表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼憑き  作者: 神谷 靭
2/5

戦闘、違和感

『お二人とも、到着しましたかぁ?』

「・・・あぁ、大丈夫だ」

二人は廃屋から約200mほど離れた建物の陰に来たところで、研究所への無線をつないだ。そこで出た研究員から指示を聞く手筈になっていたのだが、

「なぁ~・・」

『何ですかぁ?武人さん』

「何でシンファが出てくるわけ?」

『私が出たら何か問題でも?』

「いや、じゃねぇけどさ・・」

無線機に話しかけながら武人は少し困ったような顔を浮かべた。秀樹も同じことを思っているのだろう、眉間にしわを寄せて難しい表情をしている

『私だって研究員ですよ?たまには実戦のお手伝いだってします』

「・・・・・・はぁぁ?!」

『はぁって・・・なんですかぁ?そんな意外そうな声出して』

「・・お前、事務員じゃなかったのか」

『心外ですね。これでも研究班に所属してます!』

思わず大声を出したシンファに、武人は慌てて手の中の無線の音量を下げた

「・・・で?今回のターゲットって?」

全く情報を伝えられることなく任務についてしまったため、二人は今回の鬼に関して一切情報を持っていない。半ば呆れたようにして武人が聞くと、シンファも落ち着いたのか、本来の仕事である伝達を始めた

『それがですね、どうも昨日お二人が追っていた鬼みたいなんです』

「・・・・どういうことだ?」

昨日の仕事は確かに鬼の討伐で、二人は失敗して鬼を逃がしてしまっていた。それを担当していたシンファがそれというなら同一の鬼かもしれない。しかし、

「あいつ思っきし戦闘タイプじゃねぇか!どうやったら間違うんだよ」

昨日の鬼は接近戦に向いた、身体能力の操作を行える鬼だった。だが二人に向かってレティが言ったのは“戦闘能力を有していないと思われた”鬼の話だ。いくらなんでも間違えるなんてことがあるとは思えない。もちろんシンファもそれはわかっているのだろう、いつもより幾分沈んだ声になっている

『私だってわかりませんよ。でも、能力以外の特徴はお二人が追っていた鬼に間違いないです』

「・・・・あの廃屋にいるのは間違いないんだな?」

『あ、はい、確かです』

「って、ちょっと待てよ秀樹!」

シンファからそう聞いてすぐに立ち上がった秀樹に、武人は抗議の声を上げる。が、秀樹は意味がわからないといった顔で武人に視線を送り、進みかけていた足を止めた

「お前乗り込むつもりかよ?まだわかんねぇことだらけだってのに」

「外見が一緒なら見つけるのは簡単だろ。能力は確かにわからないが、鬼憑きであることには間違いない」

「そりゃ、そうだろうけど・・・」

言いよどんだ武人から視線をはずし、秀樹は持ってきている装備を準備しだした

「・・あ~も~!わかったわかった。さっさと行ってこようぜ」

半ばあきらめたような武人の返事に、秀樹は軽く表情を崩した。武人は無線機を取り上げて、何やらいじくり始める

『武・・さん?何・・・・せ、続が・・悪・・・』

「ちょっと待てっての。これこうしてっと・・・・よし、んなもんか?」

ねじを締めなおして、耳にしていたイヤホン型の小型通信機を見ながら何度か調節したあと、アンテナをいっぱいに伸ばして小型機の電源を入れた

『武人さん!また無線機に何かしたんでしょう?!』

とたんに耳元で上がる大声に、武人は唯一の失敗を思い知った

「うるっせぇな!俺等用の通信機と波長合わせただけだっつの。壊してねぇんだからいいだろ」

『そういう問題じゃありません。だいたい、壊したらどうするつもりだったんですかぁ?』

「そんときはそんときだろ。戦闘に入って無線機持ち歩くわけにもいかねぇんだから文句言うな」

さも当然のことをしたと言わんばかりの武人に無線の向こうからため息が聞こえたが、それを気にする風もなく二人は着々と準備を進めていく

「・・よし、こんなもんだな。秀樹は?」

「大丈夫だ。シンファ、案内頼むぞ」

『・・・わかりましたぁ、もうここまで来たら諦めます。はバッチシ任せてください!』

「じゃ、行くとしますか」

目指す廃屋の周りに人影や人の気配がないことを確認して、二人は物陰から飛び出した。途中用心で隠れながら近づいてきたものの、何の障害もなく、すぐに廃屋からわずか数mのところまできた

