雪の夜 届かない春(お姫様とスケルトンの5年~1年前)
『お姫様とスケルトン』の前日談。『お姫様とスケルトン』の5年前~1年前。王子様のお話です。
寒い雪の夜に婚約者との顔合わせを兼ねた舞踏会が行われた。
前の仕事が立て込んでて、舞踏会に遅れてしまった。
私がホールに入ってきたことに気づいた他の国の姫君が数人、挨拶に訪れる。
この中の姫君の中の誰が婚約者か知らないが、最初の踊りの相手は婚約者がいいだろう。
誰が婚約者なのか、父に確認しようと、ホールを見渡す。
隅に一人の女の子がいるのを見つけた。似合わないドレスを着ている。この寒いのに、襟ぐりが大きなドレスだ。
一応は肩にストールを巻いているが、防寒がぜんぜん足りていないようでかたかたと肩が小刻みに震えている。
「こんなところで何をやっているの。小さなお嬢さん」
「姫です!」
「はいはい。お姫様」
「・・・踊りの相手を待っているのです」
両親らしき人も彼女と釣り合いが取れそうな男の子の姿も見当たらない。
そもそも・・・
「踊れるのか?」
「失礼な。ちゃんと練習しました」
「相手の殿方は遅れているようだ。少しの間、私の部屋で、暖を取られてはいかがですか?」
本当は、ご両親に断ってから、部屋にお連れしたかったのだが、こう人が多いと両親を見つけ出す前に、お嬢さんが凍えてしまう。仕方なく、近くにいる従者に10歳くらいのお嬢さんを一時預かることと、部屋にお嬢さんと私の分の茶を持ってくるように伝えた。
先ほどまで、仕事をしていたので、執務室の中は温かさが残っている。
まあ、書類をいじられなければ、しばらくここにいてもらってもいいか。ここには危ない魔法薬の類もないし。
暖炉の火をつけなおし、コートを出す。
「私にこれを着ろというのですか?」
差し出したコートに眉をひそめるお嬢さん。
「温かいですよ?」
「色が嫌」
灰褐色のコートはお気に召さなかったようだ。
丁度、お茶が届いた。扉を閉めて、部屋の外で茶を受け取る。
お茶を持ってきた侍女に、女性が好むようなコートを探してくるように命じる。
「婚約者がいるのに、別の姫君を部屋に連れ込んでるんですか?」
「違う!」
部屋にいるのが、小さな女の子だと知ったら、妙な疑いも晴れる。
扉を少し開けて、ソファーの上で、足をぷらぷらしている女の子の姿を見せる。
「まあ、あんな小さいお子さん部屋に連れ込んで・・・。何をなさったのですか?」
晴れなかった。
お前は、自分の主人を信じられないのか?
実際に聞いたら「狭い部屋に篭って、怪しげな薬の調合をして喜んでいる主人のどこを信じればいいのですか?」と逆に聞き返してくるに決まっている。
「下の大ホール、子どもには寒かったみたいなんだ。使いさしでもなんでもいいから、女物の温かい衣服を用意して」
侍女は「目を離した隙に、お姫様にいたずらしたら駄目ですよ」と妙な釘を刺すとたったか走っていった。
一番考えられそうなのはからかって遊んでるんだろうけれど・・・
普段は、女性と二人っきりで部屋にいる時は必ず扉を少し開けているようにしているから、変に勘ぐったのか?
廊下の冷気が入り込まないようにしていたんだが・・・。
「紅茶に生姜を少しとハチミツをたっぷり加えたものだよ」
お嬢さんは、カップをじっと見つめている。
「他のものにしようか?」
お嬢さんは、ぶんぶんと首を振ると、一気に飲み干した。
正直、踊りは得意ではないが婚約者との顔合わせもしないままこんなところで子どもの相手をしていられない。
コートが届いたのを機に、私は席を立った。
「お姫様。身体が温まりましたら、ご両親のところへお戻りください。部屋の前に侍女がおりますので、その者に声をかけてくだされば、すぐご両親の元にお連れいたしますよ」
「待ちなさい。私をこんなところに独り置いていくのですか?」
・・・こんなところ。机の上は書類が山積みだが、そんなにひどい部屋ではないと思うんだが。
「ちゃんと、侍女が扉の向こうにいます」
「あなたは、私の従者でしょう。わたしの話し相手をしなさい」
いつ、私がこのお嬢さんの従者になった?
