エリエールの回顧録6 警鐘
お姫様が16、王子様が22の春がついに訪れました。
王子様は数日前から仕事量を増やし、二三日は休みを取れる時間を確保しました。
その日の午前中には王子様は、王子様はお姫様を迎えに行く準備を整えました。
☆
普通は、馬車でえっちらおっちらお迎えに行くのでしょうが、お姫様も王子様も馬の扱いは得意です。
馬車にがたがた揺られるよりも、馬に乗ってこの国にお越しになるほうが、姫様にとっても楽なはずです。花嫁道具一式は結婚までに届けばいいから、後から馬車やら何やらで運ばれてくるでしょう。
「今から、行かれたら――」
「今日は向こうの屋敷に泊まって、明日の朝出発かな」
「じゃあ、戻ってくるのは明日の午後ですか?」
「途中休憩を入れる予定だから、夕方に差し掛かるかもしれないけれど」
「ベッドメーキングは抜かりなくしておきますわ」
「だから、お姫様の前ではそんな言葉は使わないでくれよ」
私の言動に呆れながらも、微笑んで王子様はお姫様の城に向かわれました。
あの時、結婚を考え直すように進言できていれば、それとも最初の予定通り、姫が12の冬に王子様の城にお迎えしていれば、歴史は変わっていたのかもしれません。
☆
翌日の早朝――
王子様が、予定よりもかなり早く帰ってきたのには、さすがに眉をひそめました。
どう考えても、夜通し馬で駆けたとしか考えられません。
何かが、おかしい。その時が、心の奥の警鐘が鳴り始めた瞬間でした。
私は、王子様の顔を見上げました。いつもの穏やかな顔が無表情で、血の気がありません。
王子様に手をしっかり握られているというか、捕らえられているお姫様の顔は真っ青です。
「お姫様お疲れでしょう。すぐ、お部屋にお通ししますね」
しかし、王子様はまるで、罪人を引っ立てるように、彼女の腕を引っ張ります。
「部屋には私が連れて行く」
姫様が痛そうに顔をしかめるのもお構いなしです。
そして、そんな王子様の扱いに姫様は一言も漏らさず耐えておられました。
「ちょっと、待ってください。姫様はお城に着いたばかりです。お二人になるのはもう少し・・・」
私の制止の言葉に振り向いた王子様の顔は何かに憑かれたような表情をしてらっしゃいました。
「君が『何かに憑かれた』と言うのはおかしい」ですって?
じゃあ、こう言い直した方がよろしいでしょうか?
極寒の氷と地獄の炎とぐちゃぐちゃに混ざり合って、どんな表情をしていいかわからない表情。
一つの顔の中に怒りと悲しみ、絶望、憎悪、嫉妬の感情が争い合っているような顔と申しましょうか・・・。
王子様がずんずん進んでいくのは、王子様のお部屋とも用意していたお姫様の部屋ともまったく方向の違う別棟でした。
あそこは・・・姫様があちらに運ばれるはずがない。
そう思いながらも、私はただ王子様とお姫様の後を小走りについて行くしかありませんでした。
廊下を進んでいる間、すれ違う使用人が王子様の鬼気迫る顔に振り向き、固まり、一歩後退りました。
姫様が連れられてきた部屋は、やはり『貴婦人の氷の部屋』でした。
「シャムロック様!何の冗談ですか!」
「冗談ではない。姫には、ここで一人で頭を冷やしてもらう」
実際に氷でできているわけではございません。貴人が罪を犯したとき幽閉する塔の一番上の部屋のことを『貴婦人の氷の部屋』と呼んでいたのです。
王子様は、姫様の背中を乱暴に押して、部屋に入れると鍵を閉めてしまわれました。
ついに、『お姫様とスケルトン』に物語突入しました。