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聖霊の唄巫女と器の騎士  作者: ひばごん
唄歌えぬ唄歌い
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8話 学園(アカデミー)にて その5

その後の対応は、実に淡白なものだった。

 ロシュタースとシェルフィナは他の生徒たちによって速やかに治療院へと運ばれて行った。

 その時のロシュタースを運んでいた生徒が、まるで汚物を見るような蔑んだ目で彼を見ているところは少し面白い一面だった。

 残った生徒たちも、何事もなかったかのように平然と本来の教練を開始していた。

 騎士候補生ならランニングや筋トレ、素振りといった基礎的なことをドグスが指導。

 唄巫女(ディーヴァ)候補生ならやはり基本的なところは同じだが、筋トレや素振りの変わりに唄の修練を行っていた。

 ドグス以外にももう一人女性の教官がいたらしく、唄巫女(ディーヴァ)の修練はその人物が行っていた。

 会話の端々から察するに、どうやら現役の唄巫女(ディーヴァ)らしく、後進に熱心な指導を行っていた。

「にしても、お前って容赦ねぇーなぁ。今聞いたんだが、ロシュタース(あいつ)そこら中骨折してたってよ。

 ってか、あいつの最後の顔見たかよ? ブルってションベン漏らすとかマジないわー」

「フルボッコなの……あいつはいけ好かないからざまぁ、と言いたい……目の前で」

「お前らも大概容赦ねぇけどな……」

 だっはっはっ、と笑いながら近づいて来たのは案の定というかやはりと言うか、リハルドとネーシャの二人だった。

 どうやら修練が小休止に入ったらしく、所々で生徒たちが少人数のグループを形成し談笑していた。

 その中の幾つかが、こちらをチラチラと見ていたのが気になったが、事を荒立てないためにも取りあえずは無視をしておくことにする。

学園(アカデミー)なら治癒の唄巫女(ディーヴァ)の一人や二人くらいいるだろ。骨折くらいすぐに完治する」

 レオンは教練初日という名目で、現在は教練風景の見学中だ。

 そう指示を出したのはドグスなわけだが……

「まっ、そうなんだけどよ……」

「それより、あの女子生徒……名前なんつったかな……あんなに殴られてるのに誰も助けないとか、どーなってんだよ一体」

「ああ……シェルフィナな……」

「あれは……あたしたちじゃ、どーにもできない……」

 そういう二人の表情は、ロシュタースを小馬鹿にしていたときとは打って変わって神妙なものになっていた。

「どういうことだよ?」

「オレも詳しくは知らねぇんだが、シェルフィナ……シェフィールド家がなんか大ポカをやらかしたらしくて、その損失分をロシュタースのクリフォード家が肩代わりしたんだと。

 そのせいで、シェフィールド家は取り潰し。一家そろってクリフォード家に召抱えられて借金返済の日々、ってな。

 あくまでウワサ程度の話だから本当かどうかなんてわかんねぇーけどな。

 でも、今じゃああして使用人よろしく、ロシュタースの持ち物(・・・)になってるってわけだ」

「貴族のことに口出しなんて、皆したくない……飛び火するのはイヤだから……」

 少なくともここに二人、あの横暴な行為に胸を痛めているものがいる……

 ネーシャが悔しそうに唇を噛み締めているのを見て、レオンはどこかほっとした。

「で、それはそれとして……あれ(・・)って一体何したんだよ?」

 今までの陰湿な空気を吹き飛ばすような、わざとらしいほどに明るくリハルドは話し始めた。

「あれ?」

「とぼけるなって! あれ(・・)だよあれ(・・)

 レオン、奴の聖封神具(ディヴァイン・ギア)不可避の死(タナトス)”を弾き飛ばしてただろ!

