休み時間ー理奈の休日その二
櫻子は、果たして今日の用事を覚えているのだろうか。
「きゃー、これ可愛いー」
地元のショッピングモールで、あっちへこっちへ。はしご、はしご、はしご。次から次へ、さらに次へ。本来の目的なんか全く忘れてるかのように店を転々としている。
「……元気、だねー」
理奈は疲れ切った顔でベンチに座り込んでいる。脇目も振り向かず、櫻子は見て回ってる。
「お姉ぇちゃん」
櫻子が、目の前に立って、缶コーヒーをつきだしてる。ありがとう、とそれを受け取る。うん、やっぱり缶コーヒーは「FLAME挽きたて微糖」が一番だ。
「あ、お姉ぇちゃん、華波にはもう今日夜遊ぼーって送ってあるから。いつものカフェに5時で」
「……」
今すでに13時。移動に急行を使っておよそ30分。主賓を待たせる訳にもいかないから一時間前には出たい。所要時間はおよそ3時間。
「……3時間しかないんだ」
「華波はハイセンスだからねー」
ザックリした彼女は中々凄いカッコをしてくる。
理奈は黒いスカートに白いシャツに赤いカーデを羽織り、ハットを被っている。
櫻子は赤チェックのパンツに派手なプリントの施された黒いシャツを着てる。スタッズのベルトにエンジニアブーツでロックに仕上げてる。
お互いに見て、センスがないとは思わない。だが、華波のセンスは二人にはよく解らないものがあった。
最近で一番驚いたのは、ゴツいネックレスだと思ったら、 ウォレットチェー ンをネックレス代わりに着けてた時だろうか。
それがまた調和しているのだから凄い。
「何がどうなったらあれが似合うの?」
「さぁ、あたしにも理解出来ないし、度胸がないって、あんなの付けるなんて。バッグ用のアクセが関の山」
「私にはそれも無理ね」
「だろうね。何あげようか」
「うーん」
華波が喜びそうなものないかなー、いくら考えたって思いつかない。何があるんだろう。
「あ!」
櫻子が名案!と言わんばかりの声を発する。思いついたの?理奈が聞くよりも早く。
「お姉ぇちゃんを1日好きにして良しって!」
「さて、探しに行こうっと」
「あ、ちょ、無視しないで」
跳ねるように櫻子が後を追う。まったく、どうして、とこぼす。
歩き回る事、1時間半。二人は再びノックアウトしていた。
「ダメ、華波の喜びそうなものが、全く解らない……。……疲れた」
櫻子の言葉に、理奈は賛同する。考えて歩き回り、かなり疲れてしまった。いったい何をあげれば……。
「……あ」
理奈が声をもらす。あれなら、と立ち上がる。
「何々?思いついたの?」
「うん。あれなら喜ぶんじゃないかなって」
理奈が一人で進み始めると、櫻子も立ち上がって後に続く。さすがお姉ぇちゃん、と上機嫌だ。だが、その店につくと、少し不安そうな顔をする。
「え、これ」
「絶対気にいるよ」
理奈の言葉に、櫻子は戸惑うものの、理奈の説明を聞いて、確かにこれなら良いかも、と同意する。
そして息抜き兼遅めの昼食をとる。頭を使ったのでお腹がすいたわけだ。二人はイタリアンに入る。櫻子はナポリタンを、理奈はドリアをオーダーする。
「いやぁ、お姉ぇちゃん、よく思いついたね」
「思いついた、というより、思い出したの方が正確かもね。あくまで、華波の発言を思い出して思いたったわけだから」
「フツー思い出さないって。結構乙女チックだし、華波も気に入るよね」
櫻子は、無事華波にあげるものが決まって大分上機嫌だ。
食事をすませて、少しゆっくりする。そうすると、ちょうど良い頃合いだった。
二人は駅に向かう。照りつける日差しは強烈でこんな日に表にいたらすぐに照りつける日差しで黒くなってしまうだろう。
混む急行でなく、各停に乗り込む。勿論その時間は買い物がギリギリにならなかったから確保出来てる。
学校からの最寄り駅に降りると、カフェに直行する。駅を出て直ぐにある角を曲がると、見覚えのある背中を発見した。
暗い青のクラッシュデニムに半袖の白いシャツ、キャップを被ってる。デニムの裾を少しロールし、ブラウンのグラディエーターをはいてる。
なんというか、そのクラッシュデニムがまた凄いもので、布地の大半は破けてる。もはやパンツという服の部類に入らないのでは、と疑いたくなる程だ。
