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第四十限ーけーの苦悩と夏樹

 引きずってるってのか? 俺が?

「違う」

 けーはアクセルを開く。ガソリンと空気とが混じり合った混合気に火花が飛び、爆発を引き起こす。そして、さらに加速していく。

『そこの二輪! 止まれ、暴走車! 法廷速度を知らねーのかぁ!』

 後ろから、パトカーに追われながら、けーはさらに加速していく。そんな化石みたいなバイクで、逃げ切れると思うな! とパトカーから怒鳴り声が聞こえる。

「ウルセェ」

 けーはいきなりターンをして、対向車線に出る。パトカーもそれに倣ってターンしようとするが、何台かの車が通り過ぎ、けーとの距離はガクッと開く。けーはそんな事まるでもにも留めずにどんどん加速していく。

 やがて、日が暮れる。けーは高台から、町並みを見下ろす。まだそれほど有名で無い頃、他校生や上級生との喧嘩に明け暮れて、自分が何をしたいのか解らなくなった時に、よく一人でここにきた。黄昏れる町並みに、直管の音が響いている。平和なものだ。以前は、喧嘩の怒号なんかも聞こえたのに、今ではそれがない。

 それを作ったのは、自分だ。暴力で倒して倒して、積み上げてきた、平和。長物に巻かれるのが徒党を組む不良の常だ。頭を潰してその頭を従えて、さらに他の頭を潰して。この街の不良の頂点に立った。だが、それでも、手に入らないものがあるのを、けーは知っている。

 安息がないことさえ、覚悟の上だった。ただ、目指した姿に、盲進してきた結果、それすらも上回る人望を手に入れ、予想外の安息を手に入れた。だが、本当に欲しいものは、手に入らなかったように思える。

「俺が、欲しがってるもの、か」

「いたいた」

 バイクの音がして振り返ると、そこには夏樹がいた。夏樹は、白い変な仮面をつけていた。

「けーさんは、ここからの景色が好きでしたよね。いい眺めですね、本当に」

「……お呼びじゃねェぞ、夏樹。それに、好きなわけじゃねェ。……なんとなく、来ちまうだけだ」

「おっと、私は夏樹じゃありません。通りすがりのえっと、仮面×イダー? なんとなくでも来てしまうというのは、気に入ってるからじゃないですかねぇ」

「その名前はアブねぇよ、変態マスク野郎」

 夏樹のもっともらしい言葉に、返す言葉がなく、突っ込みだけを空虚に入れる。自分は、この景色を気に入っているのかもしれない。けーは視線を夏樹から、景色に向ける。確かに、良い眺めだと思うが、綺麗とか、そういう感情ではない。心に風が吹いてくる、そんな景色。苦悩や辛さを、そっと取り払ってくれるような、安心感を覚える景色だ。だが、今は全く心が晴れない。

「ああ、マスクライダーで良いですね、はい」

 緊張感もなにもない、気の抜けた夏樹の言葉。長い事夏樹は、けーの前で緊張感を作らない。自分がリラックスする事で、けーまでリラックスさせようとしている。夏樹はけーの横に立つと、そっとけーの頭に手をおいて、撫でた。

「なんだよ、この手は? 馬鹿にしてんのか?」

 視線を改めて夏樹に向ける。少しの殺意を込めるが、安堵感に、殺意は霧散していく。

「いいえ。ただ、自分のチームのナンバー2くらいには、もう少し息を抜いて接して欲しいなという願望です」

「さっきの設定、脆く崩れ去ってんぞ」

「いいんですよ、どうでも」

 顔を隠していても、夏樹の醸し出す爽やかな雰囲気は消えない。少し早めの春が来た様な気分だった。

「けーさん、俺はあなたの事が好きでした」

「知ってんよ」

「あなたの強さに惚れ込みました。強い信念に。だけど、あなたの隣にいるのは俺じゃないことは、すぐに解りました。だから、あの時言うだけ言って、返事も聞かずに逃げ出しました。俺は意気地なしです」

