もう一つの出会い
14の春は王子様はとても遠乗りに行くどころではなかった。
いや、馬には乗ったが、王子様といろいろなところに出かけたくてせっかく乗馬を覚えたのに、いつものように王子様の馬に二人乗りして湖に連れて行ってくれただけで、後は侍女に私の相手を押し付けて仕事に戻っていった。
「せっかく練習したのに!」
「すみません。どうしてもはずせないお仕事が入っておりまして」
ぷりぷり怒っている私をシャムロック付きの侍女はなだめてくれた。
あーあ、王子様と遠乗りしたかったな。
雪解けの山の景色も魚が泳いでる川も一緒に行って見たかったのに。
「あなた馬乗れる?」
「馬は少々でしたら・・・」
「じゃあ――」
「でも本当に乗れる程度でお姫様の考えているような遠乗りには連れて行けませんよ。もし、行きたいのでしたらほかに馬の得意な者を手配するか、馬車を手配するか致しますが?」
馬車は乗り飽きた。本当は馬車になんか乗らずに一人でここに来たかったぐらいだ。
遠乗りに出かけるなんて、王子様とこの侍女以外の人に連れて行ってもらっても気詰まりするだけだ。かといって私の城から連れてきた従者に頼むわけにはいかない。母の意向で「お怪我をしたらどうするんです」と言われるに決まっている。一人で遠乗りなどもってのほかだろう。
結局、その年の春はたった数日の滞在期間の間、湖に行った時と食事の時、お茶の時以外ほとんどシャムロックと顔を合わすことはなかった。
☆
14の秋
私は城をこっそり抜け出して、森に来ていた。
どうしても来年が待てなかったのだ。
春の彼との時間が短すぎたからかもしれない。秋の初めの頃から彼のことがちらちら頭をよぎる。
最初の出会い、馬で森の湖に連れて行ってもらったこと、小さな花をくれたこと、今何をしているのか、将来のこと。
私たちも結婚したら父と母のようになるのだろうか?
いつものように湖面に足を浸し、湖面を蹴るが、独りでバシャバシャ音を立ててもむなしいだけだ。
春に二人で訪れた時のほうがずっと楽しかった。
「シャムロック」
誰もいない湖で独りため息を零す。
今から会いに行ったら彼は喜ぶだろうか?「勝手に抜け出して」と怒るだろうか?
ここからなら、昼過ぎには、彼の城に着ける。まあ、彼の城に行ってしまったら、今日中には帰れないだろう。
城の者を心配させるわけにはいかない。だったらせめて・・・
少し湖を外れて、あの花を探す。前に彼が摘んでくれた花はその場所には生えていなかった。辺りを見回すがやはりあの花は咲いていない。あまり湖から離れてしまうと道がわからなくなってしまう。
矢が飛んでくる。その矢は狼の鼻先を掠めて地面に落ちる。
狼は私のドレスを踏んでいた前足をはずした。逃げるのかと思いきや、狙いを少年に替え向かっていく。
少年も狼は逃げてくれるものだと思っていたのだろう。慌てて次の矢を矢筒から取り出す。
少年は次の矢を番える間も無く、狼ともみ合いになる。
少年と狼が一塊になって、草の中を転げる。
起き上がったのは少年のほうだった。
ただ、狼に噛み付かれたのと、地面に身体を擦ったせいで、土と草と血でまだらになっていた。
「ありがとう」
私は混乱する心をなんとか落ち着け、礼を言う。
「ああ」
少年は私から目を背けぶっきらぼうに答える。顔が真っ赤だ。怒っているのだろう。
「すみません。せめて傷の手当てだけはさせてください」
そうは言ってみたものの自分には治療の知識が無い。
少年は頷くだけだった。やはりそっぽを向いたまま。
以前、シャムロックの侍女が『この城にある薬の種類は世界一ですよ』と言ったのを思い出す。
『まあ、大半がなんに使うのかわからない物ですけれど』と呟いていたのはこの際忘れておこう。
距離も自国の城に向かうよりもシャムロックの城のほうが近い。
私は、馬に彼を乗せて、シャムロックの城に向かった。




