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聖霊の唄巫女と器の騎士  作者: ひばごん
唄歌えぬ唄歌い
11/20

9話 学園(アカデミー)にて その6

「メシ、食いに行こうぜ」という、リハルドにくっついてレオンは校内を歩いていた。

 当たり前だが、弁当なんてものは持ってないので、素直にリハルドについていくことにしたのだ。

学園(アカデミー)でメシが食える場所は二ヶ所ある。

 一つは、学園(アカデミー)内の食堂だ。で、もう一つは売店だな。

 オレなら断然、売店の方をおススメする」

「どうしてだよ?」

「あれを見りゃ分かる」

 リハルドが顎先で指した示したのは、食堂に群がる白山(・・)の人だかりだった。

 店内が満員なのはいうに及ばず、テラス席も満席だった。

 面倒くさがりなレオンにとって、今からあの群れの中に分け入ってまで食事を取りたいとは露ほども思わなかった。

「売店はこっちだ。ついて来いよ」

 レオンは群がる人だかりを尻目に、リハルドについていった。


 そこは小麦の焼けた香ばしい香りで満ちていた。

 陳列される商品の種類も多く、どれもがおいしそうに見えた。

 数点の惣菜も並んではいたが、そのほとんどはパンだった。

 一つ一つがわりと大きく、お値段もリーズナブル。

 この辺りが学生諸君から人気を得ている理由だろう。

 先ほどの食堂ほどではないが、狭くないはずの店内は学生たちで溢れていた。

 リハルドに連れられ行き着いた売店はそんな所だった。

「こっちなら、わざわざ待たなくても買って適当なとこで食えばいいからな。

 それに、味だってどれも絶品なんだぜ」

「ふぉう。あひぃはわふぁふぃふぁふぉふぉーふふ……

(そう。味は私が保証する……)」

 いつの間にそこにいたのか、リハルドの隣には両手いっぱいにパンを抱え、抱え切れなかった幾つかを口に詰め込んだネーシャがいた。

 時間的に考えて、会計が済んでいるとは思えないのだが……

「おい、それって会計済んでないだろ? いいのかよ、勝手に食っちまって……」

「ふぁいふおーふ(大丈夫)……」

 何と言っているのかわからない。

「ああ。気にすんな。ここってネーシャの実家が経営してるパン屋の直営店なんだよ。こいつに関しては顔パスで料金フリーだ」

 店内に掲げられた看板に目を向ければ、確かに“ライオット・ベーカーリー 学園(アカデミー)直販所”と書かれていた。

「ゴックン……ここを除けば現在、オルビア内に三店舗が絶賛営業中……御贔屓によろしくどーぞ……」

「んで、ネーシャんとこに小麦を卸してるのがオレの実家ってわけだ」

 リハルドは得意げな顔で、親指で自分を指した。

「つまり俺は客引きされたってわけか?」

「半分はな……もう半分の理由はさっきも言った通り、長蛇の列(あんなの)に並びたくないってだけだ。

 さて、オレらもさっさと買ってどっか行こうぜ」

 言うが早いか、リハルドは生徒たちの波の中へと消えていった。

 レオンも気になった物を二、三手にすると手早く会計を済ませ店を出たのだった。


 店を出て、さてどこで食べようかという話になり、ネーシャのすすめで裏庭になった。

 近場なら中庭の方がいいのではないかとレオンは言ったのだが、昼休みの中庭は|激戦区

《・・・》らしく、出遅れた自分たちに座る場所はないらしい。

 学園(アカデミー)内の休息所の中ではマイナーに分類される裏庭なら、まだ座れる場所も残っているだろうと言うことだ。