まあ、お嬢さんの本当の従者がすぐに迎えに来るだろう。
「お姫様は何歳?」とか「お姫様の好きなものは?」など、お互い好きなもの、嫌いなものを取りとめもなく話した。
「この国の雪は大っ嫌い」
と言われたときは少し怒りを覚えた。この国で美しくない季節などないのに。大体、今回の宴は近隣の国の貴族を呼んだ宴。お嬢さんの国も、今の時期は似たようなものだろう。
―お嬢さんが従者に連れられて帰ってすぐに私は父の部屋へ向かった。
「すみません。相手の方には失礼なことをしてしまいました。今からお詫びに行きます」
うっかり、誰も呼びに来ないから、夜中のそれも宴が終わるまであの子と話し込んでしまった。眠った後もなかなか私の服を掴んで離さなかったのには困った。
あの子の従者はあの子が話し疲れて寝入ってしまった一時間後にやっと自分の主人を回収しに来た。
「いや、会ったその日に部屋に連れ込むとは」
「は?」
自室に連れて行ったのは、あの小さな女の子で・・・
「あのお嬢さん、11歳って言ってましたけれど」
こっちは、今年17になったんだが。
今日の舞踏会にも年の釣り合う姫君はいた。何も、あんな小さな子でなくても。
「隣の国の姫だ」
その言葉に納得がいった。この国と隣の国はもともと同じ国だったこともあり、たびたび婚姻関係を結んでいる。
お互い割れてしまった領地の統合を望んでいるが、どちらも自分の家系の正当性を主張して、国が二つに割れてから200年以上、国は割れたままだ。
「これ以上、血縁を濃くするのは逆に危険だと・・・」
私に何かあれば、血縁から跡継ぎを持ってこなければならないが、今、一番父に近い血縁は父の姉と妹、それぞれこの国と隣接する国に嫁いでいる。
国を統合する口実をお互い探しているのだ。
もし私があのお嬢さんと結婚して、子を残さず死亡した場合、政治に口出しできないほど遠方で遠縁の次男だか三男だかを探し出してくる前に、隣国は強い血縁を理由にすぐさま、領地の統合を提案してくるのではないか?
できれば、もう少し血のつながりの浅いところの二番目か三番目の姫を早々に妻に迎えたいのだが・・・。
「隣の国の王子は病弱だ。何度か生死の境をさ迷ったと聞いている」
今年、13になる隣国の王子は幼い時に、何度か大病を患ったと聞いている。
聞いたときは、「大変だなぁ」と純粋に従兄弟のことを心配していたのだが・・・。
「加えて、姉の―伯母の年齢から考えて、次の子は望めないだろう」
「持参金代わりに領地が付いてくる可能性があると・・・」
「気に入ったなら、今から準備をして、来年の冬にでも式を・・・」
「待ってください」
「なにか気に食わなかったか?」
父がじろりとこちらを見つめてくる。
こっちは、国のためなら100歳のおばあさんとでも結婚する覚悟はできてますよ。でも・・・
「この婚姻自体には異論はありませんが、急いで式を挙げようが、もう少し待って式を挙げようが、結果は同じです。親元から引き離すのはまだ早いかと思いますが・・・」
取るか取られるかのリスクを考えると、負ける気はしないが、あんな小さな子に同じ覚悟を求めることはない。
「・・・わかった。あの王子が死なないようなら別の候補に代えることもできるしな」
私は、ホールにいた姫君たちを思い出した。
「雪が解けて、春になったら、遊びにおいで。この国で一番綺麗な景色を見せてあげるよ」
どろどろした政治の駆け引きなど、おくびにも出さず、お嬢さんの頭を撫でてやった。
「『遊びに来ていただけませんか』でしょ?」
「はいはい。遊びに来ていただけませんか?」
「考えとくわ」
母親に連れられて、馬車に乗り込む時、お嬢さんは振り返って笑った。
「この国の冬は嫌いだけれど、紅茶はおいしかったわ。次はあなたが入れなさい」
先ほどからの姫の暴言に姫の母親が小さな声で娘を叱り付ける。
「伯母上、大丈夫ですから。お姫様、次のお越しを心よりお待ちしています」
☆
賭けはどうやら“次”に持ち越しらしい。
父の望ように隣国の王子は死ななかったが、隣国の姫との毎年1度の交流は続いていた。
薬のほかに、乗馬も得意だったので、幼い姫を乗せて、国の美しい景色を二人で見てまわった。
長らく従姉妹の姫としか見ていなかったが、彼女が14、私が20の秋、私の心に変化が訪れた。
本来は、半年後の春に会う約束をしていたのに、ある秋の日、姫が突然、城を訪れた。
