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椽大の筆④~法廷内に母親がいる

椽大(てんだい)の筆】


《晋の王珣(おうじゅん)が椽のような大きな筆を与えられた夢を大文章を書く前兆だと思っているとはたして武帝が崩じ筆をふるう機会が与えられた「晋書」王珣伝の故事から》


すぐれた文章の美称

弁護活動は法に基づいて進める簡単な刑訴ばかりだが私情が絡むとややこしいものとなる。


言葉をひとつひとつ確かめ訴状の内容を吟味してみる。


検察の訴状を裁判経過と照らし身の処し方を諭すつもりである。


「私の見る限りだが」


所長は残念な顔をしている。


「訴訟は決まったな。被告人が罪状を認めているゆえに」


敢えて争うことはない。


事務所に所長の声だけが響きわたる。


「つまりだ。(書生の)お

母さんの罪状は決まってしまったということだ」


被告人を助けるのが弁護士の責務であれば不利なことは言いたくない。


所長としては正義感を携え言葉がつまりがちである。

所員や書生も同じ意見見解となる。

「まあっ争う論点がいまさらながら見つからなければ検察の罪状のままだろうな」


長年の弁護経験から被告人に情状酌量の余地はない。

新しい事実が出てこない限り。


被告人の罪状は子細に見なくてもわかるくらい簡単である。


被告をさらに重く処したい検察の考えぐらい想像がつく。


だが弁護を引き受けて法廷で争う論点が見つからない。


"被告人の罪は明白である"

息子の書生が母をよろしく頼みますと所長に頭を下げてもどうにもならない。


書生は先生を頼る。


被告となった母親は弁護士の手腕で助け出したい。


押し黙る弁護士の顔をチラッと見る。


被告人をどう弁護するか悩む時。


奥さんは毎日泣き腫らした目を所員らに悟られまいとした。


三人の赤坂料亭は気まずい雰囲気で参会となっていた。


女将と部屋担当の仲居も弁護士らのお客様を玄関先まで見送る。


女将は終始笑顔を絶やさない。


有名な弁護士が常連とならばいくら金を落としてくれるかわからない。


したり顔になってしまう。

「先生っ本日はありがとうございました。これを贔屓に(料亭を)よろしくお願い致します」


女将は"金づる"に嗅覚をヒクヒクさせる。頭が自然とさがり弁護士らの一行の顔と食べた料理をしっかり記憶した。


頭を下げ弁護士夫婦を見送る女将とその仲居。弁護士が帰ると帳場や休憩場で若い書生の話題で持ちきりとなっていた。


女将は書生は誰かに似ている。


第一印象から思う。


担当の仲居も同様であった。


料理を運ぶだけの仲居が見る目はハンサムな男であることが主である。


かっこいい男を見ると若い娘としてワイワイと騒ぎ立てる程度だった。


仲居という軽薄な女が三人寄れば何かとかしましい。

瞬く間に書生は仲居さんの都合のよい玩具(エンターテナー)となる。


あの青年は誰々にそっくりさん。そうそう自民党のダンマリ親父の代議士さんにそっくりさん。


「あの代議士さんならやり手だから恥じかき子がいてもおかしくはない。女出入りも激しくお盛んでいらっしたわ」


3人どころか10人を越える口の達者な仲居の視線。忽ちチラッと目撃された程度の書生の身の上は剥がされていく。


"女癖の悪い代議士に似ている"