 ただ、裏庭は売店からやや距離があり、三人はただいま絶賛移動中だった。

「むぐむぐむぐ……むぐむぐむぐ……」

 ネーシャは一人、買っ……てはいないが、手にしたでかいパンをもぐもぐと租借していた。

 女の子が、大口開けて食べ歩きというのはどうかと思ったが、リハルドが何も言わないところを見ると日常化しているのかもしれない。

 しかし、驚くべきはその食べる量だった。

 店内にいたときから既に大量のパンを抱えていたが、なぜか店を出た頃にはそれがさらに一回り大きくなっていた。

 ネーシャは決して大柄な娘ではない。寧ろ、年齢から考えれば小柄だ。

 身長なんて、リハルドより頭二つは低く、強く握ってだけで折れてしまいそうな程手足は細い。

 常時テンションは低く、いつだって眠たそうな眼をしている。

 およそ、大食家とは思えない外見をしているのだ。

 どう見ても抱えているパンの量は、その細い胴回りを超えているのに、ネーシャが抱えているパンは一つ、また一つと彼女の腹へと収められていった。

 一体、食べた物はどこへ消えているというのか……謎だ。

「なぁ……すげぇだろ?」

 次から次へとパンを食べてしまうネーシャの姿を観察(・・)していたレオンへ、リハルドがこっそりと話しかけてきた。

「確かに凄いな……どう考えても、容積より大きい体積が収まってるんだが……あれは一体、どこへ消えてんだ?」

「はぁ!? ンなの見てたのかよ……オレはてっきりコレ(・・)でも見てたのかと思ったぜ」

 リハルドは下卑た手つきで、腹の上(・・・)辺りをわっさわっさと上下させて見せた。

 リハルドの言わんとしていることは、レオンにもすぐに理解できた。

 ネーシャの体で、そかの追随ほ許さぬほど唯一異常に発達しているその部分……胸のことだ。

 そのとき、レオンは自身の思考とリハルドの言葉が一本の光明によって繋がったのを感じた。

 つまり……ネーシャの摂取した栄養はすべて胸に蓄積されているのだ!

 身長や腹回りの肉になることなく、余すことなく胸に吸収されていると考えればすべての説明がつくではないか!

 遠く砂しかない国に、背にコブを作りその中に大量の脂肪を蓄えることができる生き物がいると聞いたことがある……

 胸とはつまり脂肪の塊だ。同じことが起きていないと言い切れるだろうか? いやない!

「……」

 気づくと、ネーシャが眠たげなその眼差しで、レオンとリハルドのことをジィッと見つめていた。

「……今、失礼なこと言われた気がした……」

「な、何も言ってないだろ?」

 視線を泳がせながら、若干(ども)りつつ答えるリハルド。

「う、ん? 気のせい……?」

「そうじゃないのか」

 変わって、平然と答えるレオン。

「……そう」

 そして、興味をなくしたのか、またパンを食べ始めるネーシャ。

 一瞬、考えてることがバレたのかとヒヤっとしたが、どうやらリハルドの言葉に反応したらしい。

 しかし、唄巫女(ディーヴァ)の中には、周囲の者の感情や思考を漠然としてではあるが感じ取ることができる者がいる聞く。

(アホなことを考えるのは控えた方がよさそうだな……)

 そんなことを考えながら、レオンたちは裏庭へと向かった。


 閑散と開けた場所に、多少のベンチ。

 日の光こそ届いてはいるが、どこかじめっとした感じがする場所。

 それが裏庭だった。

「ここって……」

「なんだ? 知ってたのかよ?」

「知ってるっていうか……さっきまでいた所だ」

 そう、そこは先ほどレオンがリーリアといた場所だった。

「さっきって言うと、抜けてた(・・・・)ときか?

