願った春
――十年後 春
数日前、息子が行方不明になった。
他の家の子に森に行って見つけた木の実を自慢されて、つい一人で森の中に入ってしまったらしい。
森から無事戻れた息子は「魔法みたいな光の道で帰ってこれた」と言って泣いていた。
『魔法』と言う言葉で思い浮かぶのはただ一人。 彼の魔法は一度しか見たことは無い。
彼が“道を光らせる”魔法を持っていたとしても不思議ではないが、私たちの子どもだけは絶対助けないだろう。
草に付いた雨粒がたまたま光って見えたとか、猟師や樵の目印を見つけたとか……
ここ数年忘れ去ろうとし、事実忘れていた人の姿を思い出す。
最初は人間の姿の笑顔。そして……
思い出しかけたところで、いつもの通り意識の外に追い出そうとする。
どこまでもひどい女だ。
きっとどちらの運命を選択しても後悔はしていただろう。
でも、引き返すことができたとしても私はきっと同じ道を選ぶだろう。
もう、この子達と出会ってしまったから、他の道を選ぶことはできない。
「お母様の手いつも綺麗だね」
「枯れたら何度でも指輪を作ってはめてくれるお父様がいるからよ。わたしも何度も何度もお父様に指輪を贈るの」
家事で荒れた手を見てにこにこ笑う娘に微笑みで返す。
夫と寄り添って、子どもたちに囲まれて……。これが私が願った未来。
ふと振り向くと森の木々の隙間に“彼”がいた。呪われた姿のままで。
息を詰めて、見つめる。
涙が溢れる。
「お母様どうしたの?」
許してなどと口が裂けてもいえない。
涙で視界がぼやけてまたたきしている間に、彼の姿は森の奥に消えた。
私は彼の後姿を追って、森に駆ける。
「母さん、森は危ないよ」
身にしみて森の怖さを体験した息子が私の腕を掴んで止めた。
私は息子の手をはずすとあの日から一度も嵌めていなかった赤い宝石の指輪を家から取って来る。
早くしないと……
「母さん!」
私が再び森に向かう姿を見て息子が止めに入る。私が「三歩だけだから」と言うと息子は不承不承納得してくれた。
「シャムロック。これをあなたに返したかったの」
私は、シャムロックが立っていたその場所に指輪を置いた。
☆
数日の間、彼がまた姿を現してくれないかと家事の合間に彼が立っていた付近を見つめた。
だが、彼はその後、姿を見せてくれなかった。
罪悪感が生んだ幻影だろうか。
どうしても彼の姿を確かめたくて、森に足を踏み入れた。
皆同じに見える木々と脛の半ばまで伸びた草。たしかこの付近の木の根元に…
赤い石の指輪を置いたはずの場所には、草が生えるのみで指輪はなかった。
あれから数日経っている。 別の木と勘違いしてしまったかもしれない、森にいたずらで入ってしまったどこかの子どもが持っていったのかもしれない、あるいは鳥に持っていかれたのかもしれない。 でも、彼に返せたと信じよう。
彼が立っていた場所から、村を眺める。私たち親子を見つめていたあの時、彼は何を想ったのだろう。
私は村に向かって歩き出した。そこには私の願った春の光景がある。
彼を裏切ってまで手に入れた未来だ。彼に世界一ひどい女と思われてもいい。
今はまだ彼に言う言葉を持たないけれど、選んだこの道を精一杯歩いて……
もし神様がもう一度会う機会を下さったときには、彼に胸を張って『幸せだった』と報告するのだ。
これで『願った春』は終了いたしました。
扉開けっ放しで告白の練習をしていた王子様が悪いのか。
噂が広まっているのに止めなかったエリエールが悪いのか。
姫様の滞在期間中にわざわざ噂を口にした王子の城のモブ侍女達が悪いのか。
噂を真に受けて確かめもしなかった姫様が悪いのか。
婚約者がいることを知っているのにお姫様の心の隙を突いて求婚した青年が悪いのか。
この短編集を読み終わったあともう一度『お姫様とスケルトン』を読み返していただけると嬉しいです。
皆様最後までお読み頂きありがとうございました。
(と言いながら、シャムロックのその後をしつこくUPするつもり)




