15話 そうだ。リフォームしよう。 材料調達編
「おう! 坊主どもはちっとここで待ってろぃ!」
そう言って、ちっさいおっさん事ホルビンゴは、停まっていた荷馬車からひょいと飛び降りるとトテトテと騎士団の詰め所らしき小さな建物へと向かって走って行った。
今、レオンたちがいるのは四つある都市外門の一つ東門の前だった。
レオンがオルビアへと入る時に使った門が西門なので、丁度反対側の門になる。
しかし、その概観は西門よりずっと小さくみすぼらしい様にレオンには思えた。
ホルビンゴは、何やら駐在していた騎士に一言二言告げると、向かったとき同様トテトテと荷馬車の方へと帰って来た。
「よっと! 待たせたなっ! 話は付けて来たっ! 進んでいいぜっ!」
ホルビンゴが荷台によじ登ると同時に、閉ざされていた東門がゴゴゴっと重低音を轟かせてゆっくりと開いていった。
どうやら、門を開ける様詰め所の騎士に頼んできたようだ。
西門は門兵は立ってはいたが、開きっぱなしだった。東門では違うらしい。
騎士が“進んでも良い”と言う合図を出したので、レオンは停まっていた馬車を走らせた。
「その保管所ってのは、外門の外にあるのか?」
「おうよ! 切ったり買ったりした木は一度保管所に預けるんよっ!
で、加工してから街ン中に搬入するだよぉ!
考えてもみなっ! でっかい丸太ン棒をわざわざ外門通して街ン中に入れるより、先に加工してから通した方が、ずっと楽じゃねぇかっ!」
言われて確かにと納得してしまった。何もわざわざ全ての工程を街の内部で行う事はないのだ。
東の外門を潜り抜けると、そこは小さな集落のような風景が広がっていた。
沢山の掘っ立て小屋が軒を連ねる中、幾つか食料品や日用雑貨を売っている屋台も散見した。
市街区とは比較にもならないが、多くの人で賑わっている。
「何だっ! 外側を見るのは初めてなのかっ!」
物目ずらしそうに、辺りをキョロキョロとしていたレオンとリーリアに向かってホルビンゴはニカニカしながらそう言ってきた。
「えっと……西門や北門の外は見たことあるけど、東門は初めてね」
「街の方の門とは、随分印象が違うんだな……
そう言えば、門も向こうと比べたら随分と小さいし、それにこっちは常に門を締めているんだな。
向こうはずっと開いてた様な気がするが……」
レオンがそう尋ねると、ホルビンゴはがっはっはっと笑いながら答えてくれた。
「そりゃそうだ! 西と北は“通門”だが東と南は“戦門”だからなっ!」
「“通門”? “戦門”?」
「……?」
頭に疑問符が浮かんでいる二人を察して、ホルビンゴは四つ二種類の門について説明してくれた。
「“通門”っちゅーんは、字の通り“通す門”だっ!
人に物、とにかく街を出入りする為の門だっ! だから、でっかくていつも開いてる!
だがよっ! “戦門”は“戦う門”だっ!
敵が入ってこないように、門は小さくていつも閉じてる!」
ホルビンゴの説明はあまりに簡潔過ぎたが、レオンにはそれだけで十分に理解出来た。
要は、オルビアの守衛都市としての役割の問題だ。
守衛都市とは、帝都に置いて最大の盾としての役割を持つ。
いざ戦争が起きれば、真っ先に矢面に立たされる。それはつまり、帝都からは最も遠い都市ということだった。
それが何を意味するかと言うと……
「どいうこと?」
「オルビアより先の南と東には、もう大きな街はないってことだよ」
「……ん?」
リーリアはいまいち分かっていないらしく。眉間にしわを寄せて小首を傾げていた。
「オルビアは、帝都から見たら南東の方角にある。
だから、オルビアに隣接する守衛都市は北にあるザッハールと西にあるサイゴードになる。
行商やら人が流れて来るとしたら西か北からだ。つまり、西と北の門は交易用の門だって事だ。
多くの荷や人を入れるために、大きく作られていて常時開いている。
ここから先の東と南には行商や人の来るような大きな街はもう無い。
もし、東か南から何かが来るとすればそれは敵だ。
攻めてきた敵がオルビアの中に雪崩れ込まない様に、東と南の門は小さく作られていて常時閉ざされてるってわけだ」
「あ~、なるほどね……昔の人っていろいろ考えているのね……
でも、そこまで警戒するなら、東と南に門なんて作らなければよかったのに」
「そうもいかんだろ……」
リーリアの何気ない問いに、レオンはため息混じりに答えた。
「いくらオルビアが守衛都市だからって、守ってるだけじゃ勝てないだろ?