湖を見たくて一人で森に入り込み狼に襲われたところを近隣の村の少年が助けてくれたらしい。
少年が負傷したので、治療をして欲しいということだった。
おてんばなのもほどほどにして欲しい。
とりあえず、一人で勝手に森に行かないように姫を叱りつけ、助けてくれたと言う少年の手当てを侍医に命じた。
狼に足を噛まれてしまったようなので、私はいくつか感染症予防の薬を調合して渡した。
半年前まで、「可愛い年下の従姉妹」だったのが、可愛いに美しさが積み上げられた婚約者をちらちら見ながら。
「悪化するようならまた見せに来なさい」と付け加えることをうっかり忘れるところだった。
もともと、予定外の訪問だったこともあって、姫様は少年と一緒にさっさと帰ってしまった。
せっかく来たのなら、泊まって行ってもいいのにとは思うが、姫の家族も少年の家族も心配するだろう。
護衛は断られたので、帰りは気をつけるよう特に森には近寄らないように散々注意し、帰らせた。
先ほど見た姫君の姿をぼんやり思い浮かべていたら、侍女が「襟ぐりの大きなドレスがお似合いになってきましたね」とからかってくる。
「どこを見てるんだ。まあ、綺麗になったとは思うけれど」
「ご主人様も気になさっていたくせに。ぼんやりしていたら、他の殿方に盗られてしまいますよ」
「結婚決まっているのに、そんなことあるわけないだろう」
「危機感の足りないこと。さっさとご結婚なさったらよろしいのに」
もうそろそろ、結婚の準備を始めてもいいかもしれない。今から準備を進めても、結婚は半年後、一年後になるから・・・
「でも、求婚の言葉がなぁ」
「それこそ、結婚が決まっているのにいまさらのような気がしますが・・・。確かに求婚の言葉がないよりか、あるほうがよろしいですわね。わかりました。練習しましょう。私を姫様だと思って、告白してくださいな。ぼろぼろに振って差し上げますわ」
「振るのか?」
「どんな答えにも即時対応できるようにするためですわ」
以下、練習の一例である。
私「庭のバラはすべてあなたのものです」
侍女「花よりかお金が欲しいですわ」
私「じゃあ、この指輪を受け取ってください」
侍女「そんな小さな宝石、百個積まれたってヤです」
私「貧乏国家なんだから、あんまりゴージャスなのは贈れないよ」
侍女「どうせなら、特技をお生かしになって、胸が大きくなるお薬でもお贈りしたらどうです?」
私「いや、それ、確実に殴られるから」
確かに、そういう類の薬がないわけでもないが、無理にそんな薬に頼る必要はないと思う。
そんなことを考えていたら、
侍女「お花よりも、宝石よりも、あなたの子どもが欲しいです」
顔が真っ赤になったのを散々にからかわれた。
☆
侍女の厳しいリハーサルにも耐え、半年後、姫が15、私が21の春、森の湖で私は姫に求婚した。
直前になって、侍女が「私との練習の時に使った告白の言葉は使わないように」って言ったのには焦ったけれど、「姫様に、私に言った言葉を捧げてどうするんです」って言われて、頭が真っ白になりながらも何とか告白できた。
「姫。来年の春・・・庭のバラが一番美しく咲き誇る時期にあなたを迎えに行きます」
「私、幸せになれるかしら」
どこか、憂いを秘めた瞳で、返された。予想外の回答だったので少し焦った。
「私が、必ず幸せにします」
本当は、唇にキスするつもりだったが、少し震えているのが見えた。
無理もない。一年前まで私は「年上の兄」のようなものだったのだから。
そっと、姫の指先にくちづけた。
「残りの一年、ご家族を大事に・・・」
それには「はい」と小さなささやきが返ってきた。
告白の報告を練習に付き合ってくれた侍女にしたら「バラなんて年がら年中咲いています!せめて、秋バラの時期にされれば良かったのに!」と怒られたが、侍女も私の結婚を喜んでくれた。
しかし、私の望んだ春は、永遠に訪れず、 私はすべてを失った。
私は賭けに負けたのだ!
ジンジャーティー・・・体を温める効果があります。
バラの季節・・・年がら年中咲いていますが、春はお花がたくさん咲いてて、秋は香りがいい・・・らしいです。
ゾンビさんがどれだけお姫様のこと大切にしていたか考えているうちに、ゾンビさんいい人になりすぎて、軌道修正したら、陰謀物っぽくなってしまいました。
一応、お姫様が王子様と出会った年齢は限りなく、12歳に近い11歳ということで。