14話 そうだ。リフォームしよう。
レオンが根城としている廃屋は、規模だけで言えば実は結構大きかったりする。
間取りは二階建ての八部屋。屋根裏部屋も含めれば九部屋にもなる。
一階には、かまど付の台所とダイニングが一部屋づつ。
あと、室内トイレが一つと大型の倉庫が一部屋。
二階は全部個室だ。
この間取り、オルビアに置いてはかなり豪華な造りだと言えた。
まずは一部屋当たりの広さだ。
結構広い。床面積なら学生寮の二倍以上はあった。
元々は複数人で一部屋を使っていた様だが、今のレオンには関係ないことだ。
次に目を見張るのがかまど付の台所だ。
何せ、従来の一般家庭にかまどはない。
普通、料理を行うときは小型のストーブのようなものに薪をくべて、即席のコンロとして使った。
かまどの様な大型調理設備は、貴族が住むような大きな屋敷でもない限り設置する場所がないからだ。
宿舎というように、昔は学園の関係者の多くがこの施設を利用していたのかもしれいが、今となっては昔の話になってしまっている。
そんな廃屋で、レオンが一時的な自室として利用していたのが屋根裏部屋だった。
屋根の大部分が腐食で崩落して、吹き抜けのようになってしまっていたが、総合的な安全を考慮したらここしかなかった。
正直、この廃屋いつ天井や床が抜けてもおかしくないほど腐食している所がかなりあった。
柱や梁は上質な建材を使っているのか、状態は良好なのだがそれ以外はダメだった。
窓は全て割れおり、玄関などは扉そのものが無くなっている始末。
そんな所為で、長い年月風雨に晒された結果だろう。
下手に上に物がある所や心許ない床で寝て、崩れた拍子に生き埋めにでもなったら笑えない。
そんなわけで、レオンは屋根床ともに比較的状態のいい場所を探して陣取って寝所としていた。
まぁ、最悪何かあった時、直ぐに外へ出られるように……という考えもあったわけだが……
そんなこんなで、多少は人の住める環境にしようと、レオンのリフォーム作業が開始されたのだった。
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その日は朝も早いうちから、レオンは作業に取り掛かった。
今日のレオンの服装は、学園の制服ではなく、この街に着いたばかりの頃に来ていた旅装束の格好に近い。
丈夫な麻の生地で作った無地のシャツに、皮をなめして作った上着とズボンだ。
年季が入っている所為か、ずいぶんとボロボロになっているが作業するならこちらの方がいい。
ちなみに、制服は洗濯を済ませて今は適当な木に吊るされている。
この陽気なら、午前中には乾くだろう。
まずレオンが取り掛かったのが屋根の補修だった。何時までも吹き抜けというわけにはいかない。
レオンは手始めに、廃屋前に詰まれた木材を加工した。
既に板状に加工されていたので、長さを切り揃えるだけでよかった。
次に、崩落した屋根の下に散らばったタイルを、状態の良い物を選りすぐって回収し、それ以外は全て捨てた。
だいぶ破棄したため、屋根を覆うには足りなくなってしまっただろう。後日、トリアに用意させる算段を考える。
そして、屋根に上がり、残ってる無事なタイルをすべて外して下ろした。
傷んだ木材を全て剥がして回ったら、殆ど屋根がなくなってしまった。
後は用意した木材を屋根へと打ち付けて行くだけだ。
そんなことを午前中いっぱい繰り返していたら、三分の一程張替えが済んだ。
まだ、タイルは乗っていないがこれで急に雨が降ったとしても、雨宿りくらいは出来るスペースが確保出来た。
とりあえず、午前の作業はここまでにして、屋根から下りようとしたときレオンの視界の隅で紅い何かがチラチラと揺れるのが見えた。
実は、作業を始めて間もない頃から気づいていたのだが、直ぐに居なくなるだろうど思いずっと放置していた。
が、何時まで経っても立ち去らず、結局こうしてレオンが休憩に入るまでずっとこちらの様子を伺っていた。
