第三十二限ー早川と花梨
翌朝登校した学生は、校門のところで何事かと驚きを隠せなかった。皆思わずその足を止め、その惨状に目を丸くして言葉を失うばかりだ。
花壇の花は尽く枯れ果て、その前で花梨が嗚咽を溢しながら泣いている。
昨日まで生命力に満ち溢れ、色彩豊かだった花壇は、今や枯れてしまい、生命力の欠片も感じられないものになっていた。昨日までの印象が鮮明に残っている分、その痛しさは、あまりにも強烈だった。
「……なんで」
登校した理奈も、足を止めて驚かずにはいられなかった。だが、理奈は直ぐ様気持ちを切り換えて、花梨に駆け寄る。
「花梨、立てるかしら?」
「……理奈、ちゃん……。グスッ……私、私の、花が、花壇、が……ヒクッ」
「少し、移動しましょう、花梨」
理奈は花梨を立たせて、家庭科室につれて行く。花梨の分のコーヒーを淹れて、対面に座る。
「少し、落ち着いた?」
「……はい、すみませんでした」
目を真っ赤にした花梨はなんとか落ち着きを取り戻し、理奈のコーヒーを飲む。
その時、廊下の方からドタバタと走る音がした。華波ね、と理奈がため息をつくと、扉が開け放たれるのは同時だった。だが、扉を開けて出て来たのは、予想を裏切って早川だった。
「鮎川!なんで、どうして花壇が!?」
その時の花梨の表情は、酷く醜いものだと、理奈には思えた。
「早川くんが、何かしたんじゃないんですかっ!?」
キッと花梨が睨むと、早川はたじろぐ。こんな花梨は見た事なかったからだ。だが、売り言葉に買い言葉。早川も花梨を睨見たつける。
「ああ!?俺がんな事してどんな得があるよ!?」
「おととい、けーちゃんに怒られた腹いせに、除草剤撒いたんじゃないですか!?最低ですっ!」
「んな事しねーよ!?」
「うそよっ!うそうそうそっ!じゃぁ、なんで昨日いきなり俺がやっとくからいい、なんて言ったですか!?ねぇ、理奈ちゃんも、そう思うでしょ!?思うよね!?」
「とりあえず、花梨。落ち着きなさい。感情に任せてものを言っても解決しないわ。早川くんも、こっちに座って」
理奈に言われて、鮎川は少し俯くが、その目は、早川を親の仇と言わんばかりに睨んでいる。早川は、憮然とした表情で、花梨の横に腰かける。
「まずは、そうね。確かに花梨の言う事は一理あるわ」
「ですよね!?早川くんが!」
「花梨、静かにして。話は最後まで聞いて」
理奈が冷たい目で花梨を見る。静かな気迫に圧された花梨は言葉を失う。
「確かに、けーに憧れる早川くんは一昨日、花梨への言動でけーに怒られた。その腹いせというのは、こういう事の動機としては充分に成立するわ。
だけど、早川くんだって馬鹿じゃない。一昨日怒られたばかりでこんな事をすれば、当然自分が矛先になるなんてわかりきっているだろうし、何より、昨日の早川くんの言動からして、真摯にけーの言葉を受け止めていたわ。
だから、早川くんが犯人というのは、些か軽率だとは思わない?」
「……」
花梨は黙って俯く。手短な人間に当たってしまったという自覚があるのかもしれない。
「……鮎川」
早川は、花梨に向き直る。花梨は横目で睨むように見るだけだ。そんな花梨に対して、早川は頭を下げた。
「ごめん。もしかしたら、昨日俺の手違いでなんかよくない事をしちまったのかもしれない。だけど、俺は水をやって、生えてきた雑草を引っこ抜いただけだ。もしかしたら、その過程にミスがあったのかもしれない。けど、俺には思いあたる節はないし、わざとじゃ、ないんだ」
「……」
花梨は下唇を噛む。花梨だって、早川が犯人でない事くらい、心のどこかでは解っていたハズだ。
「……ねぇ、花梨?早川くんは謝っているわ。自分に非がない可能性だってあるのに。そんな彼を犯人だと決めつけて、罵って……。何か、言う事あるんじゃないかしら?」
