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別れ

「悪化するようならまた見せに来なさい。それと帰りに彼女が森に向かわないように見張って欲しい」


 シャムロックの言葉に真面目に頷く少年を「早く行くわよ!」と姫にはあるまじき大声で急き立てた。


 馬に乗ろうとする私にシャムロックは慌てて駆け寄り、

「村の村長宅に泊まりなさい」そう言って私に手紙を渡す。


 私はこの国に来る時や、城に帰る時に利用するだけで、詳しくは知らないが、シャムロックと村長は顔見知りで、これさえ村長に渡せば、一夜の宿ぐらいなら提供してもらえるだろうと言うことだった。


 ☆☆☆


「あんなに口うるさく言わなくても小さな子どもじゃないんだからわかっているわ」

 すると後ろから笑いがこぼれた。

「それだけお姫様が大事なんだよ」

 少年は笑いを含んだ穏やかな声で言う。その言葉に身体の中に小さな炎を放り込まれたように、胸が熱くなる。

「しゃべってると舌を噛むわよ」 

 馬のたずなを一つ打つと馬の速度がぐんと速くなる。

「うわっ」


 ☆ 


 少年とは村長宅まで案内してもらって、そこで別れた。


「助けてくれて、ありがとう」


 自然と彼のほうに手が伸びる。


 伸ばした直後「しまった」と思ったけれど、その時には少年も手を伸ばし私の手を掴んでくれていた。

 シャムロック以外の殿方の手を掴むなんて本当は良くないのだろう。だが助けてくれた人への礼は惜しんではいけない。

 まだシャムロックよりかは小さいけれど、私の手を十分包み込める手は、秋の夕方の涼しい風が時折吹く中、じんわり温かく、自然と穏やかな気持ちになる。


 黄金色こがねいろの世界の中、急に目を逸らした彼の横顔は太陽に照らされて赤く染まっていた。


「じゃあ」


 短く別れの言葉を告げた彼は走って帰っていった。


 ☆


 早朝、村長宅に侍女が現れた。


「王子様の城から早馬が来てまして」


 ぴきぴきと音が聞こえてきそうなほど青筋が立ってて、もう非常に怒っているのがわかる。


「厳しく叱っておくように書かれていましたよ」


「う・・・裏切り者」


 用意された馬車に乗る。馬は衛兵が連れて帰るそうだ。


 馬車に乗って落ち着いてみると、シャムロックのことが心に浮かぶ。


 一度こちらをじーっと見たあとは私を叱り付けて、怒っている以外はほとんど目をあわそうとしなかった。


 会いたかったのに実際会ってみるとなんてそっけない言い方をしてしまうんだろう。


 結婚した途端、お父様とお母様のように会話も無い顔もろくにあわせない夫婦になってしまったらどうしよう。傍から見ているだけでも、胸がつかえるような気分になるのに・・・・・・。


 落ち込みかけて外をぼんやり眺めていると、門の入り口に少年が立っているのが見えた。


(こんな早朝から?いつここを通るかわからないのにずっと待っていてくれていたの?)


「また、遊びに来るわー!」「ひっ姫様!?」


 侍女の眉が跳ね上がるのを無視して私は窓から身を乗り出し、少年に手を振った。


 大声を出したおかげで、ほんの少し胸がすっきりした気分になる。


 昨日少年が励ましてくれた言葉が心に甦る。


 ――それだけお姫様が大事なんだよ――


 あと半年待てばまたシャムロックに会える。そしたら彼とたくさん将来の話をしよう。


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