そして、首にはゴツいチェーンが見える。
「……やっぱり凄いね」
ボロリ、と零れた櫻子の感想には同意するしかなかった。驚きにも最近次第に耐性がついてきていて、復活した櫻子は走りだし、華波の背中に飛びつく。
「うわっ!櫻子!」
「アハハ!華波おはよー!」
「ちょ、いつもの仕返し!?このっ!」
回された腕を掴んで櫻子をぶん投げる。それでも安全面は考慮したのか、櫻子は足から綺麗に着地する。
「……おお……」
これにはさすがの櫻子も肝を冷やしたみたいで、理奈の背中に隠れる。
「お姉ぇちゃん!華波がイヂメる!!」
「あ、櫻子っ!」
それを見た華波が非難するように言う。胸元の、ウォレットチェーンに繋がれたこれまたインパクト大なクロスが、重たそうに揺れる。
「はいはい。おはよう、華波」
櫻子の頭を撫でながら理奈が手をふると、きょとん、として、次には花のような笑顔を浮かべる。
「おはよう、お姉ぇちゃん」
シュタッ!と右手をあげるさまは、さながら子供だ。それをついつあ可笑しそうに笑ってしまう。
「ん、なに?なにがおかしいの?」
「ううん、なんでもないよ」
「あんたが子供っぽいからだよー」
「アハハ、黙れ」
真顔で毒を吐き捨てる。滅多に出ない華波の毒に二人して驚く。それに気付いた華波が手をふる。
「なんか、最近ちょっと変でさ」
そういって笑う華波は、いつもより、少し無理をしているようにも見えた。理奈がそう思った次の瞬間には華波はいつも通りの華波になっていた。
「あれ?お姉ぇちゃん買い物してきたの?」
華波が理奈の持つ紙袋に気づく。
「うん、少しね。立ち話もなんだから、カフェに行こ 」
と言っても、カフェまで大した距離はない。その間、櫻子と華波が大きな声で他愛もない話をしている。相も変わらず、挟まれてる理奈の耳はまたしても耳鳴りがする。お願いだから二人とも声のボリューム落として。
カフェにつくと、櫻子と理奈はコーヒーを、華波はそれに加え、間食と称してトーストをオーダーする。
マスターが豆を挽き、コーヒーをドリップする。もう気温が高くなりつつあるが、理奈だけはホットコーヒーだ。コーヒーはホットが一番好き、とのことで。ちなみに華波は猫舌のために年中アイスだ。そして櫻子はなんでも飲む。
「っていうか櫻子、あんた当日に呼びつけるってどういうつもりなの?」
「いやー、華波なら暇かなって」
「あたしだって色々あんだからね~」
お姉ぇちゃんはそんな事思ってないよね?振られた理奈はどうだろうねー、とお茶を濁す。目に見えて華波が拗ねる。二人から視線が外れた時、櫻子が目配せする。
「あ、そうだ。華波」
「暇人のあたしに何さー」
「誕生日、おめでとう。私達二人から」
机の上に買ったばっかりの紙袋を置くと、華波がきょとんとする。そして首を傾げてから、あ、という顔をする。
「あ、忘れてた」
その発言に、苦笑してしまう。自分の誕生日なんて、えてしてそんなものだ。
だが、忘れ去ってた事もあってか、華波は凄く喜んでるみたいだ。
「うわー、うわー。何かな?見てもいいかな?」
本当に子供のようなはしゃぎっぷりだ。櫻子が笑いながらいいよ、と言うと、華波は大切そうに中身を確認する。
「……アロマ、ランプ?」
首を傾げる。しばらく考えたらあと、驚きとも、笑顔ともとれる表情になる。
「うわー、うわー!欲しかったんだよねー、アロマ!」
理奈が選んだ店はアロマショップだ。
プレゼントにアロマを選んだのは、以前華波が最近疲れっぽい、リラックスしたいと言っていたのを思い出したからだ。
結果はかなりよかったみたいだ。華波は紙袋を後生大事そうに抱える。
「お姉ぇちゃんも櫻子もありがとう。大切にするよー」
泣きそうな顔で笑う。感無量といったところなのだろう。
ちょうど、マスターがコーヒーを運んで来た。テーブルの上にコーヒーをおいて、華波のトーストを置く。そして最後に、頼んだ覚えのないケーキが、小さめだが、ホールで置かれる。
「え、ケーキなんて頼んでないよ、マスター」
華波がオーダーミスをつたえると、マスターは何も応えずに、そっとケーキの上を指す。