 一人でこんなとこにいるって、さびしい奴だなぁ」

「まぁ、一人ではなかったけどな」

「はぁ? 午前の教練中だぜ? お前以外に誰がいるっていうんだよ?」

「リーリア……とか言ったか? 教室で俺の隣に座ってたやつだ」

「……ああ、あいつか。……何か話したりしのか?」

 リーリアの名前が出たとたん、あからさまにリハルドの声色のトーンが数段下がったのを、レオンは感じた。

「ん? まぁ、世間話程度にな……」

「そうか……悪いことは言わねぇ。怪我したくなきゃ、あいつと関わるのは止めとけ」

 リハルドはそれだけ言うと、ドカリと適当なベンチへと腰を落とした。

 その隣にネーシャが続く。

 ベンチはどれも三人掛け用だったが、体が大きなリハルドが大分スペースを取ってしまっていたので、レオンは一つ隣のベンチへと腰を下ろした。

「本人にも言われたが、あいつに何かあるのか?」

「……」

 リハルドが答えるそぶりはなく、紙袋から買ってきたパンを取り出し噛り付いた。

「“何が”あるかわからねぇから、怖いんだよ……」

 幾ばくかの沈黙を経て、リハルドから返ってきた言葉がそれだった。

「なんだよそれ? 随分と歯切れの悪い言い方だな。言いにくい事なのか?」

「……そうだな。気分のいい話じゃないのは確かだな」

「ほぅ……」

 レオンもリハルドに(なら)い、手持ちの紙袋からパンを取り出して噛り付いた。

「……なんだよ? 気にならないのか?」

「別に。本人も言いたくなさそうだった話題を、言いにくそうにしてる奴から、無理に聞き出すっていうのも野暮な気がしてな……」

 レオンの脳裏によぎったのは、丘の上で一人唄う紅い髪の少女の姿だった。

「やっぱお前変わってるわ……」

 リハルドは、レオンに聞こえるギリギリの声でぽつりと呟いた。

 それからは、昼休み終了まで差し障りのない世間話をして過ごした。

 主な話題としては、レオンの遺跡調査員としての今までどういった生活をしてきたかについてだ。

 トリアが度々風呂場に乱入してくる事案につい話すと、リハルドが鼻の穴を膨らまして喰い付いて来た。

 その喰い付きっぷりに若干引いたが、レオン以上にネーシャが凄い(・・)顔をしていたので途中でお開きとなり、教室に戻ることになった。


 午後からは主に座学が中心の授業となった。

 聖霊を召還する唄巫女(ディーヴァ)の唄“召歌しょうか”に始まり、魔導器の基礎や術式についてを学ぶ、魔導学。

 帝国やその周辺国の歴史を学ぶ、史学。

 そして、社交界や宮廷などにおける所作と作法を学ぶ、礼節。

 以上が午後からの授業の内容になる。

 候補生たちは、朝から昼までは実技、そして午後からは魔導学、史学、礼節とこのサイクルを毎日繰り返すことになる。

 レオンにしてみれば魔導学など言うに及ばず、史学、礼節、全てにおいて最上位の評価を受けた。

 これも全てニドの教育の賜物である。

 ただ、出来すぎる(・・・・・)が故に魔導学の授業中にちょっとした騒ぎが起こった。

 レオンは魔導学の教官と、見解の相違から対立したのだ。

 実地で調査・研究を行っていたレオンと違い、教官はあくまで帝国が出版した書物によって学ぶ。

 その書物は調査隊の成果をまとめ、編纂することによって発行される。 

 本の編纂には年単位の長い時間がかかるため、書物として出版される頃にはどうしても一回りも二回りも古い知識となってしまうのだ。

 結局、レオンに言い負かされた教官は茫然自失の体で教室を後にした。

 教室内では、明日からの授業を心配する声がちらほらと上がったほどだ。

 そんな小事はあったものの、レオンの初日の授業としては概ね順調に進んだと言える。

 そして、放課後……


「だぁー、終わった……」

「お腹……空いた……」

 夕日の差し込む教室で、机に突っ伏す二つの人影があった。

 言うまでもないが、リハルドとネーシャだ。

「そんな大変でもなかっただろ?」

 項垂れる二人を他所に、ケロリとした表情でレオンはそんな二人を眺めていた。

「騎士になるのになんで、魔導学やら歴史やら作法なんて勉強しなくちゃならないんだよ!」

「うん……礼節はいらない……がっでむ」

「いや、騎士(・・)だから要るんだろうが……」

 学園(アカデミー)を卒業した者には、騎士の称号が与えられる。

 これは、卒業さへすれば誰もが与えられる権利だった。

 騎士は帝国内では下級貴族と同等の階級にある。つまり、騎士もまた貴族なのである。

 そのため、学園(アカデミー)では貴族としての振る舞いを学ぶことは必須とされていた。

 貴族しか入学を許されていない通常の騎士仕官学校と違い、資質さえあれば平民出身者も入学できる学園(アカデミー)では、礼節の授業が一番の鬼門として生徒たちからは恐れられていた。

「で、レオンはこれからどうするんだ?」

「どうするも、何も帰るさ。

 まぁ、街で何か摘んでからになるけどな」

 あんな廃屋、すぐに戻ったところで何もありはしない。

 せめて、夕飯くらいは摘んで帰らねば腹が空いて眠れもしない。

「そういえば、レオンって何処に住んでるんだよ?

