施設での日常
・この小説には戦闘シーンその他にグロテスクな表現を含んでいます。流血など苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
・似た設定の小説などあるかも知れませんが、完全オリジナルです。もし酷似した作品などあるようでしたら設定変更も考えていますので一報お願いします。
・最初の掲載は手直しをほとんどしていない状態です。全篇作成後に一から手直しを加えていく予定ですので、読みづらい・話にまとまりがないなどあるかと思われますがご了承ください。また、感想などいただければ手直しの際に参考にさせていただきます。
「秀樹、そっちはどうだ?」
「だめだ。・・・・くそ、見失ったか」
「マジ?!あ〜・・せっかく走ったのになぁ・・」
袋小路の奥をにらみながら武人が悪態をつく。二人の額にはうっすらと汗が浮かんでいた
「・・・とりあえず戻るか。ここに居ても仕方がない」
「そうだな。夜になって来られたら面倒だし」
傾きかけている日をぼんやりと見ながら武人が歩き出す。秀樹も同じ意見らしく、何も言わずについていった
「ただいま〜、今戻りましたっ!」
「・・仕事帰りくらい静かにできねぇのかお前は・・・・」
「そういう秀樹こそただいまくらい言えよな」
「俺の家じゃない」
「またそういうことを〜!!」
「お二人とも、そのくらいにしておいてください」
入り口付近で低レベルな言い争いを始めた二人を、少女の声が諌める
「シンファ!いつ戻ってたの?」
「ちょうどお二人が出られてすぐ位に」
シンファといわれた少女はくすりと微笑んで、そのまま手に持っていたファイルを差し出した。目の前に出たファイルを思わず掴んだ武人が顔をしかめる
「シンファ、これって・・・・・」
「安心してください。三日後の任務内容ですよ」
「良かったぁ、また休みなくなったかと・・」
心底安心したように息をつく武人を見てシンファはまた笑みをこぼす
「とりあえず、お休み前に報告なさってくださいね。あ、それと、秀樹さん」
「なんだ」
「レティさんが応接室まで来るように、とのことでしたぁ」
ほんの少し、その栗色の瞳に宿る雰囲気が変わった
「・・・わかった、すぐ行こう」
「お、おい秀樹!お前報告は!?」
「任せた」
そう言って秀樹はそのまま歩き出した
「はぁ?!!ちょっ、失敗報告俺だけにしろってか!!待ちやがれこら!!!」
武人のさけびなど聞こえないかのように、施設の奥へと向かって
応接室に近づくにつれて秀樹の足取りは重くなっていった。先ほどまで無表情だった顔には、これでもかというほど機嫌の悪さがうかんでいる。ようやく応接室まで来た秀樹は、何度かためらった後に扉を開いた
「・・レティ」
文字通り書類しか目に入っていなかったらしい女性が、秀樹の声に反応して顔を上げた
「あぁ、秀樹か。悪いな急に呼び出して」
そんなこと微塵も思っていないような棒読みでそういうと秀樹に席を勧め、無言のまま席を立って自分も向かい合うように座った
「・・・・・用事は?」
「実は今日鬼狩りに三組出したんだが、内一組が捕獲してきたんだ」
「始末しなかったのか・・?」
「それが、ややこしいことになったらしくてな」
レティは綺麗なブロンドの髪を掻き揚げた
「今回の鬼憑きのものは最初能力がはっきりしてなくてな、行かせたのが新米の鬼狩りだったんだ。途中でわかった情報によると、能力は変化。戦闘向きではなかったから追い詰めるまでは簡単にいったらしいのだが・・・」
「・・・逃げられたか」
