椽大の筆⑥~涼飆~流転兆候
翌週のテレビ国会中継が騒がしくなる。
時の内閣総理大臣は経済政策にことごとく失敗し野党から厳しい追及を受ける。
与党の総裁としての指揮命令にかなりの綻びが露見をし大臣たちの足並みすら揃わなくなっていく。
内閣は総理はボロボロとなり解散総選挙に追い込まれていく。
「いよいよ解散ね。総理大臣が変わる瞬間はいつもこうしたゴタゴタの騒ぎの後ですわ」
長年国会を代議士たちを見ている女将は胸を圧迫された。
夕刻迫るあたりで国会の全機能は完全に麻痺する。
衆議議員も参議議員も国会の健全化をはかりたいと"解散"を口にする。
時計の針が深夜を差し示すころ。総理大臣にマイクが強引に向けられる。
与野党入り乱れての国会騒動は総理自身の身の危険きまわりない緊迫した状況に陥る。
総理さあっ決断しろ~
総理っ!
言え言うんだぁ~
解散しろっ~
言え
解散を言え~
やんややんやの罵声と怒号である。
解散を宣言しろと野党は毒づき総理の首を絞めにかかる。
国会のテレビ中継はずっと特別枠ニュースで放映されていた。
その頃料亭の女将は忙しくとてもテレビなど見ている余裕も気持ちもなかった。
「女将さん女将さん」
座敷の料理を注文に走る女将。てきぱきと動く仲居に指示を出してお客様を見送りに玄関に挨拶する女将。
目も回る忙しさの女将に一報が入った。
「女将さんたった今解散しました」
国会は総理が解散を宣言しました!
料亭の見送りのお客様も女将もこの時に日本国の一大事"解散"を知る。
「解散か。長く"前"総理は引き延ばした口だ」
経済界からの自民への献金がいかように流れていたかフラッシュバックをしていく
。前総理ではその後の実入りがあまりに期待できなかったことのみ思い出す。
「いよいよだな。古い体質の自民に新しい風が吹き荒れる時代に入った。これで日本の政治は変わる。次に総裁やるやつは決まっているも同然だからな」
次の自民の総裁はメディアが2人の名を担ぎあげている。
「あいつなら難局に直面した日本の経済を建て直す知恵を持っている」
経済連としては全面的にバックアップしている
重鎮はしみじみと次の新総理総裁を口にし期待の度合いを表した。
対立の自民総裁候補は経済連などの支持母体を持たず敵に回るため苦戦であった。
女将は肩にぐっと力が入る。
いよいよ時が来たわっ
翌週の昼間の赤坂である。この老舗料亭に若い書生が現れた。
「ごめんください。千代田区にある法律事務所から参りました。事務所の所長さんがこちらの料亭に忘れ物をしたと連絡をもらいました。品をもらいに伺いました」
凛と張りのある声が料亭の玄関に響く。
若者に対応したのは料亭に詰める若い仲居だった。
「はっ。お忘れ物でございますか。私では詳しくわかりかねます。事務か女将さんに尋ねて参ります。すみません玄関ではなんでございます。御上がりになられお待ちください」
応対をした仲居は足早に消えていく。
事務所にいくと都合よろしく女将も逸失物保管事務員もいた。
「女将さん弁護士事務所からお客様が来ております。玄関ロビーで待っていらっしゃいますわ」
女将は事務所の名前を聞きすぐピンっとくる。
「そちらのお客様なら私がご連絡を差し上げましたわ。おいでになられたのは所長の弁護士さんですか。あらっ若い事務員さん。というと弁護士見習いの書生さんね」
女将はあのハンサムな帝大生が来館してくれたのかと胸が踊る。
お逢いする前に鏡で髪のセットを直してみたくなった。
胸が踊ったのは女将だけでない。
仲居もである。
玄関ロビーに凛々しくハンサムな書生が再び現れたと他の仲居ら従業員に告げた。
「ちょっとちょっと聞いて聞いて」
たちまち書生は料亭の人気者として居ることになる。
書生はただ所長の忘れ物をもらい受けるだけの話であったのに。
玄関ロビーの様子を見て女将は事務員にお茶をお出しするよう命じる。
「大切なお客様です。失礼のないように」
女将は遺失預かり金庫を開く。
所長の私物を確認し手にするとギュと握りしめた。
この忘れ物が取り持つ縁
何とか弁護士事務所を料亭の贔屓筋にしたい!
新聞記事にちょくちょく載る刑訴は辣腕弁護士の名前が常に伴っている。
料亭玄関脇に騒がしい仲居仲間が顔を並べる。
「ねぇねぇあの子って…誰かに似ていない?」
ハンサムな男は仲居でなくとも誰もが好きなようである。
ちょっとの間でも美形で凛々しき書生をみたかった。
「あの御坊っちゃん素敵だわ。芸能人にならないかなあ。私応援してしまいます」
芸能タレントとしても遜色のない鼻筋の通る好青年であった。
「女将さんの話だとね」
かっこいいはずよ!
「あの羽織袴は帝大生だわ。書生さんですって」
将来は政治家か弁護士さん。
「頭のできが違っているのね」
ハンサムで
凛々しき男
背が高く
エリートの帝大
"ヒエッ~帝大!"
ワイワイ
ガヤガヤ
「帝大っ!賢いなんてことじゃあないわ」
仲居同士に書生の噂話が飛び交う。
女将は書生を待たせて給事をする。
「あらっ女将がお茶をお出しするの?」
たいていは女将は下の仲居に命ずるが
「いいなあっ私がお給事させてもらいたいなあ」
仲居らは女将から身を隠し遠目にロビーの書生をチラチラっ眺める。
絣姿の書生はピンっと背筋を伸ばし映画のワンシーンを見せるがごとくである。
「お待たせいたしました。こちらがお忘れになられた品でございます」
女将から手渡された品をあらためる。書生は手に持つと弁護士の愛用品だとわかる。
「そうですね。所長さんがいつも身につけているものでございます。間違いありません」
ありがとうございます。
用件が済めば退座しようかと立ち上がる。
ひそひそ
「あらっ嫌ダァ~帝大さんがお帰りなさるよ」
ざわざわ
「ちょっとあなたの頭が邪魔だわ。書生さん見えない」
ギュウギュウ
バタ~ン!
仲居が束になって押されて転がってしまう。
「うん?」
ドサッと控えの方で音がした。
女将さんと書生はなんだろうかと音のする控えを覗き込む。
「あいやっ女将さんエヘヘッ」
押し倒された仲居は照れ隠しに愛想笑いをする。
「なんですかっ!お客様に失礼でございます」
イテテ~
「すいませんお客様」
顔を見られた仲居は積極的に書生の前に出てしまう。
「女将さん。だってこんなにかっこい書生がいらっしゃいますもの」
お顔を拝見したくてたまらなかったですわっ
エヘヘッ
浜辺の旅館では三歳児で母親と生き別れしてから歳月は流れた。
忘れ形見は一高-帝国大学法科のエリートコースに乗る好青年である。
東京千代田弁護士書生となると
母親は公判の被疑者となって息子の前に現れる。
弁護士に連れていかれた赤坂の高級料亭。
偶然ながら父親である代議士は政治家として政談の密会料亭としてかの場所を使うのである。
書生は母親にかつての面影を見出だし"再会"を喜ぶ。
では父親の代議士はどうであろうか。
運命に翻弄された代議士の妾は"息子"と愛された"旦那さま"との邂逅をいかに受け入れるのであろうか。