最低限の戦力は戦線へ供給しなくちゃならないし、資材の搬入だってわざわざ西や北門を使っていたら手間だろ?」
「……それもそうか」
「がっはっはっ! ちゅーても、それも随分と昔の……それこそ大戦時代の話だがのっ!
今じゃその“戦門”の前はこんな有様だからのっ!」
ホルビンゴに言われて、辺りを見回せば確かに戦いとは程遠い平穏な光景がレオンたちの目の前に広がっていた。
「で、これって一体どういう状況なんだよ? 城門の外に村があるって……」
「がっはっはっ! 正直、気づいた時にはこうなってたからよぉ!
おれっちたちは“樵の村”って呼んでんよ!」
「“樵の村”……ね」
「おうよっ!
この東門の前にある保管所ってのはよ! ずっと昔っからあるんよ!
昔は、木材じゃなく色んなモンをしまってたらしいがよ! いつの間にか木材の保管所になっちまってたんだわ!
おれっちたちはここを拠点に仕事をするようになったんだがよ! ここってば、街からはちぃーと遠いのよ!
だからよ、自分たちで小屋拵えて寝床にしただよ!
そしたら、気づいたら屋台とか立っててよ! 便利だからそのままって訳よ!
んで、放っておいたらドンドン大きくなっちまってな!」
ホルビンゴの話を要約するに、最初は林業に従事していた者たちの集まりだったが、移動の手間から外門付近で生活していた所、需要を見出した行商人が商いに来るようになり、いつの間にか村になっていた。と、いうことらしい。
それが今では家族連れでここに居つく者まで現われ、村の規模がどんどん拡大していると言う。
戦争がなくなって、平和になったからこそ起こりえている状態だろう。
「おう! ここだここだ!」
そんな話をしながら、馬車を進めているとホルビンゴが前方を指差して声を上げた。
「あそこが保管所だ! 馬車、そのまま内に入れちまってええでよ!」
レオンは言われたとおり、木材の保管所らしき倉庫群の敷地内へと馬車を入れた。
そこは、確かに倉庫と言えば倉庫なのかもしれないが、レオンにはもっと別のものに見えた。
それは……
(これって、昔の拠点跡なんじゃ……)
分厚い煉瓦で作られた背の高い建物がいくつか等間隔に配置されていた。
屋根こそ比較的新しい様だったが、その壁には年季を感じる風化が見られた。
しかも、その中の一つは一目で分かるほど外壁が焼け焦げていて、戦闘の跡を物語っていた。
「あっ!? 主任! もう、どこに行ってたんですか! 探したんですよ!」
レオンが馬車を適当な所で停車させると、近くからレオンとそう大して年の違わない若い作業員がレオンたちの乗っている馬車へと向かって駆け寄って来た。
「おうおう! 悪りぃ悪りぃ! ちっと予備の工具を取りに行ってたんよ!」
若い作業員にそう答えたのは、荷台で荷物をまとめていたホルビンゴだった。
(主任って……結構偉い立場だったんだな、このちっこいおっさん……ただの工員だと思ってた)
「主任の許可がないと進められない作業とかあるんですから、あんまりふらふらしないで下さいよ~……
で、そちらの方たちは一体……?」
「おうっ! 学園の嬢ちゃんからの依頼の引取り人だ!」
「えっ!? でも、あれってまだ用意出来てないですよ?」
「わーっとるわい! 腕のいいのを二、三人、若けぇのを五、六人用意して最優先で準備させな!
