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第四十一限ーけーの苦悩と水族館

 ビシッとけーは服装を決める。あの後連絡をとって、次の休みに遊ぼうと約束したのだ。いつも通のデニムにシャツという出で立ちだが、ブーツだけは理奈が選んだ、あのときのブーツだ。

「やっぱ、女のカッコは俺の性には合わねェ」

 背を除けば男勝りな外見で、けーはバイクに飛び乗り、理奈の家に向かう。途中でのパトカーとのカーチェイスをぶっちぎり、家の前につく。

「おうっ! 理奈ぁっ! 迎えに来たぜ!?」

「そんな大声ださなくても聞こえるわよ」

 玄関で理奈が出迎えてくれた。けーに合わせて下はパンツだ。

「今日もばっちり決めてんな」

「いつも通りよ」

 そういう自分も、さしていつも通りと変わらないのを、けーは思い出す。理奈にメットを渡して、理奈がまたがるのを待つ。

「どこ行くの?」

「んー、適当に水族館ってのに行ってみたくてよ」

「なに、そのデートチョイス」

 クスクスと理奈が笑う。けーは少し気恥ずかしさを覚える。

「んだよー、ゲーセンとかの方が良いかよ?」

「いいえ、水族館で良いわ。けー、ゲームセンターとかに行くと、喧嘩しそうだから」

「よくお解りで」

 ゲームセンターに行ったら、大抵喧嘩をするが、それもゲーム感覚だ。H市内では、よく勝敗を賭けて喧嘩をする。大抵けーが喧嘩する方になると、賭けが成立しないから、何かしらのハンデが加わるが。

 都心部の巨大な水族館に二人で向かう。デートスポットとしてよく使われるそこには、多くのカップルがいるが、女性のグループというのも少なくなく、二人の姿はそれほど違和感なくとけ込んでいた。入場チケットを買う時に、バイクに乗っていたという中年男性係員とけーとで、バイクトークに花が咲く。とくにけーのバイクは旧車でかなり有名なバイクで、あの音を聞けたお礼にと、チケットを安く、小学生用のを差し出された。ヨシウラ集合直管だぜ! とけーが楽しそうに言うと、露骨な違法改造に、理奈が冷たい視線を向ける。

 中に入ると、けーが目を輝かせた。理奈はその光景を珍しそうに眺める。あっちへこっちへと、次々に楽しそうに見ている。

「おー、水族館なんて、初めて来たぜ?」

「そうなの?」

「おおよ、記憶にあるうちは、だけどな」

 もしかしたら、忘れてるだけかもしれない。けーは思い出そうと必死になる。

「いや、大丈夫。行った事ねェはずだ」

「別に、どっちだって良いわよ。けーと来るのは、初めてだし」

「あん? 他の誰かとは行ったのかよ?」

「うん、櫻子と、華波と三人で」

「仲良いなー、オマエ等」

「学校も同じだしね。ちょっと前までは和乃も入れて四人で遊んだりしたけど……最近和乃は夏樹さんとばっかり一緒にいるし、櫻子も今の彼女で忙しいみたいだから、どうしても華波といる事が増えてるのよね」

 そこに、自分の名前が無く、胸がチクリと痛む。

「いや、いーんだ。今日はこうして二人なんだから」

「何一人でボソボソ言ってるのよ?」

「な、なんでもねーよ?」

「ふーん、怪し~?」

 理奈は意地悪気に笑う。見透かされていない事に、けーは安心しながらも、自分の小心っぷりに落胆する。

「見てよ、けー。大きいわよ、この子」

「おお、ヒラメか?」

「……マンボーでしょ……」

 なんでヒラメが水族館にいるのよ。理奈は額を押さえる。

「ハハハ、コイツ、目が可愛いな」

「魚って、結構可愛いわよね」

「おお、寄ってきた、寄ってきた」

「フフ、けーの事、見てるわよ。不思議そうに」

「あー? 俺のどこが不思議よ?」

「男の子なのか、女の子なのか解りにくいところかしら?」

「へー、へー。どーせ男勝りですよ」

「冗談よ。充分可愛らしいわ、けーも」

「理奈にそんな風に言われってもなー? オマエの方がよっぽど可愛らしい乙女じゃねェかよ? 花愛でたり、よ?」

「けーだって、花梨の手入れした花壇みてたじゃない」

「あれはスゲェよ」

 ポンポンと言葉が出て来る。次々に出て来る言葉達を、けーは内心で嘲笑う。本心を隠した滑稽な言葉たちだ。泡のように出ては消えていく。無意味な言葉。さっきの係員との話の方が、よっぽど本心を語っている。

