第四十二限ーけーの苦悩とそして……
いつもの喫茶店に来るなり、けーはテーブルに突っ伏した。マスターは何も言わずに水をコトッと置いて立ち去る。周りでたむろしてたメンバー達は、今朝までの楽し気なSNSのメッセージから一転したこの落ち込みっぷりに、何も言えずに黙って顔を見合わせる。光希がミーミーと泣きながら頭をペシペシと叩くが、無反応だ。けーが構わないので、光希は早々に他のテーブルの客のところに向かい、愛嬌を振りまく。
「……」
嫌われた? 解らないが、怒らせたのは事実だ。かなり怒っていたように見受けられる。少し顔を上げると、他の客に愛嬌を振りまいている光希が映る。羨ましい。俺もああやって愛嬌を振り撒きたい。振り撒いて受け入れられるならば切に振り撒きたい。だが、それをプライドが邪魔をする。
なんで、あんな風に壁を作っちまったんだ。夏樹に素直に言えって言われたのに、そのアドバイスを完全に無視した行動をとって、この有り様だ。これなら、夏樹の言う通りにして困らせる方が、よっぽど正解だっただろう。うん、完全に失敗だ。胸の中がモヤモヤする。一人で頭を抱えて悶える。あの視線、あの言葉は、今までの中で一番大きなダメージだった。
「まぁ、こうなるんじゃないかとは思ってましたよ、けーさん?」
夏樹が向かいの席に腰をかける。唐突の出現だったが、けーは特に驚かない。驚く余裕がない。
「んだよ、夏樹ィ……。笑いに来たかよ……?」
「そんな事しませんよ。ただ、なんとなくそろそろここに来るんじゃないかと思って来ただけですね。いなかったら上手く行ってるって安心出来たんですけど、その様子を見ると相当失敗したみたいですねー。……マスター、ブレンド二つ」
夏樹はタバコに火をつける。けーの性格を考えて、あんな助言をしたところでこうなる事は目に見えて予想していた。だが、まさか見事こうなるとは。火事場の馬鹿力を見せて欲しかったところなのだが。
「けーさんは、考え無さ過ぎなんですよね」
「んだよ、それ」
「俺が思うに、理奈さんはもうある程度けーさんの気持ちには気付いてます」
「……え」
「ただ、人の気持ちというのは、人の行動以上に解りにくい。理奈さんはけーさんが自分に対して何か特別な感情を抱いているのを知ってはいるけれど、それが好意なのか、嫌悪なのか解らない。とくにけーさんはつれない態度を取り勝ちですからね。照れ隠しを照れ隠しとして判断するにはけーさんの言葉が突き放し過ぎているんです。……なんて言ったんですか? 理奈さんに、水族館で」
「……思ってる事全部言っちまったら人間上手くいかねェって」
「けーさん、それ、マイナスの印象与えるにはうってつけの言葉ですよ。好意だとは誰も思わない。何か相手を不快にさせる言葉を言い淀んでるとしかとれません。理奈さんが怒るのも、無理ないですよ」
「……ぐ」
「俺達にはそれで良いですよ。俺達がけーさんに歩み寄ってるんですから。……けど、理奈さんは違う。むしろけーさんが歩み寄りたいのでしょう? なのに、それはないですよ」
「……じゃぁ、なんて言えば良かったんだよ、あん時によ」
「普通に、思ってる事を素直に言えば良かったんですよ、素直に」
二回言われた。念を押されたけーは、自分の行いをさらに悔やむ。確かに、素直になれずにこういう事態になったのだから、夏樹が嫌味のように言うのも仕方無い。
「俺が思うに、理奈さんは恐ろしく鈍感です。自分がどう思われてるとかを、行動等から推測するのが恐ろしく苦手です。それは、ある意味で華波さんのせいですね。小さい頃から大好き大好きと言われ続けてたのでしょう? その一方で、人の変化に気付くのは得意です。俺だって、理奈さん相手に隠し事出来る自信なんてありませんからね。そんな理奈さんに隠し事、素っ気ない態度、先程の言葉……悪い方に捉えるのは仕方ないのではないですか?」
何も言えない。夏樹の言う事は、どれも正しいように思える。あの時、素直に自分の気持ちを言っておけば良かったと、改めて後悔する。素直に慣れなかった自分を、とてつもなく恨む。
「……謝って来る」
「謝るだけなんですか?」
夏樹が大袈裟に驚いた素振りを見せる。素直に自分の気持ちをぶつけて来いと、言っているようにしか聞こえない。
「言って来るよ! 言ってくりゃ良いんだろ!?」
「別に、けーさんが素直になるかならないかはけーさんに任せますよ」
「……テメェ」
けーが睨むが、夏樹はニコニコと笑っているばかりだ。
「この変態マスク野郎」
「さて、誰の事でしょうかね」
夏樹はサラッと言葉を避ける。これだけ言いたい事が言えたら、どれだけ楽だっただろうか。けーはコーヒー代をテーブルの上において、そそくさと喫茶店を後にする。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」
夏樹はコーヒーを傾けながら、呟く。
「……マスター、このコーヒー、いつもと違うね?」
「ん? けーが苦い思いしてたからマイルドなのいれてやった」
「……全く、世話が焼ける方だ」
「夏樹も苦労してんなー」
「ええ、お互い様」
やれやれ、と二人は肩をすくめる。
冷たい視線はまるで氷の様。
貫くように射抜く様は、ナイフか弓か。
無表情なその顔はまるで能面の様で。
