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告白とクローバー

「姫。時間が取れましたから、一緒に出かけませんか?」


 翌朝、私の部屋を訪れたシャムロックはそう言って、森に連れ出してくれた。


 あれほど彼と行きたいと願っていた森なのに、心は欠片も沸き立たない。

 森に来たら昔もらった花を一緒に探そうと計画していたが、もうねだる気力もない。


 私の様子にシャムロックは首を傾げるが何も聞いてこない。


 二人っきりの時間は何も話をしなくても昔はあんなに楽しかったのに、今は胸が詰まるばかりだ。


 結婚したら、ずっとこんな想いをしなければならないのだろうか。


「姫。来年の春・・・庭のバラが一番美しく咲き誇る時期にあなたを迎えに行きます」


 優しい声で、告げられてはっと顔を上げる。


 来年の春――


『もうさすがに結婚引き伸ばせないだろうし』


 私を裏切ったの? その笑みは偽りなの? そう叫びたかった。


「私、幸せになれるかしら」


 涙がこぼれそうだった。

 

 震えては駄目だ。絶対に泣いては……

 姫としての意地ともし本当にそう・・だったらという恐怖で、問いただすこともできずに、小さく呟いた。 


「私が、必ず幸せにします」


 彼が顔を近づけてくる。


 (口付けされる)


 私は思わず固まってしまった。

 侍女に口付けした同じ唇で口付けするつもりなのか。

 

 悔しさと恐怖で身体が小さく震えだす。お腹の底に熱が溜まるのとは逆に手先、足先が一気に冷え出した。


 シャムロックは私の変化に気づいたようで、わずかに身を引くと私の手を取り、そっと指先に口付ける。

  

「残りの一年、ご家族を大事に……」


 そう言って、彼は私をそっと抱き寄せる。


  …一年。

 

 本当は喜ぶべきことなのに、心に冷たい鉄の枷が嵌められたようだ。枷の中心には、期限を告げる砂時計が埋め込まれている。


 私は下を向いて、「はい」と答えるしかなかった。


 彼の抱擁は柔らかく包むような感じでほとんど彼の手は私の肩には触れていなかったが……私の表情を隠すには十分だった。 


 ☆


「どうしたんだ。そんな顔して」


 くしゃりと大きな手が頭を撫でてくれる。

 その瞬間、涙が滝のように流れ出した。


 家に帰っても、監視の目があることは変わらない。

 誰かに聞いて欲しかったが、城の者には話せない。城の関係者以外の知り合いで話を聞いてくれそうな人間は一人しか思いつかなかった。


 自分の城に帰った翌日、私は城をこっそり抜け出してあの村に行った。


 去年の秋に私を救ってくれた少年とは、傷の具合が心配になって、一度見舞いに行ったきり会っていなかった。


 たった半年でずいぶん大きくなった少年は私を力強く抱きしめて、泣き止むのを待ってくれた。


 涙とともに心に溜まった怒りも少し吐き出せて、落ち着いた私はひっくひっく変なしゃくり声をあげて王子様の城で噂や王子様の告白のことをとぎれとぎれに話した。


 すべてを話し終えたら枯れたはずの涙がまた溢れる。


 零れ落ちた涙は白く丸い花と不思議な形の葉っぱが覆い隠してくれた。


「これ、なんて花?」


「シロツメクサ」


 少年――いや、もう少年と言ったら悪い。青年は無愛想に花の名前を答える。


 私は「そう」と短く答えて、シロツメクサの花を指先でつついて心の中で「ありがとう」と呟く。

 おかげで、地面にしみた涙の跡を見ずにすんだのだから。

 

「あぁー…。その、ほとんど三つ葉なんだが、四つ葉を見つけると良いことがあるって言われているんだ。探してみるか?」


 涙で濡れたままの目では見つけられない。私は頷くと涙を拭いて探し始めた。 


 結局、二人がかりで探しても四つ葉は見つからなかったが、その頃にはだいぶ元気が戻ってきた。


「俺は何もできないが……泣きたい事があったらまたここに来たらいい」

 

「何もできないなんてとんでもない!おかげで元気になれたわ」


 私はふるふる首を振って、精一杯の笑顔と明るい声で答えた。

 大分虚勢を張っていたが、それがその時私ができる一番の礼であった。


 青年も私の虚勢に気づいていただろうが何も触れずに「泣きたい事が無くても、また来いよ」と笑顔を返してくれた。 

 


 それから私はたびたびこの村を訪れるようになった。


四つ葉のクローバーの花言葉……『わたしのものになってください』


たびたびと言っても、ほこほこ抜け出せるわけじゃないので、一ヶ月に一度か二度くらいだと思われます。


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