「……う……ぅ……。……ごめん、なさい……」
「よろしい。……時に花梨。あなたさっき除草剤って言ったわよね?花に水をやる如雨露もそうだけど……備品を管理する倉庫があるの?」
「……はい、校舎の裏側の方に、ロッカーを」
「鍵は?」
「職員室に、あります」
「職員室……。使う時にとって、使ったら戻している訳ね?早川くん、鍵は昨日戻したかしら?」
「戻したぞ?」
「それは、何時くらい?」
「……四時、半だった、と思う。けど、鍵は関係ないと思うぞ。生徒が皆帰った後、事務員が倉庫や教室は施錠して回るらしいしな」
「そう。とにかく倉庫に行ってみましょう」
理奈が腰を上げると、二人もそれに倣う。理奈は職員室をスルーして、外に出る。二人が顔をしかめる。
「……理奈ちゃん?鍵は職員室に……」
「いらないわ」
言って理奈はスマートフォンを取り出すと、電話をかける。
「もしもし?華波?学校ついた?……もうすぐ?うん。なら、そのまま校舎裏来てくれないかしら?うん。そう。……ありがとう。……もうすぐ華波が来るわ」
倉庫の前に着くと、理奈はおもむろに扉に手をかける。
「理奈ちゃん、鍵が……」
「本当にそう思うの?」
理奈は花梨を一瞥すると、扉を横にスライドさせる。扉は一切の抵抗を見せず開かれた。
「な、なんでだよ……?俺、確かに、昨日鍵したぜ?」
「お、姉ぇ、ちゃ、んー!」
華波の強烈なタックルを寸前のところで早川を盾にして回避する。
「うげっ!?」
「うげってなんだこら!?」
「むー、なんであたしとお姉ぇちゃんの愛を邪魔するのさー」
「してねーよ!?盾にされただけだ!」
「そんな事より華波、これ」
理奈が倉庫の鍵を示す。
「どれくらいかかる?」
「……」
華波は鍵穴を覗き込む。覗き込んでいたのも束の間、笑いながら指を三本立てた。
「こんくらい!」
「三分ですって」
「違うよ、お姉ぇちゃん、三十秒!」
「え、そんなに簡単なの?」
「昔知恵の輪に飽きて結構遊んでたからね」
「……何の話だ?」
置いてきぼりを食らった早川が尋ねる。いや、若干の予想は出来てるのだが、どこか、信じられないものがある。
「ピッキング!」
華波が親指をグッと立てる。バッグの中を漁ってポーチの中から針金を二本取り出す。
「いやー、あたしいっつも鍵忘れちゃってさー。だから持ち歩いてるんだー」
扉を閉めて鍵穴に針金を突っ込む。そのままガチャガチャと弄る事数十秒。
「はい!施錠!」
言って扉を左右にひくが、扉はびくともしない。本当にかかっているようだ。
「……ピッキングでかける事なんて出来るのかよ?」
早川がその早業にあきれる。華波は首を傾げる。
「あたしは出来るよー」
「……」
深く追及する事は止めておこうと早川は決める。この先、華波の周りで密室殺人が起きれば、疑われるのはまず華波だろう。
「あ、けど、中見ないといけないよね。開けるから待ってて」
そう言って再び鍵に向かう。再び難なく開けると、華波はどこか得意気だ。理奈はそれを無視して除草剤を探す。
「花梨、除草剤がないわ。やっぱり誰かが持ち出したみたい」
「……本当、です。でも、誰が?」
「あなた、あるいは早川くんに恨みがある人じゃないかしら?」
理奈は事も無いようにそう答える。理奈は顎に手を当ててしばらく黙って考え込む。
「ピッキング出来る人って、早々いないと思うのよね……。けど、そんな事をわざわざ人に教える人もいないだろうし……」
理奈は早川の方に向き直ると、ビシッと指差す。
「犯人はお前だ!……って事にして穏便に済ませられないかしら?」
「ふざけんな!?俺はやってねー!」
「冗談よ」
理奈は顔色一つ変えずに淡々と言う。思いの他、難航しそうである。