「・・そうだ。人ごみの方に逃げて何度か変化を行われたらしい。無論、こちら側もミスをしないよう最新の注意をはらいながら追いかけてどうにか捕獲はできたのだが、・・・・相手に完璧しらばっくれられてな。人間なのか鬼憑きなのかわからない。・・・お前なら区別がつけられるだろう?」
「・・・・・・そいつは今どこに?」
「人かもしれないのでな。一応厳重な監視の下、客室に入ってもらっている」
そこまで聞くと、秀樹は無言で立ち上がった。扉に手をかけて、
「・・鬼だったら、その場で始末する」
さも当たり前のようにそうって、扉の向こうに消えていった。レティは静かに息を吐くと髪を解いた。長い髪が肩にかかる
「そこまで頼んでないってのに・・・」
レティの呟きは、こもった空気の中に溶け込んだ
秀樹が客間に近づくと、扉の前にいた監視員らしき男たちが動きを止めた。秀樹は眉をひそめたがなれた様子でそれ以上何もしなかった
「捕獲物はこの中か?」
「は。しかし、許可なく中に入られることは・・」
明らかに狼狽する監視員に目を合わせると言葉が途切れた
「レティからの命で来た。・・なんなら後で確認にでも行って来い」
「し、承知いたしました!」
恐怖を宿した監視員達の目を見ることなく、秀樹は扉を開いて中へと身を滑りこませた
「だ、誰っ?!」
中に居たのは、二十歳くらいに見える女性だった。軽くウェーブのかかった黒髪は伸ばしてあり、おとなしめの緑のワンピースに身を包んでいる、物静かそうな印象を与える女性だ。その瞳に浮かんでいた恐怖が、秀樹と目を合わせてより濃いものへと変わっていった
「あ、あなた・・あなたは・・」
「・・・・鬼憑きだな。・・始末する」
「ひっ――!!」
秀樹が扉から出てくると、監視員達の視線が集まった
「・・・おい、お前」
「は、はい!」
一番近くに居た監視員に秀樹が声をかけると、怯えたまま返事を返した
「レティに連絡してくれ。『鬼だった。後始末を頼む』と」
「了解しました!」
「あぁ、それと・・」
歩き出していた秀樹は立ち止まって、背中を向けたまま一言
「もう監視役は必要ない」
真っ赤になった右腕を振りながら、その場から去った
シャワーを浴びた秀樹が広間に入ると、すでにソファの上に陣取っていた武人がにらみつけてきた
「お前が居ないせいで俺だけ怒られたじゃねぇかよっ!」
「そうかそれは悪かったな」
「絶対思ってないだろ!!」
「社交辞令ってヤツだ、受け取れ」
「いるかっ!!」
散々叫んだ武人は、疲れたのかソファの背もたれに沈み込んだ
「・・・・なぁ、覚えてるか?」
唐突にそんなことを言い出した武人に、秀樹は当然というように顔をしかめた
「何をだ」
「明日で、俺がここに来てちょうど三年♪」
へへっ、と笑ってみせる武人
「・・・・・・そうか、もうそんなになるか」
「早いよな〜、時間経つのって。あの頃はまだ俺高校生だったし・・。って、お前もだけど」
武人の目は本当にその頃を懐かしむようだった。秀樹は思わず目を伏せる。その様子に気付いたのか、武人はあ〜、とかうぅ〜とかわけのわからないことをうなりながら口を開いた
「別に気にすんなって。まぁ、お前に誘われなきゃここには居ないだろうけど、えっと・・後悔とかしてるわけじゃ全然ないし」
何とか言葉を捜している様子の武人に、秀樹の表情が少し緩んだ。途端に武人の動きも表情も口も止まった
「・・どうした?」
「へっ?・・あ、いや。お前が笑うの、久しぶりに見るなって思ってさ。最近しかめっ面ばっかだったし」
心底嬉しそうに笑顔を浮かべる武人。そこには子供のような純粋さが見て取れた。秀樹はその表情を見て、顔には出さないようにして後悔した
(・・俺が、純粋なこいつを闇の世界に落としてしまった・・・)