「・・ここまでスムーズだと、逆に怖いっつーか」

「場所は間違いないな?」

『大丈夫です。連絡を受けている建物と同一ですよ』

シンファの声に二人とも顔を合わせ、軽くうなづく

「シンファ、半径一キロ圏内を危険度Bにしてくれ」

『了解しましたぁ。お二人とも、気を付けてくださいね』

多少の雑音がして、本部側の通信音がほとんど聞こえなくなった。

「・・・・さて、と。今回は別れないほうがいいか?」

武人がこの状況には似合わない明るい声で聞く

「当たり前だ」

ライフルタイプの銃を手に持ち、秀樹は武人のほうを見ようともしない。武人もグローブの調子を確認するように手を何度か打ち付ける

「・・なめてかかるなよ」

「わかってるっつーの」

数メートル先の暗い入口に向かって歩きだした


廃墟内は屋外はもちろん、普通の建物内とも違う。音はどれだけ小さくとも響き渡り、壁や柱の罅などを中心に反響を繰り返す。床の上には崩れた柱や昔稼働していたであろう機械が所狭しと無作為に置かれてある。あとから入るものが圧倒的に不利なこの環境下で、秀樹と武人は全神経を集中させて音を消して歩いている。互いに一定距離以上離れず、死角を作らないように移動しながら、いるはずの敵の気配を探っていた。外にいたときのような会話は無くなっている。が、一向に敵の気配も、いたような痕跡すら見受けられない

「・・・本当にここか?」

いよいよ不安になってきた武人がぽつりと溢した

「・・・・・合ってるだろうな」

それに緊迫した雰囲気でこたえる秀樹。床に固定された視線をたどれば、物陰に隠された埃っぽくなった死体の一部と、血溜まりの名残が映った

「昨日の奴らだろ」

「こりゃ・・・・残りの奴らも駄目だな」

引きちぎられたような腕――肘から手首まで――を拾い上げると、固まった血が埃の上に模様を作った。武人はそれを太股につけている袋の中にあるビニールに入れると、その中に押し込めた

「あとは、鬼憑きの退治だっけ?」

「調査もだ。忘れるな馬鹿」

「悪かったな馬鹿でっ、て・・・どうした?」

急に秀樹があさっての方向を向いたかと思うと、

「飛べっ!!」

秀樹の声にとっさに反応した武人が後ろへ飛びのいた瞬間、ものすごい砂埃が舞い、先ほどまで二人が立っていた地面が抉れていた

「っぶね・・っ!!」

地面に着地した武人は、しかし体制を整える暇もなく、横からの衝撃で吹っ飛ばされた。視界がきれいになると、その場にいたのは秀樹と、小柄な女の子だけになっていた

「おにーちゃん♪また遊ぼーよ!」

「性懲りのない餓鬼だな。そんなに殺されたいか」

「違うよ~、昨日も言ったじゃない」

女の子が右腕を振ると、色は黒く、頑丈で、ちょうど竜などの腕のような形に変形した

「私は、おにーちゃんを殺したいの♪」

「・・言ってろ、鬼憑きが」

心底楽しそうな女の子の笑い声とライフルの安全装置が外れる金属音が重なった。それが、合図だった


「って~・・・・なんだ?今の」

いきなり予想外の方向からの衝撃に耐えられず、武人はそのまま横にあった瓦礫の山に突っ込む形になってしまった。どうにかして受け身はとったものの、全身に鈍い痛みが走る

「あの体勢からで動ける程度のダメージにしかならないとは、予想外でしたね」

静かに近寄ってくる青年に、武人の背中を嫌な汗が一筋流れた

「昨日の奴みてぇにはいかねぇぞ?」

「そのようです」

青年はポケットに手を入れると、細い万年筆を取り出して武人に向けた

「なら、僕も本気で行くとしましょうか」

青年の顔から笑顔は消えない。そのまま、青年は空中に万年筆を滑らせる。すると、ペン先から青白い光が出て、なぞる通りに空中に線が引かれていく

「能力、か」

「当たりです。いけ!」

空中に書かれたものが青白く光ったかと思うと、そこから何かが飛び出してきて武人に向って放たれた。とっさに飛びのいた武人の眼に映ったのは、先ほどの光と同じ色合いをした豹のような生き物

「僕は戦うのが苦手なんですよ」

一歩も動かないまま、青年は武人に話しかける。豹は武人をにらみながら、青年の足もとまで歩いて行った

「その点で僕の能力はひどく便利なんです。こうやって文字を書くだけで、」

同じように万年筆を滑らせると、少し違う形に落ち着いた。光が放たれて、出てきたのは鷹のような鳥のシルエット

「僕の代わりに戦ってくれるものが出てくるんですから」

青年は笑いつづけている。それは明らかに、どこかが正常でない笑い方で

「やっべぇ・・まだ死にたかないんだけどな」

武人のつぶやきが合図だったかのように、二匹は一斉に飛びかかった

青白い閃光が走り、青年は思わず眼を閉じた。すぐに光はおさまり、青年が目を開けると、自分が出したはずの生き物が見当たらない。視線の先に唯一見えたのは、まさに今攻撃を仕掛けたはずの武人だった