理奈の怒りっぷりを改めて痛感したけーは、さすがに戦々恐々とする。このまま逃げてしまいたいくらいだ。二人の間の門は、まるで心の絶壁の様に感じられる。だが、それでも家から出てきてくれた事はけーからしてみれば救いだった。
「なに」
低く冷たい声。ツンドラよりヤベー。けーは乾いた笑いを浮かべる。これは、文句を言う為に出てきたと言われれば納得してしまうような声色。
「いや、その、さっきは悪かった」
「なにが」
突き放す態度はツンドラなんかの比ではなかった。けーは気圧されないように、踏ん張る。
「俺、理奈のキレるような事言っちまってよ。けど、違ェんだよ? 理奈の事が嫌だった訳じゃねェ。むしろはしゃいでるとことか見れて楽しかったんだ。……ただ、言いたい事って、口に出すの苦手でよ。……今、夏樹に素直になって来いって言われて来たんだ」
「夏樹さんに言われて来たの?」
「いや、このままじゃいけねェって思ってよ? 夏樹は、背中押してくれただけっつーか……。言いたい事、言いに来たっつーか」
歯切れの悪いけーを見て、理奈が眉を寄せる。チラチラと周りを気にしたり、小さくなってるけーを見て、理奈はだんだんと不憫に思い始める。深いため息一つついて、家を指差す。
「上がってく? 言い辛そうだし」
「……」
上がりたいような、逃げ道がなくなるような、微妙な狭間にけーは揺れ動くが、腹を決めるためにも、上がる事にした。
「座る?」
「いや、良い。どーせ、んなにかからねェ」
もう、逃げられない。腹は決まった。
「本当に、さっきは悪かったな。俺ァ自分の思ってる事、口に出すの苦手でよ? んで、俺は態度がつんけんしてんし、隠し事してる上にあんな風に言われりゃ怒って当たり前って夏樹に言われてよ。だから、その事謝りに来たっつーか、思ってる事言いに来たっつーか」
「私も、悪かったわ。尋問みたいな真似しちゃって。ごめんなさいね。言いたくない事くらい、あるわよね」
「言いたくないっつーか、言い辛いっつーか……」
言い淀む。全然決心出来てなかった。けーはその事にハッとすると、自分の顔を思いっきりひっぱたく。まるで眠気でも覚ますかのようなその仕草に、理奈がぎょっとする。けーはきっと理奈を睨むように見る。
「俺、理奈ん事好きだ」
「……」
「……」
「……」
言ってしまった事への後悔と安堵感。血の気が引く感覚にも近く、それでいて温かい飲み物でも飲んだような温もり。そして、黙り込む理奈の回答はなんだろう、という不安。色々なものが、ごちゃまぜになってけーの中で溢れる。
「……」
「……理奈?」
「えっと、私もけーの事は好きだけど、わざわざそれを言いに来たの?」
あ、友達の好きとして取られた。伝わってらず、けーは腰が抜けそうになる。
鈍感。夏樹が理奈の事をそう言ったが、これは本物だと、けーは目眩を覚える。そして、
「……そう、それだけ言いに来た」
ラブを、ライクにすり替える事にした。
再び喫茶店で、けーは頭を抱えていた。そして、事の顛末を聞いた夏樹は、腹を抱えていた。
「アハハハハ!! けーさん、なんですか、それ!? いつからそんなヘタレになっちゃったんですか? これはもう平和ボケというしかないですね」
夏樹の笑い声が店内に木霊す。けーは何も返せない。臆病風に吹かれた自分が、あまりにも情けなさ過ぎた。
「まぁ、言う事言ったんですし、良いんじゃないですか? で、理奈さんはなんて?」
「……けーはいつも男の人ばっかりといるし、女友達が恋しくなるのは仕方ないよねって……。……俺だって女友達くらいいるわ!!」
「こればっかりは仕方ないですねー。いやー、けーさん、笑わせてくれますねー。本当、面白い人ですよ、けーさんは」
「オマエ、馬鹿にしてんだろ?」
「ええ、今回に関しては」
普段ならひっぱたいてしまうところだが今回は自分に非があり過ぎて何も出来なかった。けど、前よりは進展した気がする。少しづつ素直になっていこう。
「このままだと、十年後になってしまいそうですがね」
「ウルセー! 馬鹿にすんじゃねェ!こうなりゃチョイチョイッ! だっつーの!?」
「どうですかねー? そんな状況になって臆病風に吹かれたけーさんが言っても、あんまり説得力がありませんねー?」
ぐっ、痛いところを突かれる。悔しいが夏樹の言う通りだ。あんな状況で臆病風に吹かれた自分を、撲殺したいくらいだ。
「チクショウ! 夏樹ィッ! 今夜ァパレードだ! メンバー集めろ!」
「けー、最近ケーサツがウチの店使ってるから、あんまり大きな声でそう言う事いわねー方が良いぞー」
「ケーサツがナンボだァ!? あんな連中入って来たら気配で解るわ!」
「解るんですか?」
「解る。歩き方とか、振る舞いで」
いぶかしむ夏樹に対して、けーは自信満々に応える。歩き方や振る舞いで大体解るというのが、また説得力がない。
「全く、どういう生活してるんですか」
「オメーだって何度か補導食らってんだろ」
「まぁ、あの頃は荒れてたので」
「夏樹は凄い荒れ方してたよなー。カチ合ったら皆殺しとかって話聞いたぜ?」
「マスター、それは昔の話ですよ~。今は穏便に一撃打倒ですよ」
「それはそれは。なんとも物騒な事で」
マスターは、肩をすくめてそっとネコ達にえさをあげた。