控えめに扉をたたく音が部屋に響いた。秀樹と武人が扉に目をやると、シンファと、初めて見る少年が立っていた。小柄なシンファより少し小さめなところを見ると、年齢的にはまだ小学生くらいだろうか
「あ、お二人ともこちらにいらしたんですね。自室の方に居ないから探しましたよ」
「どうしたのこんな時間に。ってか、その子誰?」
武人がそう言ってシンファの隣に立つ少年を指差す
「この子を紹介しようと思って探していたんです。カロンっていって、もともと孤児だったんですけど、頭の回転がとてもよかったので本部の方で引き取って教育をしていたらしくて。今日からこちらの一員となったんです」
「よ、よろしくお願いします!」
緊張しているのか、そのまま押したらこてんと倒れてしまうのではないかと思えるほどカチカチに固まっていた
「おぅ、よろしく。ってか、カロンって何歳?」
「えっと、今十一です」
その返事に秀樹は顔をしかめた。武人もどこか引きつった笑顔になった
「そうそう、お二人にお願いがあるんです」
「・・一応教えといてやるが、拒否権のあるものをお願いというからな?」
「あ、じゃあ命令が下っています」
秀樹が指摘すると、シンファは人好きのする笑顔のままあっさりと変更した
「カロン君は近いうちにお二人付の研究員兼医療班となる予定です、今まで専属が居ませんでしたからね。なので、カロン君にここで行っていること、今起きていること、すべての説明をしてください」
「どこからどこまで話したら良いのさ」
「ですから、すべてです。カロン君にはまだ何も教えていません、現場に行く前に先入観を持たないように」
二人は息を飲んだ。全く何も知らない少年に、今から恐ろしい現状を知らせなければならないのだから。カロン本人は何もわかっておらずにきょとんとした表情を浮かべている
「時間はどれだけかけられても、またどこまで教えるか、それはお二人の自由にする許可が下りています。それでは、私はこれで」
最後まで笑顔を浮かべていたシンファが、部屋を出た。俯き気味だった二人には、その顔に辛そうな影が浮かんだのは見えなかった
「・・・・・あ、あの」
しばらく続いていた沈黙を破ったのはカロンだった
「こ、ここって、何のための施設なんですか?俺、ほんとに何も知らなくって・・」
おろおろとしているのが普段感じる恐怖感からでなく緊張からだということが伝わり、二人の表情から力が抜ける
「なぁ、カロン」
先に口を開いたのは武人だった
「あ、はい」
「“鬼憑き”って、知ってる?」
「本部の方で何回か耳にしたんですけど、それがなにかは・・」
「・・じゃあ、そこから話すか。あ、別に敬語とか使わなくっても良いから」
武人が勤めて明るくしようとしているのが秀樹にも伝わったのか、近くの箱に手を伸ばしてカロンに突き出した。いきなりのことにカロンが判断できないで居ると、秀樹が箱を開けた。中にはクッキーやチョコなどの菓子がいくつか入っていた
「・・・・長くなる。食いながら聞いてろ」
「あ、ありがと・・」
カロンは一つチョコを取り上げるとそれを口に頬張った。その様子に満足したように笑顔を浮かべた武人が口を開いた
「じゃあ、説明はじめるな」
「もともとどこで生まれたものかもわからないんだけど、一番古い伝承は日本の小さな村に伝わってた。そこに記されてるのは、異様な能力を持って生まれてきた子供のこと。人間離れした能力と身体的特徴から、悪霊や鬼が子供にとりついたって思われてたんだ。日本では昔そういう風な考え方が当たり前だったからさ。んで、その資料の中でのそいつらの呼び名が鬼憑きってわけ」
「人間離れした能力とか、特徴って・・?」
「色々あるらしいからこれ!とはいえないけど、たとえば異常なほど力が強かったり、未来が見えたり、自然を操ったり・・そういう感じみたい」