「あ」
ハッピーバースデーと筆記体で書かれてる脇には、拙いながらも櫻子と理奈の似顔絵が描かれてた。
「お二方から、です」
そらだけ伝えると、マスターは静かにテーブルから離れていった。
ケーキから顔をあげると、にこやかに笑う二人の顔があった。
「……どんだけ」
華波かボソリと小さく言う。
「どんだけサプライズ用意してあんのさー」
目尻を拭いながら、華波が言う。ケーキをスマホで撮影すると胸に手をあてる。
「親友二人に祝われて、あたし本当に幸せ」
華波はケーキにナイフを入れて三等分する。
「お姉ぇちゃん、ありがとう」
1つを理奈の前に。
「櫻子、ありがとう」
もう1つを櫻子の前に。
「本当に」
そして、自分の分。
「ありがとう」
櫻子はサプライズの成功によし、とガッツポーズを取る。一方で、理奈は違和感を拭えない。
なにか、ある。
そんな、疑問。
恐らく、華波は今何か悲しい目にあってる。らしくない、違和感。ホットコーヒーを飲むカップに、アイスコーヒーが入ってるような。
だが、それは今問うべきでない。理奈は疑問を一度心の箱にしまうと、華波の誕生日を、改めて祝福する。
他愛もない、会話。
気兼ねしない友達。
それを、堪能する。
時間はあっという間に過ぎるもので、気付けばカフェの閉店時間になっていた。
櫻子とは駅で別れ、華波と電車に揺られる。華波は、紙袋を抱きしめながら、あれやこれやと話かけてくる。
違和感こそあれど、華波の言葉の中にヒントは伺えない。
改札をくぐると、そこで二人は別れる。理奈は南口、華波は北口だ。
「じゃ、お姉ぇちゃん、また明日ね」
シュタッ、華波は手をあげて挨拶する。そうした日常的な行動の中に、影はまったく見受けられない。
「あ、華波」
そこで理奈はバックの中から、小さな紙袋を取り出す。そして、それを華波に渡す。
「改めて誕生日おめでとう。それは私から」
「……え、あれ?」
華波はアロマの入った袋を眺める。
「それは今日櫻子に誘われて二人で買ったの。今のは少し前に、華波が喜ぶかなって、買ったの」
理奈にとって毎年訪れる日。それを忘れる事はない。理奈は事前にすでに華波へのプレゼントとして買っていたのだ。
櫻子の前では言い出しにくかったので、このタイミングになった。
「見てもいい?」
華波はウズウズしている。良いよ、と両手を向けて答える。
中には、黒地にピンク色の花をあしらった、シュシュだ。
「可愛い」
「気に入ってくれたならなにより」
華波はキャップを外すと、今まさに貰ったシュシュで髪を結わく。可愛い?可愛い?と跳ね回りながら尋ねる。
「可愛いよ」
予想の遥か上を行く喜びように、笑いながら答える。華波はえへへ、と笑う。
「嬉しいな、お姉ぇちゃんが前もって用意してくれたなんて」
「ヘアアクセなら、何個持ってても困らないでしょ?」
「お姉ぇちゃんから貰ったものならなんでも嬉しいよー」
ありがとー、華波がぎゅーっと、理奈に抱きつく。こらこら、と困り顔になるが、頭を優しくポンポンとする。
「……お姉ぇちゃんは、いつでもあたしの味方だよね」
「ん?うん、味方だよ」
「……ありがと」
そう言って離れた華波の顔は、どこか寂しげだ。
「華波?」
「ありがとう。また明日ね!」
理奈の呼び掛けに、応ずる事なく、華波は跳ねるように走り去っていった。
「車に気をつけるんだよー」
手を拡声器代わりに使って、注意を促す。へーき、へーき!と返事が来ると、理奈も帰路につく。
華波が、何かを抱えているのはもう確定だろう。だが、それを自分にも言わないというのは、どういう事なのだろう。それ程、話す事に抵抗があるのだろうか。
「……」
理奈は華波の身を案じながら、帰路につく事にした。
全くらしくなかった。全てが空回ってる気しかしない。
それでも、幸せというのは訪れるのだから不思議だ。
華波は家に帰ると、早速アロマを焚く。心を落ち着かせる効能があるらしい。
確かに落ち着く。まるで、二人といるかのようだった。
香りに包まれながら、華波は眠る。
今日くらいは、幸せな夢が見れそうだ。
叶うならば、この幸せがいつまでたっても壊れないで欲しかった