第五限ー理奈と新たな来客
その日も、彼女は家庭科室にいた。家庭科室で、コーヒーをドリップしている。いつも通りの光景。
そう。その彼女の前に、見知らぬ女子がいるのも、いつも通りの光景。
またか。理奈は、目の前の生徒がビビる量の砂糖とミルクをコーヒーに投入しながら、嘆息する。
「お願い、森下さん!!」
「……」
平穏は、いつ訪れるのだろう。教室の隅で、華波が敵意に満ちた視線を訪問者に送るのも、いつも通りの光景。
「えっとね、近藤さん。私は別に便利屋でもないし、探偵でもないの。お願い事があるのは解ったけど、お願いをいちいち受けてたらきりがなくてね?今14日だけど、あなたで三人目。学校のある日で数えたらまだ10日。私は滅私奉公する気はないの」
「そーだ、そーだ!お姉ぇちゃんの至福の」
「華波は少し黙っててねー」
「……」
理奈になだめられ、華波がショボくれてホットコーヒーを飲む。
話しはこうだ。彼女、近藤は女子サッカー部で、この間引退したばかり三年生から部長の座を引き継いだ、新米部長なのだ。
そんな彼女が率先して、今までやられてなかった備品の管理を始めると、幾つかの備品が足りない事に気付いた。
今まで、備品管理は年度頭、新一年生が入る前に見るだけ。足りない備品があればその時補充するというものだったらしいのだが。
「最近足りない事に気付いたんだ。新一年の中でもやっぱり辞めてく連中もいる。そうすると備品が余るハズなんだけど、余らないどころか、足りなくなってて」
「野外活動をした時に忘れてきたんじゃないの?」
やる気のない理奈が適当に言う。その声を聞いて、華波が隅で笑う。やる気がないのは筒抜けだった。
「そんな事はない。外でやるときは、自前のものしか使わない」
「ふーん」
理奈は二杯目を入れる。近藤は、次第に理奈の態度を、面白くない、と思い始める。顔が険悪になってくる。
「やる気のない部員は?」
「そもそも、そういう連中はそうそうに辞めて行ったよ」
「練習にあまりついて行けてない部員」
「熱意はある。そういう部員は練習が終わった後あたしを引き留めて居残り練習を自発的にしている」
ピタッ。理奈のコーヒーを混ぜてた手が止まる。スゥッ、と背けてた顔を近藤に向ける。
「な、なに?」
「居残り練習は、全員が自発的に?」
「あ、ああ」
「いや、さすがに違うかー。さすがに論理的じゃないかな。問を変えるね。備品は、誰が補充してるの?」
「顧問」
「備品補充は、顧問一人がやっていたの?」
「そうだけど」
「その帳簿、見た事は?」
「ないよ。今何が幾つあるっていうのが記されているだけのリストを見て、数えるだけ」
「それ、やるって言った時、顧問のリアクションは?」
「え?……んー、なんか、妙にやらなくて良いんじゃないって雰囲気だしてたけど」
「備品ってさ、ボールだけじゃないよね」
「そうだね。ウチは冷却スプレーとかも備品として揃えてくれるよ」
「ボールって今綺麗?」
「新しいのもいくつかあるけど、使いふるしのボロいの」
ふーん、理奈はコーヒーを飲む。
「顧問の先生に、帳簿を見せて貰ってきて。特にボールが最後いつ買われたのかをね」
「え?」
近藤が、驚く。理奈の口振りでは、顧問が犯人だと言っている。
「待って待って!先生がボール盗んでどうすんの!?」
「私の予想では、盗んでるのはボールじゃないよ」
「え?」
「買ったハズのボールが買われてなかったら、どうなるかな?」
「……あ!」
「そういう事」
盗んでるのは、部費。架空の購入記録をつけて行くうちに、在庫が合わなくなったのだろう。
前は年一回の確認だったから若干のミスは見逃されてたものの、この部長になってから短いスパンで行うようになって、発覚したのだろう。
度重なる横領で生まれた隙は、この部長の生真面目さでボロが出て、理奈にそこを突かれる事になった。
「……ありがとう」
近藤は思いもしなかった現実を突きつけられて、沈んだまま出て行く。華波が下らない~、とぼやく。
「それにしても、お姉ぇちゃん、今日はやけに攻撃的だったね」
「本当?あまり自覚はないんだけど……。少しイライラしてるのかも」
お姉ぇちゃんがイライラァ?華波が驚いて目を見張る。
「うん、最近華波がしつこくつきまとってきて……」
「ぶ~」
「冗談だよ」
クスクスと笑う。ああ、いつものお姉ぇちゃんだ。華波はホッとする。正直、さっきまでの理奈が怖くて教室の隅にいたのだ。
華波はようやく訪問者が消えた事でいつも通りになった理奈のそばに寄る。隣の席を陣取ってコーヒーを楽しむ。
「で、イライラって、なんで?」
「最近相談事が多くて」
「お姉ぇちゃん頼りにされてるもんね」
「されすぎるのも問題だと思うけどね」
すると、教室のドアがノックされる。華波が露骨に嫌な顔をする。
「すみません、森下さ」
「森下さんはいないよぉ、帰って帰って」
華波が開きかけたドアを俊足で閉めに行く。
「え!?あ、ちょ、待って!いるでしょ、そこに!」
「あそこにいるのはあたしのお姉ぇちゃんでーす」
「はぁ!?あにたが森下さんをお姉ぇちゃんって呼んでるのは知ってんのよ!」
「華波、通してあげて」
「……」
アヒル口になってた。拗ねてる拗ねてる。頭をよしよし、と撫でてやる。
「で、あなたは?」
「あ、初めまして。2-A組の、関元和乃です」
「名前は知ってる。学年テスト10位内のあなたがどんな用?って聞いてるの」
「……実は」
話しが始まると、機嫌の悪かった華波も少し雰囲気を丸くする。
それは、一見するとイジメであった。
学校にノートをおいて帰ればそれらが無くなっており、体育で荷物をおいておけば、何かしらかが無くなっているという。
現金や定期といった、貴重品の類いは無くなってないという。
「毎回という訳ではないんです。たまに。けど、ある程度のスパンで。最初はイタズラかと思ったんですけど、周りの子とかは知らないって言うし、いつも仲が良くて心配もしてくれてて」
「ふーん、なんだろうね」
理奈は頭を悩ます。貴重品が無くなるのは解る。だが、ノートが無くなるとは、どういう事だろう。
「……お姉ぇちゃん」
華波が口を尖らせながら首を縦にふる。
華波の仕草に思わず失笑してしまう。来る時は散々拒んだ割には、今回の事には比較的協力的な姿勢を取っている。
「もう少し、詳しく聞けるかな、和乃さん」
今回は、協力的に協力する事にした。