「まぁ、花梨に恨みある人なんているわけないわね。そうなると、自然と犯人は早川くんに恨みを持つ人間となるわね」
「……なんで俺に恨みがある奴が花壇にイタズラするんだよ」
「罪を被せるため。恐らく、教員達も、あなたを疑っているんじゃないかしら。物証はあなたの圧倒的不利よ」
「あるいは早川くんと花梨ちゃんの仲を妬んだ人の仕業かもねー。なんか、少女マンガみたい!」
「華波、これは現実……」
そこで理奈は黙り込んで考え始める。妬んだ?そういえば、昨日も、確か喫茶店で……。
彼等?だが、花梨は男子から絶大な人気があると聞いている。そうなると容疑者はかなり多くなってしまう。
「……弱ったわね。私達で早川くんを擁護する事は出来ても、犯人を決めつける物証がないわね。……このままだと、本当であっても言い逃れなんていくらでも出来てしまうわ……」
犯人が出て来なければ、早川が犯人と決めつけられて、無実であっても、針のむしろだろう。昨日早川の誠意を感じた身としては、そらはあまりにもしのびない。
理奈は目を閉じ、周囲を遮断して考え込む。
早川への恨み。二人の仲への妬み。除草剤。ピッキング。昨日の夜。昨日……。
「……ねぇ、華波?人の顔覚えるの得意だったわよね?」
「うん!あたし人の顔って結構覚えてるよ?」
「昨日喫茶店で横に座ってた人の顔は?」
「んとー、最初はサラリーマンだったけど、次にうちの一年生が来たよね!女の子!」
少なくとも特徴は理奈の記憶と一致している。
「あたしの横がショートの黒髪の渚ちゃんでお姉ぇちゃんの横がロングの夕陽ちゃん!」
理奈以上の事まで覚えていた。理奈は名前までは覚えていなかった。
「私の、可愛い渚ちゃん、とかって、夕陽ちゃんが言ってたよねー」
「どこまで覚えてるのよ、本当に」
「対人記憶力は抜群なのだ!」
親指をグッと立てる。馬鹿で誤魔化す事はしても、嘘は基本的につかない華波がここまで言うなら、そうなのだろう。理奈は気を取り直して、
「……なら、私の後ろの方、早川くんと花梨の話をしてた男子達は?」
「ばっちり!全員二年のE組!で野球部!……え、あの男子達犯人?」
「多分ね。それに花梨って人気は人気だけど、子供を見る保護者の気分でしょう?なのに、彼ら確か取り入ったとかって言ってたわ。他の男子の会話とかだと、あまりそういう発言聞かないでしょう?花梨ちゃんも、大人になってくんだなーって発言の方が耳にするわ。だから、……E組に向かいましょう」
理奈に言われて三人は動き始めるが、その矢先、授業開始五分前の鐘が鳴る
「……放課後、しきり直しね。早川くん、誰に何言われても俺じゃないの一点張りでお願いね」
「解った。……ありがとう、な」
「お礼を言われる程の事でもないわ」
理奈は笑いながらそういう。早川が被害者だろう。けーに言われた事を守る、誠実な青年だ。なのに用意されたのは針のむしろと濡れ衣。そんな理不尽な事を、黙って見ているわけには行かない。理奈達は教室に戻る。
華波は緊張感も悩みも無さそうに授業中に居眠りをして立たされていた。馬鹿、と理奈は一瞥して授業に集中する。
そして、放課後。早川は理奈のクラスの前でスタンバイしていた。どうやら、独りのようだ。
「あら、花梨は?」
「花壇の手入れだ。次の花を植えるためのな」
「そう。……早川くん、行きましょう」
理奈は華波と早川の二人を連れてE組に足を伸ばす。E組にはまだ多くの生徒が残っていた。
「華波、いる?」
「うん。あそこの三人」
言って華波が指差す先に、理奈が向かう。理奈は冷たい笑顔で話しかける。
「こんにちは。私は森下理奈。私の用件、解りますよね?」
「……なんだよ、おまえ」
目が泳ぐ。ああ、やっぱり彼等なのだろう。理奈は怒りを押さえながら、彼等に無機的な視線を注ぐ。
「花壇について。ずばり、あなた達三人ですね?花壇に除草剤を撒いたのは」