素性は観察鋭い女たちに割れ後は確認作業だった。


女将は仲居のお喋りを気にしていた。会話に加わりはしないが代議士に似ているのかと改めて書生を見た。

「確かにあの自民党のタヌキに似ているわ」


その姿は代議士とダブることになる。インテリな横顔とか項の辺り。親子の様相である。


「そうだわ。あのタヌキと面影がそっくりかもしれない。となると母親は料亭に頻繁に連れてきた女ということかしら。何しろ20年も前の話だわ」


女将は年輩の自民党"代議士"を若い書生の姿に合わせてみる。


当時代議士と仲睦まじくしていた美形な妾の面影を彷彿してみる。


女将は妾を微かであるが覚えている。細身で男好きのする女だった。


当時の女としてはスタイル抜群な細身な女。なにかと料亭内で威張り散らすタヌキの代議士を微笑みながら眺めていた印象が女にあった。


その昔女将が料理を配膳に並べると妾はいつもありがとうございますと一礼をした。


驚くことに仲居と一緒になって準備をしてくれたのだ。気紛れな代議士のお供にしてはよく気がつく女であると女将は覚えていた。


弁護士らを見送ると女将は慌ただしく次のお客様に向かう。


贔屓にする客を見送ったら好青年の書生とタヌキ親父の老偕な代議士との(親子)相似は忘れてしまう。


「先生またのお越しをお待ちしております」


弁護士一行が帰ったら担当の仲居は奥座敷をすたすたっと片付ける。


提供した料理の残骸やお碗皿をてきぱきと厨房に運ぶ。食卓の上にお客様の私物がひとつあった。


「あらっいけない。お客様が忘れ物をしていらっしゃる」


忘れ物は弁護士のものである。後片づけの手を止めた仲居。すぐに帳場(フロント)に内線をした。


「お客様の忘れ物がございます」


電話口から忙しい様子が感じられる。どうにも時間帯が悪く玄関は出入り客で煩雑になっていた。


「あらっ忘れ物があるのですね。えっと部屋の番号は。今お客様がいらっしゃるか調べますわ。えっとですね」


通信音が途切れかなり遅れて返事があった。


そちらのお客様は会計済まされました。


電話のタイミングが悪かった。


掴まえたい弁護士一行はお抱え運転手のクルマで店を出たところであった。


女将は手にある忘れ物をギュッと握りしめた。


「弁護士さんのお越しをお待ちしましょう。あの方には近く御目にかかります」

女将にしっかりと預けられる。


手のひらにあるモノ。


女将は来店依頼の手紙を認めようと思いついた。


弁護士らが去った料亭は夜のお客様を迎え入れる準備に忙しくなる。


政財界の重鎮が常に利用をする一流料亭。お客様のもてなしを切り盛りする女将は大変である。


経済界の首領(ドン)は季節を問わず料亭の和膳の前密談を進める。経済界の会頭会長は会社のヒラ重役あたりから馴染みとなりこの料亭の女将を頼りとした。


政界は代議士たちが料亭の門をくぐる。国会運営の是非によって料亭に国会運営の風を運ぶ。


女将らにタヌキと呼ばれる代議士も例外ではなかった。


料亭の事務所に電話予約が入る。とある代議士の公設秘書からである。


「代議士の都合なんです。今現在予約を3日(3席)入れさせてもらいます。総人数はいつものとおりで結構です」


予約の電話を受ける女子事務員。相手が政治家であるとわかり丁寧に応対をする。


「承りました。先生にはいつもお世話になっております」


予約欄に代議士の名前を書き込むとすぐに"女将に連絡"をする。 


料亭のVIP(特別待遇常連)は女将が必ず目を通すことになっている。


この老舗料亭は呑んだり食べたりは二の次三の次。


一番の目的は政財界の上客たちの密談の場を提供すること。


女将は密談する際に欠かせない存在となる。


世間で敵と味方にわかれるライバルたちを瞬時に見極め席を設ける。


敵対する政治家をこの狭い料亭で鉢合わせをさせてはならない。女将は細心の注意を払い政治家のために席を設けるのである。承るVIP扱い上客は全て女将が座敷を取り仕切り奉仕をする。老舗料亭の顔は最大な努力を怠らない。


女将は予約台帳に目を落とす。予約の入った特別待遇な代議士の名を反芻してみる。自民か対立をする野党か。同じ自民ならば派閥は異か同か。如何にして鉢合わせを回避させるか。


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