第30話 鑑定士は勇者と戦う
精神値が低い九条は、気を散らされることに弱いです。
「殺したい、だと……?」
常に余裕の笑みを浮かべていた九条の顔が、殺意に歪む。
「この俺が誰だか知っての狼藉か?──身の程を教えてやろう」
彼が軽く槍を振るっただけで、大気が悲鳴を上げた。
一閃。それだけで石畳に鋭い切り傷が刻まれた。
「……無能な雑草が、ヘヴンウィングスに牙を剥くか。その不遜、万死をもって贖え」
「危ないからエリナはその老人をつれて下がってろ!!」
叫ぶと同時に、スキルを発動する。
(『因果の強奪』!!)
狙うは九条の全スキル。根こそぎ奪い、無力化してやる――そう確信したのもつかの間、右目に焼けるような抵抗感が走った。
(……なんだ!? 奪えない……重すぎる!)
糸を引く手応えが、今までとは根本的に違う。
転生者の因果は、より強固に魂へ結びつくというのか。
(仕方ない、ならば一つずつスキルを奪ってやる!)
狙いをまずは邪魔なパッシブスキル──『絶対威圧』に定め、一つスキルを奪うことに成功する。
しかし、時間を使いすぎた。
「──『加速領域』!!」
瞬間、世界が、止まった。
九条の固有スキル『加速領域』。
それは、領域内の時間経過速度を低下させ、相対的に自身の移動速度を数倍に引き上げるスキル。
当然、俺もその領域内にいる。
常人の動体視力ではまず捉えられない神速の踏み込み。
九条の姿が掻き消え、次の瞬間には俺の喉元に聖槍の穂先が迫っていた。
「死ね」
(しまっ……!?)
全力で上体を逸らすが、脳が「間に合わない」と絶望を告げる。
──ヒュンッ!!
鋭い風切り音と共に、何かが九条の槍の穂先を弾いた。
軌道を逸れた槍は風圧で民家の壁を破壊する。
「なっ……またか!どこのどいつだ!」
九条は、苛立ちを剥き出しにして周囲を睨みつけた。
しばらくして、再び俺に向けて槍を構えなおす。
(助かった……!この隙に──『因果の強奪』!!)
狙いは『加速領域』だ。魂に食い込む重い糸を、歯を食いしばって俺の内側へ引きずり込む。
「無駄な足掻きを!」
九条が再び槍を薙ぎ払う。加速領域を失ったとはいえ、その敏捷値は依然として脅威だ。
だが、今の俺にはその軌道が視えていた。紙一重でかわす。
「む……?加速領域が、消えている……?」
再び壁を破壊した九条が違和感に気づき、不審そうに眉根を寄せた。
もう一度発動しようと試みるが、その顔が次第に、呆然としたものに変わっていく。
「……加速…領…域……?」
ついさっきまで話そうとしていた事が、今になって忘れてしまった。
そんな、拍子抜けた、あるいは間の抜けた表情で、九条が呆然と立ち尽くす。
「なんだ、この奇妙な感覚は?クソッ!だが手の内ならいくらでもある」
九条が槍を引くと同時に、その穂先に不気味な魔力が収束する。
『竜槍・螺旋雲壊』。
空間を削り取るような超高速回転。必殺の刺突であり、刺突とは思えない範囲攻撃でもある。
(早速使わせてもらうぞ――いけっ、『加速領域』!!)
俺は、奪い取ったばかりのスキルを発動する。
直後、騒がしい世界の音が遠のき、すべてがスローモーションへと変わった。
停滞した時間の中で、俺は改めて、九条と向き直る。
減速して見えてもなお、高速回転した槍の穂先は見えず、迫りくる槍の勢いからその凄まじい威力が伺えた。
「『跳躍』!」
俺が空中に逃れた直後、螺旋の槍が空を突き、背後の地面をクレーター状に穿った。
「なにッ!?まさか、この攻撃をかわすのか……だがどうせ速いだけだろう?ならば……ッ!」
続けざまに九条は、槍を水平に構える。
放たれるのは、『竜槍・絶影旋風』。
槍による真空刃を360度に飛ばす、超範囲攻撃だ。
「纏めて細切れにしてやる!!」
周囲の砂塵が巻き上げられる。
(どうする?超高度まで跳躍するか?いや、そこまでする必要もないか)
九条を中心とし、縦横無尽に真空の刃が飛び交う。
俺には、そのスキルの"因果の糸"が見えている。
もちろん、俺は被弾圏内だ。しかし、自分に向かってくる糸だけを指先で弾き、軌道をこじ開け、逸らしてやれば──。
要は、いつもエリナの魔法に対して行っていることの逆だった。
「ふん、どうだ。俺の攻撃は。美しいだろう?……もう、お前の耳には届かないだろうがな」
粉塵の向こうで、九条が勝利を確信した悦に浸っている。
もちろん、俺は無傷なのだが。
(……ちょっと、ビビらせてやるか)
俺は最も使い道がないと思っていたスキル『粘液』を発動した。
粘り気のある汚物のような塊が、九条の顔面目がけて一直線に飛ぶ。
──ビチャッ。
「ハッ?……うっ……あっ……うわあああああああああああああ!!」
砂の霧が晴れる中、金ピカの装甲を汚された九条が狂ったように叫ぶ。
「俺の装甲がまたしても汚されただと!クソ、貴様、なぜ無傷なんだ!?」
槍を向けられた先で、俺は何事もなかったかのように服についた砂埃を払う。
「ああ。どうやらお前如きの攻撃じゃ、俺には指一本触れられないらしいな」
「なぜだ……何故なんだ……ッ!」
動揺していた九条だったが、何かを思いついたようにふと冷静になる。
「逃げるばかりだな、小僧。どうした?貴様からは攻撃してこないのか?」
図星だ。俺には決定的な攻撃スキルがない。
魔物との戦闘中も、トドメはエリナに任せてばかりだったしな。
通用するかはわからないが「殺したい」と啖呵を切った手前、ここで引き下がるわけにもいかない。
「『アクアカッター』!!」
放った六本の水の刃。だが、それは九条を逸れ、明後日の方向の空へと飛んでいく。
「遊んでいるのか?それともまだこの俺を侮辱するか?」
俺は答えず、即座に次の魔法を重ねる。
「『ミストイリュージョン』」
水属性魔法Lv6のスキル。周囲に濃密な霧を生み出し、視界を遮る技だ。
正直、自分の視界も悪くなるし微妙なスキルなのだが──。
俺は、先ほど飛ばした水の刃からの因果の糸を、九条の背後へと繋ぎ変えた。
──キィン!!
背後から襲いかかった刃は、しかし、九条の纏う不可視の壁に阻まれる。
「ふふふ……はははは!!やはり、その程度か!『絶対防御』がある限り、貴様の小細工などすべて無意味だ!」
「……チッ、やっぱり魔法じゃ通らねえか」
残された手段は、一つ。
俺は魔法鞄から、禍々しい刻印が刻まれた、重苦しい空気を纏う剣を抜き放った。
「ほう? それはまさか、魔剣か?」
九条が、初めて俺を「敵」として認識したような目を向ける。
「無能な雑草かと思っていたが……少しは楽しませてくれそうだな」
魔剣の"防御貫通"なら、あいつの絶対防御も突き破れる。
だが、俺にまともな剣術スキルなんてない。
さて、どう切り抜けたものか──。
九条の槍を弾いた何者かの援護は、遠くから狙っているので加速領域の範囲外にいます。そのため狙いも定めやすかったようです。




