囚われの姫
城に帰った私は窓を開け放って紅茶を飲みながら夜空を眺めていた。
空気は少しひんやりしているが、紅茶を数口飲むだけで、指先、爪先に熱が伝わる。
いつものお茶と違うハーブが使われているのか、香りが違う。
ここからの景色を眺めるのもあと数日。もう少しだけ眺めていよう。
そう思ったとき、
「姫、一年ぶりですね」
シャムロックが部屋に入ってきた。
「お久しぶりです。隣の国の王子様」
笑みを貼り付け、感情の篭らない声で短く挨拶を切り上げる。
シャムロックに会ったのに、喜びも悲しみも湧き上がってこない。
ただ、焦りだけがほんの少し波立つ。
彼は、お父様から正式な結婚の許可を得るためと今後の結婚への日程を話しに来ただけだ。
まだ、バラが咲くまで、時間があるはず。
「姫、私たちの結婚が決定しました。今から我が城にお連れいたします」
シャムロックが優雅に頭を下げて告げた言葉に私は息を飲み、青年の名を口走ってしまった。 とっさに口に手を当てたはずだが、声が漏れてしまったようだ。 シャムロックの表情が一瞬険しくなる。
彼は私との距離を一気に詰めると私の指からシロツメクサの指輪をするりと抜き取り、窓の外に手を突き出し抜き取った指輪を……落とした。
私は手を伸ばしたが指輪に届くことはなかった。 おかしい身体の動きが泥の中にいるように遅い。
「すぐに枯れてしまう花よりもこのルビーのほうがあなたの指にはふさわしい」
彼の声が遠くに聞こえる。 眠い。
私は指にルビーの指輪を嵌められるのを払いのけられなかった。
☆
「……ん、っいや」
「動かないで。落馬の危険はちゃんとあなたに教えたでしょう」
目覚めた私は馬上のにいた。思わず降りようとした私をシャムロックがしっかり支える。
「動いたら落ますよ。城に着くまではじっとして下さい」
恐る恐る見上げたシャムロックの顔はとても険しかった。
☆
たどり着いた彼の城では高い塔に連れて行かれた。
過去何度か案内された美しい調度が揃っている部屋とは違い、最低限の調度が揃っただけの殺伐とした部屋だった。紅茶が注がれるカップも白磁から木に変わっている。王族の持ち物らしく、綺麗な彫り細工をしてあるけれど。 窓も、天井近くにあって、外を覗うことができない。
待遇の悪さよりも、彼の態度に怒りを覚える。
なぜ、王子にあんな恐ろしい……責めるような目で見られたいといけない。
裏切ったのは王子が先だ。
「お姫様。王子様と何が?」
エリエールに話しかけられたとき、彼女が注いだ紅茶を手に持ったままじっと眺めていた。
持った状態で固まっていて、言葉と共に、カップの存在を思い出す。
「毒なんて、入っていませんから。王子様が調合・・・じゃなかった、ブレンドしたものですよ?」
そう言って、エリエールは同じポットから注いだ茶を優雅に口に含む。
「王子様は・・・?」
「さすがに疲れたようです。お部屋に戻られました」
その言葉に内心ほっとする。膝に顔をうずめてこっそり息を吐き出す。
「王子様は少々、仕事疲れで、機嫌を悪くされているだけですわ。いくらお姫様を早くお迎えしたいからといって、夜通し馬で駆けるなんて……」
そこまで心配そうにシャムロックを気遣っていたエリエールがにっこり微笑む。
「王子様も、ちゃんと疲れを取れば、いつものお顔に戻りますよ。お姫様のお顔もいつものばら色の可愛らしい唇が真っ青ですよ。ちゃんと食事と睡眠を摂って、次に王子様が部屋を訪れられた時にはいつものお顔に戻ってくださいな」
彼女の言葉に肩が震える。いつもの顔になど戻れるはずが無い。
怖がる必要は無いはずなのに、怒っていいはずなのに。次に王子に会うのがとてつもなく恐ろしい。
心臓が氷の絨毯の上に乗せられたような気分だ。
私がなぜ怯えないといけないの?
目の前の女を罵れば良いのに。
裏切ったのはシャムロックと目の前の女のはずなのに……
もし、間違っていたら……




