王子の城
半年振りに会うシャムロックは私を惚けたように見つめていた。
まあ、驚くのも仕方が無い。少年よりかは幾分かましとはいえドレスには草の汁やら、土やらがついているのだから。
しばらく私を見つめていたシャムロックは隣の少年を見ると少年の肩に手を回して侍医の所に少年を運んでくれた。
叱られるかと思ったが、彼は侍医に言われて医務室を出るとどこからか薬を持って来た。それどころか、侍医と一言二言話しながら、植物の葉やら謎の粉やらをすり潰して混ぜている。
これでは王子がまるで使い走りではないか。
侍医が男の子の傷口を綺麗に洗って消毒すると、王子が調合した薬を傷口にすり込む。
その様子を壁の隅っこで見学していたら、真剣に薬を調合していた王子が葉っぱを追加するついでに顔を上げた。
王子と目が合った。私は身をすくめる。
「で、なんでこんな事態になったんだ?」
声はいつもの優しい声音だけれど、目が怖い。
「森に行ったら狼に襲われた」
「何で森に行ったの?」
「湖で花を・・・」
私が消え入るような声で言うと・・・
「あの花は春にしか咲かないよ」
彼はため息をついた。
「今度からは絶対一人で森に入ってはいけない。迷ったら大変だし―」
「一人でちゃんと湖に行けたわ」
口の中でもごもご反論したが、彼にしっかり聞こえてしまったようだ。彼は目を吊り上げて言った。
「護衛が付いていないなんて論外だ」
自分だって護衛をつけずに森に行っているじゃない。
私が泣きそうになりながら心の中で反論していると、いつの間にか侍女が部屋に入ってきていた。
「今日はどうされます?」
「今日はここに泊まって――」
彼が言い切る前に、私は短く「帰ります」と返答した。これ以上、彼の顔を見たらうっかり泣いてしまいそうだ。そりゃ、森に勝手に入ったのはちょっとまずかったかなって思っているけれど、久々に会ったのにそんなに叱り付けなくてもいいじゃない。
「じゃあ、護衛を――」
「二人で大丈夫」
「二人?」
侍女が眉をひそめる。
「護衛ならこの人がいるわ。彼を村に送らなければならないから、あまり仰々しくしたくないの」
少年が国境の村の住民だと言うことは聞いていた。たくさん傷があったから慌ててここに連れて来たけれど、どれも小さい傷だったようだ。薬が沁みるのか、たまに顔をしかめるが、さほど痛がっているようにはみえない。
シャムロックはしばらくの間、薬を作る手を止めて考えていたが、最終的には許可を出してくれた。
「わかった。森には近寄らないなら。でもその前にせめて、その泥を落としてから帰りなさい」
そう言った後には、見慣れた穏やかな顔をしていた。
ほっとした気分とほんの少し寂しい気分になった。
一番見たかった彼の温かな笑顔をまた半年の間見れないと思うと少しもったいないような気がする。
侍女が「ご案内いたします」と言って歩き出す。扉を開ける直前、王子のほうを振り返り軽くお辞儀をする。もう一度顔を上げた瞬間に見えた横顔は何か言いたげな顔だった。
☆☆☆
「服が気持ち悪い。」
肌触りがざらりとした庶民の服を着せられ私は侍女に向かってつい口を尖らせてしまった。
「泥がいっぱいついたドレスよりかましです。これでも、上等なほうですよ。だいたい仰々しくしたくないとおっしゃったのは姫様ではございませんか?」
いつもの朗らかな笑いはほとんど見せず、どこか冷たい。彼の説教に割って入ってくれた時は助けてくれたと思ったんだけれど・・・。
「あの少年は・・・」
「え?」
あの少年のことが心配なのだろうか?
私が不思議そうな目で見つめると彼女ははっと一拍置いてこちらを見返し私の頭を撫でた。
「本当にご無事でよかった。二度と一人で森に行ってはいけませんよ」
「そんなに何度も言わなくてもわかっているわ」
風呂から上がると少年の治療は終わっていた。
ただ、こっちを見る少年の顔が赤い。傷が熱を持ったのだろうか?
やはり一日ここに泊めてもらおうか?
「大丈夫?」
「大丈夫だ」
ただ傷の具合を確認しただけなのにぶっきらぼうな声でそっぽを向かれてしまった。嫌われたのかな?