本人は……たぶん隠れているつもりなのだろうが、青々と茂る緑の中にぽつんと紅が混じっていれば嫌でも目立つ。
それでも放置を続けようかと思ったが、作業中屋根の上から端材を投げ捨てる事もある。
迂闊に近づけば危険だ。注意ぐらいはした方がいいだろう。
まぁ、今更ではあるが……
レオンは屋根から下りると、その紅い何かへと近づいて行った。
「何やってんだよ、お前……」
「えっ……うぅ……」
茂みを掻き分けたその先に居たのたリーリアだった。
藪に身を隠すようにしゃがみ込み、ご丁寧にもその両手には葉が生い茂った枝が装備されていた。
これで、本当に隠れられていると思っていたのだろうか……
「おっ、オホン……」
リーリアは持っていた枝をぽいっと投げ捨てると、何事もなかったかの如くすっくと立ち上がり体裁を取り繕うようにひとつ咳払いをした。
リーリアの格好もまた見慣れた制服姿ではなく、着映えのする洒落た私服姿だった。
「あっ、あんたがこの辺に住んでるなんて言うから、ウソかホントか確かめに来たのよ……本当に住んでたなんて思いもしなかったけど……」
リーリアはレオンから視線を外して、バツが悪そうにぼそぼそと呟いた。
それっぽい理由を口にするが、実は少し違う。
正確には、自宅を早くから抜け出したはいいが行く宛てもなく、結局いつもの丘へとやって来たら林の奥からカンカンと物音が聞こえていたので、好奇心に駆られて足を運んでみたらレオンが大工作業をしている所に出くわした、だ。
レオンがこの辺りに住んでいる、という話を思い出したのが音に向かって林の中を歩いていた時だったから、ギリギリ嘘は言っていない。
更に追加するなら、本当は直ぐに立ち去るつもりだったが、レオンの作業風景を見ていたら何だか面白くなってきてついつい眺めてしまっていた、というわけだ。
「わざわざそんな事を確かめに来たのか? 暇なやつだな……」
「うっさいわね……私が何処で何しようが勝手でしょ」
「そりれはそうだが、朝からずっとってのはな……邪魔ではないが、近づくと危ないぞ?」
「なっ! なんで知って……」
「お前は気付いてないかもしれないけど、そこ上からは丸見えだからな」
レオンは今まで自分がいた屋根の上を指差した。
「あっ……」
確かに……ここからは屋根が良く見えた。
茂みが盾となっているため正面への防御力かなりの物があったが、上へはがら空きもいいところだ。
これで“隠蔽は完璧ね!”とか思っていた自分は、完全にバカではないか……
「それじゃ……」
見つかってしまった上、赤っ恥までかかされた状態でこのままここに留まるのにはバツが悪過ぎた。
なので、用は済んだ。と言う体を装い、顔を真っ赤にしたリーリアは踵を返してこの場を立ち去ろうと、いや、逃げ出そうとしたのだが……
「あっ、ちょっと待てよ……」
レオンに呼び止められてしまった。
「なっ、何よ……」
無視して立ち去っても良かったのだが、こうも体裁の悪いところばかりを見られた挙句、無視して逃げるという行為に、リーリアの中のなけなしのプライドがストップを掛けた。
「印の付いている所に行きたいんだが、何処だか分かるか? 」
そう言ってレオンが差し出したのは、昨日木材に挟まっていたあの紙切れだった。
「ん? 地図?」
リーリアが目にしたのは子供の落書きと思しき絵だった。
「……まぁ、分かるけど……にしても何これ? 下っ手クソな地図ね。
字は汚いし線はヨレヨレだし、距離なんて出鱈目じゃない……」
「そうか、分かるのか……すごいな。俺にはまったく解読出来なかったがな……
だったら、案内をしてくれないか。そこに用があるんだ」
「ふんっ、お断りよ。何で私がそんな面倒な事をしなくちゃならないのよ?」
「勿論タダで……とは言わない。
そうだな……丁度昼時だからな、昼飯に何でも好きなものを奢るってことでどうだ?」
「何? 食べ物で釣ろうって言うの?