 あれだよ!」

「……ああ。別に何もしてねぇよ……」

 そこまで言われて、レオンは(ようや)くリハルドが何を聞きたいのかを理解した。

 レオンにしてみれば、ロシュタースの聖封神具(ディヴァイン・ギア)にそんな大層な名前が付いていたことの方が驚きだったのだが。

 確かに、視認しにくい刀身というだけで厄介なものであり、加えて剣や盾などによる物理的な防御手段は意味を成さないときた。

 使う者がロシュタース程度の腕でなければ、さぞや凶悪な聖封神具(ディヴァイン・ギア)だったことは間違いない。

 惜しむべきは、使い手もそして唄巫女(ディーヴァ)も共に未熟だったということだろう。

「ウソ吐くなって! 絶対なんかしてただろ? もったいぶらずに教えろって~なぁ~なぁ~」

 余程知りたいことなのか、リハルドはクネクネと(しな)を作ってレオンへと寄りかかってきた。

「寄るな。気持ち悪い……

 別にもったいぶってるわけじゃない。説明するのが面倒臭いだけだ」

「面倒って、尚更、性質が悪いじゃないか……」

「あたしも知りたい……普通、霊装した騎士にただの人が勝てるなんてあり得ない……どうやったの?」

 今日は朝からイベントが目白押しだったので、正直これ以上の面倒(イベント)には巻き込まれたくない。というのが、レオンの正直な感想だった。

 いや、例えレオンが懇切丁寧に説明したところで、きっと彼らにはレオンが言っていることは理解できないだろう。

 理解を得られないと知っていて、説明しようとするほどレオンは物好きではないのだ。

 故に、今レオンが考えていることは“どう話せば諦めてくれるか”ということだった、

「あら? 面白そうなお話をされていますわね。(わたくし)もご一緒してよろしいかしら?」

「げっ! マリアベル……」

「マリーたち(・・)だけなんて珍しい……いつもの取り巻きはどったの?」

「置いてきましたわ。彼とお話(・・)をする上では邪魔ですもの」

 顔は笑っているのに、まったく笑っていないマリアベルの目がレオンへと向けられた。

 おまけに、マリアベルの後ろに立つ二人の人物も、何がそんなに気に入らないのか今にも睨み殺しそうな程の眼力でレオンを睨みつけていた。

 一人は、筋骨隆々の大男で、もう一人は線の細い美少年だった。

(このでかいのが、さっきの岩鎧の中身か……てことは、やっぱりあの岩鎧がマリアベル(こいつ)聖封神具(ディヴァイン・ギア)……)

「俺の方には別に話すことなんて何もないけどな」

「貴様っ! お嬢様が話し掛けてくださっているというのに、なんだその態度は!」

 態度が気に入らない、と大男の方がすごい剣幕で捲くし立てる。

「おやめなさい」

「しかし、お嬢様……」

「ガッシュ……」

「っ……出すぎたまねを、致しました。お許しください」

 オーガのような形相の大男を、一睨みで黙らせるあたりは流石は貴族の貫禄というところだうか。

「はい。許しましょう。

 申し訳ありませんわね。(わたくし)の従者はどうにも血の気が多くて困りますわ……」

 マリアベルはさも当然といった体で、レオンたちの輪の中に加わってきた。

「うっ……」

 マリアベルが隣にたったのが余程嫌だったらしく、リハルドはすすすっとネーシャの方へよりマリアベルとの距離をあけた。

(どんだけ苦手なんだよ……)

「先のロシュタース候補生との一戦。大変興味深いものでした。流石(・・)は特別編入生といったところでしょうか……それが実力であるなら、ですが」

「……何が言いたいんだ」

「ご存知の通り本来、霊装した騎士に簡単な物理攻撃はまず効きませんわ。闘衣によって守られているのだから当然ですわね。この辺りの事は貴方の方がくわしいのではないでしょうか?」

「……」

 聖霊の加護つまり“霊装”を施された騎士は常軌を逸した力を得ることができる。

 片手で巨石を持ち上げたり、高い城壁を一っ飛びに越えたり、巨大な馬に蹴られたって無傷でいられる。

 聖霊騎士は通常の鎧は身に付けない。

 それは霊装した騎士が闘衣と呼ばれる魔力の膜のようなものによって、その身を守られているからだ。

 闘衣は纏った騎士の力を何倍にも増加させ、外部からの物理的な衝撃は緩和させる働きをしていた。

 故に、霊装している騎士は普通の攻撃ではまず怪我などしない。普通に考えればだが……

「では、一体どのようにして貴方はロシュタース候補生の聖封神具(ディヴァイン・ギア)や闘衣を無力化しえたのでしょうか?

 (わたくし)にはそれがどうしても分からないのです。是非ともこの若輩にもご教授願えないでしょうか?

