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3.願いを叶える力

 落ち着かない。

 クルクルと指の周りを回るペン。

 クルクルと俺の周りを回るゆき。


「えー、つまりこの関数を微分するとだな……」


「先生ー、そこ前回やりましたー」


「おお、そうだったか。すまんすまん」


 なんと、授業まで循環している。この世の中回ってばっかりだ。

 僕は、またクルクルとペンを回転させた。ペン回しというやつは、暇潰しの手段のくせして大抵、中学辺りで一回流行る。僕もその時、必死こいて練習して暇潰しスキルを向上させたのだが、所詮はどこまでいっても暇潰し。今思えば、随分ムダな時間だったと思う。


「ほわー。凄いですねー、優介さん」


「……」


 前言撤回。一部の神様系女子には喜んでもらえるみたいだ。

 僕の肩から身を乗り出して、クルクル回るペンを眺める巫女服の少女に、僕は振り返らずに言った。


「それより、栞菜を見てなくても大丈夫なの?」


 もちろん、授業中なので超微音の囁きだ。でも、彼女の耳はかなり近くにあるので聞こえないということはないだろう。神様だし。いや、神様が聴力強いのかはわからないけどね。

 そんな心配は杞憂だったようで、ゆきは聞き返すことなく質問に答えた。


「大丈夫ですよ。意識はちゃんと栞菜さんに向いてますから」


「ホントに?」


「はい。証拠に、今考えていることを教えてさしあげましょうか?」


「……」


 なんだかいけないことのような気もしたが、好奇心に負けて頷いてしまう。ゆきがすぅと息を吸い込んだのがわかった。


「……カエルさん、カエルさん、世界で一番きれいなのはだあれ? え、東の国のアリス? 誰だそれは、ええいさっさとこのガラスの靴の主を探せ! なに、地上に出るためにはこの薬を飲まなくてはいけないの? でも、それじゃあ私の声は……」


「ちょっとまて! どんだけファンタジーだよ!?」


 海外の童話メドレーだ。

 栞菜っていつもこんな事を考えているのだろうか。万年お花畑なのか?


「てか、脈絡なさすぎだし、支離滅裂っていうか。いろいろ混ざっちゃってるし……」


「そうなのですか?」


「うん」


 もう、ミキサーを10分くらい回しちゃってるよ。

 僕がどう吐き出したらいいのかわからない気持ちを溜め息にしていると、ゆきが冷静に呟いた。


「でも、仕方ないかもしれませんね」


「え、どうして?」


「夢ですから」


「……は?」


 斜め前の席に座る栞菜は、腕を枕にして完全に寝ていた。


「……」


「栞菜さんって、意外とずぼらなんですか?」


「栞菜、数学苦手なんだ」


 今日の範囲、テストに出るってさっき先生が言ってたけど大丈夫かな?

 緑の服の少年とネバーランドに旅立ってしまった幼馴染に、僕は心の中で合掌しておいた。





 どうしてゆきが学校にいるのか、説明しておこうと思う。

 ゆきの読心術だが、実は読む相手を視界の中に収めておかないといけないらしい。しかも、この読心術は『現在進行形で考えていること』しか読み取れないらしい。つまり、栞菜が想い人のことを考えるまで、ゆきは栞菜を見ていないといけないのだ。

 というわけでゆきには朝から栞菜に張り付いてもらっているのだが、栞菜と僕は同じクラスなので授業中は僕の周りをうろついているというわけだ。

 キーンコーンと気の抜ける鐘の音が聞こえて、授業が終わった。途端に教室中が騒がしくなる。栞菜ものっそりと起き上がる。ふあぁという声が聞こえてきそうなくらい思いっきり背伸びをして、立ち上がった。


「栞菜さん、どこに行くんでしょう?」


「うーん、トイレかな? ともかくゆき、お願い」


「はい。お任せください」


 タタッと駆け出すゆき、空きっぱなしのドアの前まで行って……


 ピシャン!


「……」


「……」


 ドアは、閉められてしまった。


「……優介さん~……」


 ゆきが、神様とは思えないような情けない声を出した。

 当然だけど、僕以外の人が認識できないのはゆき本体のみであって、ゆきがドアを開けたらそれは「ドアが勝手に……!」的なB級ホラーになってしまう。


「はあ……」


 どうやら、僕もついていく必要がありそうだった。

 ゆきのところまで行き、ドアを開ける。そのまま席に戻ると不自然なので、僕もゆきと一緒に廊下に出た。


「優介さん、ありがとうございました」


「お礼なんていいよ。もともと僕のお願いなんだし」


「いえいえ、助けて頂いたのですから。お礼を言うのは当然です」


 律儀な神様だなあ……。


「そういえば、栞菜はどこだろう?」


「あちらです。やはり、厠のようですね」


「……かわや?」


「あ、トイレのことです」


 そういえば、ゆきがあの神社に祀られたのは300年前だったっけ。300年前っていえば江戸時代だ。今とは言葉も随分違うのだろうな。にしては、ゆきは現代の言葉もわかるけど。

 ちょっと気になった僕は、階段の横にある自販機でジュースを買うふりをしながらゆきに訊いてみた。


「ゆきは、現代の言葉はどこで覚えたの?」


「現代の言葉、ですか? そうですね……参拝者の会話を聞いて覚えたりもしますけど、一年に一回あの神社を離れて生活しなければいけない時期があるので、その時に大抵の言葉は覚えました」


「へえ……、あの神社を離れないといけない時期なんてあるんだ」


「はい。その時期だけは、神社を離れないと生きていけないんです」


 一体、何があるというのだろう?