「身体的特徴のほうはどの鬼憑きもほとんど同じだ。驚異的な回復力、長寿、能力を使うときに体のどこかに現れる呪印、普通の色ではない瞳、発達した身体機能。そして、体液は他の生物にとっては猛毒となる」
「それが鬼憑きな。ここまでで質問は?」
「だいじょうぶ」
カロンの瞳には真剣な色が浮かんでいる
「じゃ、続きいくか。んでこの施設がなにをしてるかというと、その鬼憑きと戦ってる」
カロンがわからないという顔をする
「何のために・・・?」
「力があることが脅威だからだ」
答えたのは武人ではなく秀樹だった
「戦闘に向いた能力であれば、たった一人で軍隊の一小隊と同じような戦闘力をもつ。そんなやつらがいるとなって、それが他の人間と同じ知能を持っているとわかった。もし集まって襲われれば、負けるのは人間の方だとわかったからだ。脅威の芽が脅威になる前に潰しておこうという事だろ・・。この施設で行われているのは鬼憑きについての研究、資料の解析、戦闘員の訓練・派遣、それにあわせた医療班の整備」
「潰すって・・・・そ、それって・・!」
「・・・殺すんだよ。そのための戦闘要員だ」
カロンが息を呑むのが二人に伝わる。軽くため息をついて武人がまた口を開いた
「もちろんそんな戦闘力をもつ鬼憑きを相手にするんだから、こちらも尋常じゃ勝てっこない。ただ単に強いってだけじゃ勝てないんだ。向こうが戦闘に向いてたりしたら尚更、こちらにも異常なほどの戦闘力が求められる。だから、研究員達がいるんだ」
「俺たちは身体能力を上げたり、戦闘力の向上になんらか役に立つような力をつけるために、自らの体を研究員に差し出すことを約束としてここに居る」
室内の空気が重たくなったのを感じて秀樹は口を閉じた。カロンの目は見開かれて、体はわずかに震えていた。なにかを言おうとする口は音をなさず、ようやく出た声もかすれていた
「そんな・・・・それじゃ、あなたたちまで・・鬼憑きのように・・・・・・人間を・・実験対象に・・・・」
「・・・・確かに、俺らも普通の人間じゃないって点では鬼憑きと一緒かもね」
武人の笑いを含んだ声音に、カロンは口を閉ざした
「でも、それじゃないと鬼憑きには太刀打ちができない。研究員の人も俺らの体に影響でないように安全確認できるまでは使わないし。・・だいたい、入隊のときに言われて、納得した上で俺らはここにいるんだし。まぁ、中には俺ら怖がって近づかない奴らもいるけど」
武人が最後に浮かべたのは、無意識なのだろうが、どこか自嘲するような笑顔だった。カロンは少しうつむいた
「・・・・・・・俺、ほんとに何にも知らないまんまきたんだ・・」
「それが普通だろ。・・・本当なら、知らなくていいことだ」
沈黙が部屋を支配する。武人も秀樹も無理には話そうとしなかった。カロンの震えは納まっていたが、その顔に浮かんでいるのは明らかな恐怖と驚き、今自分が足を踏み入れた世界に対しての嫌悪。十一歳の少年には重すぎる話だ。不意にカロンが立ち上がり、顔を上げた。そこにはまだ恐怖が浮かんでいたが、カロンは笑った
「・・俺、研究室行きます。今の俺じゃ簡単な手伝いくらいしかできないけど・・・ちゃんと勉強して、体の負担、軽くするようなもの作るから。二人の寿命縮めたくないし」
「おう、頼むな!」
「うん!それじゃまた来るから」
二人は手を振りながら扉の向こうへ走っていくカロンに最後まで視線を贈っていた
「なぁ秀樹、マジで頭いい子だったな」
不意に武人が口を開いた。秀樹もそれを思っていたのか無言で肯定を示す
「・・・俺ら、寿命縮まってるなんてひとっことも言ってないのに」