 それとも、何かお答えできない理由でもあるのですか?」

「……」

 さて、どう答えたものかと思案するレオン。

 ありのまま正直に話してもいいが、人という生き物は自分が理解できない返答の場合、それをウソと判断する。

 話しても疑われ、話さなくても疑われる。結局は八方塞がりの状態だ。

「だんまりですか……では、質問を変えましょう。

 ……貴方なら、いえ貴方だから持っているのでありませんか?」

「何をだよ?」

聖封神具(ディヴァイン・ギア)や闘衣を無力化しえる魔導器とか……ですわ」

「はぁ……くだらない。

 確かにそういった能力の魔導器はある。

 だがな、魔導器の所持は帝国の許可制だ。一個人が勝手に持っていていいもんじゃない。

 それくらい常識だろ……」

「普通なら、確かにそう考えるでしょうね。しかし、貴方は現役の調査官というではありませんか。

 しかも、貴方の師はあのニド・バルヤザール氏だと聞き及んでおりますわ。

 氏に頼めば魔導器の一つや二つ、自由になるのではないかしら?」 

「馬鹿にするのも大概にしろよ……」

 それは底冷えするほどの怒気を孕んだ声色だった。

 マリアベルのみならず周りの者をも黙らせるほどに。

「あのじーさんが、不正に手を染めたってか……バカバカしい。

 俺のことは好きに言えばいい。だけどな、じーさんは関係ないだろ。

 確かに無断で魔導器を持ち出ししたことは一度や二度じゃ済まないさ。

 その度に始末書を何十枚と書いていたさ。

 でもな、あのじーさんは魔導器を私的に利用したことなんて一度もないんだよ」

 先ほどまで神妙な顔になっていた面々だったが、今は“大丈夫かよ、そのじーさん”と言いたげな表情になっていたが気にしない。

(わたくし)には、そのニド氏とやらの人となりなど関係ありませんわ。

 ただ、(わたくし)(わたくし)個人として、貴方がニド氏と結託して魔導器を不法に所持しているのではないか、と疑っているだけですわ」

「はっ! ならここで身体検査でも始めるか?」

「いえ、それは無意味なので止めておきましょう」

「無意味?」

「はい。何せ(わたくし)たちの中に貴方並に魔導器に詳しい者はおりませんもの。

 調べたところで、服飾品と魔導器の区別すらつきませんわ。時間の無駄です。

 なので、(わたくし)は貴方がニド氏(・・・)手引き(・・・)によって何らかの不正を働き勝ったのだと、そう思うことにする(・・・・・・・)だけのことですわ」

「つまりあれか? 誤解されたまましたくなければ、話せってことか?」

「まさか、そんな脅迫まがいなことを言うつもりはありませんわ」

「ふんっ、好きにすればいい……と、言いたいところだが、まぁ、いい。あんたの口車に乗ってやるよ。

 そもそも、隠すようなことでもないからな」

「あらあら、それはご丁寧にありがとうございますわ」

「……乱害(ディスターブ)。魔術対抗術の一種だ。

 魔力の流れに干渉して、術式の構成を乱して魔術の発動を阻害したんだよ。

 まぁ、言うのは簡単だが、誰でもできるわけでもない上、誰にでも効くわけじゃない……

 現にあんたの聖封神具(ディヴァイン・ギア)にはきっちり防がれてるだろ?」

乱害(ディスターブ)……聞いたことがありませんわね……」

「……今の魔導学じゃまず教えてないだろうからな」

「それはなぜですの?」

「過去の技術ですっかり廃れちまっているからだよ。今じゃ文献に微かに残っている程度だ。

 俺だって使ったのは初めて(・・・)だからな。正直、うまくいくとは思ってなかったけど」

「なっ……あの状況で不確定な術に頼ったというのですか?」

「まぁ、それ(・・)しか手が無かっただけだけどな。うまくいったのだって、結局はあの唄巫女(ディーヴァ)のお陰ってのが大きい」

「どういう意味ですの?」

「あの唄巫女(ディーヴァ)、シェルフィナだったか? あいつの唄には迷いがあった。

 そのせいで魔力の流れが不安定になってたんだよ。そこにつけいる隙ができた……」

「……」

「どうだ? これで満足か?」

「……今のお話で、二点、どうしても腑に落ちない点がございますわ。

 貴方は、魔力が見え、そして制御もできるというのですか?