私はそんな食い意地の張った……」
くっ、くぅ~~~~きゅるるるるぅぅぅ~~~
「……」
「……」
風の吹き抜ける音と、草木が揺れる音が辺りを支配した。
幾ばくかあと、何処か遠くからくっくー、くっくーという名前も知らない鳥の鳴き声が聞こえて来たのを合図にしたように、レオンは徐に歩き出した。
「ちょっ! 何処へ行くのよ! ってか、何か言いなさいよっ!」
「そうだな……我慢はよくないぞ?」
「んなこと聞いてんじゃないわよっ!」
頬を紅潮させて憤懣遣る方無いといった様子のリーリアに、レオンはやれやれと頬を掻いた。
「荷馬車を学園に借りに行くんだよ。運ぶものが多いからな」
どうやら、レオンの中ではリーリアが案内することは確定しているらしい。
「だからっ! 私は、案内なんてしないって……」
「ああ、それと、お前が持ってるその地図。トリアの手書きだから」
「……へっ?」
リーリアは手にした紙切れをまじまじと見つめた。
自分はさっき、これを見て何んと言っただろうか……思い出したくない。
こそこそとストーカーよろしくのぞき見している姿を見られ、食べ物の誘いに腹を鳴らし、剰え学園長の手書きの地図を扱き下ろしてしまった……
リーリアにとっては、トリアという人物は学園を運営する者の頂点という認識しかない。
得てして、そういう立場の人間は上位の貴族で権力者だ。
そんな立場の者をバカにしたと知られれば……
(絵が下手なのをバカにした事とかバレたら、成績とか今以上に下げられたりすのかな……)
リーリアは、顔から血の気が引いて行くのを感じた。
「あっ……」
なんてことを考えていたら、いつの間にかレオンの姿は見当たらなくなっていた。
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「そこの角を右よ……もぐもぐ……」
「はいよ」
レオンは握っていた手綱をピシリと鳴らすと、荷車を引く二頭の馬は、まるで通る道を理解しているかのように綺麗な弧を描いて曲がった。
商店の立ち並ぶ市街地を抜け、都市の外縁区の閑散とした道を馬たちはパカラパカラと軽快なリズムを叩きながら歩いていた。
あれから程なくして、レオンは学園から二頭引きの大きな馬車を借りて戻ってきた。
嫌だとは思いつつも、断ることの出来なくなったリーリアを御車台に乗せると、レオンは馬を走らせた。
道々、リーリアが指示を出してはそれに従ってレオンが馬を操る。そんなことをしばらく続けて今に至る。
「あんた、馬車なんて扱えたのね……もぐもぐ……」
「資材の運搬なんて事もしてたからな、自然と使えるようになった」
馬車を扱うのは、馬に直に乗って操るより難しい。
レオンがオルビアに来た当初に乗った小型の洒落た馬車はそうでもないが、大きな荷車を引くとるとその難易度はとたんに跳ね上がる。
大きくなればなるほど、内輪差の影響が大きく出るからだ。
新米の御者などは、馬を無事に曲げることは出来ても、荷台を壁や縁石にぶつけてしまう、というミスをよくするのだ。
「それって、例の遺跡の調査とかするって言うあれ?」
「ああ、基本何でも出来ないとやっていけないんだよ」
「ふ~ん……もぐもぐ……」
聞く気があるのか無いのか、リーリアは何とも気の抜けた返事をすると持っていた串焼きを頬張った。
道案内の報酬として、リーリアが市街区を出る前に買ってきたものだ。
両手に抱える大き目の分厚い紙袋の中には、総勢で十本以上もの串焼きが詰め込まれていた。
その内容は様々、肉に始まり野菜に魚とバラエティー豊かだ。
リーリアは持っていた串を紙袋へとしまうと、新たな串焼きを取り出しては頬張り始める。
これで五本目だ……袋の中にはまだまだ控えの串焼きがごろごろとしている。
実を言うと、本日リーリアは朝食まだ摂っていなかった。と、言うのも学園が休みの日は割りと早い時間から家を抜け出すので、朝食を摂らないことが多かった。
いつもなら、適当な時間に街で買い食いでもするのだが、今日はレオンの観察をしていた所為で買いにいけなかったのだ。
正直、もうお腹はペコペコだった。
その光景を横目に、レオンの脳裏にパンを抱えた小柄な食欲魔人の顔が浮かんで消えた……
(唄巫女ってのは、どいつもこいつもこんなに大食いなのか?)