武人はそう言って苦笑を浮かべた。言ったら心配するだろうとあえて言わなかったことなのに、カロンには伝わってしまっていたようだ
「優しい子だったな」
「・・そうだな」
「さて、俺はそろそろ寝るか。お前どうする?」
椅子から立ち上がって伸びをしながら武人が聞く。秀樹もあくびをしたのか軽く涙目になっている
「少ししたら寝る。・・先行ってろ」
いつの間にか時計の針は十二時を回っていた
「じゃ、そうさせてもらうわ」
武人はそういうとそのまま扉へと向かった。武人が居なくなった部屋に、軽い沈黙と、秀樹の溜息が響いた
目が覚めて食堂に秀樹が行くと、すでに来ていた武人とカロンに迎えられた。昨日最後に見たのとは違う歳相応な表情を浮かべたカロンに少し戸惑った。カロンにもそれが伝わったのか、少し笑顔を濃くした
「俺こう見えてなかなか適応力高いんですよ」
「・・そのようだな」
「俺もさっき会ったときはびびったくらいに元気だったもんな」
ざわつき始めた食堂の数箇所だけ穴が開いたみたいにポツリポツリとしか人が居ない。ここもその1つだった
「だいたいこの席空いてるとこに居るのが、俺らみたいな戦闘要員だよ」
「そういえば、戦闘員って組みなんですか?一人で居るのをあまり見ないけど」
「そ。基本、プライベート以外は二人で行動するのが原則だし。戦闘中は命を落とさないためにね」
「普段は?」
「・・戦闘を行うためだけに集められた集団だからな。戦闘マニアみたいなヤツを抑えるために、ほとんどレベルが同じくらいのヤツとペアを組むようになっている」
なるほど、と感心するカロンをよそに、武人は苦笑いを浮かべていた
「何でも良いけど、飯食いながらする話題でもないよな」
「あっ、ご、ごめんなさい!俺が聞いたから・・」
「いや、カロンが食いにくくないならいいんだけどさ」
二人をよそに秀樹はすでに朝食を食べ終わっていた
「・・・・俺もう行く」
「うわ、飯食うの早っ!ってかお前なんでんな量で足りるんだよ?」
「お前が食いすぎなんだよ。・・レティに呼ばれてんだ」
「またかよ。レティもお前呼ぶの好きだよなぁ。まぁ、なら早く行ってこいって」
そのまま無言で居なくなる秀樹はいつものことなのか、元気でな~なんて旅にでも出るかのごとく挨拶している武人をよそに食堂を出て行った
「ねぇ、武人さん」
「だぁかぁらぁ、呼び捨てで良いってのに。で、何?」
強調した割には呼び方をさして気にする風もなく聞いた
「何で秀樹さんとペアなの?」
「・・・・・は?」
武人は虚をつかれたのか、ぽかんとした表情を浮かべた。対するカロンの表情は真面目そのものだ
「だって昨日から思ってたけど、二人って正反対な感じするし。さっき言ってた力とか、そういうのはわかんないけど・・なんか、普通にならあわなさそうだなって思ったから」
言いながらも少しずつ小さくなっていく声に、武人は思わず笑った
「な、何で笑うんですか?!」
「ははっ、悪い悪い。なんだか昔もおんなじこと言われたからさ」
目元に少し浮かんだ涙を拭いながらも、武人の表情は笑ったまま。雰囲気はどこか楽しそうだった
「昔、ですか?」
「あぁ。最近はここに俺が来たときかな。あと、敬語は使うなっての」
「あ、うん。・・そういえば武人っていつからここに居るの?」
「三年前だよ、ちょうど三年前の今日」
「よく覚えてるんだ。・・記念日とか好きな人?」
カロンの一言に武人は苦笑いを浮かべた
「そんなんじゃねぇよ。ただ、ちょうど一緒だったんだ。初めて秀樹と会った日と」
武人が浮かべた穏やかな表情は、どこか遠くを見ているようだった
「秀樹さんにそれ言った?」
「言う訳ねぇだろ?どんだけ馬鹿にされるかわかったもんじゃねぇし」
苦笑というよりも苦々しい表情を浮かべながら、武人は食器を持って立ち上がった