 ものすごく気になるのだが、ちょうど栞菜がトイレから出てきたのでその話はまた今度ということにした。


「あれ、またどこかにいきますね」


「いや、ただ教室に戻ってるだけだよ」


「ああ、なるほど」


「……」


 ゆきのちょっと抜けた発言にも慣れてきたような気がする。

 溜め息を吐いた、その時だった。


「あ、優介さん! あの人ですよ!」


 ゆきが叫ぶ、指さすその先には、一人の男子生徒。

 その意味するところは、一つだった。


「……(かがみ)真人(まさと)


 偶然にも、その男子生徒は知り合いだった。

 それほど親しいわけじゃない。一年の時に同じクラスで、話したことが数回あるだけだ。ルックスは普通だけど人当たりがよくて、友達の多いタイプだった。

 栞菜は、通りがかったその鑑真人と仲よさげに話していた。それが、なんだか本当に楽しそうで、どっちも笑ってばかりで、僕は胸の奥がきりきりと痛むのを感じた。


「あの二人、もう恋人同士なんでしょうか?」


「……」


 僕は答えられない。本当に、そんな風に見えた。だから、できればはっきりさせたくなかった。

 でも、こんな時には何を考えているのかわからない声音のゆきによって、現実はすぐに突きつけられた。


「男性のほうも、栞菜さんに好意を抱いているようですよ」


 その宣告には、何の感情も読み取れなくて、本当にただの報告で。

 そのことを、気味が悪いとさえ思った。


「……そんな……」


 ゆきの案を突っぱねて、自分で選んだ第一歩。

 その結末は僕にとって、最悪のものだった。






 ボスンとベットに身を投げて、僕は天井を見上げた。

 ゆきはいない。少し一人にして欲しいと言って、さっき別れた。心配そうにしてくれていたけど、実際どうなのかはわからない。ゆきは、たまに僕の理解の外にいくことがある。


「栞菜さんはあの男性のことをずっと好きだったみたいですね。普段は絶対に考えないようにって思っているみたいです。逆に言えば、そうしないと隠し通せないくらい好きだってことですけど……」


 ゆきが、今日一日で読み取った栞菜の気持ちは、そんな感じだった。今思えば、栞菜の夢では「鏡」の部分だけ、別の言葉に置き換わっていた。それはきっと、「鑑」のことを考えないようにしていたからだろう。

 それほどまでに、あいつのことが好きだから……。


「しかも、鑑真人も栞菜に好意を抱いてる」


 つまり、両想い。

 どちらかの気持ちがが嘘なら、騙されてるだけなら、本気じゃなければ、可能性はあった。でも、これじゃ僕が完全に悪者だ。邪魔者だ。


「……はあ」


 僕は、横向きに転がった。いつもの自分の部屋、昨日はゆきと話し合ったテーブル、カレンダーに壁掛け時計、好きなアーティストのポスター、勉強用にとおいてあるデスクには小さなコンポが置いてある。

 そのコンポの横に、見慣れないものがあった。

 起き上がって、それを手に取る。それは、現代ではあまり見ることのないもの。大昔のノート。


「ゆきの……巻物」


 昨日、ゆきから取り上げてそのまま返すのを忘れていたものだ。


『その巻物を使えば、絶対に栞菜さんは頷きますよ?』


 リフレインする、ゆきの言葉。


『告白は必ず成功するはずです』


 甘い誘惑。

 僕の願い。神様に会ってまで、叶えたい願い。


『優介さんは願いを叶える気があるんですか?』


 叶える気ならある。充分すぎるほどに。

 僕は二つの巻物を握りしめた。その時、心に黒い私利私欲の炎が揺らめいていたことを僕は否定できなかった。どうせ、この気持ちを消すことなんてできっこない。しかも、ここには願いを叶える力がある。


 なら、何を迷うことがある?


 真紅の紐を解いて、巻物を机の上に広げる。不可解な文字列と図形。その上に、手を置いた。

 微かに、巻物が光る。負荷のかかった精神状態のせいか、元からあったものなのかどうかはわからないけど、僕にもこの巻物が使えるようだ。

 僕は、嬉しいわけでも、悲しいわけでもなく。ただ一筋、涙をこぼした。

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