「……ねぇ、これって何処向かってんのよ?」
最後の角を曲がってどれ程経った頃だろう。
しばらく黙ったまま串焼きをむしゃむしゃしていたリーリアだったが、沈黙に耐えかねたのかそんなことを今更尋ねてきた。
まぁ、リーリアにしてみれば、行き先など興味が無かっただけかもしれないが。
「材木所だ」
「何でまた?」
「あのボロ宿舎を補修……と言うか、もうあれは改築だな……するための資材を貰いに行くんだよ」
「何? あれ直そうって言うの? 一人で? バカじゃないの?」
レオンは呆れ顔のリーリアへと視線を向けた。が、レオンの視線など歯牙にも掛けない様子で、リーリアはもぐもぐと串焼きを食べ続けていた。
これでリーリアに“バカ”と言われたのは二度目だ。
一体人のことを何だと思っているのか……
「うるさい。別に今すぐ全部を直そうってわけじゃない。
当面は、俺が生活するのに必要な場所だけ手を入ればいい。それなら大した時間は掛からない。
後は追々やればいいだけの話だ……」
実を言えば、レオンはこの手の作業が得意だったりする。
調査隊の活動は、その全てを自分たちの手によって行わなければならない。なにせ、碌に資材の調達も出来ない“外側”が主だった活動場所だからだ。
設備の設置や、出土した資料や魔導器を保管する倉庫の建設、寝床となるテントなどの設営などを現地で調達出来る物を最大限利用して用意しなければならない。
そんな理由から、レオンにとっては大工仕事は日常業務でしかないわけだ。
「ふ~ん……ご苦労なことね……はむっ」
相変わらず聞いているのかいないのか、曖昧な返事を返しつつリーリアは手持ちの串焼きをパクリと頬張った。
パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ
程なくして……
「どう どうどう」
レオンは目的の場所に着くと、手綱を引いて馬を止めた。
この馬たちがよく訓練されていることは道中で十分に理解できた。
こちらの意図を理解し、無駄なく素直に言うことを聞く。実にいい馬たちだった。
荷馬車用の種であるため、足こそ速くはないががたいが良く力強い。
多少の悪路なら気にせず歩くし、物怖じしない。
こういう馬は調査隊に是非とも欲しいものだ。
今度、アルにこういう馬が欲しいと相談でもしようか? などと、益体も無い事を考えてしまう。
「……ここがそうなの?」
「知らん。地図だとここなんだろ? だったらそうなんだろ」
「それはそうかも……だけど……」
リーリアはそこを眺めて言葉を濁した。
今、レオンたちは市街区から結構外れた辺りの外門付近にいた。
比較的緑多い場所で、林というよりは森に近い。
そんな場所に、ぽつんと建った小さな建物が一軒目の前にあった。
それは、リーリアが持つ材木所というイメージからはかけ離れた光景だった。
(もっと……こう……切った木がいっぱい置かれてる、大きな建物があると思った……)
レオンは御者台から降りると、その小屋へと向かって歩き出した。
別に用があるわけではなかったが、リーリアもその後を追って御者台を降りた。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
持っていた串焼きの入っていた紙袋をくしゃりと潰すと、それを御者台に向かって放り投げた。
森の中に捨てないのはリーリアなりの良心だ。
コンコンッ コンコンッ
レオンは小屋に数度ノックをし、しばらく待ったが返事は無かった。