おれっちもやることやったら、後で行くでよ!」
「えっ!? あっ!! はい、分かりました!」
ホルビンゴにそう指示された若い作業員は、小走りに倉庫の方へと向かって駆けていった。
「おっ、そうだ! 馬車はここに置いておくでのぉ! 後で馬を馬屋に連れて行くだでよぉ!」
走り去る若い作業員の背中に向かって、ホルビンゴは怒鳴る様な大声を掛けると、若い作業員は後ろ手に「分かりましたぁ~」という返事を返して倉庫の奥へと消えていった。
「馬車はテキトーに置いときな! 馬もこっちで預かっておくでの!」
「助かる」
「しっかしよぉ、オメェも運が良いなぁ!」
「何のことだよ? 急に……」
荷物を背負ったホルビンゴが、荷台から飛び降りるとそんなことを言ってきた。
レオンたちもそれに続いて馬車から降りた。
「坊主たちが来たあの場所はよぉ! 仮の資材置き場でいつもは無人なんよ!
あん時は偶々(たまたま)おれっちが工具を取りに行ってからいたんだけどよ!
もし、会わなかったら坊主たちは蜻蛉返りする羽目になってたってこったな!」
なるほど。もしかしたら、自分たちは無駄足を運ぶことになっていたかもしれかったわけだ。
確かに、そう言う意味ではあそこでホルビンゴと出会えたことは運がいいといえるのかもしれない。
「まぁ、おれっちも一度坊主に会ってみたいと思ってたんだけどよぉ!」
「俺にか……? なんでだよ?」
「あのでっかい嬢ちゃんから聞いたぜ!
坊主はあのでっかい嬢ちゃんと一緒に、魔導遺跡の調査団にいたんだってな?
しかも、スゲー頭が良いってでっかい嬢ちゃんがベタ褒めだったぜぃ!
だからよぉ! 一遍どんな奴か見てみたくってよ!」
先ほどから、時折トリアのことがしばしば上がってくるが、二人は一体どういう関係なのだろうか?
トリアとホルビンゴの接点が無さ過ぎて、レオンにはどうにも想像すら出来そうにない。
「なぁ、あんたはトリアとどう言った関係なんだよ?
随分とよく知ってるみたいだが……」
「ん? そーさのぉ!
あのでっかい嬢ちゃんとは、飲み仲間かの! ちょいと前から“樵の村”で見かけるようになって、偶々(たまたま)一緒に飲んだ時に意気投合してのぉ!
それ以来、ちよいちょい一緒に飲んどるんよぉ! そんときに坊主の事も聞いてなぁ!」
「何でわざわざこんな所まで飲みに来てんだよ、あいつは……」
村の中を馬車で走っていた時から、屋台に酒を扱っている店舗が矢鱈と目に付いた。
ここで働いているのは、基本酒を好みそうな屈強な男たちが多い。
需要と供給。
酒飲みが多ければ、酒売りもまた多くなる。
トリアもまた大の酒飲みではあったが、わざわざ市街区のほぼ反対の場所にあるここまで来て、酒を飲む理由というのがレオンには思い浮かばなかった。
沢山屋台がある所為で、焚き火に群がり焼け死ぬ虫のように、ふらふらと酒の匂いに誘われて……というようなことも、トリアならなくはないのかも知れないが……流石にそれはないと思いたかった。
第一、酒を扱っている店の多さなら、市街区の方が圧倒的に多いはずだ。
わざわざこんな遠方へ、足を運ぶ事もない。
では、一体なぜ?
そう思っていたら、ことのほかあっさりとホルビンゴがタネ明かしをしてくれた。
「ん~、なんでも市街区の酒場全店で出禁を食らったとか言っとったのぉ!
店の酒、全部飲み潰して回ったら追い出された、ってなぁ!」
「何してんだよ、あいつは……」
いつも想像の斜め後ろを行く、自身の姉の無鉄砲さにレオンは眩暈を覚えた。
「なんだか、話だけ聞いてるとかなり豪快な人よね。学園長って」
「まぁ、字も絵も豪快だからな……」
「うぐっ……ここでそれ持ち出さないでよ……」
今まで他人事だと済ましていたリーリアの顔が苦渋に歪んだ。
「んじゃあよ! 直ぐに用意すっから、どっかで時間でも潰して、ちぃーとばっかし待ってな!」
「ああ、よろしく頼む」
「そうさな……一時間位したら終わってると思うでよ! そんくらいした戻ってくるといいさ!」
「じゃあ、そうさせて貰う」
そう言うと、ホルビンゴは若い作業員が入って行ったのとは違う別の倉庫へと向かって歩き出した。
その姿を後ろから見ると、でっかい風呂敷に足が生えている様にしか見えず、ひょこひょこ動くその様は、まるでゼンマイ仕掛けの安いオモチャにしか見えなかった。
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「何これ?」
「何……って、焼き菓子と飲み物だが?」
「いや……んなの見れば分かるって……」
レオンは近場にあった屋台から買って来た焼き菓子の盛り合わせと、ジュースの入ったコップをテーブルの上に置いた。
「私は、こんな物を買って来て欲しいなんて頼んでないんだけど?
