プロローグ
~10年前~
「おじいちゃん! こっち来て! 早く早く!!」
孫娘に呼ばれ取り掛かっていた作業の手を一旦止めて、声の聞こえた方へと顔を向ける。
が、暗がりのせいでその姿を確認することは出来なかった。
「これ、女の子がそんな大きな声を出すもんじゃない。
それにいつも言ってておるだろ? ここでは“おじいちゃん”ではなく“主任”と呼べと……」
「そんなことはどーでもいいから! 早く来て!!」
大して広くもない空間に、女の子の悲鳴にも似た声が木霊する。
「ふむ……」
彼は自慢の長く白い髭を一撫ですると、共に作業にあたっていた若い研究員に視線で“すまんな”と断りを入れた。
若い研究員も承知の上らしく、これまた視線と手振りで“どうぞ”と返答して見せた。
「これトリアよ。新しく発見された遺跡だからといってあまりはしゃぐでない。
他の者の迷惑も考えなさい。それに、まだ何があるかわからんうちに奥の方へは行ってはいかんと……」
「だから、そんなお小言は後でいくらでも聞くから早く来てって!!」
「まったく……もう少しお淑やかにならんもんかのぉ……」
あまりにお転婆に育ってしまった孫娘の将来を憂いながら、彼は声のする方へと歩を進めた。
大して広くはない部屋ではあったが、なにぶん暗い遺跡の内部だ。
とにかく見通しが悪かった。
いくつにも区切られた部屋。入組んだ通路。
用途不明な水晶か何かで出来ていると思しき柱……この柱、の様なものは天井まで繋がっておらず、およそ柱としての機能は果たしていない。
そのうえ、どうやら中は空洞であるらしいと先の研究員が報告を上げていたことを思い出す。
ほどなくして、彼は部屋の一番奥までたどり着いたがそこに孫娘の姿はなかった。
「? これトリアよ、どこに居る? トリアや」
「こっちだって! こっち……って、ああ、そっか、壁の下の方に穴が空いてるんだけど、わかる?」
彼は孫娘に言われるまま、目を下の方へと向けると確かに壁には小さな穴が空いていた。
空いていたというより、風化で崩落したと言った方が正確だろう。
(ここを通ったのか! まったく、危ないことばかりしよって……)
説教の時間が彼の中で一時間加算された。
「おじいちゃん、そこ通れそう?」
確かに、孫娘が通るには十分な大きさと言えたが、恰幅のよい自分が通るには少々心もとない大きさではあった。
「ふむ……」
彼は崩落した穴の周りや壁全体を軽く叩いて、これ以上の崩落の危険がないか調べてみたが、すぐに崩れてしまいそうな所は特に見当たらなかった。
(これなら、まぁ、なんとかなるじゃろ……)
案の定、彼の出っ張った腹は見事に詰まり身動きが取れなくなったが、孫の助けもありなんとか穴を抜けることが出来た。
壁を抜けた先には、また別の空間が広がっていた。
先ほどの部屋と大きさはさして違いないようだったが、より広く感じるのはごちゃごちゃした物が一切ないからだろう。
あるものといえば、部屋の中央にただひとつ。
淡く緑色に光る、柱のような物だけだった。
彼は、ゆっくりとその物体へと歩みを進めた。
「なんじゃ……これは……」
ふいに孫娘がひしっと自分の腕にしがみついて来た。
視線を向けると、不安そうに自分を見上げている孫娘の顔がそこにあった。
彼は、安心させようとそっと孫の頭を撫でる。
水槽……とでも形容すればいいのか……
彼らの目の前にあるものは、前の部屋にもあった水晶かなにかでできた柱のようなものだった。
前の部屋にあった物との違いがあるとすれば、中を液体で満たしていることと……
「ねぇ、おじいちゃん……この子……」
「人……なのか……?」
一人の少年が、眠るように浮かんでいることくらいだった。
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