 男子寮は満室だから……やっぱり貴族様は市街暮らしなのか?」

「いや、金がないって断られたよ。

 ちゃんと学園(アカデミー)の敷地内に……住んでる」

 “住む”という言葉に、若干の躊躇いがあったが、レオンはそう答えた。

「ああ、寮免証(りょうめんしょう)か……

 でも、住むったって……寮以外で住めそうな場所なんてあんのかよ?」

 レオンは一瞬答えることに言い淀んだ。

 正直に住んでいる場所を話していいものかと……

 あれ(・・)は普通、住んでいるとは言わない。

 一歩間違えれば浮浪者と大して違いはないのだ。しかし、だからといってすぐにバレるウソを言って場を濁したところで、何の解決にもなりはしない。

 まぁ、ここは笑い話のタネにでもして、笑って誤魔化すのが懸命だろう。

「……本棟の裏の丘の上にある旧宿舎だよ」

「本棟の裏の丘って……っ!

 もしかして、あの廃屋かよ! マジか!」

「おぉぉ……お化け屋敷に住むなんて……勇者すぎる……ブルブル」

 話しを聞いて見ると、学園(アカデミー)の生徒たちの間で、ちょっとした度胸だめしの場としてあの廃屋は活用されているらしい。

 頼んでもいないのに、ネーシャは旧宿舎にまつわる怪談話をいくつか披露してくれた。

 その中の一つが“トイレのファナオさん”だった。

 なんでも、古いトイレに住んでいるおばけらしく、ファナオさんに断わることなく大の方の用を足そうとすると、肛門に太い棒を突っ込まれ肛門裂傷によって死に至るのだとか……

 もう、なんていうか怪談ではなくただの変質者の凶行にしか思えない話だった。

「お前も大変なんだな……」

 ネーシャが怪談を熱弁する傍ら、リハルドに廃屋に住むに至った経緯を話したところそんな言葉が返ってきた。

「調査隊にいた頃は、もっとひどい場所で寝起きしてたんだ。

 屋根や壁があるだけましだと思ってるよ」

 そんな話をしていたら、周りからすっかり人影が無くなっていた。

 最後の授業が終わり、どれくらいの時間がたったのか……

 残っているのは、レオンたちくらいなものだった。

 と、

 ギイイィィィ……

 人が減り、静かになった教室内に扉の開く音が一際大きく響いて聞こえた。

「おっ? やっぱりレオンだったか」

 入ってきたのは、学園(アカデミー)の最高権力者たる学園長のトリアだった。

「トリア? それらエータも……何しに来たんだよ?」

「通りかかったらお前の声が聞こえてきたからな、ちょっと弟の様子でも見て行こうと思ったんだよ」

「私は、学園長の付き添いです」

 そう言ってエータはレオンたちに向かって軽く目礼した。

 二人は、夕方の定時報告のために例の小部屋へと向かう最中だった。

「がっ、学園長……先生……ほっ、本日はお日柄もよく! その……えーっと……

 ちくしょう……こういう場合は何て言うんだっけか……」

「おぉ……おお……おっ……ぉぉ……」

 突然の学内最大権力者の登場で、二人の小市民がパニック状態に陥っていた。

 リハルドは何とか言葉を出せてはいたが文章になっておらず、ネーシャに至っては気を付け姿勢のまま硬直し、何だか得たの知れない音が出ていた。

「そう硬くならなくていい。あたしも堅苦しいのは苦手でな……普通にしていてくれていればそれでいい」

「そーっすか? オレ礼節が苦手で……貴族と話すのとか、ぶっちゃけ苦手なんすよ」

「学園長は……話が解る人……そういう人は嫌いじゃないぜ!」

 急に砕けて話し出すリハルドと、トリアに向かってサムズアップをキメるネーシャ。

(こいつらは遠慮ってものがホントにないな……)

 人のことを言えた義理ではないが、二人の順応の早さにレオンは舌を巻いた。

「苦情・陳情が上がってきたときは、どうなるかと思ったがな……」

 そんな二人を見て、トリアは微笑を浮かべた。

「苦情……?」

 レオンの訝しげな顔を見て、トリアは笑いを堪える様にして話し出した。

「お前、生徒を一人ボッコボコにしたそうじゃないか?

