第二限ー華波と理奈
櫻子曰く。
彼はバイト先の友達の友達。
その友達は少し前に辞めて、その少し前に、櫻子と彼は付き合い始めたらしい。
会話の最中に安心感を覚えて告白。
肉体関係をもった。こらこら。
付き合い始めて1ヶ月でフラれた。
「まぁ、相手が悪かったんじゃない?」
「けど、けどぉ」
猥談から一転、昼休みに櫻子は泣きじゃくっていた。
「『やっぱり君とは合わないみたい。ごめんね』」
普通と言えば普通なのだろう。付き合ったものの、合わないから別れるというのは。
いわゆるヤリ捨てでは?理奈はその結論に至った。
「もう忘れても良いんじゃない?櫻子の話聞いてるとさ、ヤリ捨てにしか聞こえないよ」
「けどその後とかも普通に連絡してくれるし、困ったら力を貸す、とかって言ってきたし」
「……ふむ」
確かにヤリ捨てとは少し雰囲気が違う気がする。ヤリ捨てならばそのまま無視するだろう。
「お姉ぇちゃんー」
嫌な予感。
「さぁて、そろそろ教室に戻ろう。授業に遅れちゃう」
理奈はゴミと魔法瓶を持つと、颯爽と立ち去
「理奈お姉ぇちゃん~」
さすがは体育会系。瞬発力では叶わない。あっさりとホールドされる。おまけに、右手首を掴まれてる。ガッシリと。下手に無下にすれば、サブミッションを決められる。
「……櫻子、あんた……」
「あたし、本気なの」
「……そう。なら、仕方ないわね」
オネエ口調でそういうと、櫻子の顔が輝く。
「そんなに次の小テストに真剣なら仕方ない。要点しっかり教えてあげる」
「え?あ!」
油断し弛んだ腕を逆に絡めるなんて他愛もない。ハンマーロックを決める。警察が逮捕の時によく使うあれだ。
「痛痛痛っ!ギブギブ!」
「はいはいー、教室に行こうかー」
教室に連行しても、櫻子は同じ事を言い続けた。自分の彼氏と接触して、真意を見極めて欲しい。
「こんな状態じゃテストも集中出来ないよぉ」
「うーん」
ここで解ったと嘘をつくのは容易い。だが、友達に嘘をつくということに抵抗を隠せない理奈だ。とりあえず頑張ろうと流して櫻子に勉強を教えていく。
そして、放課後。
「……あたし、お姉ぇちゃんってすごくお人好しだと思う」
「……我ながら」
「お人好し通りこして、馬鹿なんじゃないかって」
「……ごもっとも」
結局、櫻子に拝み倒され承諾してしまった。自分がないとは言うなかれ。断り続ける事で罪悪感に折れてしむうのだ。
喫茶店にて、理奈はまたしてもコーヒーにドパトパと砂糖とミルクを入れる。隣にいた客がギョッとする。
「ねぇ、それ美味しいの?」
華波が口を押さえながら聞く。見てるだけで気分が悪くなる量だった。
「美味しいよ?」
「人の嗜みにケチつけるわけじゃないけど、それで味が解るの?」
「解るよ?」
何かおかしい?と言わんばかりの目線を向けられる。この妙に無邪気な目線には勝てず、華波は目を逸らす。それを見て微笑む。
「楽しみ方は色々試してるよ。ブラックでも飲むしね?だけど、どうしても甘いのが良いの」
「いや、悪いとは言ってないよ、お姉ぇちゃん」
華波が手をブンブン振りながら言う。
華波とは、もう長い付き合いだ。幼稚園、いや、もっと前から、親ぐるみの付き合いだった。
さっぱりというより、何事も豪快な子だ。感じた事を、全身を使って表現してくる。この手振りはもう中学生頃から、よく見るようになった。
明瞭で、朝のように飛び付いたりして不満等を表現する。対して理奈は奥ゆかしい子だ。自分が思わず聞いてしまった事に対する理奈の返答で、理奈に負荷がかかったと思い手を振る。
実際負荷なんて感じた事はないのだが、それは年々悪化していく。
そして、何かやらかした、と感じた時には両手を振りながら謝罪するようになってた。
理奈としては、その謝罪の方が昔から気になってた。
「……妙なとこで、気を使うんだよね……」
「ん?なに?」
「なんでもない。そろそろ時間だね」
甘ったるいコーヒーを片付けて店を後にする。
櫻子によると、18時にこの喫茶店からそう離れていない公園に呼びつけたらしい。
本人は不在。バイトのシフトだ。
真意なんて、知らない方が良いかもしれないのに。
理奈は友達を想いながら、約束の場所に向かう事にした。