「さて、俺そろそろ行くな。お前どうする?」
「今日は図書資料室に行こうかと思って。研究員志望者なら結構いろんな本読めるみたいだし。専門知識とか、早く覚えないと昇格できないから」
「そっか、がんばれよ。あ、俺なら昼もここ来るから、会いたけりゃ来いよな」
「うん」
カロンの笑顔に満足気な笑顔を浮かべた後、武人は食堂から出て行った。カロンもすぐに片づけをしてから武人たちとは反対側の扉に向かって歩いていった
「全くお前という奴は。なぜそう毎回毎回鬼を始末したがるんだ」
「・・どうせ始末するだろう。早いか遅いかの違いだ」
「お前がするかどうかの違いだ」
秀樹がレティを半ば睨むようにしてみるも、それ以上の視線で睨みつけられた。目をそらした秀樹に、少し離れたところに座っているレティの溜息が飛んでくる
「どういう考えでしてるのかは知らんがな、少しはこっちの気も考えてみてくれないか。戦闘要員だからといって相手を絶対殺さないといけないわけでもない」
「・・・・・・この組織の目的は鬼憑きの抹殺だったと思うがな」
「・・揚げ足を取るのが好きなようだなお前は」
しばらくとげとげしい空気をまとっていたレティだったが、諦めたように溜息をついてデスクに腰を下ろした
「・・・・もういい、戻れ」
部屋に入ってからずっと立ちっぱなしだった秀樹は、レティのその言葉に反応して一礼すると踵を返して扉から出て行った。その実に慣れた動きに、レティは改めて秀樹を呼びすぎるほど呼んでいる自分が居ることに気がついた。思わず自嘲のような笑みがこぼれる。ぽつりと口をついたつぶやきは誰の耳にも入ることなく消えた
『総司令官、よろしいですか?』
突然鳴り出したスピーカーに、レティは顔をしかめながらも反応する
「どうした?」
『調査班のほうから新しく報告が入りまして、ここから20kmほどのところで鬼憑きが確認されたそうです』
「20kmか・・近いな」
『はい、戦闘型ではないようなので、しばらく調査を続けるとのことです』
「任せよう」
『それと、本部の方から面会許可を求めてきている人が居ます。お通ししますか?』
「・・・本部からだと?」
『そのように言っておりまして・・・身分証なども本物のようで、間違いないかと』
「そうか・・。いい、私が行こう。応接室に通しておいてくれ」
『承知しました』
機械音が入り、通信は途絶えた。レティは深い溜息をついて立ち上がると、かけてあった上着を羽織りながら客の元へと向かった
戦闘要員達の訓練用と称された訓練室を、実際に使うのはたったの一人だけだった。普段誰も居ないそこは、今日は一人だけの使用者が貸しきっていた。時折響く乾いた音と、地面をける音、空を切る音以外何も聞こえない。かなり破壊的な音が響いたかと思うと、音がすべて消えた。少し荒くなった息を落ち着けるために座り込んだ武人の頭はどうしても訓練に集中してはくれないようだ
「はぁ・・・・・・」
1つ息をついて落ち着けると、訓練を続けるでもなくただぼうっと天井を見上げた。三年前から武人だけが使ってきた訓練室は、気がつけば武人用の施設のようになっていた。見慣れた天井に、やはり疑問は募る
「最近あいつ休んでねぇよなぁ・・・」
ここに着たばかりの頃や戦闘に慣れていない頃は気にもならなかったが、武人は実際秀樹の休んでる姿を見たことがなかった。ほとんど休日をもらえない上に休みの日にも研究や探索、下手すれば戦闘人員の穴埋めとしても動いている。それでも仕事のときに秀樹の体力が尽きることはなかった。疲れた様子すら見せない
「・・まさか、マジで疲れ知らずとか?・・・・そりゃねぇか」
ただの比喩にならない現状に苦笑いが浮かぶ
