝手に試合を放棄したのはあんたたちでしょ?

 私は会場には必ず行っているわ。そこに姿を現さなかったのはあんたたちの方でしょ?

 不戦勝扱いで試合にもならない……むしろ迷惑を掛けられているのは私なんだけど?

 そのことに関して謝罪はないの?」

「きっ、貴様……言わせておけばっ!!

 誰が好き好んで“死神”なんぞと組むものかっ!」

「っ……」


 男子生徒の言葉に、リーリアは唇をぎゅっと噛み締めた。


「……それはあんたたちの勝手な理屈でしょ?

 あんたたちが試合を放棄している以上、私に非はないわ。

 私の事で学園(アカデミー)に抗議をしているようだけど、毎回追い返されているらしいじゃない。

 しかも理由が“棄権している騎士側に非がある”だったっけ?

 私がそんなことも知らないとでも思っているの?」

「ふざけるなっ!

 お前が参加さえしなければ、俺は棄権なんてしなくて済むんだ!

 お前が学園(アカデミー)に居る限り、俺たちのような不幸は起こり続けるんだよ!

 ここは、お前みたいな疫病神が居ていい場所じゃねぇんだよ!」


 後ろに引っ込んだはずの男子生徒が、溜まりかねた様子で声を上げた。

 大柄な男子生徒が制止しているため、それより前には出ようとはしなかったが、制止がなくなれば直ぐにでも飛び掛って来そうな雰囲気だ。


「つまり、貴様は我々の要求を聞き入れるつもりはないと?」

「バカなの? さっきからそう言ってるじゃない」

「そうか……」


 大柄な男子生徒は頬をひくつかせ、こめかみに青筋を浮かべてゆっくりと前に出た。

 歩を進めながら、スラリと帯剣していた剣を抜く。

 勿論、刃が潰された訓練用の剣ではあったが、鈍器としての脅威は十分にあった。


「話し合いで解決したいと思っていたが、致し方あるまい……」


 よくよく考えて見れば、男子生徒はまず(・・)は話し合いを……と、そう言っていた。

 つまり、()が用意されている、というこだ。

 それが何かなど……この期に及んでは考える必要すらなかった。


「貴様の行いは騎士として……学園(アカデミー)に共に修士する者として最早見るに耐えん!

 その身勝手な振る舞いを悔い改めさせるため、指導を与えるものとする!」

「っ……!」


 気付けば、大柄な男子生徒に釣られるように男子生徒全員が抜剣していた。

 後ろにいた二人もじりじりと包囲の輪を狭めていた。

 どいつもこいつも、暗い嫌な笑みを浮かべていた。

 虫唾が走る…… 

 特に輪から少し外れた所からこちらを見ていた女子生徒がクスクス笑っているのを見たときは、すぐさま駆けつけて殴りつけたい衝動に駆られた。

 と言っても、この輪を抜けられるとは思ってはいないが……

 近接戦闘の訓練など受けてはいない。しかし、むざむざやられるつもりもない。

 一矢くらいは報いてやる……

 そんな覚悟を持ってリーリアは持っていた音杖おんじょうを握り締め構えた。


「どうだ? 今からでも遅くはない。我々の要求を受け入れたらどうだ?」


 鼻先に切っ先を突きつけて、完全に勝ち誇ったような表情を男子生徒は浮かべていた。

 上から目線の、何でも自分の思い通りに出来るという……傲慢な顔だ。

 その表情に、リーリアは見覚えがあった。

 だから、腹が立って、癪に障って、ムカついた。

 だから、負けたくない、屈したくはない、と思った。

 そう思ったときには、既に行動に移してしまっていた。


 カツンッ!


 リーリアは持っていた音杖おんじょうで、男子生徒の剣を払いのけていた。

 そして、


「一昨日来やがれ! このハゲ!」


 そう、啖呵を吐いていた。

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