ピキンッ、と教室内が氷つく。あまりにも唐突、かつ学校にいる誰しもが早川のした事だと思っていたのだ。この空気は当然といえるだろう。
「なんで俺たちなんだよ……これから、部活あるから、もう行くぞ」
三人が理奈から視線を反らしながら、教室を出ていこうとする。
「待ちなさい」
「なんだよ、知らないって」
[これ」
理奈は三人の独りに向かって何かを放る。突然の事だったが、さすがは野球部。それを見事にキャッチする。
「落ちてたわよ」
「え、あ!?」
他の二人のバックにもついている、野球部のキーホルダー。マネージャーの手作りという、西条高校野球部のお守りである。理奈が投げつけたその男子生徒のバッグには、お守りがついていなかった。
「なんで、野球部のマネージャー手作りのお守りが、あるのかしらね?」
「……!」
三人が言葉を失い、教室にざわめきが拡がる。理奈は冷たい視線を投げ掛ける。
「……行く、ぞ」
独りが言って、三人が教室を再び出て行こうとする。だが、そこで黙ってるような早川ではない。
「待てよ、コラ」
殺気とも言える気配を醸し出しながら、早川が前に出る。怒りで鬼の形相となった彼に、野球部の誰しもが足を止める。
「テメー等が、花梨の花壇を滅茶苦茶にしたのかって聞いてんだよ」
「ウルセェよ、早川」
キッと睨み返す。だが、他の二人は俯いている。キーホルダーなんて、動かぬ証拠が出て来たのだ。無理もない。
その時、表の方で喧しい、直管の音が鳴り響く。
「あら、来たみたいね、平成のネズミ小僧が」
「ネズミ?」
早川を睨み返してた野球部員が、眉を潜める。
「ええ。といっても恐ろしく暴力的な集団だけれど。大人しく白状した方が身のためじゃない?彼等なら、観念して言うまでリンチするわよ?心当たりのある人物の名前聞くか、大人しく罪を認めるまで」
「「「!?」」」
三人は教室の窓から校門の方を見る。そこにはけーを筆頭に、強面の人間が十人程いた。
「やっほー、けー!」
華波が緊張感もなく手を振る。けーはアクセルを回して応える。けーが連れて来た連中は、木刀だの鉄パイプだの、穏やかでないものを担いでいる。野球部三人の顔が一気に青ざめる。
「で、どうなのかしら?」
「俺達だよ!俺達が除草剤を撒いたんだよ!」
ヤケクソになったようにキーホルダーを渡された男子が言う。充分な脅しの効果はあったようだ。他の二人も、消沈したように、俯いている。
「昨日!早川が独りで世話してたから、罪被せてやろうってさ!
忘れたとは言わせねーぞ、早川!?テメーに去年殴られた事!その上お前は花梨と仲良くして、ふざけんな!」
「……」
キッ、と理奈に睨みつける。後半はともかく、前半は理奈に睨まれるに充分な理由だった。
「テメェ等ァッ!」
早川は、そんな事も気付いていないようで、拳を握ると、三人に向かって突進する。彼等は身を竦めるが、拳を出す前に、早川は理奈と華波に押さえつけられてた。
「放せぇ!テメー等!」
パンッ、叫ぶ早川の頬を理奈が叩く。まさか理奈から叩かれるとは思っていなかった早川は驚き困惑する。
「早川くんも、あなた達も、何してるのよ?」
ぞっする程冷たい理奈の目にいすくめられて、全員が言葉を失う。華波があちゃー、と言う顔をするばかりだ。
「彼等を殴って、どうするの?花梨がそれで満足するの?あなたの自己満足に私は付き合う気はないわ。やるなら独りでして。
……あなた達も、あなた達のした、軽卒な行動で、花梨は泣いたのよ?解っているの?」
理奈以外喋る事が出来ないでいる中、バイクの直管の音だけが轟く。それはまるで慟哭。花壇の方から轟くそれは、どこか悲しみ、怒り泣いているように聞こえた。
「私は、私の友達を、あの優しい花梨を泣かせたあなた達を許さない」