何? また食べ物で貸しでも作ろうって言うの?」
やや睨み気味なリーリアを無視して、レオンは対面の席へと腰を落とした。
今ふたりが居るのは、オープンテラス風にイスとテーブルが配置された屋台広場の一角だった。
客の入りは、まぁ、ぼちぼち……といったところだろう。
右を見ても左を見ても屋台があり、様々なものが売りに出されていた。
木材を用意するまでの一時間。
それまでの時間を、二人はここで潰すことにしたのだ。
丁度いい具合に保管所も見える位置にあるため、何かあってもここからなら直ぐに駆けつける事が出来る。
「別にんなこと考えてねぇよ……
そうだな……んじゃ、迷惑料ってことでどうだ? まさかこんなことになるとは思わなかった。
貰う物貰って直ぐ帰るつもりだったんだがな……」
「本当……脅されて無理矢理案内させられた挙句、こんな所で待ち惚けとか……
きっと今日は厄日ね」
リーリアが言っているのは、トリアの手書きの地図を散々扱下ろしてしまったことについてだった。
かりにも学園の学園長と言う最大権力者を、バカにするようなことをその弟の前で口走ってしまったのだ。
リリーアにしてみれば、
“分かってんだろうなぁ? 言うこと聞かなかったらこのこをバラすからな! ああん!?”
と、レオンが暗に言っている様に思えてならなかった。
勿論、レオンにそんな気など微塵もありはしないのだが……
「別に脅してなんてないだろ? ……そう誤解するように仕向けたのは確かたけどな。
もしかして、トリアの書いた下っ手クソな地図を馬鹿にしたことをそんなに気にしてるのか?
なら安心しろ。別に告げ口するようなマネはしないし、あいつの絵心には革新的な何かがあるからな……馬鹿にされても文句は言えんだろ。
それに、ちゃんと報酬だって払ったし、今だって付き合わせちまって悪いと思ったからこうして差し入れだってしてるんだろ?」
「……ふんっ、どうだか。口では何とでも言えるものね。
……あっ、おいしい……」
お前の言葉など信用しないとばかりに、リーリアはそっぽを向くとレオンが買って来た焼き菓子へと手を伸ばし、それを口へと放り込んだ。
べたべたに甘い訳ではなく、どこか優しい素朴な甘さが口の中に広がった。
ついつい、一つまた一つと手が伸びてしまう味だ。
四つ目辺りを口に放り込んだとき、はっと我に返ると、自分用に買ったコーヒーを啜りながらこっちをじっと見ているレオンと目が合った。
「っ……もぐもぐもぐ」
「ずずずーーー……」
「……ごっくん」
「ずずずーーー……」
「……」
「ずずずーーー……」
何だか得体の知れない居心地の悪さがそこにあった。
「……何よ」
「いや、さっきからよく食うなと思ってな……」
「っ! うっ、うっさい! あんたが買って来たから食べたんでしょが!」
「まぁ、それはそうなんだがな……」
「ムカッ……」
レオンはそう言うと、残りのコーヒーを一口に飲み干した。
なぜかそんなレオンの態度が、無性に癪に障ったリーリアは焼き菓子の乗った皿を抱え込むと両手掴みで貪るように口に放り込んだ。
「おっ、おぉ……」
頬をパンパンにしたその姿は、宛らリスかハムスターかと言った感じだった。
もう自棄だ。
このままの勢いで、二皿目のオーダーでも取ってやろうかと思ったが、流石にそこまでリーリアの胃袋はネーシャではなかった。
「けふっ……」
イスにだらりと座り、天を仰ぎ見、お腹をぽんぽんとしている様はとても貴族のご令嬢とは思えない姿だった。
シュタインシュッツ家の侍女長であるカテルが見たら、即死しかねない格好だ。
レオンはというと、特に何を言うでもなく、そんなリーリアを驚き半分、呆れ半分といった眼で眺めているだけだった。
一時間は持たせるつもりで買った量だったが、結果的にはリーリアに十分弱で完食されてしまった。
レオンは徐に、空になったコップを二つ持って席を立つと、先ほどの屋台へと向かった。
「ほらよ……」
「えっ?」
レオンの声で我に返ると、いつの間にか目の前に新しいジュースの入ったコップが置かれていた。
「あっ……あり、がと……」
それがレオンが自分のために買って来てくれた物だということくらい、流石に直ぐに分かった。
