帰り道
過去に遠い国で起こった出来事は、近い将来、自分の国でも起こり得る未来かもしれない。
「そっちのポケットは?」
「あ、あったぁ!」
財布を見つけた七歳の妹が、まるで宝物でも見つけたように誇らしげな表情で僕に見せる。
「中身は?」
「えっとねぇ…… お金とぉ、カードとぉ、お薬かなぁこれ…… あと写真」
「写真だけ捨ててあとはこのリュックに入れろ」
「えぇ…… 捨てちゃうのぉ?」
「そんなもの持っててどうする」
写真が入っている部分だけが透明のアクリル素材で出来た財布を握りしめ、妹はその切り撮られた映像に魅入っている。
「この子、あたしと同じくらいかなぁ……」
少しイラっと来て、妹から財布を奪い取る。手垢で汚れたアクリル素材の奥には、七歳くらいの女の子を抱いた財布の主と、母親らしき女が笑顔で収まっていた。
「行くぞ」
僕は写真だけ抜き取り、主のポケットに戻す。そして財布をリュックに放り投げると、妹の小さな手を握った。
建物の瓦礫を縫うようにして、僕らはなるべく音を立てずに進む。つい数時間前まで激しい戦闘があった場所とは思えぬ静寂が、辺りを包み込んでいた。
彼らの攻撃は容赦がない。まず僕たちゲリラの”巣穴”になりそうな建物を空爆によって徹底的に破壊する。その上で地上部隊を投入し、生き残った者たちを殲滅するのだ。しかしひとたび地上戦ともなれば、敵味方双方に多大な犠牲者が出る。多くの遺体はそれぞれの仲間がその場で回収するが、状況によっては回収不能に陥る時もある。そこで僕らの出番になるという訳だ。
味方の遺体からは武器のみを回収し、後は大人たちに任せる。敵からは軍服と携帯端末以外、根こそぎ奪う。と言ってもまずは電磁波測定器を使い、頭のてっぺんからつま先まで電磁波を出している機器を身に着けてないか調べる。以前他所の地区で不用意に持ち帰った時計に仕掛けられた発信機によって、アジトに長距離誘導ミサイルをぶち込まれた事がある。だからこの作業には絶対に手を抜けない。それがクリアされればあとは財布やアクセサリーの類は言うに及ばず、食糧、靴、靴下、ベルト、手袋、マフラー、外套…… 中には金歯までペンチで引き抜き持って帰る強者もいる。
「お兄ちゃんあそこ」
妹の指差す先に、次の獲物らしき影が横たわっていた。僕は腰のズタ袋から双眼鏡を取り出し、軍服を確認する。
まちがいない、政府軍だ。
「よし」
僕らは腰を屈め、標的の頭側に回り込み、ゆっくりと近づく。
「大丈夫みた───」
標的まで5メートルという位置で不意に声を発した妹の口をあわてて塞ぎ、僕は息を止める。急所を逸れていれば、人は一発や二発の銃弾では簡単に死なない。むしろ生への執着から、より狂暴化するものだ。僕はこれまでにも、まだ息のある標的に何度か殺されかけた事がある。仲間もそれで何人も失ってきた。油断は即、死を意味するのだ。
やはりまだ連れてくるべきではなかった……
このところ、一緒に行きたいとせがまれる事が多くなり、今日はついに断り切れなかったのだ。
しばらく息を殺したのち、僕は妹をものすごい形相で睨みつける。すると彼女は口を塞がれたまま、眼をまん丸くしてうんうんと頷いて見せた。
遺体の前で、キャッキャとはしゃぎながら戦利品をリュックに放り込む妹を見て、僕は複雑な感情を覚える。
彼女には両親の記憶がない。つまり最愛の人間を失った経験がない。彼女にとって隣にあるのは単なる”死体”であって、”死”ではない。知らない人の死の奥にある様々なしがらみに、自分の心を重ねる事が出来ないのだ。
「ほらほらガムだよ……」
しかし、いつか必ず解る日が来る。否が応でも、そのやりばのない怒りや悲しみを経験する日が来る。そしてその感情はやがて憎しみへと転じ、彼らへの復讐を誓うのだ。
僕と同じように───
「ねぇお兄ちゃん」
「うん?」
「いっぱい取れたね」
「…… そうだな…… さぁ、今日はもう帰ろう」
「うん!」
身体より大きなリュックを背負い、僕は妹の手を取る。
明日はさすがに戦闘は無いだろう……
僕は久々の休日に、ホッと一息つく。安堵の吐息は、思いのほか白かった。
「今日のご飯は何かなぁ」
「今日はたぶん…… そばだな」
「おそばぁ? なんで?」
「大晦日だから」
「おおみそかぁ?」
今年最後の夕日が、破壊されつくした街に大小二つの歪なシルエットを映し出す。
遥か遠くに見える富士山が、オレンジ色に光っていた。
「帰り道」 完
まずは最後までお読み頂き、感謝感謝です!
表題作「帰り道」は、2015年12月29日 大塚WELCOME BACKライブにて、パンフレット掲載された小説です。
厳しいご意見、ご感想を、お待ちしております。
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マチュピチュ オフィシャル ウェブサイト
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