第六限ー理奈と失物
彼女は元々サッカー部のレギュラーだったらしい。だが、櫻子同様に厳しい家計だったらしく、アルバイトと部活、勉強を両立する努力家だったようだ。櫻子には、是非勉強面を見習って欲しいものだ。
だが、父親が事故で入院したために、今年度に入って少しして退部したらしい。それは、今年引退した三年の部長にのみ言ったらしい。周りの部員に心配されたくなかったらしい。
その部活に当ててた時間をアルバイトに回して家計を支えるようになって少しした頃、今回の事件が起きたと言う。
物の紛失。最初は自分の不注意だろう、部活と違い夜までやるアルバイトで疲れてるのだろう、と言い聞かせたらしいが、全く直る気配がないらしい。
「お金はあまり持ってないし、こんな事もあるから、定期と一緒に肌身離さず持っているんですけど」
クラスの友達は純粋に心配してくれてると言う。
「中々、陰湿ね」
理奈は辟易する。華波同様にこういう話しが大嫌いなのだ。
「紛失は学校でだけ?」
「はい、バイト先では大丈夫です」
「なら学生かな。けど、クラスの子が心配してくれてるんだもんね?」
「はい」
「失礼だけど、男性関係は?」
「フラれるばっかりで」
苦笑しながら言う。何故この代の女子はフラれる。理奈は溜め息を思わずついてしまう。
「近藤さんには相談した?」
「え、なんで彼女が出て来るんですか?」
「現サッカー部の部長なんだって」
「そうだったんだ。……けど、あたしはサッカー部とはもう関係ないので」
少し寂しそうな笑い。未練がないわけではないようだ。
「とりあえず、あなたのクラスの子にあたってみようかな」
「え、あたしの、ですか?」
「そう、あなたの。あなたが気がつかない、どうでも良い事に気付いてるかもしれないから」
「どうでも良いなら」
「どうでも良いと思ってるところに落とし穴があるの。……華波。コーヒー飲んじゃって」
「……ん」
華波は自分の手元を指さす。カップはもう空だった。理奈は自分のと華波のカップを手際良く洗う。
時間はまだ8時15分。授業が始まるまでにはまだ余裕がある。
理奈は華波を引き連れて、関元に案内をしてもらう。教室は2-A。理奈達は2ーCだから2個隣の教室だ。何の因果か、今朝相談に来た近藤もまた、このクラスにいた。少し驚いてるようだ。
教室をくぐると、ざわめきが起きる。いくら同学年と言えど、この学校はクラス替が三年生の時一回あるだけなために、同学年でも知らない生徒が多い。
もっとも、頼りになる理奈と、金魚の糞である華波は有名なのだが。
それでも、二人は少し奇異の視線にやられる。
モデル体型の華波は羨望の眼差しで。
頼りになると評判の理奈は好奇の眼差しで。
「和乃ー、有名人二人も連れちゃってさ、どうしたの?」
「少し話を聞きたくって」
和乃の友達とおぼしき集団からの問に答えたのは理奈だ。理奈の一言でああ、という顔になる。苦々しい表情。椅子を勧められて腰をかける。華波は理奈のすぐ脇に立って集団を観察している。
「関元さんの物の紛失について。知ってる事があったら聞きたいんだけど」
集団の人数は三人。和乃を入れて四人。顔を見合せる。和乃に話したの?と聞きそうな顔だ。
「知ってる事、気付いた事、ちょっとした、違和感や、その前後のどうでもいい話しで良いので」
彼女達は少しずつ、あれこれ話してくれた。
「無くなってるのって、ノートとか教科書だよね?」
「筆記用具も」
「あ、そうか」
「だから、荷物が多い時とかは、あたしらの机に隠したりしてるよね」
彼女達の話しは、確かに和乃と同じだった。全く進展がない。
「時期は、いつ頃から?」
「今年入って、少しした頃?」
「具体的に」
「ええっと、確か……今7月で、5月の終わり頃だったよね」
「そう」
そこで理奈は考え込む。引っ掛かるものがあったようだ。
「森下さん」
話しかける声にも気付かない。華波があー、という顔をする。
「森下さん」
パンッ!華波が理奈の前で猫だましをすると、驚いた顔をしてる。
「お姉ぇちゃん」
華波が理奈の後ろの方を指さす。振り向くと、女教員が教卓に立ってこっちを見てた。
「あ」
「森下さん、また相談されてるの?」
「行こ、お姉ぇちゃん」
華波が笑いながら理奈の手をグイグイ引いていく。その光景に笑いが起きる。頼りになると評判の理奈が、馬鹿で美人の華波に引かれてる光景は確かに滑稽だ。お姉ぇちゃんと華波が呼んでるのに、まるで華波が年上のようにも見える。
「……」
理奈は授業を受けながら、和乃の事件について考える。
もしかして、と思うものはある。
だが、それで良いのかと。
いや、理由がなんであれ、人のものを勝手に持ち出すのが良い事な訳がない。
「これは、暴かないと」
「森下、この問題解いてみろ」
「……」
黒板の前にまで行って、サクッと問題を解く。
必ず解く。
犯人を、どうやって摘発するか、理奈は考える事にした。