「しっかし、いつになったらあいつに追いつけるかねぇ・・・・無理な気はするけど。せめてもう少し強くならねぇと相方としてしょうがねぇ」
武人は体を起こして深く息を吸い込み、再び訓練に集中した。武人は秀樹に一度も勝った事がなかった。そういうと語弊があるかもしれないが、けして武人が弱いというわけではない。組織内の戦闘要員の中でも2位の位置をしめているほどだ。ただ、それがわからなくなるほどに秀樹は桁外れの強さを持っていた。基本的には同等の力というのが基準となっているチーム決めは、かけ離れてはいるが1位と2位の組み合わせとなった。決まってから、武人はそれまで以上に訓練を重ねて、実力を上げている。それでも追いつけない秀樹に、武人自身はこれ以上どうしようもなかった。CGで構成された目の前の敵の攻撃をかわしつつ攻撃の機会をうかがう武人の手には何も握られてはいない。本人曰く、【手に物持ってると早く動かなきゃいけないときに邪魔】らしく、どうしても必要なときを除いて、武人は武器を使わない。代わりに極限まで鍛え上げられた体はナイフやハンマーを勝るほどの威力を持っていた。体重を乗せて拳をおろすと、敵はそのまま地面に当たって動かなくなり、残像を残して消えた
「さてと、シャワーでも浴びて一休みするか。あいつもそろそろ戻ってんだろ」
額に軽く滲んでいた汗を拭って、自室へと足を向けた。正確には、向けようとした
「うぉっ!!」
「・・・人の顔を見るなりなんだ、失礼な奴だな」
「あ、はは・・すんません」
一応叫んだことに引け目は感じるのか、武人にしては珍しく謝った
「っと、珍しいッすねレティさん。俺に用でも?」
「そうでなければこんな処へ等は来ないだろう」
「まぁ、そうでしょうね」
あっさりと返されて武人は苦笑いを浮かべるしかなかった。レティの雰囲気を苦手としている武人にとってはあまり好ましくない状況下、レティが何かを差し出した
「・・・・・なんすか?それ」
あからさまに疑いの眼差しを向ける武人
「先ほど来た客からだ。お前に渡せと」
「俺にッすか・・?」
そう言われれば受け取るしかないが、手に取ってみてもいったい何なのかが全然わからなかった
「用件はそれだけだ。私はもう行く」
「あ、ちょっと!」
「・・なんだ。私も暇ではないのだがな」
「秀樹の事でちょっと聞きたいんすけど」
「それなら本人に聞けばいいだろう。お前は奴とはパートナーのはずだが?」
「それはそうなんすけど・・・・」
まだ何か言い足そうな武人を無視してレティは訓練室を出ていった
「・・聞けたら苦労しないんだっての、くそ」
ため息と共に呟いて視線を下げると、レティに手渡された物が目に入った。手に収まる箱を開いてみると、かなりゴツい作りの指輪が一つと、
「・・・・・手紙?そんなんくれるような奴いたっけか」
真っ白な封筒には宛名も差出人も書いてなかった。ひっくり返してもそれは同じで、どこからのものかすらわからない。とはいえ、レティが持ってきたということは確認がされたのだろうし、何よりこれを読まないことには何もわからないままである。一息ついて覚悟を決めると、武人は封を切った
「えっと、なになに・・――」
『全館内に連絡、全館内に連絡。木更津秀樹、古野武人の両名は至急、司令室へ。レティ総司令官がお待ちです。繰り返します。木更津秀樹、古野武人の両名は至急司令室へ――』
「・・・あ、あの・・呼ばれてるんじゃ・・?」
放送をかけられているにも関わらず、秀樹と武人はカロンの前でゆっくりと食事をしていた。カロンが声をかけたことで、しぶしぶといった様子で武人がスピーカーを睨む
「・・お前朝行ってきたんじゃなかったのかよ。ちゃんと用事全部済ませてこいよな」