「すまないっ! 誰かいないのかっ! 学園のトリア・バルヤザールから連絡が来ていると思うが、木材を引き取りに来たっ!」
幾ら待っても反応が無かったので、仕方なく辺りに響くような大きな声で呼びかけると……
ゴトッ ゴトゴトッ
小屋の裏手から、何やら物音が聞こえて来ると同時に小屋の裏から小さな人影がひよっこりと顔を出して、レオンたちの方へひょこひょこと近づいてきた。
「おうおう! オメェーがあのでっかい嬢ちゃんがゆっとった坊主か! いやー、悪りぃな! 裏で作業しとったもんでな! なんだい! あれだけの木材もぅ使い切っちまったのか! 思ったより来るのが早えーよ!」
「っ!?!?」
それはリーリアにはある種異様な光景に見えた。
何せ、そう言って近づいて来たのは、彫りの深い厳つい顔をした中年親父のような風体の癖に、その人物の身長はレオンの腰程しかなかったのだから。
異様なのはそれだけではなかった。
身長こそ、子ども程度しかなかったがその体躯は実にがっしりしたものだった。
太い二の腕に、分厚い胸板。なのに身長は子ども並……
正に“ずんぐりむっくり”とした体形だと言えた。
「目算で足りなさそうだったからな。早めに取りに来たんだよ」
「ほーかい! ほーかい! しっかしオメェ! こっちたぁまだ準備できてねぇぞ!
見ろや! 何にもねぇだろ!」
そのちっさいおっさんは、広めの空き地をその短く太い指で指差してそう言った。
どうやら、渡す分の木材はこの場所に保管されるらしい。
「どうにかならないのか?」
「そりゃ、保管所の方へ行きゃそれこそ山のようにあるがよぉ!」
「遠いのか?」
「いんや! 馬車で十分ってとこだな!」
「そうか、馬車で来ているから今からそっちに行ってみる。場所を教えてくれないか?」
「ほーかい! ほーかい! 丁度おれっちも戻るとこだでよぉ! オメェの馬車に乗っけてくれるなら案内ぐらいすっぜ!」
「そうか。ならよろしく頼む」
「あいよ!」
小さいおっさんは、引き摺っていた何やら大きな……あくまで等比的にだが……風呂敷包みをせいやあっ、と背負うとレオンたちの目の前を横切って停めていた馬車へ向かって歩き出した。
「ちょっ! ちょっと!」
レオンたちが手早く用件を済ませる中、一人大声を出す人物がいた。リーリアだ。
「なんだよ?」
「“なんだよ?” じゃないわよ! なにこれ? 亜人じゃない! なんで亜人がオルビアなんかにいるのよ!?」
「これって……流石にそれは失礼だろ……」
「えっ? あっ!?」
レオンに指摘され、リーリアは失言に気付いて慌てて自分の口を両手で塞ぐが、時既に遅し、である。
「がっはっはっ! 気にすんねぇ、ちっこい嬢ちゃん!」
話を聞いていたのか、ちっこいおっさんはその場で足を止めると、リーリアの方へと振り返って言った。
「ちっこいって……」
自分の身長の半分程しかないおっさんに“ちっこい”と言われ微妙な表情をリーリアは浮かべた。
レオンとしては、この人物が一体何を基準に“でっかい”だの“ちっこい”だのと決めているのか非常に気にはなったが、同時に聞いてはいけない気もした。
(ネーシャなんかを連れてこれば、一発で分かるんだろうけどな……)
「ちっこい嬢ちゃんは、おれっちみたいな亜人種を見たことはないのかい!」
「うっ、うん……初めて見た……
亜人は人間のいる所には近づかないって聞いていたから……」
「確かになっ! 普通の奴らならまず近づかないねぇだろなっ!