最初にあった分は疾うに飲み干してしまっていたため、正直、口の中がパサパサしていたところだった。
善意を無礼で返すほど、リーリアも落ちぶれていない。
例え相手が気に食わないレオンではあったとしも、リーリアはちゃんと礼は尽くすのだ。
ただし、その声が小さすぎてレオンまで届いていたか甚だ疑問ではあるが……
リーリアは、コップへと手を伸ばすと舐めるようにちびちびと飲み始めた。
レオンも向かいに座ると、新しく買ったコーヒーを啜り始めた。
「にして、よくあれだけの量を食えるな……見てるこっちが胸焼けを起こしそうだ……」
「甘い物は別腹って言うでしょ?
それに、嫌なら見なきゃいいのよ。私はここで時間潰してるから、あんたはどっか行ったら?」
リーリアは、ジュースをちびちびしながら野良犬でも追っ払う様な仕草で手を振った。
そんなリーリアの態度に溜息一つ。レオンは先を続けた。
「まぁ、それでもいいんだが……
後は資材貰って帰るだけだからな……道は覚えたし、暇な様なら先に帰って貰ってもいいんだが……」
「はぁ!?」
「っ!?」
レオンのその言葉に、リーリアは身を乗り出すほどの大声を上げた。
一瞬、周りの客がビクンと身を震わせ、こちらに振り返る程だ。
勿論、レオンもかなり驚いた。
「なに!? こんな遠くまで無理矢理拉致っておいて、要らなくなったから捨てるってどういうことよっ!!
ここから市街区まで、徒歩でどんだけ掛かると思ってるの!!
途中で、荷物積み終わったあんたの馬車に追い抜かれるのが目に見てんじゃないの!!
ねぇ! 協力者にその仕打ちってどうなのっ! なにこれ罰ゲーム?
どんだけ外道なのよあんなはっ!」
「っ!? なんかいろいろ悪かった! すまん!
だから、ちょっと落ち着けっ! な?」
怒髪天を衝く勢いで怒れるリーリアを、レオンは必死に宥めた。
正直なところ、リーリアの怒りより周りの客の目の方がレオンにとっては遥かに痛かった。
“無理矢理”とか“拉致”“捨てる”“外道”など、不穏当な単語が連発した所為で、周囲のレオンを見る目が殺気立っていたからだ。
何を勘違いしたのか、少し離れたところからレオンを睨み殺しそうな勢いでガンを飛ばしているスキンヘッドのムキムキな兄貴が額に青筋浮かべて指をボキボキいわせているのが見えた。
もし、眼が合おうものならそのまま襲って来ること間違いなしだ。
それからしばらくは、リーリアを宥めたり、周囲への誤解を解いたりで時間が過ぎていった。
「はぁ~……なんか酷い目に会ったな……」
一時、レオンを囲むように群がっていた連中に仔細を説明して解散して貰った後、レオンはリーリアよろしくイスにだらりと座り深く溜息を吐いた。
「私は、現在進行形で酷い目に会ってる最中ですが、それについては何か?」
そんなレオンを、リーリアは半眼になって眺めていた。
周りの人たちへの誤解を解消するために、リーリアも協力してくれた、までは良かったのだが……
要所要所で余計な事を言う所為で、それが原因でまた騒ぎとなり、追加で集まってしまった人たちへレオンが一から説明しているところへ、またリーリアが余計なことを言う所為で騒ぎになり……
なんてことを二、三回繰り返しいたら、野次馬どもが雪だるま式膨れ上がっいった。
レオンの多大な労力により、ようやく納得してくれたらしく人集りは解散。
集まった者たちも三々五々散っていった。
残った物といえば、レオンへ重く圧し掛かる精神的疲労だけだった。
「あ~、はいはい……そいつはすまなかったな……悪い悪い……」
そんな状態のレオンに、リーリアの相手をするだけの気力が残っている筈も無く、気の入っていない無い生返事を返すだけだった。
「ムカッ……誰の所為でっ……」
「おうおうっ! 何の騒ぎかと思ったら坊主たちじゃねぇかっ!」
レオンの態度が気に食わないリーリアが、またぞろ怒声を張り上げようとしたとき、それを遮ってレオンたちへ声を掛ける者がいた。
それは子どもくらいの身長をしたおっさん、ホルビンゴだった。
「おっさん……? なんでここに?」
「ん? なんかスゲー人が集まってっからよ! 何事かと思って覗きに来たんよ!
