第23話 戦いの後の手作りクッキー
「……ん」
重い瞼を押し上げると、見慣れない天井があった。
いや、違う。二週間ほど前から拠点にしている、ルーフェルの安宿の一室だ。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が目に眩しい。
ずいぶんとぐっすり眠ってしまったようだ。
体を起こそうとして、奇妙な気配を感じた。
──部屋に、誰かがいる。
少しだけ上半身を起こすと、入り口のドア横にある椅子に、ちょこんと腰かけているエリナの姿があった。
「えっ!?エリナ……?」
驚きのあまり、俺は跳ねるように掛け布団を押しのけガバッと立ち上がる
「……んぅ……あ、依人……起きたの?!」
コクコクと眠りかけていたエリナが顔をあげる。
(……いや、なんでお前も驚いてるんだよ)
俺が状況を飲み込めずにいると、彼女がたどたどしく話し出した。
「よ、良かったぁ……。あんまりぐっすり眠っていたから、起こすのも悪いかなって思って……」
「ごめん、疲れてたみたいだ。……って、エリナ。ずっとそこで待ってたのか?」
彼女は少し照れくさそうに視線を泳がせると、
「ち、違うわよ!私も今来たところ!こ、これを……これを渡したくて!」
彼女が差し出してきたのは、何かが詰まったバスケットだった。
「ありがとう?なんだこれ?」
恐る恐る受け取ってみると、中には果物やお菓子が入っているようだった。
「これ、昨日街の人たちからもらったのよ。街を救ってくれたお礼にって」
エリナは俺の持つ籠からクッキーを一つ取り出すと、俺の口元へひょいっと運んでくる。
「いや、自分で食べる──」
「いいから!ほら、あーん!」
強引に放り込まれたクッキーは、蜂蜜の濃厚な甘みが広がり、どこか懐かしい味がした。
咀嚼するたびに、体の中に温かい魔力が染み渡っていくのを感じる。
(ん?なんで魔力が染みわたるんだ?まさか変なもの入ってないよな……)
ふと疑念を抱くと、無意識のうちに即座に鑑定眼が発動された。
【ヒーリングクッキー】
【効果:MP回復(小)】
【詳細:エリナが手作りしたもの。MP回復ポーションが練り込まれている。】
(……これは……見てはいけないものを見てしまった気がする)
街の人からもらったと言っていたが、これ、ガッツリ手作りじゃないか。
昨日の俺がMPを消費しすぎて疲れていたのを見て、必死に用意してくれたんだろう。
「……美味しいな、これ。まるで手作りみたいな味がする」
「そうでしょ。もっと感謝しなさいよね」
エリナはぷいっと顔を背けたが、その口元は隠しきれず緩んでいた。
「……それと」
彼女はいつも通りの声色に戻り、部屋の出口へ向かう。
「今日もギルドの依頼受けて狩りに行くんでしょ?あとで合流しましょう。……朝食、食べてからでいいわよ」
そう言い残し、彼女はひらひらと手を振って去っていった。
────
ギルドの依頼掲示板の前は、異様な熱気に包まれていた。
そこには見知った顔──三羽兎の面々もいた。
「あ、依人さんにエリナさん!あなた方も依頼探しですか?」
声をかけてきたのは、眼鏡を指先で押し上げた知的な少年、魔導師のゼンだ。
その隣には、「よっ!」と手を挙げる茶髪のレイスと、短髪をなびかせ腰に手を当てて凛と立つ少女、リンがいた。
「おお、三羽兎のみんなか!無事だったんだな」
「もちろんです!レイスが『勇者様みたいに街を守るんだ!』って張り切りすぎて、止めるのが大変でしたけどね」
ゼンが呆れたように言うと、レイスが顔を赤くして反論する。
「しょ、しょうがねえだろ!街を守るのが俺たち冒険者の責務だ!じっとしてられるかよ!ま、まぁ実際は弱い魔物ばかりで安心したんだけど……」
「街が無事でよかったよ、お疲れ様。……ところで、掲示板がすごいことになってるな」
俺の言葉に、リンが掲示板にびっしりと貼られた新しい依頼書を指差した。
「ええ。昨日までは森方面の依頼がすべて撤去されていましたからね。ギルドが立ち入りを制限していたんですが、今日から一気に解禁されたようです」
「見てよこれ、亡霊の森深部の魔物の討伐に、事後調査なんてのもあるわ!……けどCランクからだから私たちには無理ね」
エリナが掲示板の隅々まで目を走らせている。
森の素材が流通しないと、この街の経済は死んでしまうため、多少のリスクを承知でギルドは日常を回し始めたのだ。
俺たちはそれぞれ依頼を選び、ごった返す受付カウンターへと向かった。
────
数日後。貯まった報奨金を手に、俺はエリナと共に武器屋に来ていた。
店内に陳列された剣に視線を送ると、文字が浮かび上がる。
【粗悪な銅の剣】
分類:長剣
攻撃補正:+12
耐久度:低
【一般的な銅の剣】
分類:長剣
攻撃補正:+18
耐久度:中
(なるほど……。見た目じゃ区別がつかないが、鑑定をすれば"ランク"が見えるわけか)
同じ値段で売られていても、『粗悪』『一般的』『良質』とランク分けされているようだった。
鉄の剣や木刀、武器種の違う斧や短剣も売っている。
「こんにちはー……?」
恐る恐る声をかけると、奥からひょろりと背の高い男が顔を出した。
尖った鼻に、片眼鏡。いかにも計算高そうな、細い目が俺たちを射抜く。
「はいはい、なんでございましょう?」
男は揉み手をしながら、値踏みするような笑みを浮かべた。