だがよぉ! 中にはおれっちみたく風変わりな奴がいるってこったな!」
ちっこいおっさんはリーリアの言葉を気にした風もなく大声でがっはっはっと、豪快に笑うとレオンたちの乗ってきた馬車へと向かって歩き出した。
彼の身長からすると、御者台ですら身長より高い位置にある。
なので、車輪を足場にして器用に荷台へとよじ登って行った。
レオンと、リーリアはそんな彼の後を追うように御者台へと座る。
「道はこのままでいいのか?」
「おう! そのままずっとまっすぐに言って、でっけー木の二股路を右だ! んで、またまっすぐで着く!」
「分かった」
レオンが握った手綱を鳴らすと、ゴトゴシを音を発てて荷馬車はまたゆっくりと走り出した。
「そっちの嬢ちゃんは、ずいぶん驚いてたみてーだが坊主の方はおれっちを見ても普通だったな!
ここいらじゃ、おれっちを初めて見た奴等は、大概嬢ちゃん見たく驚くんだがな!」
荷馬車を走らせて少した頃、荷台からちっこいおっさんが声を掛けてきた。
その背中には、先ほど背負っていた風呂敷がないところを見ると既に降ろしているのだろう。
「俺は亜人種を見慣れているからな。
ずっと“外側”で生活してたから、亜人種とは頻繁に顔を合わせてた。
何時の頃だったかな……獣の民の邑に泊めてもらったこともある」
「す、すげーな坊主……あいつ等相手によく喰われなかったな……」
「彼らは“人”は喰わないし、食事以外の狩りははしない。
見た目がアレで、多少損をしているところはあるが風聞されているような危険はない」
話を聞き、若干青い顔をしていたちっこいおっさんにレオンはそう答えた。
「おおっと! そいやー自己紹介もまだだったな!
おれっちはホルビンゴってんだ! 仲間なんかはビンゴなんて呼びやがる! 木の民だ。よろしくな!」
ホルビンゴはニカッと歯を出して笑うと、荷台からそのずんぐりとした手をにゅっと差し出した。
レオンは手綱を取っているせいでその手を取ることが出来なかったため、戸惑いながらもリーリアが変わりにその手を取ることにした。
「は、はぁ……っ!」
握った手を見た目通りの強い力で握り返された。
痛いほどではなかったが、その力強さにリーリアは一瞬驚いた。
木の民は本来は深い森の中に住み、木の上に集落を作り生活をする。
木々と共に生き、そして木の中で生きる、そういう種族だった。
一見、体こそ人間の子ども並に小柄だが、その膂力は凄まじく、大きな丸太を抱えながら木に登ることが出来た。
力強くて当然のだ。
「レオンだ。話は聞いているだろ?」
「あっ、えっと……リーリア……です」
「おうおう! 聞いとるぞ! あのでっかい嬢ちゃんの弟らしいな!
そっちのちっこい嬢ちゃんは……坊主のカノジョかっ! 羨ましいのぉ!」
「違う/違うからっ!!」
「っ!?」
ステレオタイプの講義に、特にリーリアの剣幕にホルビンゴは一瞬気おされて言葉を詰まらせた。
「こいつはただの道案内だ。
俺がまだこの街に不慣れなもんでね……」
「ほっ、ほーか……そりゃ、すまん事を言った……の……」
ホルビンゴは何処かすまなそうにそう言うと、すごすごと荷台の方へと戻っていった。
それからは、軽い世間話などをたまに交えつつ、馬車は目的の場所を目指してパカラパカラと進んでいった。