でもよ! ほれっ、おれっちこんなんだからよ! 人が捌けるのを待ってたんよぉ! そしら、坊主たちがいたってわけでぃ!
ひょっとかしなくても、この騒動の原因ってばよ、坊主たちなんかい?」
「まぁ……な……」
レオンはここで起きていた事の顛末を掻い摘んで話して聞かせた。
「がっはっはっ! そいつは災難だったな!」
「ここの奴らは一体何なんだよ……
他人事に首を突っ込んで来て、碌に事情も聞かずに一方的に俺を口撃してきやがった……」
「そりゃそうだろ! この村に住んでる連中はみんな顔馴染みでよ! 家族みたいなもんよぉ!
だから、仲間意識がめっぽう強い!
どんな小さな揉め事でも、何か問題が起こればみんなで話し合って決める!
それが、若い男女の口論ともなればよぉ!
かわいい嬢ちゃんの方に味方したくなるのが、人情ってもんよぉ!」
「かっ、かわ……」
「……」
リーリアが自分の頬に手を当て、何やらぶつぶつ呟きながらクネクネしていたが、レオンはそんな物には目もくれず、ホルビンゴの言葉を頭の中で反芻していた。
正直、レオンにも心当たりのあることだった。
組織として母体の数が少ないと、個人間の絆は強くなる。
それは、レオン自信が調査団で教えて貰ったことだった。
(何処も同じって事か……)
そう思うと不思議な物で、吊るし上げられていたときは内心“滅べ”と思っていた連中に対して急に親近感が沸いてきた。
とは言っても、こちらの言い分も聞かずに一方的に槍玉に挙げたことを許すつもりはないが……
「で、おっさんは野次馬根性出してサボリってか?」
「バカ言いいねぃ!
準備が思ったより早く終わりそうだからよぉ! それを坊主に教えてやろと思って外でたらこの騒ぎだで!
まぁ、結果的に坊主を見つけられたから御の字だがよぉ!」
ホルビンゴは何がそんなに楽しいのか、がっはっはっと大声を上げて笑った。
その後、レオンたちが保管所へと戻ると、荷台に一杯の木材が積み込まれていた。
レオンはホルビンゴを初めとして、手伝ってくれた者たちへ礼を言うと御者台へと上がった。
「坊主! また何か必要になったら言いねぇ!
でっかい嬢ちゃんに言やぁ、おれっちに届くでのぉ!」
「そいつ助かる。今度トリアの奢りで好きなだけ酒飲んでいいぜ」
「ほーかい! ほーかい! そいつは楽しみだのぉ!」
そんな会話を最後に、レオンは馬車を走らせ元来た道を戻って行った。
のだが……
東門まで辿り着いたとき、持っていた学生証では東門の通行は出来ないことを知らされた。
何でも、東門の通行には別の許可が必要らしく、レオンたちはホルビンゴに東門を開けて貰う為、一度保管所まで戻る羽目になったのだった……
後日、レオンの元にトリアが号泣しながら「お姉ちゃんに一体どんな恨みがあるの!?」と抗議をしに来たのはまったくもってどうでもいい話か……
「“菓子”で“貸し”を作る」って言う台詞をレオンに吐かせようとしてやめた……