不思議な夢
「人間になら出来るはずだ。今の俺たちなら出来るはずだ─── 今の俺たちに、出来るか?……」
~NHKスペシャル『地球大進化 人類への旅』最終話、ラストシーンより~
気が付くと、一面霧に覆われた乳白色の世界に浮かんでいた。
足元に大地は無く、かと言って重力の支配下にもない。
そのまましばらく漂っていると、突然フッと一片の風が頬を撫でた。咄嗟に手足をバタつかせ、空気の感触を確かめる。どうやら移動こそ出来ないが、その場で向きを変える事くらいは出来そうだ。
僕は文字通り雲を掴むようにジタバタしながら身体を回転させ、周囲の状況を確認する。すると、幾重にも連なる水蒸気の濃淡の先に、薄らと縦に伸びる黒い影を見つけた。
あそこに何かありそうだな……
そう思うと同時に、身体がその影に向かってスゥーっと進み始める。
なるほど、そういう仕様か。
僕は抗う事なく、この世界のルールに身を任せる事にした。
宙に留まる真綿のような白い塊りに突入しては脱出を繰り返す。その度に影の大きさが増し、輪郭がシャープになって行く。それでも下の方は乳白色に吸い込まれ、未だ全容は見えない。
デカいな……
近づくほどに霧の晴れ間が増え、クリアになった視界に時折 “蒼” が混じるようになる。僕はその時点で、ここが空のどこかだと確信する。そして何度目かの濃厚な塊りを潜り抜けた時、それは唐突に現れた。
これは……
眼の前に、一辺が数メートルはあるであろう巨大な石を積み上げたオブジェがあった。
僕は思わず開けた雲間からそのオブジェに沿って地上を見下ろす。そこで初めて自分の置かれた状況に気付き、震え上がった。
「あと2ミリ右だ!…… よし! そこで下ろせ!」
拡声器を通した大声が空に響き渡る。オブジェは今尚建設途中であり、身体より数倍大きな石を抱えた作業員たちが、僕と同じように宙を自在に移動していた。
「オーケー、重力アンカー解除!」
監督らしき男の号令と共に、ズン! という鈍い音が雲にこだまする。今置いた石が、重力の支配下に入ったのだ。
接合部に砂煙が上がると同時に、下に連なる巨石たちの太いラインが一瞬うねる。大小様々な形の石を絶妙に組み合わせただけの脆弱な塔…… まるで “ジェンガ” の逆ヴァージョンだ。
それにしても――
「よく倒れないな…… そう思ってませんか?」
いつの間にか、隣に監督が浮いていた。
「…… え、ええ…… まぁ」
「しょっちゅう倒れそうにはなります。台風や大雪、あとは地震なんかの時は特にね。だから24時間、各セクションに人員を張り付けている。傾いたら、人の手で支えるんです」
「人の手で!?」
「そう、人の手で…… 実際、一度だけ根元から倒れた事もあります。もう二十年も前の話ですが…… まぁ倒れたのはそれ一度きりにしても、日々いろんな箇所に不具合が起きます。その度に石を交換したり、配置を変えたりするんですが、酷い場合は、その不具合によって人が死ぬ事もある」
「…… あの、これは、一体何なんですか?」
「 “システム” です」
「え?」
「この社会を、社会足らしめている大本とでも言いますか…… まぁ簡単に言えば、“衣服” ですね」
…… 衣服?
「昔は無くても良かった。しかし今では無ければ生活出来ない」
「ああ……」
なるほど。
「もしそれを可視化すれば、現代人はみんな鎧を着て歩いてるようなもんです」
…… 確かに、そうかもしれない…… だったら――
「私たちは、日夜その鎧を守っている」
「あの……」
「何でしょう?」
僕は率直な疑問をぶつける。
「そんな大事なものなのに、何でこんな…… その……」
「『何でこんな脆弱な作りなのか?』 ですよね?」
「ええ…… だっておかしいですよね、倒れそうになったら人の手で支えるとか…… いっその事、一度壊してしまって、一から強度を考えて作り直した方が――」
「構いませんが、その間、裸で生活する事になりますよ? それでもいいですか?」
鋭い視線が僕の網膜を貫き、脳の言語中枢にまで達する。
返す言葉を失った僕は、それでも尚、その視線から逃れられずにいた。
「皆そう言います。しかしそれは、人間には不可能な選択なんです」
監督はそう言うと僕から視線を逸らし、中空に達した太陽に眼を細めながら続けた。
「太古の昔、人は朝陽が昇ると同時に活動を始め、夕陽が落ちると同時に眠りに就く、そんな生活を送っていました。昼は明るく夜は暗い。夏は暑く冬は寒い。寿命はせいぜい四、五十年で、それも病気に罹らなければの話。電気もガスも水道も、テレビも冷蔵庫もエアコンも無かった。それでもたぶん、今よりは笑顔の多い生活をしていたんじゃないか…… そう思う時があります。
もちろんその当時だって “システム” は存在していたでしょう。しかし今とは質が違っていたはずです。
“システム” とは、そもそも人間の欲望に効率よく対応する為に生まれたものです。欲望のベクトルや質の変化に応じてシステムも変えて行く。つまり、常に後付けの存在なんです。
よく今の人は、『時代の変化』と言いますが、ライオンはそんな事言いません。ゾウも言いません。犬や猫もそんな事は言わない。そう言っているのは人間だけです。要するに『時代の変化』とは、『人の欲望の変化』と言い換える事が出来ます。
欲望が変化する度にシステムを一から構築する訳にはいきません。もしそんな事をすれば、莫大な時間と労力とコストが掛かってしまうからです。だから当然のごとく、既存のシステムをリノベーションしながら使い回して行くしかない。リノベーションに次ぐリノベーションの成れの果てが、この継ぎ接ぎだらけのオブジェなんです。
そして最も厄介な事に、変化のスピードが速ければ速いほど、システムは脆弱化して行く。まさにあなたの言う通り、このオブジェは、既に限界を迎えているんです。
二十年前と、同じように――」
次の瞬間、けたたましいアラーム音が僕を一気に現実へと引き戻した。
固定具を外し、夢と同じように宙を移動しながら反対側の壁まで行き、埋め込まれたマスターパネルをスワイプする。
アラームを止めても静寂は訪れない。ブーンという低いモーターの唸り音が、24時間僕たちに纏わり付き、そして守っている。
あれから二十年か……
僕はパネルの横にある厚さ10センチの丸い強化ガラス越しに外を眺める。
今日も地球は青く美しい。こんなにも美しい惑星なのに、戻れない。
まだ、戻れない。
《オハヨウゴザイマス 七時ニナリマシタ コレヨリSC9ハ 昼モードニ移行シマス
地球標準時 西暦2040年 8月25日 土曜日 本日ノ遠心重力稼働時間ハ――》
「不思議な夢」 完
まずは最後までお読み頂き、感謝感謝です!
表題作「不思議な夢」は、2018年8月25日 大塚WELCOME BACKライブにて、パンフレット掲載された小説です。
厳しいご意見、ご感想を、お待ちしております。
バンド「Machu Picchu」の活動内容を詳しく知りたい方は、是非下記にアクセスして見て下さいネ^^
マチュピチュ オフィシャル ウェブサイト
http://machupicchu.art.coocan.jp/




