エリエールの回顧録8 王様
ゾンビ王子の伝説で語られているのは、ここまででしたね。
よろしければ、その後、王子様の国がどうなったかお話しましょう。
よく知っている?
ああ、日が落ちてきましたね。
歴史書の中では「この国は、王子を失った隣国を統合した」の一言でしょう。
端的にはその通りですが―
あなたは歴史書に載っていない・・・伝説にも残っていない歴史の裏側を知りたくて、こんな森の中まで来たのではありませんか?
ちゃんと、森の外にお帰ししますので、もう少し付き合ってくださいな。
☆
あの、バラの庭で気絶してから、三日間、私は気を失っていました。
四日目に目覚めました。
私の様子を覗き込んできた知り合いの兵士に私はまず尋ねます。
「王子様は?」
「隣国のお姫様ともども行方不明だ」
「捜索は?」
「いなくなったのが発覚してから昨日までの三日間はこの近辺を捜索したが、王子様のまったく手がかりなし。一番可能性があるのが森だろうが、王様がそちらに人員を割けないと、おっしゃっている」
「なんで?」
「お姫様の花嫁道具が王子様失踪の翌日到着した」
当然花嫁道具が一人で歩いてくるわけがありません。
荷の護衛の者やら、隣国のそれなりに地位のある人も一緒に訪れます。
――お姫様の行方不明が姫の国に知れた?
「昨日にはご丁寧に本国から、捜索名目で隣国の兵が送られてきた」
――名目?
自国の姫が行方不明になったのに捜索以外に何をするのかその時は、見当がつきませんでした。
「王子様が、心に異常をきたす薬を飲まれ、狂乱されてお姫様を殺したとか、姫様に毒薬を呷らせたとか、しまいには王子様の服を着たゾンビが姫を連れて森に逃げていったという法螺が出る始末だ」
王子様が魔法薬の研究に没頭しておられましたから、そのような噂が立ったのでしょう。
たった一日のあの行状は普段は穏やかなだけに、なおさら「ありえるかも」と城の者に思わせるには十分でした。
馴染みの兵士は、私との話が終わると「いけね」と立ち上がりました。
「どうしたの?」と聞くと、財務大臣への書類を頼まれていると彼は言いました。
通信係でもない一介の兵士が、財務大臣への書簡を頼まれるなど、ほとんどないはずです。
人々の足音が、怒号が、ささめきが、壁を通して伝わってきます。
「この城はどうなっちまうんだろうな」
ざわめきが不安となって、城を支配していました。
☆
王子の捜索の手をもっと広げるべきだと進言するために私は王様の寝室へ向かいました。
部屋の前には、隣の国の紋章をつけた警護のものがいました。「まるで監禁だ」とその時思いましたよ。
私が中に入ると、王様は、一通の手紙を握りつぶしているところでした。
その顔は真っ青でしたが、私の顔を見ると顔をわずかながらほころばせました。
「おぬしは、宰相が話していた王子のシャム猫か?」
不本意な呼び方も、王様の前では甘受しなければいけません。
王様の問いかけに答えるように私は頭を下げました。
王子様はその日の王様の症状に合わせて、朝昼晩、薬を調合しておられました。
5日間のお薬はすべての症状に平均的に効く代わりにそれぞれの効用が薄かったと思われますが、一気に体調を崩された一番の原因は王子様とお姫様の失踪でしょう。
一つでも疑いが晴れれば、王様の負担は楽になるはずです。
王子様が恐ろしい姿になったことをお伝えするか迷いましたが・・・。
私は、王様に自分の見た真実をお伝えしました。
「そうか。この寝室には、私とお前しかいないからいいが、他でそのようなことを言いふらしてはいけないよ」
「だって、こんなの濡れ衣じゃないですか?」
お姫様は好きな男と勝手にどっかに行ったのに。王子様はお姫様がいなくなったことまで、自分に罪を着せられて・・・。
「隣国の者が、故意に噂を流した可能性がある」
「・・・そんな」
「姫の捜索はどこへやら。こちらの体調が悪いことをいいことに早速、こちらの政務の状況を気にしておったわ。どの口で、『そのお体では政務もお辛いでしょう』というか!」
王子様の残したお薬は昨日の夜で尽きていました。
「向こうは姫が一人減って、こちらは後が無い。もうそろそろ統合の話でも持ってくるつもりなんだろう。警護とか称して私の寝室の前に自国の兵を配置しおって」
いくら私が、政治に疎くてもそれが統合の言葉を借りた併合だということはわかりました。
「姫一人の命よりか、この国が欲しい。・・・そういうことですか?」
「そうだ。そして私も息子よりも、民の安寧のほうが大事だ」
それは、ゾンビになった王子を見捨て、後継者から除外するという宣言に他なりませんでした。
「隣国にとっては今さら姫が見つかるよりも、王子に殺されたことにしたほうが都合がいいのかもしれん。隣国が姫の過ちを知っているかは定かではないが、この時期に『姫が駆け落ちした』などと言いふらす者をどうするかわかるな?くれぐれも、姫の醜聞は口にするではないぞ」