「そうかよ」

「けーさん、あなたが何を思って何を感じてるのか、俺には解りません。けど、あなたが悩み、苦しんでいるなら、俺は自分の幸せを投げ捨ててでも、あなたについていきます。それは、あの時、俺を救ってくれたあなたへの、恩返しだと思っています」

「和乃に俺が殺されるぞ」

「それはありえませんよ」

 夏樹はけーの頭から手を離さない。そのまま撫でているが、けーもそれを撥ね除けたりはしなかった。

「俺には、和乃がいます」

「そうだな」

「けーさんには、誰もいません」

「そうだな」

「ですが、けーさん、あなたを支えたいと思う人は、かなりの人数がいます。それは、理奈さんもそうでしょう」

「……」

「俺はあなたと比べて、少しだけ大人です。それだけの人間です。ですが、やっぱり、年上として、あなたの事を気にかけています。……辛い事があるなら、言って下さい。俺達は、同じ旗の下に集った、チームじゃないですか」

 けーは、夏樹に少し寄りかかる。その行動は夏樹にも少し意外だった。けーは少し機嫌が悪そうな顔をしている。だが、いつものように、すごんだ顔ではない。

「お前の事、殺してやる。こうやってるとこが和乃にバレて死んじまえ」

「それは怖い」

「……俺、理奈の事好きなんだ」

 ボソッと呟くけーの告白。夏樹は頷く。

「知ってます。なんとなく解ってました」

「けど、お前と同じで、アイツの横にいるのは俺じゃねェんだ」

「解りますよ、それ」

 自分もかつて、同じ事を思った。

「……俺は、どうしたら良い?」

「知りません」

「ここでそれかよ!?」

 けーはガバッと身を話して夏樹を睨む。夏樹の手が宙に浮く。

「アドバイスくれるんじゃねェのかよ!?」

「アドバイスはあげられますが、それが正解かは解りません」

「……」

「俺は、思ってる事を、そのまま理奈さんに伝えるべきなのだと思いますよ」

「簡単に言いやがる」

「ええ、言うのは簡単です。けど、俺はそれがどれだけ辛いかを知っています」

「……」

 かつて、自分がそうされたように。けーはあの時、自分が困惑したのを思い出す。好意をぶつけられるのは嬉しいが、それに応える事は出来ないのだ。

「チッ、役立たずめ」

「すみませんねー」

「けど、少し、気は楽になった。……ありがとうよ」

 けーは自分のバイクに向かって歩きだそうとしたが、その途中で足を止める。ニヤッと笑い拳を軽く握って見せる。

「よぉ、軽く喧嘩しようぜ?」

「ん~、一応不屈の名があるので、倒れる訳には行かないのですが……」

「誰も見てねェだろ?」

「そうですね。それなら、けーさんを倒してしまっても大丈夫ですね」

「ハッ、生意気言いやがる」

 けーは強く地面を蹴って、深く夏樹の懐に入ると、殴り掛からずにいきなり胸ぐらを掴む。投げ技!? 夏樹はけーの予想外の行動に驚きながらも、腰を落として警戒する。投げられたりしない様に四肢を踏ん張り。

 夏樹の頬に、軽く何かが触れた。

「……は?」

 夏樹があっけにとられる。今のは?

 ボグゥ!と強烈なアッパーが困惑した夏樹の顎に入り、夏樹はそのまま倒れ込む。

「……」

 頭の中の整理が出来ないままに、夏樹は今起きた事を必死に理解しようとする。

「じゃぁな、夏樹。今のは礼だ、受け取っとけ」

「一方的にもう貰いましたよ」

 けーが立ち去る。音が遠のいてから、夏樹は身を起こす。身を起こして、頭を抱える。そして、今の喧嘩を、けーからの礼を振り返り、頭を抱える。

「キスって、反則でしょ、それ」

 夏樹は、しばらくそのまま動けないでいた。


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