 普通の人間(・・)にはできないようなことができる、そうおっしゃりたいんですの?」

「その辺はあんたの想像に任せる」

 全て話した。話は終わりだ。

 そう言いたげに、レオンは輪から外れるように歩き出した。

「おっ、おい、レオン!?」

「ちょっ、ちょっと何処へ行くつもりですの!? 話はまだ終わってはおりませんわ!」

「俺の方は終わったんだよ。ここに居ても退屈そうだからな。その辺りをうろついて来る。

 あっ、そうそう。乱害(ディスターブ)について知りたいなら、ニド著作の“古代魔導に対する考察”って本に多少は載ってるぜ。この都市にあるかどうかは知らんが、興味があるなら調べてみるといい」

「ちょっ、バルヤザール候補生!」

 レオンは騒がしく叫ぶマリアベルを無視して、剣錬場を後にした。


 午前中の日差しの挿す校内をレオンは目的も無くうろうろしていた。

 剣錬場を出てどれほどの時間が経っただろうか……

 レオンは少し反省をしていた。

 剣錬場を出る前の一件のことだ。

 どうにも、マリアベルに乗せられた感じがしてならなかった。

 別に秘密にしていなければならないことではなかったが、もっと適当にはぐらかしてもよかったのではないか。

 そう思い始めていたのだ。

 自分はどうにもああいう“売り言葉”には弱いらしい。反省だ。

 と、いうようなことを考えながら歩いていたら、数少ない見知った人物を発見した。

 場所はよく分からない。たぶん学内のはずれの方だろう。

 そこの木陰になったベンチに項垂(うなだ)れるように座っている女子生徒が一人……

 リーリアだった。

「よぉ、こんなところでサボりか? 良いご身分だな」

「……」

 リーリアはレオンの方をチラリと見ただけで、すぐに視線を元に戻してしまった。

「相変わらず無視かよ……っと」

「っ!? なんで隣に座るのよ……」

「俺が何処に座ろうと勝ってだろ?」

「……」

 リーリアは心底迷惑そうな顔をすると、無言で立ち上がりその場を去る。

 一歩……二歩……三歩。

 そこで止まった。

「……ねぇ。あれって私でもできるものなの?」

 主語の抜けた言葉。

 でも、それが何を意味しているかは考えなくても分かった。

 リハルドにネーシャ、それにマリアベルが聞いてきたものと同じだろう。

 どうやら、あの試合はリーリアも見ていたようだ。

 だから、レオンも簡潔に答えた。

「無理だろうな」

「……そう」

 もう興味は無い、と言わんばかりの無感情な声を残して、リーリアはまた歩き始めた。

「あんなんが使えるようになって何がしたいんだよ?

 見かけほど便利なモノじゃないぜ?」

 レオンの問いかけに、リーリアの動いていた足が止まった。

「……」

 振り返る気配はない。かといって、話し出す気配がある訳でもない。

 レオンは立ち止まったリーリアの背中をただ眺める。

 返答があるとは思っていない。すぐに立ち去ってしまうだろうと思っていたのだが、

「……戦う力が欲しい……それだけよ……」

 意外にも返事が返ってきたことに驚いた。

唄巫女(ディーヴァ)一人で(・・・)強くなろうなんて無理があるぞ?

 まぁ、器の騎士(ヴァース)一人で(・・・)強くなろうとしたところでたかがしれてるけどな……

 力が欲しいなら、相性のいい騎士でも見つけて唄った方が手っ取り早いだろ?」

「……それができれば苦労はしないわ」

「? それってどういう……」

 ゴーン ゴーン ゴーン

 レオンの言葉を遮って、午前の教練の終了を知らせる鐘の音が学内に響き渡った。

 気づくとリーリアの姿はなくなっていた。

 少し目を離していた隙に、よくもまぁここまで綺麗に姿を眩ませられるものだと関心してしまう。

 剣錬場に戻ろうと、レオンもベンチから立ち上がるとゆっくりと歩き出した。

 (ちな)みに、剣錬場が何処か分からなくなり校内を彷徨っていたところを、探しにきたリハルドとネーシャによって無事保護されたのは内緒の話だ。

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