「あっぶねぇなぁ。でも、ま、こんくらいじゃ倒せねぇぜ?」

軽く手首を動かしながら軽く笑う武人に、青年は信じられないような顔を向けた

「そんな・・・・僕の能力が、一瞬で・・」

「残念だったな」

武人は一瞬で間合いを詰め、鳩尾に一発。体制を崩したところにもう一発即答部に撃ち込むと膝から崩れ落ち、青年は動かなくなった

「俺らじゃなけりゃ勝てたかもしれなかったけど。さて、と・・」

いつの間にか静かになっていた周りを見回すと、少し離れたところで立ち止まっている秀樹が見えた。その雰囲気に殺気が含まれてないことに安堵しつつ、武人は秀樹のところへ歩いていった

「よう、終わったか?」

「・・見ればわかるだろ、いちいちうるさい奴だな」

「挨拶みたいなもんだろうがよ。わっかんねぇ奴」

秀樹から少し離れた場所、積み重なったドラム缶の下から覗いている腕らしきものは気にせずに会話を続ける

「やることも終わったし、そろそろ帰るか?」

「そうだな、しかし・・」

言いよどんだ秀樹に、歩き出していた武人は足を止めた

「どうかしたか?」

「・・・・・・いや、なんでもない」

そう言ってさっさと歩き出した秀樹は、後ろで呆れたようにため息をつきながら付いてくる武人に目も向けないままだった


二人が研究所に戻ったのは、まだ日が空にある間だった。研究所に着いてすぐに二人は報告のためにレティの元へと向かった。途中すれ違う研究者たちは誰も忙しそうで、いつもは戦闘員に近付こうともしない奴らも、すぐそばを通り抜けていく。レティのところにつくと、いつもは乗り気でない武人が、安心したように息をついた

「・・帰ったか。どうだった?」

「ばっちりッスよ。ちゃ~んと任務は終わらせてきました」

レティの言葉に、笑顔で答える武人。そのまま報告に移る武人の横で、秀樹はずっと表情を曇らせたままだった

「どうしたんだよ?さっきから恐ぇ顔して」

報告が一段落したところで、武人が秀樹の顔をのぞき込むようにして聞いた

「・・・何か気になることでもあったか?」

レティも声をかければ、少しの間を空けて秀樹が口を開いた

「・・おかしい」

「・・・・おかしいって?」

「鬼憑きが二人いただろう。・・普通ならありえないはずなんだ」

頭の回りに疑問符が飛んでいる武人。自分で言いながらも信じられないような顔をしている秀樹

「・・どういうことだ?」

それだけを言って黙ってしまった秀樹をレティが促すと、考えるようにしてから秀樹が話し出した

「・・・そもそも、鬼憑きは個別行動だ。今までにだって複数人で行動している鬼憑きはいなかった」

「でも、ちゃんと知能あるんだし、組んでやってもおかしくないんじゃね?」

「だからこそおかしい。・・鬼憑き同士は、有害なはずだ。何かしら健康上や精神上、影響を与えあう可能性がかなり高い。一緒にいるってことは、鬼憑きにとっては自殺行為になる」

「・・・・つまり、捨て身の行動、というところか」

レティが一言だけ言って、机に設置されている受話器を取り上げた。しばらくすると受話器の向こうからノイズがかった声が聞こえてくる

「カロンを呼べ。今すぐだ。・・・・・あぁ、それでいい。あぁ、以上だ」

簡単に命だけを伝えると、すぐに受話器を置いた。しばらくして、控えめに扉をたたく音が聞こえた

「入れ」

レティが返事をするとゆっくりと扉が開き、カロンが顔を覗かせた。かなり緊張しているようだが、秀樹と武人が目にはいると、少し安心したようだった

「レティ総司令官、お呼びでしょうか」

「あぁ、頼みがあってな。お前等三人に」

三人がレティに視線を集める

「武人、それにカロン。お前たち二人は鬼憑きの生態知識の強化、及び現在の鬼憑きとの相違点の調査をしろ。その間、秀樹は単独任務に出向いてもらう」

「なっ!ち、ちょっと待てよ!単独任務なんて聞いたことねーぞ!?」

「安心しろ。元々お前が入るまでこいつは一人で動いていたんだ。それに、カロンを守る者は必要だろう?」

即座にレティに食いついた武人だったが、ものの見事にあしらわれてしまい、言葉に詰まる。秀樹はさして目立った反応もせず静かだった

「あの・・総司令官、具体的に俺は何をすれば・・?」

「とりあえずは、書物を読んで知識を付けることだ。あと、・・そうだな、こいつ等なんかに聞いて実際の知識を深めるのもいい。何ならこいつ等の任務についていくことも許可する。そうして得た知識を、研究に役立てることだ」

言われたことを頭に入れているカロンの後ろで、不機嫌を露わにしている武人だが、うまく言い返す言葉が見つからないのか、黙り込んでいる

「言うことはそれだけだ。もう行け」

一方的に会話を終えたレティは机に向き直り、執務に戻っている。武人は半ばカロンを引きずるようにして出ていき、その後を秀樹が追っていった


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