第三十一話 葵の決断
葵が見つめる情報端末のモニターは、刻一刻と接近を告げる赤い光点を冷酷に映し出している。
放たれるアラート音は、静まり返った遺跡の空気を鋭く切り裂き、逃げ場のないあせりを煽るように間隔を早めていく。
帝国の偵察機が、この数千年もの間誰にも触れられることのなかった聖域の座標を、完全に射抜いていた。
それは逃れようのない死の影として一直線に迫っていることを、残酷なまでに突きつけている。
「まずいよ、もう時間がない! 葵、一刻も早くハッチを閉めて! ここが奴らに見つかったら、あたしたちが積み上げてきた希望が全部、あいつらの手で汚されちゃう!」
楓の張り詰めた叫び声が湿り気を帯びた石壁に反響し、ゲートの傍らで立ち尽くす葵の背中を激しく叩く。
その声には、ようやく辿り着いた安住の地さえも奪われようとしていることへの、隠しようのない恐怖と憤りが混じっている。
「いいえ姉さん……今さら扉を閉じたところで、もう間に合いはしません。帝国軍はすでにこの場所の匂いを嗅ぎつけてしまったんですから」
葵はいつになく冷徹な輝きを宿した理知的な瞳で、目の前に座する巨大な古代の遺物を見据えた。
その横顔には、自分の手で帰還の道を断つという、心を引き裂かれるような重い決断の跡が刻まれている。
「このゲートを無理やり限界まで起動させます。帝国軍に奪われて兵器に作り替えられるくらいなら、今ここで僕たちの手で粉々に打ち砕くしかないんだぁあーっ!」
「破壊するなんて!? だってそんなことをしたら、あたしはもう二度とお父さんやお母さんのいる場所に帰れなくなっちゃうかもしれないんだよ!?」
楓の悲痛な叫びがゲートを囲むドーム状の天井に吸い込まれては空しく響く。
唯一の希望であった道標が自らの決断によって永遠に失われようとしている残酷な現実に、彼女の身体は細かく震えていた。
「帰る方法は、また明日から死ぬ気になって探せばいい! 今は帝国の軍事利用を阻止し、アストラル・クロノスにこれ以上の悲劇を生まないことが、僕たちの最優先の義務なんだぁあー!」
葵はそう自分に言い聞かせるように言い切ると、震える指先をゲートの制御盤へとかざす。
転移リングを通じて溜め込んできたすべてのエネルギーとプラナを、濁流のような勢いで注ぎ込み始める。
エルシェラは、その言葉の裏にある少年の覚悟の重さを即座に理解し、深く頷いて己の全エネルギーを葵へと託した。
「ガオさん、ピピさん! 入り口付近の防御をお願いします! 一秒でも長く、この場所に敵を近づけさせないでください!」
葵の鋭い指示が飛ぶと、二人は即座にその意図を汲み取り、入り口に向かい死を共にする覚悟を決める。
「おう、合点承知よ! あたいの車両がいる限り、帝国のアリンコ一匹だってこの中には踏み込ませやしないわよ!」
ガオは輸送車両の重武装を荒々しく展開させ、遺跡の入り口へと巨体を据え付ける。
ピピもまた、震える指で叩き出す地形データとリンクさせ、迎撃態勢を瞬時に整えた。
「あたしもサポートする、葵。一人でこんなに重いものを背負わせたりしないから!」
楓は溢れそうになる涙を拭い去り、葵の肩を力強く支えると、自らのリングからエネルギーと最後のプラナまでもゲートの中へ惜しみなく流し込んでいく。
二人のプラナとエルシェラのエーテルエネルギーが混ざり合い、古代の装置は過負荷によって、大地そのものが悲鳴を上げているような地鳴りを轟かせた。
「来ますわ、ガオ! 上空、方位十二時! 直撃コースです!」
ピピの叫びと同時に暗雲を突き抜けて現れた帝国の偵察機が、容赦のない攻撃を開始する。
ガオは奥歯を噛み締め、輸送車両の装甲が火花を散らして剥がれ落ちる中、必死の防戦を続ける。
「アオイ、まだなの!? ガオも私も、これ以上は車両の守りが持たないわよ!」
「ピピさん、ガオさん、もう少し……あと少しなんだ。姉さん! エネルギーが限界値という名の臨界点を突破しようとしている!」
その直後、ゲートの奥底から制御を完全に失った真っ白な光の奔流が噴き出す。
遺跡の隅々までを白銀の輝きで塗りつぶし、空気そのものが焼けるような熱波の放出が始まった。
「みんな、大至急ここから離れて! 全速力で退避してください!!」
喉が張り裂けんばかりの葵の叫び声に促され、一行は猛然と輸送車両へ飛び込んだ。
ハッチが閉ざされた数瞬のあと、ゲートは巨大な光の爆ぜる圧倒的な衝撃を、一気に放出する。
ドォォォォォンッ! 天地を根底からひっくり返したような凄まじい轟音が、砂漠の夜を支配した。
古代遺跡は内部から粉々に砕け散り、古の悠久の眠りについていた地下深くへ再び沈んでいった。
ガオは絶妙なハンドル捌きで、崩落していく大地を紙一重で駆け抜ける。
車両の背後では天を突くような紅蓮の火柱が、黒い夜空を鮮血のように赤く染め上げる。
執拗に追撃していた偵察機も凄まじい衝撃波に翻弄され、薄い翼を無残に折られて砂の海の中に叩き落とされていた。
◆ ◆ ◆
舞い上がる砂塵が収まった後、そこにはただ冷たい月光を浴びた巨大なクレーターだけが、ぽっかりと口を開けている。
双子は自分たちの唯一の希望を自らの手で葬り去ったという事実に、胸を抉られながらも安堵の息を漏らす。
「これで、帝国の奴らも古代兵器の謎を解き明かすことは難しくなったはずです。ですが、僕たちの帰るべき場所への道は、さらに遠く険しいものになってしまいました」
葵が砂にまみれた自分の掌をじっと見つめながら、震える声で呟く。
しかし、その言葉の奥底には、自らの手で未来を選び取った者だけが背負う強固な覚悟が宿る。
「大丈夫だよ、葵! あたしたちは最強のチーム、シュヴァルツ・アインツだもん! また明日から、あたらしいゲートを探せばいいだけだよ!」
楓がなんの根拠もないはずなのに、いつもの太陽のような明るい笑顔でそう言い切る。
その真っ直ぐな言葉が、絶望の淵に立たされていた全員の心に、再び消えない希望の灯をともした。
双子とチームは新たな決意を胸に、静かに確かな足取りで砂漠を後にした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
帝国軍の追撃の中、葵の重い決断によってゲートは失われました。
絶望的な状況を、シュヴァルツ・アインツはどんな絆と戦略で乗り越えていくのか。
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