 それに、何したんだ? 魔導学の教官が“新しい魔導学書”が欲しいって泣きついて来たぞ?」

「もしかして、迷惑かけたか?」

「ん? いんや、別に迷惑ってほどじゃないさ。

 生徒に関しては、学園(ここ)は実力主義なんだから文句は勝ってから言えと追い返したし、魔導学書は目ン玉ひんむくほど高額だったから、却下した」

「おお……学園長……ちょーくーる」

 何故かトリアの話に目を輝かせたのはネーシャだった。

「なんにしてもだ。

 この様子なら、学園(アカデミー)での生活は大丈夫そうだな。早速、友達もできたみたいだし何よりだよ」

 微笑を浮かべたトリアは、リハルドとネーシャを見てそう言った。

「学園長、そろそろ時間が……」

「おっ、そうだった。んじゃ、あたしはもう行くよ。邪魔したな」

 トリアは片手を上げて、エータは小さく会釈をして教室から出て行った。

「レオンって本当に学園長の身内だったんだな……」

「なんだ? 信じてなかったのか?」

 ぽつりとこぼすリハルドにレオンはそう問いかけた。

「……そうだな、どこかで信じてなかった(・・・・・・・)んだと思う。

 お前と話してると貴族って気がしねぇんだよ……」

 それは何処かで聞いた台詞だった。

「ねぇ、レオン……」

 ふいに、ネーシャが横合いから声をかけてきた。

 声の方へ顔を向ければ、ネーシャが不思議そうな顔をしてレオンのことを見上げていた。

「なんだよ」

「不思議に思ってたんだけど……レオン、学園長と姉弟って言ってた……あんまり、似てないね……

 髪の色とか……全然違う……なんで?」

 トリアは金髪で、レオンは黒髪。当然と言えば当然の疑問だった。

「バカっ、お前っ……!」

 ネーシャのその問いに慌てたのは、レオンよりむしろリハルドの方だった。

 リハルドは事情を薄々感づいていたのか、敢て話題に上げないようにしていた。

 それを、ネーシャがぶち壊すような発言をしたのだ。そりゃ、慌てもする。

 デカイ図体に似合わず、配慮ができる男。それが、リハルドという男だった。

「んなもん、血が繋がってないからに決まってるだろ。

 俺はじーさんに拾われた身だからな……」


 適当な所で切り上げ、三人は市街へと繰り出すことになった。

 表向きな理由としては、案内も兼ねてメシでも食いに行こう、というものだった。

 まぁ、実際のところは、レオンの言葉に居た堪れなくなったリハルドが空気を呼んで誘ったのだが……

「今日はオレのおごりだ! 好きに喰ってくれ!」

「おおぉ!! リー君太っ腹っ! 何食べよう……じゅるり……」

「いや……何でお前の分まで出すことになってんだよ? 自分の分は自分で出せよ……」

「えっ……そんな……バカなっ……」

 ネーシャは、この世の終わりでも宣告されたかのような真っ青な顔になると、ヨロヨロと数歩よろめくとペタリと地面へと座り込んでしまった。

「変な気遣いなんてするな。さっきのことは別に、気にしちゃいない。

 事実を言っただけだからな。そうやって変に気を回される方がやりづらい」

「バーカ。勘違いすんな、レオン。

 今日は、お前の編入祝いだよ。パーっと騒ごうぜ! パーっとな!!」

 やれやれと、レオンは肩をすくめると先を行くリハルドについて歩き出した。

ネーシャ(あれ)は放っておいていいのか?」

「下手に構うとおごらせられるからあれでいいんだよ」

「そういうもんか……ん? なんだあれ?」

 エントランスを抜けた直後、諸連絡用に設けられた掲示板の前に群がる人だかりが、レオンの目に飛び込んできた。

「ああ……そういや、そろそろ月霊舞際(ロンド)の時期か」

月霊舞際(ロンド)?」

「まぁ、簡単に言っちまえば学内ランクをかけた昇格試験だ。

 試験とは言っても、出るのも出ないのも自由だ。まぁ、出なきゃ下がる一方だがな」