 かけたい言葉は、こんなものでは無いはずだ。男勝り? 可愛らしい? 違う。女々しいだけだ。前に決めた、見守るという自分の決心が、揺らいでいるのを、こうやって上辺の言葉ばかりを語り隠す。夏樹からの助言があったにも関わらず、素直になれやしない。

 卑怯者め。けーは自己嫌悪に陥りながら、楽しそうに笑いながら語る。

「けー、こっちこっち。私この水族館は初めてだけど、前々から気になってたの」

「華波とは来てねェのかよ?」

「華波、魚は見るより食べる派だから」

「ハハハ、アイツらしい」

 理奈が初めて来る場所、というだけで、少しの優越感にさえ浸る。そんな些細な事に、胸を躍らせる自分が、情けない。

「けーはなんで今日水族館来ようと思ったのかしら?」

「ああ、メンバーにアクアリウムっての家でやってる奴がいてよ? この間見せてもらったらすげー綺麗でよォ? なら水族館ならもっと綺麗かなとかって思って。なんか、雰囲気違ーけどな」

 理奈と一緒にあの綺麗なアクアリウムよりも凄いものを見たい、と思って水族館をチョイスしたのだ。その辺は照れくさいから言わずにおく。理奈に手を引かれながら、けーは水族館を回る。

「で、どこ向かってんだ?」

「なんでもここ、天井が水槽になっているとこがあるらしいわ。海の中にいるみたいな気分を味わえそうじゃないかしら?」

「へー、凄そうだな?」

 ロマンチックだ。けーはその光景を想像して、胸を躍らせる。

「うわー、なんだか、思ってた以上の迫力ね」

「……お、おう」

 天井に前後左右がガラス張りで、本当に海の中にいるみたいであった。備え付けのソファーに腰を下ろして天井を仰ぐと、そこには巨大な水槽。そこは完全な無音で、二人を圧倒する。

「……」

「ねぇ、けー?」

「なんだよ?」

「私に何か言いたい事あるんじゃないかしら?」

 理奈の直球の言葉は、まさに図星。心に隠しものがある事は、見抜かれていたようだ。

「……なんだよ、唐突によォ」

 それでも、けーは素直になれずにソファーに身体を預けたまま笑う。心にフタをする。僅かな変化でも、理奈は感じ取る。けーは極めて普段通りを演じる。数々の修羅場を潜ってきた。この程度で、揺らぐわけが無い。

「わざわざ私から聞いてあげてるのに、隠そうとするんだ?」

「だからなんもねェって」

「嘘」

 けーが理奈の方に視線を向けると、理奈は無表情でけーの方を見ていた。海のように深いその瞳に、自分の姿が映って見える。

「……」

「嘘って言った後、普段のけーならすごんでみせたはずだわ」

 カマをかけられたわけだ。けーは両手を持ち上げる。簡単に降参するのは癪だが、理奈に叶わないのは、会ったときから解っていた。

「隠し事はしてんよ。けど、それはオマエに言う事じゃねェよ?」

「どうしてかしら? 私は私に言いたい事ないの? と聞いて隠し事がある事を見抜いたのに?」

「言いたい事全部言ってたら、人間うまくいかねェだろ?」

「……上手く行かなくなるような事思っているのね」

 理奈がスクッと立ち上がる。お? けーが理奈の方を見ても、理奈は視線を向けなかった。

「そんなにはしゃいでる私が不快なら、こんなとこ誘わなければ良いじゃない」

「は? オマエ、何言って」

「帰るわ、サヨナラ。次は舎弟くんと来たら良いんじゃないかしら?」

 キッと睨んでから、理奈は立ち去っていく。

「……」

 呆然と、けーはその場に残っていた。状況を理解するのには、かなりの時間を要した。


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