そう言って、理奈達は教室を後にした。後には、愚かな三人が悔やむばかりだった。
そして、中庭に理奈が姿を見せると、けーが血相を変えて理奈達のところに走って来た。
「理奈ァッ!?なんだよ、こりゃ!?花全部枯れちまってんじゃねェーかよ!?」
「ええ、色々遭ってね?」
「許さねェ!花だって命!弱くても頑張ってるコイツ等皆殺しにした奴、ボコす!!」
「おい、森下」
「何かしら、早川くん。……けー、ダメよ。この学校で揉め事は許さないわ」
「……どーいう事だ?けーさん何も知らないみたいじゃねーか。そもそも、あのキーホルダーなんだよ?持ってなかったじゃねェか」
「一度に聞くかしら?」
もっともな質問だろう。物証がない、と言ったのは、他の誰でもなく、理奈だった。
理奈はため息をつきながら、何かを放る。早川がそれをキャッチする。
「は!?」
それは、早川の財布だった。ポケットを叩くと、財布が入ってたハズのそこは、なんの手応えもなかった。いつの間にか、抜き取られていたようだ。
「華波がイタズラしたりする度に何か抜き取って取り上げてるうちに、出来る ようになっちゃってね。嫌な特技の一つよ」
「……って、お前、まさか……」
「ええ、ハッタリよ。失敗したらどうしようかと、ヒヤヒヤしたわ」
「んな涼しい顔してさらっという事かよ!?違ったらどうすんだよ!?」
「疑わしい相手全員に仕掛けたわ。……けどね、早川くん。ずっと、何度もこういう事してるとね、解るようになるの。やましい事がある人って」
「そうなのかよ?」
疑いの目を向ける早川に対して、理奈は臆面もなくこたえる。
「ええ」
「理ィ~奈ァ~。早く行こーぜー?待ちくたびれちまったぞー?」
いつの間にかバイクの元に戻っていたけーがアクセルを回しながら言う。呼応してエンジンが唸り声をあげる。うるさい、とピシャリと言い放つと、けーはチェッ、と舌打ちして不貞腐れてしまう。
「そして、けーは私達と遊びに行くのに迎えに来てくれたの」
「……豪勢なお迎えな事で」
都内最強の不良グループの迎えってなんだ。早川は理奈に底知れぬものを感じた。
「……テメー、この間の野郎だなァ?」
けーが不意に早川に視線を移す。理奈に注意されて若干機嫌が悪そうだ。早川が僅かに身をすくめる。けーの眼光に、気圧されてしまう。
「……ヘェー?良い面構えになったじゃねェかよ?」
けーが不敵に笑う。覗く八重歯が、獰猛さを際立たせる。早川はゾッとして、生きた心地がしない。んで?とけーが尋ねる。
「……えっと、んで、って……何を?」
「名前だよ、テメーの名前。名乗れよ?」
本当は知ってる癖に。理奈の面白がる視線をけーは無視する。
「えっと、早川大介、です」
「大介、早川大介ねェ。……おう、早川、テメェも、来んかよ?」
「……!」
花壇を見て、理奈を見て、状況は大まかにだが察した。つまりはコイツは理奈と一緒になって、花壇を荒らした奴らを裁いて来たのだろう、とけーは瞬時に理解していた。
「花梨もよォッ!早く来いよ!今日こそ猫になつかれるよう頑張ろうぜ!?」
けーは花壇であれこれしている花梨に向かって言う。花壇の弔いしよーぜ!と大声で花梨に語りながら、屈託のない笑みを浮かべる。花梨は花壇の方を少し見てから、はい、と元気に頷いて片付けを始める。その途中で転び、道具をぶちまける。早川が、それを悪態つきながら手伝う。
「クスッ、良いコンビね」
「本当にねー!」
そして、再び暴走。容赦ない横揺れに襲われて、再び花梨が酔う。
「お空と地面が~、グ~ルグルします~?」
「本当にいい加減にしてよね!?私は大丈夫だけど、花梨はダメなんだから!!」
「森下、関係ないぜ?」
早川が横から入ってくる。
「これは運転のせいじゃなくて、コイツが乗り物に酔うだけだから」