「へぇー、昇格試験ねぇ……」

 特に興味を引かれたというわけではなかったが、レオンは掲示板へと近づき張り出された用紙に目を通した。

 参加条件は唄巫女(ディーヴァ)一名、器の騎士(ヴァース)一名による聖霊騎士のみ。

 ルールは事細かに書かれていたが、ようは戦闘継続が不可能になった方が負け、という至ってシンプルなものだった。

 禁則事項としては、主に二つ。

 死に至らしめる攻撃の禁止。と、

 戦闘不可能な相手、または戦闘の意思のない者への攻撃の禁止。だ。

 その下には、参加の手続きが記されていた。

 一つは、既に決まった相棒(デュオ)で参加する方法。

 もう一つは、唄巫女(ディーヴァ)器の騎士(ヴァース)が個別に申請する方法だ。

 これは、特定の相棒(デュオ)を組んでいない生徒たちの中から、学園(アカデミー)側がランダムでマッチングさせるシステムらしい。

 それぞれ申請する部署が違うらしく、しかも個別申請の方は受け付け期間が本日より三日とあった。

 開催日は、今日から一週間後の日にちが書かれている。

 なるほど、生徒たちが騒がしくなるわけだ。

「なんだ? 興味あるのかよ?」

 いつの間にか後ろに立っていたリハルドが、レオンの肩越しに覗き込んでいた。

「いや別に。どんなことをしてるのかと思っただけだ」

「で、どおするよ? 出るのか?」

「まさか。仕官にも騎士にも興味がないって言ったろ? 更に言えば階級にも興味は無い。

 高みの見物を楽しませてもらうつもりだ」

「気楽で羨ましいよ……」

(ちな)みにリドの今の順位って何位なんだよ?」

「154人中73位だ。あっ、今は155人か……」

「……もっと上のいると思ってたんだがな」

「買い被り過ぎだ。オレの実力なんてこんなもんだよ……」

 ぐぅぅぅ~~~~きゅるるるる~~~~

「お腹空い……た……」

 そんな話をしていると、後ろの方からネーシャの腹の虫の声が聞こえたてきた。

「おっ、やっと来たか」

「お腹空いて……歩く気がない(・・・)……」

 ネーシャは人目をはばかることなく、リハルドの背中にピュンと飛びつくとヨジヨジと肩口までよじ登って行った。

「あっ、テメェ!! また人を馬代わり使いやがって!! 重いから降りろ!」

「重くない……女の子は羽毛のように軽い……お腹も空いてる……だから軽い……」

 リハルドは無理矢理ネーシャを剥がそうとしたがうまく行かなかった。

 ネーシャの細い腕が、既に首に回されてしまっていたため、無理に引っ張ると自分の首を絞めることになるからだ。

 リハルドは、グエグエ言いながら格闘していたが、少しすると割と簡単に諦めた。

 午前の教練の時にも感じたが、割と見限るのが早いのかもしれない。

「はぁ~、んじゃ行くか? 何処がいい? リクエストはあるか?」

「肉を……肉を所望する……」

「テメェには聞いてねぇよ」

「昨日今日来た人間にそれを聞くのか……」

「オーケー。んじゃ、オレの独断と偏見でいいな?」

「にーく……にーく……にーくーがいーいー……」

 何時になくギャーギャー騒ぐネーシャを背負い、リハルドは夕日に暮れる市街へと向かって歩き出した。

 そのシュールな光景に苦笑を漏らしつつ、レオンもリハルドについて歩き出す。

 今日は、久しぶりにまともな物が食べられそうだ。


 ただ一人、貪るように喰い散らかしたネーシャは一銭も持っておらず、そのせいで料金はリハルドの所持金を軽く超えた。

 結局、レオンとリハルドが料金を折半して払うことになり事無きを得たのだが……

 ただ単に、ネーシャにご飯を食べさせただけという、散々な祝いの席となってしまったのだった。

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