「知るか。俺があの時呼び出された分の用事は終わってる」
「じゃ、ひょっとして・・・」
「・・任務だろうな」
嫌そうに秀樹が答える。武人は一瞬固まって、そのあとで食堂中に響くような大声をあげた。それはもう拒否を全身で表わすように
「やだ!絶対やだ!!」
「わがまま言ってる場合か。さっさと行くぞ」
「だってせっかくの久々の休みなのに!他にも休みのやつらいるじゃん!何で俺らばっか!!」
「他に回せないからにきまってるだろ。いいから来い、馬鹿」
秀樹に首根っこをつかまれながらもまだ文句を続ける武人を引きずる形で、二人は食堂から司令室へと向かった
司令室という場所を分かっているのか、または自分たちならば許されるという思惑でもあるのか、二人はこれでもかというくらい激しくドアを開いて――もちろんノックなどしていない――司令室中央に座る司令官を睨みつけた。開けるほうが開けるほうなら、開けられるほうも開けられるほうといったところか。ドアの大きな音には一切反応を示さず、ちらと顔をあげて二人を確認すると、手もとの書類を脇によけて机に両肘をついて顔をあげた
「・・遅かったな」
「遅いも何もあるか」
間髪入れずに返したのは秀樹で、いつもなら我先にと突っかかっていきそうな武人は口を閉じて不機嫌そうな顔をするだけ。あまりにもいつもと違うが、それに慣れてしまっているレティはさして気にした風もない
「先ほど、この地点から20kmの地点で鬼が発見された」
「20kmって・・・結構近くね?」
「戦闘用能力を有していないと思われたため、戦闘員2組を投入。30km地点の廃屋にまで追い詰めたらしい」
「・・・らしい、だと?」
珍しく歯切れの悪いレティの言い方に疑問符の浮かぶ二人。硬い表情で語り続けていたレティの顔が曇った
「・・・5分ほど前、戦闘員から連絡がきた。『他のやつらがやられた。至急増援を頼む』、とな。・・それ以降連絡がつながらない状態だ」
「つーことは・・」
「・・・・殺られたな」
「そう考えていいだろう・・」
しばしの沈黙。レティはため息をついて立ち上がると、いつものように強い視線を二人に向けた
「任務内容は戦闘員2組の安否確認、鬼の捜索、能力の正確な把握と討伐。優先順位は言ったとおり。廃屋への地図は装置に転送。何か異論は?」
「別にないっすよ」
武人が軽く答え、秀樹が頷くことでそれに同意する
「・・そうか、なら以上だ。早速行ってくれ」
レティは背を向けて出ていく二人を眼だけで送り、部屋から出た後で、また溜息をついた
「嬉々として出ていける奴らが羨ましいよ・・」
愚痴をこぼしながらも戦闘服に着替える武人は本当に嫌そうだ。それもそのはずで、二人にとっては今回の休み、実に2か月ぶりなのである。休みが任務で消えるなんてざらで、今までもことごとくつぶれてきていた。が、今回は休日に入ってからの出動ということもあり、余計に喪失感が大きい。戦闘マニアでも何でもない武人からしてみれば、迷惑この上ない話だ
「・・いつまで文句言ってんだ。いい加減諦めろ」
「だって!・・・・わかってっけどさ、言っても変わんないのくらい。けど、出るまでくらい好きに言っててもいいだろ?」
「そう言って出るまでで終わったことが何回ある?」
「そりゃ、お前・・・・・ないか?」
「ないな」
「あー・・・・・・まぁ、あれだ。気にすんなって」
苦笑いを浮かべながら視線をそらす武人に、軽くため息をつく秀樹。すでに着替え終わっている秀樹は、壁に寄り掛かった体勢で武人を待っている。武人は最後にジャケットを羽織り、手に愛用のグローブをはめて具合を確かめた
「・・よしっと、行くか!」
気合いを入れ、外に向かっていった