「けど、あんな運転しなかったら変わってたでしょう?」
「コイツは修学旅行とかでもいつもこんな感じだ」
極端に、乗り物に弱いらしい。電車でも酔い、自転車が限界らしく、家も学校の近くだと言う。
フラフラとした足取りの花梨をなんとか席にまで連れる。5人分のコーヒーを頼んで猫と戯れる。早川は花梨とは異なり猫になつかれ、頭の上から膝の上から足元まで、かなり猫がひしめいていた。
花梨は激戦の末に、ようやく猫一匹を手なづける。ご満悦に始終その猫を愛で続けた。
理奈と華波はそれらを笑いながら、けーと談笑に浸る。
平和な1日だった。日がくれる頃に四人は再びバイクの後ろに股がって、各々の家にまで連れて行って貰う。
「まさか、理奈から誘われるとはよ。正直ビビったぜ?」
けーが大袈裟に驚いた素振りをする。理奈はなんて事はなさそうに笑う。
「あんな事があったから、花梨に早く元気になって欲しかったのよ」
けーを呼びつけた。それは脅迫じみた真似をするためでもあったが、何より理奈は花梨に元気になって欲しかったのだ。
あんな沈んで、取り乱した花梨は、見るに耐えなかった。
「そうかよ。けどな、理奈。程々にしとけよ?」
けーの視線が鋭くなる。理奈は何が?と首を傾ける。
「人様救ってやる事ァいい事だけどよ、それは一方から恨みを買う事になんだよ」
俺がいい例だろ?けーはタバコに火をつける。理奈は注意する気が起きない。けーの言いたい事が、よく解るから、それを受け止めて。
「オマエはよくやってんよ。それァ俺がよく解ってる。けどよ、今回みてェな脅迫みてェな事、らしくねェよ。何より、そんな事やっちゃいけねェ。違うか?」
「……解ってるわよ」
ようは、今日理奈がとった行動は、けーと同じだ。暴力で訴える、理奈がしてはならない事。
「けど、仕方なかったのよ。証拠もなかったし、早川くんを放ってはおけなかったわ」
「針のむしろか?」
「……いいえ。私は、あの二人の仲があんな形で壊れてしまうのに、耐えられなかった」
「そいつァオマエのエゴだ。アイツ等の事に、わざわざオマエが橋渡ししてやる事ァねェんだよ」
「解ってるわよ、そんな事」
「いや、解ってねェ。たがらオマエは今日、こんな凶行をしたんだ」
けーは決してバカではない。理解力はある。とくに、洞察力ならば、理奈にだって匹敵するだろう。
だから、理奈はけーに伏せておいた。今回の事はそれだけ理奈のスタイルとは違う。けーよりの行動。それの危険性を、けーは誰よりも理解している。
「いいか、理奈。暴力は暴力でしか解決出来ねェ。だが、暴力で解決した事案には暴力での報復がある」
ギュッと拳を握る。それを、理奈の眼前に持っていく。
「俺に、喧嘩で勝てると思うかよ?」
常勝無敗。その呼び名は伊達ではない事を、理奈は知っている。けーに全力で殴られれば、自分の腕なんて折れてしまうだろうと、理奈は悟る。
そして、それはけーもよく解っている。
「まぁ、女に手ェあげる奴ァ早々にいねェし、女で俺くらい強い奴もいやしねェけどよ」
ピンッ、とけーはタバコを放る。それは理奈を掠めて、近くの排水溝に落ちていく。
「火種ってのァ、存外直ぐそばにあんだ。忘れんな?」
「ええ」
「悪ィな、説教くさくてよ」
「いえ、ありがとう。肝に命じておくわ」
理奈はけーを見送ると、コーヒーをいれる。
その味は、酷く荒々しく、粗雑な味だった。
「……」
不味い。理奈はそれを飲み切ると、ベッドに入る。ギシシ、とスプリングが嫌な音を鳴らす。
今日は、暗い一日だった。平和の光に隠れて、なんとも嫌な匂いのする一日となってしまった。
先程飲んだコーヒーのように、非常に後味のよくない。
「……最悪、ね」
理奈は、そう一日を締めくくると、眠りに落ちていく。




