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エリエールの回顧録9 願い

 王子様の研究室にはたくさんの薬草やら魔法薬やらがありますが、私にはどれがどれだかわかりません。


 こんなことなら、ちょっとくらい魔法の研究をするんだった。

 そうすれば、王様をお救いすることも、王子様を元に戻すことも・・・あの姫を呪うこともできたかもしれないのに。


 私が今さら心の中で何度願っても、過去は返られませんが、願わずには、呪わずにはいられませんでした。


 私は、王子様が城の外に、森の方向に向かわれたのを確かに目撃しています。


 連れ戻さなければなりません。


 私は目覚めた翌日から、業務の合間を縫って、研究室に行き薬瓶を一つ一つ手にとって確かめました。

 王様のお体を治す薬を調合することはできませんが、たびたび森に出かけておいででしたので、一つくらい獣よけの薬の作り置きがあるのではないかと思ったのです。


 三日目、膨大な薬の中から、「動物忌避剤」を見つけることに成功しました。


 確かに、王子様は私の知る限り罪を二つ犯しました。


 一つは類稀な才能を持ちながら、その使い道を誤ったこと。

 もう一つは王子でありながらこの国の現状を放置していることです。


 でも、一つ目の罪はその罰を十分に受けましたし、もう一つの罪は今ならまだ取り返せます。


 私は、研究室の鍵を掛け直すと台所へ向かいました。



 薬は作れないけれど、ハーブ・ティーの効能は王子様にしっかり教えてもらっています。

 侍医に薬との相性を確認して、疲労回復の効能のあるお茶を煎れて、王様の部屋にお持ちしました。


「最後の望みまで絶たれたわ!」


 扉を開いた途端、ころころと丸められた紙が転がってきました。

 私はくしゃくしゃに潰されて、捨てられた手紙を拾いました。


「この、ライフィールというのは?」


「山を二つ挟んだ国だ。その国の王族はわが国の縁戚だ。山を二つも挟んでいたら、ライフィールの子息を迎えても、本国じっかの影響は及ばないだろうと考えて、前々(まえまえ)から有事の際には一人融通するよう契約していたのだが・・・」


 土壇場になって、隣国と何か取引をしたのか、交易などに圧力がかかったのか、ただ、この国が消えたほうが得だと思ったのか。以前の王様が握りつぶされた手紙も同じような契約の反故を伝える手紙だったのかもしれません。


「私、王子様を探しに行ってきます」

「お前の話では、王子は森に行ったのであろう。王子はもう生きてはいまい。森に行くことは許さぬ。それに今、城を離れると、お前の今後の生活を約束できない」


 王様は深く息をかれました。

「私に何かあっても、お前を含む城の者の雇用は保証される。しかし、今、城を離れて探しに行き、国が替わるときまでに城に戻っていなければ、お前はおそらく職を失う」


 国が替わる。王様のその言葉に息が詰まりました。


 その時、扉が開いて侍女仲間が厳しい顔で、書類の束を王様に渡しました。王様が「ご苦労」と言うと後は侍女に目をくれずに、書類に視線を走らせ、インクで文字を書き込み。脇机から新しい紙を出して、なにやら書いていました。

 侍女も、一礼をすると、張り詰めた表情で部屋を出て行きました。


「この忙しいときに申し訳ありませんが、本日限りで退職させていただきます。退職金はこのドレス一着いただければいいです」


 使い慣れた、侍女の黒いドレスのポケットには研究室から拝借した瓶が一本しのばせてあります。


「城のものの雇用の保証はできたが、税の調整がなかなかつかぬ。すまぬが、最後にこれを宰相に渡しに行ってもらえないか?」


 王様は私の退職を了承した上、宰相への最後の挨拶も許してくださいました。


「エリエール、森には行くな」


 王様がただの侍女の名を覚えてらっしゃって呼んで下さったのに、私は嘘を吐きました。「はい」と。



 王様は王子様が失踪してから、たった13日でお亡くなりになったそうです。

 その日、宰相も一緒についていかれました。

 私が、新人の頃、うっかり紅茶を膝に引っ掛けても、笑って許してくださった優しい方でしたのに・・・。

 私も、王子様の失踪から11日後にこの世に別れを告げましたから、風の噂で、聞いたことしかわかりませんが・・・


 葬式は一国の国王としてはありえないほど簡素だったそうです。通常、何日もかけて行われる式はたった二日で終わりました。


 喪が明けるどころか、国民が自国の国王の死も知らないまま、王子様の婚礼の日に、静かに、国の名が変わりました。

 国王様が、お亡くなりになる直前まで、税や法の調整を行ってこられたおかげで、本当に静かに・・・。



 これで、その後の国の話はおしまいです。


「国を出たあなたはどうなった」ですって?


 あまり、気分の良い話ではありませんが、お暇をいただいた私は王様の言いつけを守らず、森へ行きました。


 王様は王子様が戻ってきても、あの姿のままではおそらくあとを継がせられなかったでしょう。


 でも、表立って王位は継げずとも、王様をお支えするのにはまだ十分間に合う。

 王子様がどの様なお姿でも、戻ってこられれば、国は大丈夫。

 いつかは元の姿に戻るかもしれない。


 そう信じて、森の中に王子様の影を求めて探し回って、一日、二日と日が落ちるのを森の中で眺めました。


 5月の半ばに差し掛かっていましたので、夜はさほど寒くはありませんが徐々に薬も食料も少なくなっていくのを心細く思いながら、三日目の夜を迎えました。

 一度、戻ろうかと思いましたが、戻ったところで食料は手に入りますが、薬は手に入りません。

 王子様が失踪されて十一日目の朝には薬は尽きてしまいました。


 その日の夜。私は、ついに狼に見つかり追われました。

 逃げましたが、狼に追いつかれ、噛みつかれ、引き倒され、太ももやら背中やらの肉をかじられ始めました。


 辺りには血の匂いが充満していたはずですが、私の鼻は何のにおいも感じませんでした。


 意識が朦朧となっていく中、私はまだ残っていた片方の耳で葉ずれの音を聞きました。 


 ほんの少し、顔を傾けた私の片目には、おぼろげでしたが王子様の姿が映っていました。


 思考が途絶える直前、私は最後の想いを王子様に伝えようとしましたが、口がうまく動かせないまま  

 ――シャムロック様。どうかお幸せに・・・


 私は意識を失いました。


 そして、私は最初の―


 

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